オーナー
「はじめまして、昨日からこの宿でお世話になっているグラムです。こっちはフロイト」
「この宿のオーナーのグランバルじゃ」
そう言ってカウンターの方に歩み寄るオーナー、いやグランバルさん。
カウンター前に椅子を引っ張ってくると、そのまま座ってマスターさんに注文しだした。
「何でもいいから蒸留酒をくれ」
「そうやって適当な注文をしないでくださいよ」
「今まで文句を言ったことはないじゃろう。お前さんの腕を信用しとるんじゃ」
「はいはい、じゃあお客さんの対応をお願いしますよ」
そう言ってマスターは背を向けてしまった。酒を用意しているようだ。
「そんで、グラムと言ったか?宿のことで何ぞあったんか。どっか壊したなら弁償じゃぞ」
「いえ、あの、自分は今日からテイマーとして冒険者を始めまして‥‥」
「ほう‥‥新人テイマーは珍しいの」
そう言って頭から爪先まで視線をゆっくりと走らせる。
今は鎧も武器も付けていないから、あんまり冒険者っぽくは見えないだろうけど。
「多少は近接も使えるな?」
「はい。棍棒術と盾術を修めました」
体格を見ただけで分かるのだろうか。確かにある程度鍛えてはいるが、服の上から目立つほどの筋肉は無いはずだが。
「なんじゃ、キョトンとしおって。努力は手を見れば分かる」
確かに俺の手はタコが多い。商会の仕事はシルトにお願いしてたけど、訓練だけは欠かさなかったからな。
「話が逸れたの。用件はなんじゃ?」
「新しく狼をテイムしたいんですが、その子達も一緒にここにおいてもらえますか」
「なんじゃ、そんなことか」
グランバルさんは席を立つと店の奥に歩きだした。指をちょいちょいと動かしているのは、着いてこいということのようだ。
昨日フロイトと2人で体を洗った水場を通り過ぎる。
昨日パッと見た感じ、この奥には小さな小屋と隣の建屋との仕切りしか無かったような気がして、疑問に思いながら着いていくと、建屋の陰の仕切りの一部が扉になっていた。
「大体の宿には馬屋が付いておる。うちの宿は1階が酒場じゃろう? 歩きで町人が飲みにくることもあるでな。馬屋は宿の敷地の更に奥、裏道から入るところに設けたんじゃ」
「へぇ、そうなんですね」
「これがでかい馬車を持つ大店の商人連中からは大不評での。裏道が狭くて入り辛いと、ウチには寄り付かなくなったんじゃ」
宿に商人が寄り付かなくなったらかなり不味いんじゃ。
「全く、冒険者商売とは良く言ったものよ。お陰で未だに冒険者として猪狩りに精を出す羽目になっとるわ」
冒険者商売。いわゆる士族の商法と同じ意味で、資金だけはある素人が商売に手を出して失敗するという諺だ。
冒険者は、強くなればなるほど実入りが良くなる。
魔物倒して金貨何枚という世界で生きてきた冒険者が、いきなり1枚でも多くの銅貨を稼ごうとするのは、頭の切り替えが上手くいかず、丼勘定して失敗しやすいようだ。
「でも、酒場も宿も繁盛してますよね」
「だからこそ狩りが止められないんじゃ。ウチの売りは飯が旨いことと、1階に酒場があることじゃからの。酒はともかく、肉を安く出すなら自分で狩ってこねば足が出ちまうんじゃ」
なるほど、冒険者に人気の宿にもこんな事情があったとは。
「まぁ今は引退した冒険者どもを雇って、肉を安く買い取っているから、毎回行く必要は無くなったんじゃがの」
「安く、ですか?」
ここに安く下ろすくらいなら、冒険者ギルドに下ろせば多少は高く買い取ってもらえるのでは?
「代わりに、引退後の起業の仕方やら、再就職先の斡旋やらをしてやるんじゃ。何だかんだで30年近く、宿屋のオーナーと冒険者の立場を行ったり来たりしとるからの。相応に顔も効くでな」
そう話すグランバルさんの顔は誇らしそうで、金のためだけに引退者を雇っている訳ではないことが伺えた。




