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冬を越えて

作者: 白瀬 花櫚

 


 いつもの中華料理屋に入るとツバサは退屈そうに携帯をいじりながら座っていた。


「ごめん、少し遅れた」


 やっと仕事を終えて急いで駆けつけた私をツバサは不服げに見上げる。


「遅かったね、何かあった?」


「ううん、少し仕事が長引いただけ」


 そんなやり取りをしながらお互い注文を決める。


 特に話すこともなく、そのまま当たり障りのないことだけを適当に話す。頼んだ熱々の酢豚とは対照的に私たちの会話は生ぬるく停滞していた。


 私は郵便局の窓口で働いていて、その愚痴を彼に言ったこともあった。


 そういう話をするとツバサは不機嫌になり、「そんなに嫌なら仕事辞めればいいんじゃない?」とかそういう返答になるのだ。

 私はそういう話がしたいんじゃない。

「大変だね」の一言だけでも適当に共感してくれればいいのだ。愚痴なんてただのストレス発散でしかないんだから。


 そんなようなことが何度かあってから私はツバサの前で仕事の話はしていない。


 そういう小さな不満で会話が弾まず、次第に話すこともなくなっていく。


 私は不満と疲れをビールで流し込んだ。



 その日の帰り道、駅までのわずかな距離の間にツバサは口を開いた。


「結婚、考えてる?」


 突然すぎて面食らった。私は今まで少しも考えてなかったから。


「まだ、これから考える」


 私の答えにツバサは「そう」とだけ答えて草野球の話を始めた。私はルールもわからないので適当に相槌を打っていたが、「結婚」の二文字が頭の中でグルグルと回っていた。



 朝、目が覚めるともう9時を回っていた。休日だとはいえ、こんなに眠ったのは久しぶりだった。ついつい仕事の時間に目が覚めてしまうことが多かったのだ。


 昨日、ツバサに言われて気づいた。相手のことを考えていないのは私の方だったのではないか、はっきりさせずに別れることもしないでぬるま湯に浸かっていたのは私の方ではないかと。


 そう思うとなんだか急に申し訳ない気持ちになってくる。


 そんな悶々とした気持ちのまま一日を過ごした。休日を満喫したはずなのに休んだ気がしない。シャワーを浴びて携帯を見ると1通のメールが届いていた。ツバサからだ。


『明日、付き合って5年の記念日だよな。夜8時にフランス料理の予約取ったから!』


 それを見て自然と笑みが溢れる。


__憶えてたんだね。


 毎年、祝ったりとかそういうこともしていなかった。私はすっかり忘れていたのに。


 もっとちゃんとツバサとのことも考えよう。


「世界で一番愛しています」


 5年前の明日、そう言って告白してきた彼の言葉に多分嘘はないから。


__明日、何着ていこう。


 こんな風にわくわくしながらタンスを開けるのは随分と久しぶりな気がした。

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