先生、お願いします!
「リク、カイ!」
そう俺が名を呼ぶやいなや、2頭の狼はナイフ男の側面にそれぞれ回り込め吠えたて始める。
使役術の良いところは具体的な言葉がなくても概ね必要な指示が伝えられるところだ。
「なんだぁ!? なんでこんなところに犬がいんだよ!?」
「まぁまぁそれより落ち着きなよ。あんた、なんでそんなに荒れてるんだ?」
「あぁ? これが落ち着いていられるかよ! この店で買
った得物がダンジョンで砕けたってのに、弁償どころか詫びの1つもよこさねぇってんだぞ!」
「この店で得物?」
とりあえずリクとカイに威嚇してもらい、相手の注意を分散させたところに質問でもすればとりあえず足止めくらいにはなるかと思ってやってみたが、思ったよりも効果があった。
が、このナイフ男の発言にはちょっと疑問点がある。ここは冒険者がよく訪れる店ではあるが、あくまでも雑貨屋だ。
ダンジョンで使えるような軽量でコンパクトな調理器具や解体用のナイフは取り扱っているが、装備といえばギリギリ鎧下と呼ばれる厚手の服のようなものが古着として手に入るくらいで、得物と呼べるような武器は取り扱ってなかったと思うんだが。
「得物って、この店で何を買ったんだ?」
「見て分からねぇのか! こいつとおんなじやつだよ!」
そう言うとナイフ男は目の前にそのナイフを掲げて見せる。
大振りではあるが、解体ナイフの範疇に収まるそれは多少普通のナイフよりは厚めで、冒険者の蛮用にも耐えうる強度が確保されているんだろうが、間違ってもメインの武器を張れるもののようには見えない。
「得物っていうか、解体ナイフだろ? 肋にでも引っ掻けてへし折ったのか?」
「いんや、猪野郎の頭に振り下ろしたら角に当たって粉々よ。それで仲間も殺られちまったし、こりゃどう考えても詫びの1つや2つ入れるべきだろう!?」
「いや、持ってた武器はどうしたんだ?」
「分からねぇ奴だな! これが得物だって言ってんだろう!? 嘗めてるとぶっ殺すぞ!」
話している内にまた段々とヒートアップしてきたのか、語気を荒げて叫びだしたその男の言っていることが、この段になって漸く理解できた。
要は、人を殺すならばともかく魔物相手には真面に打ち合えそうもないナイフでダンジョンに特攻し、運が良いのか悪いのかその得物だけを壊されて仲間を死なせてしまったこの男は、あろうことかそのナイフを売ったこの雑貨店に責任を取れと怒鳴りこんだんだろう。
まぁ、そんな奴を真面に相手するわけもなく、適当にあしらわれていたんだろうが、逆上したこの男が店のナイフを持って暴れたって言うのが真相だろう。
「そ、そうなのか。ここの店はそれを武器だって言って売ったのか?」
「さっきから何を訳の分かんねぇ事を言ってやがる!? これは冒険者用のナイフだって触れ込みだったんだよ! なら1層の角猪くらい余裕で狩れなくちゃおかしいだろうが!」
「い、いや、それは解体用って意味では?」
「うるせぇ! さてはテメェもグルだな!? どいつもこいつも俺を騙しやがって!」
「まぁまぁ落ち着いてよ」
「そこまでだ! この乱痴気野郎!」
ナイフ男がギャーギャーと捲し立てるのを必死に宥めていると、店の奥から長い捕り物棒を携えた大男達が飛び出してきた。
彼らはいわゆるこの店の用心棒で、今回のように店で暴れる者を取り押さえたり、借金を踏み倒そうとする相手に取り立てに行ったりと、店の荒事全般を担当する人員達だ。
この世界では武器が身近にあり、冒険者などの腕力を信奉する輩も多数いるので、こういった商店でも武力が必要になってくる。
小さな店では店主や若い店員がそれを兼任することも多いが、ここは商会の直営店なため、豊富な資金により専門の荒事屋を雇えている。いわゆる時代劇の『先生、お願いします!』みたいな奴だ。
ちなみに彼らは引退した冒険者であることが多く、今回のナイフ男のような駆け出しにもなれないような、素人に毛が生えた程度の腕ではどうにもならない。
「このッ、糞がぁ!」
どすどすと足音が聞こえてきそうな3人の大男が、捕縛のためのゴツくてとげとげした捕り物棒を携えて向かって来るにあたり、ナイフ男の選択肢は非常に少ない。
その手に持つナイフと自分の腕ではどうしようもない実力差を感じとり、狼狽えたように視線をさ迷わせ悪態を付く。
ここで普通なら、俺や狼達のいない後方に一目散に逃げ出すのが正解だと思うが、どうやらその混乱した頭ではそこまで冷静な判断が出来なかったようで、ナイフを振りかざし奇声を上げながら突進してきた。




