隣街に旅立つ。
俺はある日唐突に悟った。『あ、このままじゃ堕落してシルトのヒモになりそう』と
余りに自分が恵まれている状況は、自分では理解出来ても中々に脱け出せないものである。
何時もの日課の走り込みが終わった時にふとそんなことを思った。
体は鍛え続けているが、この生活に慣れてしまっているような気がする。ストレスが極端に少ない今の生き方は、いわゆるぬるま湯と言う奴なのではないか。
生きるのに必要な労働はシルトに任せ、悠々自適に鍛練に励み続けた5年間だったが、前回そろそろ出発してもいいんじゃないかと考えたのは、いつだったか思い出せない。
そこで急に焦りはじめた。
俺は冒険に出たかったのではなかったのか?
未だに家族の庇護下でぬくぬくと生きていてもいいのだろうかと。
もう15の春はすぐそこであったが予定をくりあげることにした。
そして今、母に椅子に縛られている。
「グラムちゃん、考え直してくれた?まだ15歳にはなってないんだもの、もう少し家にいるわよね?」
泣きそうな声でそう言うのはイザベラ母さんだ。
そして、実家を脱出せねばならない理由でもある。
この人の甘やかし力は半端ないのである。
この5年であれほどあった外への冒険心を上からばっちり舗装したのは母の愛である。
なんとか今回は舗装を突き破れたが次はなさそうであった、このまま上に家でも建てそうな勢いである。
なんとしても旅立たねばと思っていると助け船が通りかかった。
「何をしてるんだい?母さん」
さらに逞しくなった一家の長男レジナード兄さんである。もう下積みを終えて、今は父さんに付いて色々と商会長としての教育を受けているところらしい。
そして、今度幼なじみと結婚する。羨ましい。
仕事が忙しいので走り込みはしてないはずだがその筋肉はどう維持してるんだろう?ともあれ助かったようだ。なんとか味方に付けて説得を……
「何だって!?グラム、まだ早いんじゃないか? 後二、三年くらいゆっくりしてもいいんだぞ?」
しまった、兄さんは俺の味方だけど甘やかしたい側の人間だった。
「まぁまぁグラムの意思を尊重しようじゃないか」
結局父さんに助けてもらった。
さすが商人だ、落とし所を作るのがうまい。
僕は家を出るけど、向かう先は隣の街になった、そこで初級ダンジョンの攻略に挑むことにする。
後、年に一回は帰ってくることを約束した。
そうでもしないと着いてくる勢いだったので諦めた。
使い込んだメイスにバックラーの点検を終え、脂が染みてもはや鉱物めいた固さになった革鎧を着込む。
武器も防具も何度か買い換えたがこれは働いて貯めた自分の金でようやく買えたものである、殊更に思い入れも強い。
自分の部屋に戻って荷物を掴む。
すでに旅の準備は万全だ。細々とした生活雑貨や、消耗品も買いそろえてある。
普通は旅装に求められるはずの、なるべく軽くて嵩張らないという条件を無視して集められたそれらは、確かな品質ではあるが、端から見ると凄まじい量になるだろう。
予備の武器防具すらあるはずのそれは、自室の何処にも見当たらない。
持って出るのは皮袋ひとつである。
10歳の誕生日にもらったこの袋が、これから先の冒険者人生を大いに助けてくれるだろう。
慣れ親しんだ部屋とも今日でお別れである。感傷が込み上げるがぐっと飲み込む。
涙を見せるとまた母にイスに縛られかねない。
そうして俺の冒険は家族に見送られて暖かくスタートした。
ここからはゆっくり時間が進みます。




