打開策
登場人物/木島五郎 ヴィクセンレコードのベテランプロデューサー 70年代後半から歌謡曲分野で活躍する叩き上げの現場主義者。相変わらずのワンマンは若手から敬遠され「五老害様」なんて陰で呼ばれている。
「どうするんです、鳴門さん、このままだったらマジでミオちゃんのレコーディングが流れてしまいますよ」
この俺に6月の雨降る日の朝から電話でそう訴えてきたのは40歳を前にして翔に弟子入りしたサウンドクリエイターの北森だ。
彼は、東京と広島の翔を結ぶ貴重な音の通訳者となる為に恥を忍んで小学生の門下生となってくれた業界で随一の音職人で通っていた人物だ。
「健司が、なんとかしてくれると約束したからには信じるしかないんですよ。それとも北森さんは、何か新たな情報でも?」
「ええ、僕の所に木島五郎大先生から、ミオちゃんのレコーディングクルーとして契約通りの参加を求められましたが、広島ではなく目黒スタジオに7月25日に集合がかけられましたよ」
「そうですか、うちでも、ミオには8月1日に合流指示がきていますが、やはり目黒スタジオですね」
「申し訳ないけど、鳴門さんの当初の思惑が外れ、後町さんと翔さん抜きでレコーディングをするとなると、僕が期待通りに機能するかは正直自信がありませんよ」
この北森の申し出には、複雑な事情がある。
木島五郎は、後町健司の後任としてミオのセカンドアルバムで陣頭指揮を執るヴィクセンレコードの看板プロデューサーだ。
これまで多くのアーティストを手掛けてきた実績がある事から、「大先生」なんて呼ばれていたが、今では、「五郎害様」と呼ばれその感性の古さが笑われていた。
ミオサイドともいうべきツアーにも同行しているバックバンドのメンツはミオ自身を含めて、そんな古臭いサウンドに我慢がならない連中ばかりで板挟みにあうのが北森という事になる。
北森は、サウンドクリエイターとして翔介が広島で作った音を正確に再現できるようになりはしたが、現場での臨機応変対応は無理だし、そもそも木島五郎はそんな斬新なサウンドを求めはしない。
いくら曲が優れていても、それを表現するサウンドとアレンジ力が不足したなら、せっかくの曲も台無しという事だ。
その思いが募るのはゴールデンウィーク後半の三日間、広島でのリハーサルでの感触からだ。
「さすがは翔だ、もしかして彼は神なのか・・・」
あまりにも斬新なサウンドからくりひろげられるメロディアスな曲の数々に皆は改めて園田翔の恐ろしさを認識し、「天才」なんて安易な言葉を使う代わりに、「神」なんて呼び方をして賞賛した。
このリハーサル期間中に皆は確信する。
「ミオ・セカンドは前作を圧倒的に凌駕する出来になる」
ZEPがセカンドをレコーディング中に感じたであろう売れに売れたファースト越えの感触を、早くもリハーサル中に感じてしまった面々には、前作同様、翔から指名された後町健司以外のプロデュースなど考えられないのだ。
(どうしたもんだろう)
俺は、ケラウズランブラのトップとしてヴィクセンレコードとの付き合いを考え直さなければならなくなった。
(あの会社が悪いんじゃない、あの石塔がうちに干渉してきたのがまずいんだ)
これまでうちは、後町健司を筆頭株主にしてその傘下事務所としてうまく機能していたのに、急にうちが売れ始めた事で、勘が鋭い石塔に目を付けられてしまい、子飼いの木島五郎を送り込まれてきたというのがここ最近の状況だ。
この後うちの所属たちも軒並み木島五郎とその傘下達がプロデューサーとして担当する事になっており、後町健司との仕事は全てキャンセルされてしまった。
「どういうことだ、うちは後町さんのスケジュールに合わせてレコーディング計画を組んでいたのに」
福田の憤りは俺同様で、この先の展望に大きな影をおとした。
「せめてミオのセカンドだけでも後町さんにお願いできないんですか」
この俺にヴィクセンレコードに再々度乗り込み、説得をしてこいと福田は言ってくる。
「無理なものは無理だ。どうやらヴィクセンでは、うちが売れたのは、健司のおかげというよりは翔ありきだと思っているようで、誰がプロデューサーであっても翔さえいれば売れると勘違いしている」
そうなのだ、ヴィクセンの幹部連中は後町健司が社内にも秘匿している情報がある事を知らない。
“園田翔がまだ小学生である”
レコーディングに立ち会えない事情があることを。
そのために翔が自身の音の再現者として代理人に選んだのが後町健司であり、それでさえも困難多い事から、わざわざ広島でレコーディングしようとしていたのに・・・
「園田先生がいらっしゃれば、美坂ミオのセカンドは安泰ですよ」
石塔は、そんな台詞をも吐いていた。
「この際、翔の正体をヴィクセン幹部にも知らせたらどうです」
「そうしたいのは山々だが、翔がそれを望んでいないんだ。もし、そんなことをしたら彼はうちとの契約を解除するよ。それこそが最悪のシナリオだ」
「そりゃぁまずいですよね」
「翔は、事情までは知らんが、家族に内緒で作曲家をしているんだ。そこにしっかり配慮するというのが彼との契約であり、健司にも当然秘匿義務が生じてくることからヴィクセンの幹部連中は翔のことを知らないんだ」
「なるほど・・・だったらうちとしては石塔さんの言いなりになるしかないということじゃないですか、社長には何か打開策があるんですか」
「あるといえばあるんだが・・・少し考えさせてくれないか」
俺には、一存では決められない明確な打開策があった。それは・・・
◆
「尋常じゃないよね、翔人気は・・・大丈夫かな・・・」
私はとても心配していた。
翔の人気ぶりが90年代を一世風靡しながらも私たちR&Bシンガーや今のバンドブームに食われてしまい落ち目一直線の大作曲家兼プロデューサーの影を見てしまうからだ。
「ミオちゃん心配はいらないって、翔は仕事を制限しているし、自ら目立って表に出ることは絶対しないじゃないか、どこかの誰かさんとは違うよ」
なんて言ってくれるのは広島リハにも同行してくれたサウンドクリエイターの北森さんでした。
そもそも音の職人、サウンドクリエイターは秘密主義があたりまえなのに翔は、北森さんには惜しげもなくいろんな事を教えちゃうのよねぇ~。
自分の技術を隠さないなんて、
翔らしいや(^O^)/
「あれは、この先も誰からも抜かれない自信なんだよ」
とは、「まだ子供だからガードが甘いだけさ」なんて言う人たちへの反論で、発言者は、筆頭弟子を自負する北森さんでした。
だって、昨年から翔主導でレコーディングされた私の曲はどれもこれも聴いた事も感じた事もない斬新なサウンドに良質の翔のオリジナル曲のおかげで、売れに売れたし、リハで聞かせてくれた音は、またこれが凄いのばっかりなんだよ。
事務所にも、翔名指しで、「テレビドラマとのタイアップをお願いしたい」との楽曲の制作依頼が各局から殺到しているらしく、私がシンガーとして候補に挙がっているらしいよ。
それでね、昨年、うちからデビューした新人女優、貴家楓さんの新たな主演ドラマ『悪役令嬢の華麗なる食卓』では、
「主題歌のアーティストからサウンド・タイトルもお任せしますので好きにしてください」
予算・ジャケット写真・PV・ポスター・宣伝素材・キャッチコピーまで任すといった仕事まで舞い込んできたらしく、どうやらこれが私のセカンドアルバムとタイアップされるんだって。
私の新譜は、まさに「園田翔の次なるサウンド」として期待が大きいのよね。
それでね、木島とかいう全然知らないおっさんが翔の代理人の後町さんに代わってやってくる情報にバンドメンバーは揉めているわけよ。
「もし後町さんじゃなかったらレコーディングはやめようよ」
なんて意見もあるけど、
「私もそれがいいと思う」
正直に言っちゃったら、
「何を言うの、こんなに早くセカンドアルバムが出せるなんて凄いことなのよ」
ママネージャーがね、そんな事を言って私を睨むのよね。
「出せばいいというもんじゃないんだよママ。しっかり期待に応えるいいアルバムを作らないとならないのが、私達の使命なのよ、そこをわかってる?ここでしくじったら先はないのよ」
ここにも古い感性の人がいたけど、バンドメンバーからは私の発言に拍手が起きたんだ。
私は、とにかくね、広島リハでビンビン感じたあの翔の魔的な感性で奏でだされた音以外では唄う気は全くないの!
◆
「おう五郎ちゃん、面倒を押し付けるけど頼むぞ」
この俺様は、世間の注目度が最も高いアーティスト美坂ミオの新譜のプロデュースに当社を代表する木島五郎に委ねた。
「任せてくださいよ、石塔さん。この僕が担当すれば前作以上に売ってみせますよ。あれだけの逸材を、あの新しいだけですぐに飽きがくるようなノイズで台無しにはしませんから」
「後町のやつも最初は煩く言っていたが、後任が五郎ちゃんだと知ると何も言わなくなったよ」
「それはそうでしょう。健司を一から鍛えてきたのはこの僕ですからね、何か言えるはずないですよ。にしても不詳の弟子を持つと苦労しますな、あいつが手がけた美坂ミオのファーストからわけの分からん演説じみた呟きがバックビートや伴奏で使われるようになり、今じゃあ巷に溢れてますよ」
「ああ、ラップのことか、あんなもんはヒップホップと同じで流行にすぎん、すぐに滅びるさ。それよりも五郎ちゃん美坂ミオといわずケラウズランブラ所属の連中のこと宜しく頼むよ。あいつらこの先期待できる奴らばかりだからな」
「わかりましたよ、石塔取締役。いよいよですね、来週の株主総会で取締役に選出されるのは、おめでとうございます」
「気が早いよ五郎ちゃん」
俺様はここで、らしく豪快に笑ってやった。
そもそも、現執行部は、後町をはじめ若手の言いなりで、流行を追う事ばかり。伝統と格式ある当社の社風を汚していた。
「何がヒップホップだ、何がラップだ、あんなのは音楽じゃない」
この俺様の主張を会議の席上で、
「古い」
とぬかしやがった。
企業のトップとも言うべき社長、それをサポートとするべき専務までも、若手の意見に骨抜きにされている。それもこれも「売れっ子」をいい事に好き放題ばかりしている後町のせいだ。
レコード会社は、アーティストを育てるという思いこそが必要であるのに、デビューから直ぐに売ろうとする考えは、才能あるアーティストを潰してしまう恐れがある事をあいつら全くわかっちゃいない。
とにかくこの俺様が、取締役入りしたら、もう好きにはさせない。
今回の人事は、天の差配でありこの俺様の意気込みを示すいい機会だ。
まずは、「歌姫様」なんて呼ばれていい気になっているガキミオからだな。
何が歌姫様だ。所詮、先細りのアイドル崩れじゃないか、稼げるうちに稼がせてもらうに限る。
この俺様の考えを忠実に守る木島に指示したのは、アイドルとしてならまだ充分に通用するあのキャラを生かせる楽曲作りだ。
「固定ファンよりもサビある曲で売り出して国民的に売れるアイドル路線こそが、ガキミオの道なのだ。園田翔の曲さえあればなんとでもなる、頼むぞ!五郎ちゃん」
歌謡曲をやらせれば木島に敵うやつなんかいないんだ。新しさよりオーソドックスこそが不変の王道。そこんとこを、執行部の連中にわからせてやる。
そして、この俺様こそが、次期のトップに相応しいのを証明してやるのさ。
まぁ見てろよ!
そうだ、それには、キーポンイトを抑えておく必要がある。良質なサビ曲を作ってもらわないと・・・
「すまんが、園田先生にアポを取ってくれたまえ。いつもの田川で一席を設けるから店の方にも予約を、それから鈴蘭のママにいつもの手配をもな」
この俺様から接待されるなんて園田翔、光栄に思え。いい酒といい女も抱かせてやる。その代わりに、駒として機能してもらうからな。
俺は、ここで秘書たちを前に豪快に笑ってみせた。




