ツルピカリン
聞き分けのない奴を友人に持つと、めんどくさい事になる。
三五進一の事だ。
8月の末日。こいつ、明日からは二学期が始まるというのに、「学校に行かない」と駄々をこね三五ママ陽子さんを困らせていた。
「どうしてなんだよ」
急報を受け、駆けつけた俺の問いに、
「ねぇ翔ちゃん、こがぁな髪型で学校に行けるゆぅて思う」
とぬかしやがる。
「ミゴッチよぉ、それのどこに問題があるんだ僕にはわからないよ」
「何を言ぅとるん、大問題で、見てよ僕の髪の毛、一本もないんよ」
そう、三五には、明確な死亡フラグが立っていた。
夏休みのあの日、三五の為に室積海水浴場に行った。三五も華怜からのサプライズキスもあってずいぶん楽しんだ様子で、俺は大満足し、その後のフォローにぬかりがあった。
油断!!
俺が忙しかったせいで、京土産を届けに行ったのを最後に、今日まで顔を出していなかったのだ。
その間、三五は入院していたという。
8月になって頭痛を訴え、病院に行った結果が、小児癌と診断され、この頭というわけだ。
「えっ、切ったのか、抜け落ちたんじゃなくて」
俺は三五ママがバリカンで三五の頭を刈ったうえに剃刀で剃った事を知って安心してフラグを降ろそうとした。
(なんだ抗がん剤の副採用じゃないんだ)
ドラマや映画でありがちな死亡フラグのスキンヘッドはどれもこれも抗がん剤治療による副作用ばかりだからだ。
「とにかく、こがぁな頭で学校に行ったら、ハゲとかツルピカとか言って笑われるよ、じゃけぇ僕は行かん」
どうやら三五も色気づき華怜の目を気にしてそんな事を言っているようだ。
「あ~あ情けないなぁ、それでもおまえは僕の親友なのか」
「翔ちゃんにゃぁ僕の気持なんかわからんよ、だって翔ちゃんにゃぁそがぁに長い髪があるんじゃけい」
珍しく感情的な物言いをする三五。
「わかったよ、ミゴッチ、僕もおまえと同じ頭にしたなら学校に行くんだな」
「え?翔ちゃんが僕と同じ髪型?無理で、見てよこれ髪の毛が一本もないんよ」
「どっちなんだ!行くのか行かないのか」
「本気なん?」
「ああ本気だ、親友のおまえがその頭を気にして学校に行かないというのなら、僕も同じようにこの髪、全部切ってやるよ。そうしたら行くよな、僕と一緒に」
「う、うん。翔ちゃんが一緒じゃったら」
「約束だぞ、親友としての」
「うん、わかったよ、約束するよ」
この約束を受けて俺は、髪を切る事にした。
「陽子ママさん、僕もここで今からミゴッチと同じようにしてくれるかな」
陽子さんが、この頼みを聞き入れてくれるまでずいぶんと時間を要したが、俺の本気度と粘りで母さんに無断で俺の頭からは髪の毛が消えた。
その泣きながらの陽子さんの作業の間に、俺は三五に宿題を写すようにノートを貸し与え二人きりになると本当の事を聞き出し、フラグを降ろすのを諦めた。
「感染症の予防さえしっかりしていたら白血病は治りますよね」
なんて気軽に言ったところ、陽子さんは、感涙をぬぐい、
「白血病じゃないのよ、あの子のは脳神経腫瘍なの」
俺の全身の力が抜けるような事を告げた。
「まさか・・・」
俺は以前、小児癌治療の最前線を取材に行った事がある。白血病に次いで発症例が多いのが、頭蓋骨の中にできる癌で、種類が多くその治療法の断定が難しく死亡率が白血病に比べて圧倒的に高いのだ。
「それで髪を剃ったんですね」
治療法の断定のためには、まずは種類の特定が必要になる。そのために髪の毛は検査の邪魔になるのだ。
「あっ、僕も剃ってください」
三五同様に俺は完全なツルツルを陽子さんにリクエストした。
「それで、手術は可能なんですか」
俺は、もう運命を変えられない事を悟りながらも、まだ可能性はないものかと剃刀を手にしている陽子さんに探りを入れる。
「9月20日に・・・手術をするの」
成功率が低いことを暗に知らせる顔色から、俺の脳裏には夏服で出席した葬儀場の光景が蘇る。
俺は、できあがった頭を鏡で確認すると、三五の部屋に向かった。
「見ろよ、ミゴッチ、これでおまえと俺はスキンヘッダーズだ。おまえが一号で俺が二号だぞ、宜しくな」
握手を求める俺に三五は、戸惑いながらも手を差し出してきた。
「この頭、クラスで流行らせようぜ」
「えっーそがぁなことできるかな?」
「できるに決まってるだろう、僕とおまえがこれなんだ、流行らんわけがない」
俺はペチペチと三五と自分の頭を同時に叩いた。
「うん、スキンヘッダーズだね、それって何?」
「おい、英語の授業か、まぁいい」
俺は「スキンヘッド」なる新しいボキャブラを三五に与えるのと同時に、だんだん憂鬱になってきた。この頭の事じゃない、母さんの顔を思い浮かべてだ。
帰宅すると母さんは飛び出してきた。
そして俺の頭を見て衝撃を受けたような顔を露骨にするが、それでも俺の頭をさすりながら強く抱きしめてくれた。
「三五君のお母さんから電話があったのよ。泣いて謝っていたわ、翔ちゃんの髪を切ったことを。でもとても感謝していたわよ」
「ごめん、母さん、無断で髪を切って」
俺本来の記憶でも物心ついてから、こんなに母さんに抱きしめられた事はなかった。
「翔ちゃん、翔ちゃんは本当にいい男になるわ。お母さん見直したわよ。さすが私の翔ちゃんね」
母さんまで泣き出した。というのも俺も、あれほど三五の運命変えに奔走していたというのにその成果がなかった事の悔しさから涙していたのだ。
▲ 心内会議 ▼
《おい俺ヨ、どうして俺まで泣くんだよ》
(どうしてって、悔しいからだよ)
《悔しいから?そうかミゴッチの寿命が延びるようなら、俺自身が30過ぎまで生きられる可能性があったからな、それに敗れて悔しいか》
(えっ、あっそうか・・・俺の運命もやっぱり変えられないのか・・・)
《おい、何を戸惑ってるんだ、そのことじゃないのか?》
(いや、そうだよ、それだよ。俺が悔しがるのは自分のことであるはずなのに・・・)
《なんだ俺は、シンイチ・ミゴなんてものまで咄嗟に登場させて色々試みたのに結局ミゴッチの運命が変えられなかったことで泣いてるのか、それ、悔しいじゃなくて悲しいだな》
(俺が悲しんでる?どうして、あいつはただの友設定で俺は別にあいつのことなか、)
《おい、オレにウソを言ってもしかたがないだろう、俺ヨ》
(ああ、そうだな、俺は三五が死にゆくことを悲しんでいるんだ)
《だな、ここは泣くしかない。そして最後に何ができるかを考えるんだ》
(あいつの最後に、この俺ができることか、か・・・)
《そうだ、悔いのないようにな、ミゴッチも俺も》
(だな・・・)
▽
「母さん、三五のやつ死んじゃうんだよ」
「だとしたら、翔ちゃんは、どうするの」
あれ?「そんな事ないわよ、きっと大丈夫よ」なんて台詞が返ってくるものと思っていたが、さすがはあの爺ちゃんの娘だ、リアルから目を背ける事はしない。
「僕は、悔いの残らないように、めーいっぱいできることをするよ」
「それが、この頭なのね、かっこいいわ翔ちゃん」
こうして最大の難関「母」をクリアした俺は、この先の日課が変わる事をこの時はまだ予想できなかった。
髪は伸びるもの、髪をすいてもらっていた代わりに毎日、母さんから頭を剃ってもらう事になるのだった。




