ギルドの掟
どうやらジョッキは俺に向かって投げられたものではないようだ。2人の男が取っ組み合いをしている。
「ふざけんなよテメェーもう一回言ってみろ! アイリスちゃんと結婚すんのは俺なんだよ!」
髭面の男がスキンヘッドの大男の胸倉に掴みかかり、大声で詰め寄っていた。
「はっ、何回だって言ってやるさ。アイリスは俺の婚約指輪を受け取ってくれたぜ、喜んでなぁ」
スキンヘッドの方がにやつきながら髭面を煽る。
そこから殴り合いに発展して会話と言うより獣の咆哮が建物内に響く。
「あーあー、またやってるよ。坊っちゃん大丈夫だったかい?」
あまりの衝撃で固まっている俺に、近くのテーブルで朝飯を摂っていたことがわかるおじさん冒険者が、こっちに声を掛けてくれた。
「はい、なんとか。あの、あれはいったいどういうことなんでしょう?」
取っ組み合いをしている方におそるおそる指を指してみる。
「まぁ、良くあることだぁな。好みの娼婦に結婚して身請けするって申し出て、指輪を渡したってのを仲間に話してたら、近くにその子を狙ってた奴がいたってとこだろうよ」
取っ組み合いを肴にジョッキを呷るおじさん。まぁ中身は酒じゃないようだが。
取っ組み合いは佳境に入ったようだ。髭面の方が馬乗りになっている。あそこからは返すのが難しい。
そこまできてやっとお互いの仲間が止めに入る。
「ま、どっちも結婚なんか出来ねぇだろうけどなぁ。ハゲの方は殴られ損だなありゃ」
「そうなんですか?」
思わず聞き返してしまった。
「女の方が現実が見えてンのさ。冒険者の嫁になってどうするんだ?家すらない流れ者が殆どだぞ?その絹を纏った体で一緒に冒険者稼業は無理さ。それとも布団でも温めてろってか?」
そうせせら笑いながら喉を潤す。
「でも、婚約指輪は受け取ってくれたって言ってたような気がするんですが」
「坊っちゃんは純粋だねぇ。そうさ、あいつも言ってたじゃねぇか、受け取ってくれたってよ。文字通り受け取っただけなのさ。それからのことなんてなーんにも約束しちゃあいないんだろうよ、目に浮かぶようだぜ」
「それにしたってもう結婚するような口ぶりでしたけどね」
自信満々に見えたんだが。
「相手は男を喜ばすプロだぜ? 獲物の仕留め方くらい知ってらぁな。『ありがとう、でも受け取れないわ。私は汚れた身だから』『それは俺の決意だ、持っていてくれ』『私、嬉しいわ』なんて流れじゃねぇかな」
なにそれ怖い。
魔物とかとは別の意味で魔性の女ってやつだ。
それにしてもこんなに激しく暴れてるのにギルドの職員さんは止めに入らないんだな。
「何で止めねぇのかって顔してるぜ坊っちゃん。その格好なら流れてきた初級冒険者か新人ってところか。教えとくがよ、ギルドには掟があるのよ」
「掟、ですか」
「おう、まぁ細かいことは後で受付で聞きゃあいいがこれだけは覚えとけよ?『ギルド員の揉め事はギルドの中で片付けろ』だ」
そう言っておじさんはニヤリと笑う。
「中でってことは他所に迷惑かけるなってことですか?」
「まぁ普通はそう思うよな、ギルド側も最初はそのつもりで布告したんだろうぜ。でもよ、どっかのバカが『ギルドの中なら喧嘩してもいい』とかいう頭の悪い解釈をしてな」
えぇ‥‥馬鹿なのかな‥‥
「まぁこの噂が広がったお陰で酒場からの苦情は減ったし、ジョッキやら椅子やら弁償させるのにも、報酬から天引きなりギルドの口座からさっ引くなりで楽になったようでよ、職員も乱闘なり刃傷沙汰にならなけりゃ基本黙認してんだわ」
ここはバーバリアンのキャンプかなにかなのかな。
実力主義が過ぎませんかねぇ。




