契約成立
しかし、物を冷やすのは簡単ではない。
ダンジョン内で獲物を冷やそうと思っても、現実的にはかなり難しいのだ。
前世では、山で仕留めた鹿や猪を川に浸けて冷やす光景なんかをネットやらテレビで見たこともあるかもしれない。それは肉よりもなお腐りやすい血が腐るのを防ぎ、肉の質を劣化させない為らしいが、こちらでは一般的ではない。
この世界の山や森は、未だ人間のテリトリーではないからだ。呑気に肉なんて冷やしていたら、こちらが冷たい肉に加工されてしまう。出来てせいぜい血抜き程度が限界である。
それでも肉を冷やせば保存が効くことは当然知られているので、冷やせるなら冷やしたほうが良いというのが常識とされていた。
なので、ダンジョン探索でも持ち帰る肉を冷やすというのは簡単に考え付く方法であった。
魔力消費を考えても、特定の属性を使える魔法使いならば肉を凍らせ続けるなど造作もない事である。
しかし、それが言うがやすしの鉄板として語られるほどの無茶であることも確かだ。
ダンジョンという野山と同じく人のテリトリーではない場所で、戦闘や索敵以外での魔法の維持なんて、リソースの無駄遣いも甚だしい。
知識が必要なために、ただでさえ成り手の少ない魔法使いの、更に貴重な魔力を使って肉を冷やして持って帰るなんて、探索成功率を無闇に引き下げる行為に他ならない。
それを余裕を持って出来るような大魔法使いならば、そもそもダンジョン探索行などしなくても、まったく問題なく暮らせる。
例外があるとすれば、素材を自分で手に入れたい高位の錬金術師くらいのもので、魔法で冷やすというのは現実的ではない。
実はテイマー、及びサモナーはその点を解決できる可能性を秘めているが、それにしたってある程度高位の者でなければ出来ない手段だ。
そこで冒険者達の間で使われているのが、魔石式のフリーザーである。聖人の腰袋に入れておけるサイズの物であれば、ダンジョンの奥地でも取り出して貴重な部位を冷蔵しておける。
一般的な市場からは一掃されてしまった魔石式ではあるが、中堅以上の冒険者、及び高級生鮮品を運ぶ商家という限られた需要があるので受注生産という形で今も細々と作られている。
「そもそもですが、魔石式のフリーザーは完全に売り手市場の上、この街には作っている工房すらありません。これを逃すと次に入手する機会はかなり先になると思われますが……」
「それは判るんですがねぇ」
この街にも魔道ギルドの工房はあるが、やっている仕事は既にある魔道具の修理補修が主で、新しく作られる魔道具もあるがフリーザーに関しては吸魔式しか作っておらず、魔石式の作成ノウハウはもっと大きな工房にしか残っていないだろうとの事。
「とはいえ、自分も冒険者になったばかりで資金に余裕はないんですよ。流石に金貨11枚は踏ん切りがつかないですね」
「うーむ、そうですか‥‥分かりました。これからのご贔屓に期待して5万ゴルディン値引きしましょう。105万ゴルディンではいかがですか」
「どうしようかなぁ」
交渉の態度と向こうから値下げの話が出た時点で、この店としてもそこまで取り置きたい商品でもないことは分かった。
需要があるといっても、それは限られた範囲かつ1度購入したらなかなか買い換えるものでもない。
俺のように聖人の腰袋を持っていて、かつフリーザーをまだ入手できていない冒険者と巡り合うことも稀だろうし、そいつがフリーザーを欲している場合は魔道ギルドか魔道具を扱っている商会に出向くだろう。
恐らくこのフリーザーを入手した経緯も、貴族との繋がりのために処分したいものを嫌々買い取ったのだろう。でなければ、明らかにこの雑貨店の客層とマッチしないこの商品は仕入れないはずだ。
その辺を考えればもう少し値切れないだろうか。
「傷はあまり無いとはいえ、古いものには代わりありませんし、中古品ということは作った工房も定かではなく修理もままなりません。75万ゴルディンなら買わせていただきます」
「そんな……いくらなんでもそれはご無体です。100万ではどうですか?」
「うーん、あ、そうだ。では、本来の目的である保存用の容器も付けていただけませんか?それなら85万で買い取ります。俺ほど都合の良い客もなかなか来ないでしょうし、こんなところでどうでしょう?」
「ぐっ、じゃあ今お持ちの首輪に犬用ブラシに洗剤、エサ皿におやつの鹿の角もお付けして95万でお売りします!」
「88万でどうだ!」
「93です!」
「90!」
「91!これが限界です!」
「買った!」
結局、フリーザーその他諸々込みで91万ゴルディン、金貨9枚に大銀貨1枚という中々の大金を払う羽目になったが、これからダンジョンに潜る上でかなり便利な物を手に入れることが出来た。まぁ最初の提示額よりはほぼほぼ金貨2枚分は値切れたので良しとしよう。




