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あいつは俺の仇!  作者: 方結奈矢
第二部 五年生編
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スズちゃんの決意


 「三木さん、この紹介状にある患者さんからの予約は、まだ入ってないですか?」


 私は、この几帳面な性格が幸いしてと思っているが、耳鼻科医としてここ広島で高く評価されている。


 そんな、私が気にしているのは、尊敬してやまない京都大学の澤田教授から紹介をいただいた10歳の少女の案件だ。


 パッチテストの結果中耳に異常がないとの事で簡単に治療できる患者の案件だったが、鼓膜に損傷ができた原因が外部圧迫からのもので、家庭内暴力を懸念して、


 「児童虐待の観点で適切な処置を」

 わざわざ電話連絡があったものだ。


 「ええ、まだのようです。どうしましょう、もしかして・・・」


 彼女は、ここ市民病院に長く勤めるベテランナースの三木さん。良き母であり、この紹介状にある10歳の少女と同じ年頃の女の子の母親でもある。


 私の懸念事項が三木さんと共通になった事で、彼女も気にしているようだ。


 また暴力を受けているのではないかと。


 9月になっても一向に連絡がない事に几帳面さが逆撫でされ、紹介状の少女を私たちは日曜日の朝に訪ねる事にした。


 もし、まだ暴力を受けているようで有れば警察に通報する心積りだ。


 10歳の少女の名前は島波鈴。広島市安佐南区相田に住まいがあり、私はカーナビが案内するまま住所地を訪ねた。予告なく訪問するのは、少女への暴力を隠蔽されるのを警戒してだ。


 訪れた先に私は、暴力の香りをプンプン嗅ぎ取った。三木さんも同じようで警戒している。


 見るからに暴力的な老年の男性に、金色鮮やかなヤングママの姿を目にしてだ。


 『ホルモン島波』


 一部破れ薄くなった読み取りにくい店先のオーニングテントで確認したから間違いないと思った。


 中へ乗り込むかどうか迷っていると、店先から買い物カゴを持って出てきた少女を私たちは偶然にも見つけ後を追った。声をかけるつもりだ。


 「先生、天運ですよ」


 休日なのに付き合ってくれた三木さんの言葉に後押しされての事だ。


 私たちは、交差点で信号が変わるのを待つ少女の前に目線を合わせるためにしゃがみ込んで、コミュニケーションをしたい旨を伝えた。


 最初こそ驚いた顔をする少女だったが、


 ニッッ


 なんとも素敵な笑顔を向けてくる。どうやら警戒するべき相手でないのをわかってくれたらしい。


 私は、少女に名刺を差し出して自分が医者であるのを伝えた。そして警戒される事なく近くのファミレスで向きあった。


 私たちは事前に準備していた筆談用のコンパクトボードを取り出して少女と会話を始める。


 そして、安心した。現在は暴力を受けてなどいないし、優しい母親と祖父と一緒で毎日が幸せだとも言っている。

 

 事情を聞けば鼓膜を破くほどの暴力は父親からのもので、今は救われて血縁ない母親に引き取られているのも知って、私は金髪のヤングママに内心頭を下げ詫びた。


 『どうして、わざわざ京都のそれも澤田教授の所に検査に行ったのか』


 との質問にもクラスメイトの祖父に連れていかれた事が判明する。


 澤田教授自らを動かす人だ、その友人の祖父もかなりの人物と窺い知れる。


 『だったらスズちゃんは治療をいつ受けますか?』


 との問いには、驚いたような顔をされる。


 『うちの耳は治るの?』


 『もちろん、すぐにでも治るよ』


 さらに驚いたような顔をされ、少女からは笑顔が消え、何か考え込み始めた。


 そして少女からのしっかりとした決断が語られる。


 『うちは、治療はせんよ』


 『どうして、お金のことなら大丈夫だよ。そんなに高くないし、ローンだって組めるし、市からの援助だって申請してあげるから、お母さんと話をさせて』


 三木さんの説得は効果なく、少女の決断は固かった。


 『どうしてなの?』


 私の問いに、少女は一言、


 (「うちの一番大事な人が望んでないから」)


 ニッッツ


 と、ここまで見られなかった本当の笑顔というやつを私達は目撃し、更に、


 (「うちは、絶対に治療はうけん」)


 心にダイレクトに響く声に締め付けられたのです。


 ◆


 うちの前に突然現れたのは、お医者さんの白金さんとナースの三木さん。


 二人ともとても親切な人だった。うちにプリンアラモードをご馳走してくれたんだよ。


 美味しかった。


 そしてさぁ、ここんとこ翔が変な理由がわかったんだぁ。


 翔は、うちにウソをついてたんだ。


 耳は治らないって。


 残念だったんだ。

 

 ノッコとお話はできても、ノッコのワンワンは翔を通してでないと聞こえないし、ノッコが教えてくれる、鳥や虫の声も聞けない事も。


 それにノッコのお友達の猫ちゃん達とのお喋りも面白いって言ってたし・・・


 リクちゃんやオキョンちゃんの会話に直に混じる事もできないのも。色々残念だったんだ。色々楽しみにしてたのに。


 (スズ、治療しても耳は治らない)


 って翔に言われた事で、本当に色々楽しみが消えてしまったけど、そのあとね、翔が言ってくれたんだ。


 (俺がスズのことをずっーと守ってやるからな。俺が死ぬその時までな。その後も身が立つようにしてやるからな)


 って。


 (それって、もしかして大人になったらうちをお嫁さんにしてくれるってことかな・・・?)


 うちは、翔からのそんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかったから、とても嬉しくて泣いちゃった。


 もう、耳なんて聞こえなくてもいいやなんて思ったんだ。


 だってうちが一番大好きな翔が、これから先もずっーとそばにいてくれるんだよ、こんなに嬉しくて楽しみな事はなかったから、本当に翔の胸の中で泣いちゃった。


 いつまできつくギューしてくれる翔。


 「みぃみーうぁーあぅーあーうーあぁー」

 (耳なんか聞こえなくても平気だよ)

  

 勇気を出して口で言ってみたけど伝わらなかった。


 でも、どうして翔は、うちにウソをついたんだろう?


 翔が望めばうちは耳なんか聞こえんでもええのに・・・


 でも、翔がそう望んでいるんなら、うちはそれでもええと思った。


 だから、せっかく白金先生が治るって言ってくれたけど、


 (「うちは、絶対に治療はうけん!」)


 そう直に二人の心に訴えたんだ。



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