一つの可能性
(なんともつまらんことをしたもんだ!)
俺は大後悔をしていた。
31歳の大人がしないような事を恥ずかしげもなくやらかしてしまったのだ。どうしても、三五の運命が変えられなかったのが(悔しい)という感情が抑えられなかったせいだ。
三五の葬式の場で俺はクラス代表で弔辞を読むはずだった。
まぁ、友人として思い出の一つ二つをそれらしく語り、皆から涙を搾り取る役目を仰せつかったわけだが、遅れて来た俺は、黒服も着ずに普段着のまま登壇して、
「バカやろう!おまえは何を勝手に死んでんだよ、約束はどうしたんだ、約束は!おい、起きろよ、ふざけんなぁ!」
クラスメイトや先生たちに父兄が見守る中でたまらずそう叫び、抹香を三五が眠る棺に投げつけ、そのままサッサッと葬儀場を出て行ってしまった。
自身の運命にも直結したこのセレモニーが茶番に思えたんだ。
(まだあいつは死んでない。死んでたまるか!俺は30超えをするんだ。スィラブの新作だってしたいんだよ)
そんな強烈な思いからどこか錯覚を起こし、
(あいつはまだ生きてて、俺が来るのを待ってる)
俺を突き動かし向かった先は三五の家だった。
『喪中』
玄関に張り出されたそれを見て、俺はやっと現実が認識できた。
(バカ野郎!あと一日ぐらい長生きしろよな)
その日は9月の最終日、明日からは衣替えだったのに、
(結局、運命は変えられない)
この現実に俺はかなりのダメージを受けてしまった。
無人であるはずの家の窓が大きく一つ開いていた。
(うん?締め忘れか)
俺は勝手知ったる友の家、門の中に入り窓から中を覗くと彩音が一人、ポツンと何をするでもなく食卓の椅子に座っていた。
「どうしたんだ彩音、玄関開けてくれ」
「あっ翔ちゃん、ちょっと待っててね」
彩音は二つ下の三五の妹。葬式に出て然るべき身内で、そんな格好もしていたけど、
「お兄ちゃんが燃やされるところなんて見たくないよ」
仲のいい妹らしい発言に俺は、
「これからは僕がおまえの兄ちゃんだ」
きつくギューしてやった。
するとそれまでよほど我慢していたのか大きな声で泣き始めた彩音だった。
俺が三五宅を出ると、そこにはスズが待っていてくれた。
そして今度は俺がスズの小さな身体に寄りすがり泣いてしまった。
二学期になってスキンヘッドがクラス男子で二桁に達した頃、あいつは授業中に気分を悪くして先生に送られて帰宅した。
その日のうちに入院して、予定の20日を待たずに緊急手術をすることになる。
ところが頭を開いて患部を直に確認すると、もう手の施しようがない事が判明する。
手術は中断され、開いた患部を元に戻し痛み止めの処置のみを施していくばくかの延命に徹する事が決められた。
三五の最後の時間だ。
意識も戻り俺との会話もできるようになったが、自分の運命を悟るにはあまりにも幼すぎた。痛みがない事から錯覚しやがって俺まで騙しやがった。
「退院するんだよ」
実際に退院したし学校にも来たさ、昼休みだけな。最後の望みというやつだ。
俺にはそれが読み取れた。三五ママ陽子サンの顔色と先生の表情でな。
「頼むよ華怜、三五の・・・」
俺が、「最後の時」を発音できずに頭を下げただけで華怜は、何もかも察してくれ三五の車椅子を押して二人だけの時間を過ごしてくれた。
(ありがとう華怜!感謝だ。この恩は生涯忘れない)
「約束してきたよ、元気になったらまたデートしようねって、それでよかったかな?もっと具体的な方がよかったかな」
華怜の心ある配慮に俺は、感謝しながらも、
「具体的な方がよかったかもな」
言ってしまうと走って三五を追いかけて、
「見たい映画を全部言ってきちゃった」
微笑みながらも涙する姿に俺はギューで応えた。
痛み止めにも限度があり、在宅での延命が難しくなると手術をしない事から近所の病院に入院して、命が尽きるのを待つ事になった。
俺は、夏服での葬式だけは避けてもらいたく目を閉じたままの三五に語りかける。
「おい、おまえ華怜ちゃんとの約束はどうすんだよ」
返事はないしピクリとも動かない。
ところが、俺は三五に動きがなくても意識があり、俺の声が届いている事を知る。
スズのおかげだ。
夏休み、爺ちゃんは、俺にスズの耳の検査結果を伝える役目を押し付けてきた。
その際、スズの未来の可能性について色々と語ってきた事の一つに一致した力の発動がこの時にあったのだ。
スズはベッドに横たわる三五の手を左手で握り反対の右手で俺と手を繋ぎ、自身を媒介にして俺と三五をスズテレでつないでくれたのだ。
(えっ、翔君なの、やった翔ちゃんだ。僕どうしちゃんだろう、目が覚めないんだよ、起きようと思っても目が覚めないんだ。これも夢なのかなぁ?)
(バカ、ミゴッチ僕だよ、これは夢じゃないぞ、おまえは僕と今、話をしてるんだ)
俺は、三五に様々な事を話したというより教えてやった。あいつが気になるアニメやマンガの続きをこれまでのように出し惜しみなく全部最後まで聞かせてやったし、シンイチ・ミゴというイラストレーターが間もなく大ブレークする話もだ。
三五の大好きな黒田博樹投手がアメリカに行ってのヤンキースでの大活躍した後にカープに戻ってからの三連覇なども含めて俺の知る限りを語ってやったんだ。
(えっ、そうなん金本と新井がタイガースに、嘘だ!絶対そがなぁことあるもんか)
(嘘じゃねーよ。来年から金本は阪神の選手だし、監督にもなるんだぞ。六年後には新井もタイガースなんだよ)
もちろんスズには俺の未来予知能力がバレバレだが仕方がない。
そして、この作業がことのほかスズに負担をかけている事も知る機会となった。
俺は、調子に乗って長時間を三五と過ごしていると、スズが倒れてしまったのだ。
これには猛省した。
この時、スズを診てくれたのは、わざわざ他病院にまでやって来ていた三五の主治医で、
「これは奇跡だ」
なんて三五を見舞って言いやがるもんだから期待してしまったが、思った以上に延命しているというだけのもので、
(紛らわしいことを言いやがって)
一瞬でも期待した俺がバカだった。
クソ医者も帰ってスズが回復するまでの間は、俺は一方的に三五に語りかけ、そしてスズがよろめきながらも、
(大丈夫だよ)
戻って来てくれた頃には、三五の意識は途絶え気味だった。
(おいミゴッチ、頼むから元気になってくれよ!)
俺の、必死の呼びかけに応えようとする三五だったが、気力は続かず最後のメッセージは、
(篠崎さんと映画に行くんだ・・・)
未練の言葉だった。
(死ぬな!10月まで粘れ)
(うん、わかったよ、翔君の頼みだもん僕、頑張るよ)
さっき交わした約束があったのに、粘れなかったのだ。おまけに俺への最後のメッセージがそれを謝罪する、
「ごめんね」
口を開いてなんてのも腹が立った。
そんなスタミナあるなら、少しでも長く生きて欲しかったのだ。
結局、この腹ただしさが葬儀場での俺のみっともない行動になってしまったのかもしれない。
▲ 心内会議 ▼
《おい俺ヨ、あの無様な真似はなんだ?信長さんの真似かい》
(これでハッキリしただろう、俺の運命は変えられない。俺もやっぱり30を前に死ぬんでしまうんだよ)
《それでいいじゃないか、ダメなのか?ミゴッチに比べれば随分と長生きじゃないか》
(ああ、何も問題ないさぁ)
《なんだ、俺は、やっぱりミゴッチとの別れが辛いだけじゃないか、素直に悲しめよ》
(ああ可愛い甥っ子を亡くした気分だ。マジで辛いなぁ、これは当分堪えるわ)
《なぁ俺ヨ、俺はあの生前ワールドで正確にミゴッチが死んだ日を記憶しているのか?》
(いいや、してないぞ。ただ悲しくもなく、クラスメイトの一人として葬式に駆り出されただけの記憶で夏服だったというだけのものだ。それがどうしたんだ、前にも言ったぞ)
《ああ覚えてる。なぁ俺ヨ、こうは考えられないか、本当は、ミゴッチのやつ夏休み前には死んでいて、俺との出会いで、ここまで長生きできた可能性だ》
(運命を変えているかも的な話なら無意味なことだ。確認しようがないからな)
《だが、実は、ミゴッチの運命をわずかばかり変えていた可能性も否定はできんぞ。だから、》
(だから、諦めずにリクへの復讐ゲームのクリアを目指せてか、バカバカしい。どうせクリアできないなら俺はもっと有意義に30までの人生を過ごしたいよ)
《おいやめろ、また頭痛を起こすぞ》
(だったらオレは、この先、起きるあの大震災の際にただ手をこまねいているつもりか?俺はな、自身の30越もさることながら、三五の延命にそんな先まで見ていたんだよ)
《知ってるさ。俺はオレなんだからな》
(俺の真のテーマは、リクへの復讐はついでで、震災が予知できる立場の構築なんだよ。20歳になった時の俺が気狂い扱いされずに信じてもらえるメッセージを発信できて、死者、行方不明者0にする方法こそ、俺の真のテーマだなんて本気で考えてんだよ)
《知ってるさ、俺はオレなんだからな。それで爺ちゃんの言ったスズの可能性に引っ掛かったんだよな、テレパシーによる大多数への情報発信という可能性に》
(ああ、俺のスマホには震災時の悲惨な映像が山ほどある。それらを、スズを媒介にして政治家に流し込むとか、東北の人々に流し込むとかアイデアはあるが、)
《不安が出てきたんだろう》
(ああ、今回みたいにスズに負担を強いやしないかということだ。そして何よりもスズの未来を摘んだ事実も重いぞ。俺はあいつから聴覚を奪ったままだ、いい加減、苦しいぞ)
《だな、ここはスズに正直に話しをするべきだろうな》
(ああ、いい機会だ。スズに何もかも話して協力を求めよう。今回のことでスズも俺が常人でないのを知ったはずだしな)
《協力だって?それでスズが、聴覚欲しさに手術を受けたいと言えば、》
(当然そうなるはずだし、その時は、もちろん経済的なことから何から何まで俺の一存で手術を受けてもらうよ。もちろん爺ちゃんの協力はいるがな)
《その場合は、大震災の被害を最小限にできる大きな可能性が一つ減るわけだが、それでもいいんだな》
(しかたがない、でも、せめて、あの震災時まで手術を待ってもらえないかも同時に頼むつもりだ)
《バカな、あと九年もあるんだぞ都合がよすぎる。そもそもスズがここ数カ月のロスを許してくれるかどうかも問題だ。正直に最初から頼んだのならいざしらず、俺は、あいつに最初からウソをついたんだ。まずは真摯に謝罪することだな》
(そうだな、俺はスズにウソをついていたんだな、治るものを治らないと、万死に値するな。ビンタは覚悟しとこ)
▽
俺は、一度はスズに真実を話すと決断したのに、臆病だった。
殴られるのが怖くて臆病になったわけじゃない。爺ちゃんの語ったスズの未来の可能性が閉ざされる事に臆病になったのだ。
爺ちゃんは言っていた。
「ターミナルケアの分野で必ずスズちゃんの能力は役立つ」
と。
それは死に行く人との最後の会話の事で、意識があってももう目を開けて言葉を発するだけの力もない人との最後の時をスズテレはサポートができるという意味だ。
まさに三五の件で見せてくれた能力だ。
それ以外にも、世界中の政治家をスズテレで洗脳して統一した見解を植え付ける事ができる戦争のない世界の構築の可能性とか、ステータスを金品で示すのではなく、森林保有率で示すようになれば自然破壊は劇的に減る可能性などだ。
「人類全体の価値観を変えるのに人の歩みはあまりに遅い。それを一気に変えることのできる可能性がスズちゃんの能力にはあるんや。あの子が、健全に育ったら、自然保護の観点に目覚めてくれるはず。そうなるように導くんが翔介、おまえさんの役目なんや」
とも語っていた爺ちゃんは、更に熱弁を俺相手にふるってきた。
「会話で物事を伝えるもどかしさなんか、スズちゃんの能力なら、感動・悲しみ・見た物の情報に味覚や香りまでもダイレクトに伝えたい相手に伝えられるんや。コミュニケーション能力かて飛躍的に改善されることから“誤解”いう言葉消滅する可能性かてあるんや」
こんな話を聞かされていた俺は、必然とスズに伝えるべき事が伝えられなくなってしまっていたのだ。
そして俺はスズと覚悟を決めて向き合うことにした。
◆
翔介に笑顔が戻った!
翔介は、三五君が死んでから笑う事がなくなり私は一生懸命、翔介が元気になるように色々考えて、色々やってみたけど、やっと笑顔を見せてくれたのが、私がマスターしたばかりの舞『勾当内侍』を披露したときだった。
夏休みから始めた三世流の舞。
京都の祇園での翔園師匠から広島の庚午での時枝美代師匠へと指導は変わったけど続けた結果です。
この日は、毎年恒例の翔介ママの炉開きの茶会があり、私は内弟子として翔介と朝から水屋でその準備に追われていました。
「口切りの茶事」って言うんだよ、この炉開きの茶会は。
八十八夜の頃に摘み取られたばかりの新茶を詰めた茶壷の口を開け、熟成された新茶葉を石臼で挽いた茶でお客様をおもてなしする茶事のことなんだ。
翔介ママの凄いのは、懐石料理も自分で作ってしまうところなの。
向付の鯛から煮物椀の海老真薯、八寸の唐墨などお目出度い献立ばかり。だって11月の行事だけど、茶道の世界では炉開きがお正月になるの。
私も三日前の仕込みからお手伝いしてるんだ。
「リクちゃんは翔介の将来のお嫁さんだもの、私の知識は全部教えてあげる」
そんな翔介ママの言葉が嬉しくて一生懸命メモをとりながら、お手伝いしたの。
茶会が終わり、翔介ママがお招きしたお客様には居間に移っていただき披露したのが私の舞だったの。
本当は翔介の方が上手だから、そっちを見てもらいたかったけど、
「なんで人前で女装しないといけないんだ!」
大反発された結果、代わりに私が披露したんだ。
評判よかったよ。中でも舟入のお爺ちゃんからは、
「これだっら祇園の舞妓に引けは取らん」
褒めてくれてご祝儀までくれたんだ。
そして翔介も笑顔で拍手してくれ、部屋で二人きりになると、
「本当に素敵な舞だった、僕より絶対にうまかったよ」
久ぶりにギューしてくれたんだ。ご褒美のキスも眩暈がして嬉しかった。
私は、三五君のお葬式から、翔介が心配でよく泊まってまで一緒にいるようにしたけど、なんの慰めにもなっていないのに自信をなくしていたの。
だって、翔介はスズちゃんとは、何も話さないのに、心が通じているみたいで、私といるより楽そうだったんだ。
二学期になって翔介があの長い髪を切って三五君と一緒にツルツル頭で登校してきたら、学校中の皆が驚いたんだ。
大騒ぎになったよ。
その翌日には男子の多くがそれを真似てツルツル頭にして三五君を励ましたんだけど、結局ダメだったんだ。
最初は元気だった三五君だったけど授業中に気分が悪くなって先生が家まで送っていくと、それが最後で入院しちゃたんだ。
翔介がお見舞いには毎日行っていたけど9月の最終日がお葬式になっちゃたの。
クラスを代表して弔辞を読むのはもちろん翔介だったけど・・・
「バカやろう!おまえは何を勝手に死んでんだよ、約束はどうしたんだ、約束は!おい、起きろよ、ふざけんなぁ!」
翔介はそう叫んで抹香を手に掴んで三五君の棺桶に投げつけたんだ。
そして一人で葬儀場を出て行った翔介・・・
私があとを追うべきだったのにスズちゃんだけがその後を追いかけたの。
先生も三五君のご両親も誰も翔介の事を怒ったりしなかった。そればかりか、翔介が出ていくと、皆、さらに泣き始めたの。
私には、あんな非常識な事をして誰も大人たちが怒らなかった理由がわからなかったの。その事をパパに話すと、
「翔介君は、将来いい男になるな」
しみじみと言うだけ。ママは、
「あの子は、信長ぐらいの器かもね、楽しみだわ。リクちゃんあなたも負けてちゃダメよ」
なんて私の頭をなでるの。そして、
「どうして、スズちゃんに後れを取るのよ、そんな場面ならリクちゃんが翔介君のあとを真っ先に追うべきだったのに」
今度は叱るの。
「もし、リクちゃんの心が傷ついて、居ても立ってもいられなくなり授業中に教室から飛び出して行ったとしたら翔介君ならどうすると思う」
「あっ!」
私はその時にやっと気が付いたんだ。私こそがあの時に翔介の後を追うべきだったと。
あの日の晩は、私は翔介の部屋に泊まったの。
「どうしてあと一日・・・」
なんて言って翔介は、私を背後から抱きしめていたけど、多分あの時は泣いていたんだと思う。
でも、翌朝の翔介はいつもの翔介で、優しく私の頬を撫でながらのキスでしっかり起こしてくれたんだ。
もう起きて勉強をしているところはさすがだと思った。
そして、今日、私の舞が慰めになったと言ってくれて笑顔が戻ったのが本当に嬉しかった。
でも、翔介には、私よりもスズちゃんの方が大事なのがわかってしまう。スズちゃんがやってくると、私には、
「スズに大事な話があるからリクは少しばかり席を外してくれ」
そう言ってノッコを連れてスズちゃんとお散歩に行ってしまったの。
あのお葬式の日に翔介の後を追わなかった報いだと思って、本当に悲しくなって泣いてしまった私でした。




