02「ガラクタの幼女」その1
※前回のあらすじ
ドワーフの幼女アスミスに助けられ、奇跡的に一命を取り留めた俺は
はぐれてしまったメンバーと合流するため、中央都市へと向かうコトにした。
だが、俺の武器を作ってくれると言い出したアスミスの視線が、妙に熱っぽいので困ったのです。
あ、語尾が伝染った。(汗)
「か…完成なのです…。」
ギィ、と作業部屋の扉が開き、フラフラのアスミスが出て来たのは、朝食時も過ぎた頃だった。
「だ、大丈夫か!?」
「会心の作なのです…。失礼ですが、後はよろしくお願いするの…で…、」
サムズアップをするものの、言い終わらない内にアスミスは倒れる。
俺は咄嗟に崩れる彼女を受け止める。
「くー…くー…」
―寝ている様だ。
そりゃ、全身全霊を懸けて徹夜で剣を打っていたんだから、当たり前か。
こうして俺がアスミスをベッドに運ぶのは、もう2度目だ。
ドワーフのマイスターか…。寝顔は本当に、可愛い9歳の幼女そのものなんだけどな…。
アスミスが起きたのはその日の夜。空腹で目が覚めた様だ。
こうなるかも知れないと思って、俺はあり合わせでサンドイッチを作っておいた。
今、彼女は凄い勢いで食べている。…と言うより飲み込んでいる!?
おいおい、ちゃんと噛んでるか?サンドイッチは逃げないからゆっくり食べろ。
「ご馳走様なのです。お気遣いに感謝するのです。」
「いや、今の俺にはこれ位しか出来ないからなぁ。」
アスミスはベッドから降り、隣の作業部屋から一振りの剣を持って来た。
「どうぞなのです。寝落ちする前にも言いましたが、我ながら会心の出来なのです。」
見た目には何の変哲もない普通の片刃の直剣だ。グリップが長目の半片手剣というヤツだな。
俺は彼女の手から、その剣を受け取る。
「おぉ!?」
受け取った瞬間、ビックリした。この剣、軽い!!
―あ、いや、正確には『重く感じない』だな。これ、メチャクチャ刀身とグリップのバランスが良いぞ。
俺もこっちの世界がそこそこ長いから、色んな武器屋の武器を持ってみて分かったんだけど、
出来の悪い剣は持った時のバランスが悪くて、刀身の方に重心が寄ってるコトが多い。
そういうのは振ると重く感じ、手首に負担が掛かるんだよね。
でもこの剣はどうだ。長さ1メートルはあるのに全然重く感じないし、振り心地も良い。
「アスミス!こりゃスゴイよ!」
「お褒めいただき光栄なのです。」
「でも、片刃なのはどうして?打つ時間が足りなかった?」
「いえ、ロリ・カイザー殿は鎧は買ったのに、盾は買うどころか見向きもしなかったのです。
つまり、日頃から盾を装備しない戦闘スタイルなのだろう、と推測したのです。」
うぉお!!鋭い観察眼だ!!これが職人の目ってヤツか!!
「そこで敢えて片刃にするコトで、太い峰側を盾代わりにして、刃こぼれを心配するコト無く
敵の攻撃をしっかり受けられる様にした方が良いと判断したのです。」
流石マイスター…。感心し過ぎて言葉が出て来ないわ…。
確かに俺の戦闘スタイル…と言える様なモノかどうかは疑問なんだが、
俺が敵を足止めして、みんなに攻撃してもらう、ってのが毎回のパターンだったもんな。
「いやぁ、恐れ入った!!こんなに良い剣、本当に俺にくれるの?」
「是非とも使って欲しいのです。」
そう言って、アスミスは鞘も俺に渡してくれた。
そして再び作業部屋に入ると、ひと抱えもある袋を持って来た。
「それと、これをなのです。」
袋を開けて見ると、それは何と、昨日買った寄せ集め防具セット。
だけど寄せ集め故に各パーツで色もバラバラだったのが、どれも眩しく銀色に輝いている。
「え!?これ、どうしたの!?」
「左右の籠手や脛当てで大きさや重さのバランスが違っていたり、固定のベルト位置がまちまちだったのを直したのです。
ついでに全体に錫をメッキして、色も揃えてみたのです。」
「本当に…君ってスゴイんだな…。」
「いえ、こちらは後回しにしたので、取り敢えずの最低限の修正しか出来なかったのです。」
「十分でしょ!!これなら寄せ集めセットには見えないよ!!」
俺は今、猛烈に感動しているっ!!
「では、これを売りにいくのです。」
「へっ!?」
アスミスの口から耳を疑う様な言葉が出た。
「え?えええ?これ、売っちゃうのか!?」
「これでも買値の倍額以上で売れると思うのです。そのお金でもっと良い装備を揃えられるのです。」
そういうコトか。いや、まぁ、確かにそれが正解だとは思うんだけど…。
―思うんだけど、何か悶々とするな。
俺は今の気持ちに正直に、思っているコトをアスミスに話す。
「これ、俺が使うよ。いや、使わせてくれないか?」
「ええっ!?そんな拙作でいいのです!?」
今度はアスミスが信じられないといった顔をしている。
「うん。折角アスミスが徹夜して直してくれたんだ。そう考えたら、何か売るのが惜しくなった。
君の言う通り、きっとこれを売った方が利口な生き方なんだろうとは思うけどな。
でも、俺はこれが良い。剣と同じで、君の手が掛かったコレが良い。」
見ると、アスミスは目を潤ませて、胸で手を合わせ、
「やはり…、これが私の人生のターニングポイント…なのです!」
―と、呟いた。
冒険者の町の外れにある荒野。
そこには見事に砕かれた岩と、ハンマーを抱えた幼女。
「如何です?私も旅に同行させてもらえるです?」
―うん。断る理由が見付からない。
アスミスの戦闘能力を見たくてテスト紛いのコトをしてみたけど、凄いパワーだ。
獣人族のパトルに勝るとも劣らないんじゃないだろうか。
「ドワーフのパワーがここまでとは思わなかったよ。」
「それはどうもなのです。でも、私は技術系なのでそんなに強く無い方なのです。」
「コレでか!?」
ドワーフという種族は大きく『戦闘系』と『技術系』に分かれるそうだ。
どちらも読んで字の如し。戦闘系は体力・筋力が強く、戦いが得意。その代わり細かい作業は苦手。
技術系はモノ作りが大得意な反面、戦闘は不得手、というコトらしいが…。
このパワーで戦闘が不得手!?冗談はよし子さんだよ!?(死語)
「一応、私達技術系ドワーフも、身を守る術として戦闘訓練は必修だったのです。
ロリ・カイザー殿は驚かれましたが、これはドワーフという種族特有の地力に起因しているだけなのです。」
元々ドワーフが体力・筋力オバケ、というコトか。(汗)
でも、これなら頼もしい旅の仲間になってくれるな。
「ただ、ドワーフは総じて素早さが低いのです。なので、先攻はロリ・カイザー殿にお任せするコトになるのです。」
「分かった。…ところで、その『ロリ・カイザー』はちょっと、出来れば、ヤメて欲しかったりするんだけど…。」
「何故なのです?冒険者が誰でも知るトコロの、英雄の名をはばかる理由が分からないのです。」
すいません!恥ずかしいんです!単純に!
どういうワケか、この世界の人達はみんな『ナイスな名前』だと思ってるみたいだけどさぁ。
「えっと、ホラ、町でその名前を出しちゃうとさ、人に聞かれて…、ねぇ?」
「あぁ、理解したのです!」
「だろ?」
「町で『ロリ・カイザー』の名前を出すと、英雄見たさの野次馬が集まってきて行動に支障を来たすのです。」
「―え?」
「有名税とは言え、それでは歩くのもままならなくなるのです。これは浅慮だったのです。」
アスミスが申し訳無さそうにペコリと頭を下げる。
えーっと、いや、まぁ、もうそういうコトで良いかな…。説明するのも面倒臭くなって来た。
「ならば、何とお呼びしたら良いのです?」
「ケインで良いよ。」
「了解なのです。ケイン殿なのです。英雄をお名前で呼ばせていただけるとは、嬉しいのです。」
まぁ、それも本名じゃ無いけどな。俺が元いた世界でMMORPGやってた時のキャラ名だし。
かくして俺とアスミスは、北の関所目指して数日間の旅に出るのであった。
そして3日。俺達はこれといった問題も無く、北の関所近くまでやって来た。
この世界に来て最初の頃もそうだったけど、この辺りはモンスターも低級と中級しか出て来ない。
これなら俺とアスミスとで十分に戦えた。ダンジョンに寄るコトも無いので、消耗も少ないしね。
「ケイン殿はお強いのです。」
「いやぁ、お世辞でもウレシイね。」
「お世辞では無いのです。確かに体力や筋力は普通の冒険者並でしたが、とても戦い慣れしているのです。
指示も的確で、ケイン殿と一緒だと非常に戦闘が楽なのです。」
アスミスはニッコリ笑ってそう言ってくれる。
「(きっとこれは、英雄ロリ・カイザーの凄さの一端に過ぎないのです。)」
何故か、日増しにアスミスの眼差しが熱を帯びて来ている。ちょっと俺が引き気味になる程だ。
丘陵地を登って行く。以前、偽造硬貨事件を追って関所を通った記憶を逆に辿る。
ここを超えると、もう北の関所が見えて来るハズだ。
ほーら、見え……た…?
「―え?」
「これは…何なのです…?」
俺達は絶句する。
何故なら、その先にあるハズの関所など、どこにも見えず、
無数の巨岩が100メートル級の山となって積み上がり、関所があった谷をスッポリと埋めていたからだ。
左右に高くそびえる山脈の尾根が、どちらも崩壊している。
どうやら、そこから大量の岩が谷間に雪崩れ込んだみたいだ。
俺は目の前の悪夢の様な光景を見ながら、誰に言うとでも無くボソッと呟く。
「地震でもあったのかな…。」
「こんな大異変を引き起こす大きさなら、冒険者の町でも揺れは感じたハズなのです。」
俺は放心状態で頷く。
これじゃあ、ここを通れない。…登って越えるか?
「それは自殺行為なのです。真新しく岩が積み重なっただけの山とか、
足場がいつ崩れるか、分かったモノでは無いのです。こんな山、採掘大好きなドワーフでも敬遠するのです。」
俺は再び頷くコトしか出来なかった。
参った。計画がいきなり暗礁に乗り上げた。
運が悪いと言えばそれまでだが、中央都市へのルートが絶たれたのは痛い。痛過ぎる。
「人的被害が気になるのです。」
!! その言葉で俺はハッ!となった。
そうだ!関所の門番の、メイドさんハーピー!!あの魔族は無事だろうか?
まさか、この岩山の下敷きに…?
―いや、落ち着け。あのメイドさんは冒険者の実力を試す門番をしてた位の強さだ。それに彼女は飛べるんだ。
危なくなれば余裕で逃げられる…ハズ…だ。多分…。
俺の足は勝手に急く。だが、大地の様子は想像を超えていた。
よくゲームで、『この道は岩が塞いでいて通れないんだ』って場面がある。
それって大抵『リアルならちょっとよじ登れば越えられるだろ!』ってツッコミが入るショボイのが多いんだけど、
そんなのとは次元が違う。まるで天から岩の集中豪雨でも振ったかの様だ。
辺りは街1つが埋まる程の広大な範囲に渡って岩が転がっている。最早、ただ進むコトさえ難しい。
「これはもう、自然災害のレベルを超えているのです…。」
その光景の凄まじさは、俺達にそれ以上進むコトを諦めさせるには十分過ぎて、
俺はアスミスと無言で見合い、ただただ呆然とするだけだった。
風の吹く音だけが虚しく。
「ケイン殿…。一旦、戻った方が良いのです。」
「そうだな…。」
アスミスのひと言は、ここから動けず踏ん切りの付かないでいる俺には絶好のタイミングだった。
そうして振り向き、戻ろうとした時だった。
「―!?」
何かが視界の隅に入った。
慌てて再度そこを見ると、岩陰から二本の脚が伸びている。
「誰かいる!!」
もしかして被災者か?
―上半身無いとか、ペシャンコとか、そういうスプラッタ系は無しにしてくれよ…!
俺は心のなかでそう祈りつつ、その脚へと向かう。
細くスラリとした脚、小さい尻、華奢な背中。
それは全裸でうつ伏せになっている少女…と言うにもまだ幼い、幼女だった。
「おい、大丈夫か!?」
俺は倒れている幼女に声を掛け、そっと抱き上げようとした。
―が、一瞬、俺の背筋が凍る。
左腕が…無い。
肩から左の腕が切れてしまっている…!?
その幼女の身体は冷たく、すでに手遅れだったのか?という思いが頭を駆ける。
そこに、アスミスが妙なコトに気付く。
「ケイン殿、おかしいのです。肩から血が出た形跡が無いのです。」
「!?…本当だ…。」
ちょっとパニクっていたのか、そんな単純なコトも見逃していたとは。
俺は意を決してその肩口を覗く。
「―え!?」
「どうしたのです?」
「アスミス、見てくれ!この子は人間…いや、生物じゃ無い!!」
「!?」
倒れていた幼女の、腕が紛失した肩口。そこに詰まっていたのは肉でも骨でも無い。
金属のシャフトと、何本ものケーブル、そして歯車。
コレは 一体 何だ!?