慢心した奴から
奥に進むにつれてホーンボアと出会う頻度が高まったように感じる。
1度目の戦闘はダンジョンに入って大体20分後だったのに対し、現在は初戦闘から約1時間半で8体目になる。
懐中時計などは持っていないので大体でしかないが、体感では明らかに早まっている。
今回はウィンドエッジが避けられてしまったが、躱した反動で少々緩んだ突進をシルトが真正面から受けとめて、そのまま首を捕らえてしまった。
巻き角が体にぶつかり、多少シルトの表面が削れているが、構わずフロントチョークのように首に腕を掛けたまま締め上げている。
このまま見ているだけでも終わりそうだと、フロイトと2人止めをさすタイミングを見計らっていると、嫌な音が聞こえてきた。
今まで通ってきたはずの後ろから、蹄の音が響いてくる。
あまり猶予はなさそうだ。
締め上げているホーンボアを仕留めて、全員で掛かることも考えたが、無理に手を出すと拘束が解けてしまいそうだ。それに時間的にギリギリ間に合わない。
腹をくくって指示を出す。
「シルトはそのままそいつを捕まえといて。フロイト、2人でやろう」
「ワカリマシタ、オレガマエニデマス」
そう言うと、フロイトはグレイブを前に突きだし構えた。
「エアーシャッターで脚を止める。そこを叩いて」
絶対的なタンクだったシルトが抜けた今、いまいち使い所がなさそうだと思っていた壁呪文が役に立つ。
シルトとの混戦を避けるためこちらから距離を詰める。
ホーンボアの姿を捉えたところで、魔力が練りあがる。
「どっからでもかかってこいオラァ!『エアーシャッター』!」
こちらに引き付けるために大声で威嚇してみたが、効果はあるだろうか。
魔力を孕んだ風の膜が少し先に形成される。
もうホーンボアは目と鼻の先だ。
衝突の瞬間は風切り音しか聞こえなかった。エアーシャッターが乱れ、鏑矢のような乱れた高音が鳴る。
突破こそされたものの、ホーンボアも助走により蓄えた運動エネルギーは失っていた。多少のダメージはあったようで少しよたついている。
それでも闘志に陰りはなく、こちらに突っ込んでこようとしている。
猪で怖いのは股ぐらに鼻先を潜らせての掬い上げだ。
猪の膂力では人間程度の重さなど簡単に吹っ飛ばされてしまうし、何よりその鋭い牙で太ももの大動脈を裂かれたら、出血多量で死に至る。手当てが間に合わなければだが。
フロイトはグレイブで鼻面を突こうとしているが、バックステップで躱されている。
だがヘイトを買ってくれるだけでとても助かる。
その時間でウィンドエッジが打てるからね。
射線上には仲間はいないし、せっかくこちらに意識を向けていないので無詠唱で風刃の呪文を放つ。三日月に形成された不可視の刃がホーンボアの脇腹に突き刺さる。
致命傷には程遠いが、予想外だったのか完全に足が止まっている。
この好機を逃せばまた戦いが長引くのはフロイトも感じたようで、グレイブを大きく横に薙ぎ払う。
ホーンボアも下がろうとしたようだが間に合わず、左前肢の付け根に傷をつける。まともに動く脚が3本になり、機動性がかなり落ちた。
出し惜しみせず追加でウィンドエッジを叩き込む。
隙が大きいので脚を狙って放つ。ここが勝負所だ。
風の刃が抉った場所は右後脚の脛部分だった。骨にまで届いたのか、もはや立っているだけで精一杯に見える。
よし勝ったなと、気を抜きそうになった瞬間に、稽古をつけてくれた冒険者の言葉が頭をよぎった。
「魔物は瀕死の時が1番強いんだ、慢心した奴から死ぬ」と何人もの冒険者達が言っていた。
「フロイト、慎重にいこう」
フロイトに、そして自分に言い聞かせるように声をかける。遠巻きから他の脚を傷付けてから止めを刺しにいこう。
戦いが終わったのは、それから2分後のことだった。




