泣く泣く去らば
きょろきょろと辺りを伺うその姿は、どこか親の帰りを待つ子供の姿を幻視させた。
まるで待ち人を探しているようにさ迷っていた視線は、こちらを捉えてピタリと止まる。
「おはよう、グラム。来てくれないかと思ったよ」
レイモンド兄さんはそう言って嬉しそうに笑った。
「いやいや見送りくらいはするよ」
「そう言って昨日は来なかったじゃないか」
「いやぁ、昨日はダンジョン行って疲れちゃって」
確かに昨日は顔を出さなかったが、そもそも見送りには行くとしか言ってなかったから、問題ない。
「もうダンジョンに行ったのか。その‥‥どうだった?」
「うん、なんとかやっていけそうだよ」
実際はこの頭数では厳しそうだったが、これから仲間を増やしにいくし、安全マージンは取っている。
やっていけそうというのも、あながち嘘でもないだろう。
「そうか‥‥」
「え、どうしたの」
順調な滑り出しだと伝えたのに、なにやら意気消沈する兄。
いつもは家族が幸せなら俺も幸せだと豪語する兄が、弟の成功報告にこんな態度を取るのは初めて見るものだった。
「グラム、怒らないで聞いてくれよ」
「うん?」
「俺はな、お前が追い詰められて這う這うの体で逃げ帰って来ないかと期待していたんだ」
「へ?なんで?」
それはあまりに衝撃的な告白だった。
家族の成功を信じてやまないはずの兄が、俺の失敗を願っていたなんて。
思わず詰め寄りそうになるが、まだ話には続きがあった。
「怪我しない程度に怖がって逃げ帰ってくれれば、もうお前がダンジョンに行かないと言い出すんじゃないかと期待していたんだ」
「‥‥兄さん」
「グラム、お前は優しい奴だ。冒険者なんて続けていたら、いつかその優しさでお前自身が危険にさらされてしまう。それは自分でも感じているだろう?」
「それは、うん」
俺は殺す覚悟を決めている。
それは魔物であっても、人であっても変わらない。
賊に慈悲をかければ、自分だけでなく周りの仲間まで危険に晒してしまうからだ。
だが、見捨てる覚悟はあるのだろうか。
もちろん、頭では分かっている。
危ない橋を渡って見ず知らずの他人を助けるには、それ相応の覚悟が必要だと。
それが仲間を危険に晒すことに繋がることは、重々承知しているが、かといってこちらに伸ばされた手を、俺は振り払えるのだろうか。
「グラム、強くなれ」
「え?」
「お前は誰も見捨てられない。それは甘さでもあり、優しさでもある。それがグラムだ。自慢の優しい弟だ」
「いや、そんなことは」
ないという否定の言葉を、兄の手が遮った。
「だから強くなれ。つかんだその手を引っ張り、倒れた奴らを根こそぎ背負って助けられるような、強い男になれ」
兄は泣いていた。
それを隠そうともせず俺を抱き締めた。その震える手が、体が、不安で押し潰されそうなのを感じた。
だが、兄はそれだけを伝えると、それ以上なにも言わず馬車に乗り込んだ。もう振り返らなかった。こちらには、背中越しに声をかける。
「見送りはここでいいぞ。その格好ということは、これからまた戦いに行くんだろう?」
「うん」
「俺も、これ以上話していたら紐で縛ってでも連れて帰りたくなるからな」
「縛り付けるのは母さんだけの特技にしといてよ」
「ははっ、違いないな」
「うん、そうだね。違いない」
意地でも情けない声を出す訳にはいかなかった。兄を不安なまま帰らせないために。
「じゃあな、なるべく早く帰ってこいよ。‥‥まってるからな」
「うん、またね」
馬車の荷台には、申し訳程度の仕入れた商品が揺れていた。
何を買ったのだろうと目を凝らしたが、何故か滲んで良く見えなかった。




