01「槌を持った幼女」その3
―――へ?
思考がフリーズしますた。
そんな俺にはお構い無しに、アスミスは話を続ける。
「ああああ、あんなコトがあっては、もうお嫁に貰ってもらうしか無いのです!」
あぁ、まぁ、嫌な事件だったよね。
この子、貞淑と言うか…、相当に根が真面目なんだろうなぁ…。
でも、いきなり見ず知らずの男と結婚とか、ジャストモーメントだよ?
「いや、待て。待ってくれ。待って下さい。」
「私では駄目なのです!?」
「いやいや、駄目とか良いとか、それ以前の段階の話をしたいんですよね!!」
アスミスはそう俺に言われると、きょとんとして、
「え?」
「俺が言うのも何だけど…、あれはちょっとした事故だよ。そこまで自分を追い詰めるコトは無いんじゃないか?」
「確かにあれは事故なのです。でも、もう遅いのです。手遅れなのです。」
「手遅れ?」
俺が理解出来ないといった顔をしていると、アスミスは至って真剣な表情で言う。
「裸の男性を見るだけでは無く、抱き合ってしまったのです。
つまりあの時点で、私はもう、ロリ・カイザー殿の赤ちゃんを身篭ってしまったのです。」
―――へ?
思考が再びフリーズしますた。
「でも、赤ちゃんには何の罪も無いのです。しっかり産んで育てる覚悟はあるのです。」
「 」
「さりとて片親というのは可哀想なのです。ですからロリ・カイザー殿にも、父親としての職務を全うして欲しいのです。」
自分のお腹を優しく撫でながら語り続けるアスミス。
―お、思考が戻って来たぞ。(汗)
いやいやいやいや、ちょっと待てや!!
「私達なら、きっと良い家庭を築けると思うのです!」
「はい、ストーーーーーップ!!!!」
「え?」
これ以上の放置は駄目だ!
ここでハッキリ言わないと、この手のイベントはどんどんややこしくなるだけだ。
「アスミス、その話は誰から聞いたんだ?」
「母さまが言ってたのです。『好きな男性と寝所を共にすると赤ちゃんが出来る』と教わったのです。」
「うん!半分合ってて、半分間違ってるよね!!」
鉄板ネタの、言葉足らずの性教育ですわ!!
俺はアスミスの目をシッカリ見て、一語一語噛み砕く様に話す。
「えっと、ね。アスミス、君のその情報には誤りがある。」
「そうなのです!?」
「男女は抱き合った位じゃ、赤ちゃんは出来ない。」
「!!!!」
「念のため言っておくが、キスしても出来ない。」
「!!!!!!!!!!!!」
あ、やっぱりそう思ってたみたいだな。(汗)
「だから、そこまで気に病むコトは無い。だけど、ああなったコトはすまないと思っているよ。ゴメンな。」
「知らなかったのです…。」
アスミスが呆けている。まるで敬虔な信者が『神などいない』とでも知ってしまったかの様に。
―あ、いや、今のは訂正。この世界には神様はちゃんといるからな。
それはさて置き、何であんな悲劇が起きたんだっけ?
あぁ、そうだった!一週間も経ってるから、プリス達に連絡をしないと、って思ったんだっけ。
と言うか、その前にココは何処なんだろう。
「アスミス、基本的な質問をさせてくれ。ココは何処なんだ?どこかの町か?」
「ココは『冒険者の町』なのです。」
「え!?」
それって、俺がこの世界に来て最初に着いた町か!?
俺は椅子から立って、窓の板を開けて外を見る。
―あれ?こんな風景だったかなぁ?知った建物や景色が無いぞ?
俺はその疑問をアスミスにぶつける。すると彼女は理解した様で、詳しく説明してくれた。
「ロリ・カイザー殿がいたのは南中央の大陸にある『冒険者の町』なのです。
ココは、南西側の大陸にある、別の『冒険者の町』なのです。」
『冒険者の町』は幾つもあるのか!?
「魔族が北に関所を設けてから、それぞれの大陸の交通がほぼ皆無となったのです。
ですからその大陸に住んでいる限りは、単に『冒険者の町』と呼ぶだけでコト足りるのです。」
あぁ、成る程。
俺が元いた世界でも、区役所とか市役所は全ての県や市にある。で、その県や市から出ないのであれば、
『市役所に行って来る』と言うのは、その地区の中で特定されるちゃんとした場所のコトを指すんだものな。
―ん?待てよ?南西側の大陸って、関所にはあのメイドさんハーピーがいるんだったよな?
だったら、ワケを話せば顔パスで通してくれる!!中央都市に戻れる最短ルートだ!!
そこまで戻れば、プリス達と合流出来るかも知れない。
そうで無かったとしても何かしら情報は得られるし、探索・救助のクエストも依頼出来る。
ならば行動あるのみだ。目的地は中央都市!
―と、意気込んだまでは良かったものの、
「考えてみたら、一文無しだわ。」(汗)
キマイラとケルベロスを退治しに行った離れ小島は、町も村も何にも無い場所なので、
予め所持金は、ほとんど全部を冒険者ギルドに預けてから出発したのだ。
退治して得た鉱石もパトルに持ってもらってたし、小銭くらいしか残ってない。
更に悪いコトに、あの荒波で揉まれたからか、胸当ても籠手も脛当ても外れて紛失してしまっていた。
武器は、俺の持っていたパトルの剣が折れてしまったので、これまた無装備状態。
普通、防具は革のベルトで身体に着けられるので、そう簡単には外れないハズなのだが…。
兎に角、運良く装備が外れてくれていたお陰で、沈まずに済んだコトは確かだろう。
と言うワケで、今の俺の見た目は久し振りに『町の男その1』そのものだ。
そう言えば、完全な金欠とか、この世界に来てから初めての経験だ。
これじゃ、アスミスに助けてもらったお礼も払えないもんなぁ…。
「いえ、お礼は良いのです。助けられる者を助けるのは冒険者の務めなのです。」
ギルドの規約にあったヤツだな。守らない荒くれ者が多い中、本当に真面目な子だ。
それだからこそ、やっぱりキチンとお礼はしたい。
だけど先立つモノが無い。
モンスターを狩ってお金にしようと思っても、装備品も武器も無い。八方塞がりだ。
地道に土方のバイトとかするしか無いのかなぁ。
そう俺が困っていると、アスミスが話し掛けて来る。
「冒険者ギルドに預金はあるのです?」
「あぁ。だけど、預けたのは中央都市の冒険者ギルドだからなぁ。」
「それなら何とかなるかも知れないのです。」
「え?」
俺はアスミスに案内されて、その町の冒険者ギルドに来た。
「ここを始め各町の冒険者ギルドは、中央都市の冒険者ギルドの支店の様なモノなのです。」
「支店か…。」
銀行や郵便局みたいだな。
―え?待てよ!?それって、ひょっとして!?
「はいです。中央都市で預けたお金をここで引き出せる可能性があるのです。」
「マジか!!」
「誰でもというワケでは無いのです。でも有名なロリ・カイザー殿なら、あるいは、なのです。」
一縷の望みを胸に、俺はギルドの受付に行く。
そこで事情を話し、登録プレートを見せる。
「少々お待ち下さい。」と言われて、少々待つ。
ギルド長が会ってくれるコトになった。第一関門クリアだな!!
「そうですか、それは大変でしたね。事情は分かりました。」
ギルド長の部屋でこれまでの経緯を話す。アスミスも俺を発見したので証人として付き添ってくれている。
「お金、引き出せますか?」
「幾らでも、というワケには行きません。中央都市での預金が今現在どのくらい残っているのか、
すぐには判りませんので…。もし負債になってはお互いに困りましょう?」
ですよねー。
例えば、預金が100万エンだったとして、この一週間の内にプリス達が70万エン引き出してたとする。
で、俺がこっちでも70万エン引き出したら、100万のトコロから合計140万引き出してしまうコトになる。
これを許してたら、計画的にあちこちで一斉に引き出す悪い連中が出て来るだろうからな。
結局、俺が引き出せたのは20万エン程。
【ご利用は計画的に】ですなぁ。
「それで、もう1つお願いがあるんですが…。」
俺は我ながらあつかましいと思いながらも、ギルド長に話す。
「中央都市の冒険者ギルドに、言付けを頼めませんか?取り敢えず俺が無事だってコトを知らせたいんです。」
「そういうのは郵便の仕事ではないですか?」
「そうなんですけど、時間が惜しいんです。仲間が俺を探して行き違いになってしまう可能性も大きくて…。」
「私からもお願いするのです。」
アスミスも俺の横で頭をペコリと下げる。
「ふむ…、魔導巨人を倒されたロリ・カイザー様の頼みですしねぇ…。
分かりました。特別に我々の業務連絡扱いにして、伝書鳩で送っておきましょう。」
「あざっす!!」
あー、TVで観た『芸能人が人気のラーメン店に来て、行列スルーして入って行く』様な特権気分だな、コレ。(苦笑)
『やった!』という気持ちと『ゴメン!』という気持ちのハーフ&ハーフ。
町の大通り。
ここで武器や防具、アイテムを揃えようと思ったのだが…、
手持ち20万エンは生活費としては十二分だが、装備費用としては少な過ぎる。
革の胸当てやショートソードとかの初期装備レベルなら買い揃えられるけど、
北の関所を通って中央都市に行くってコトは、中級、上級モンスターとも戦う可能性があるってコトだ。
それを考慮すると、もっと良い装備じゃないと安心出来ない。
特に俺はプリスやデヴィルラみたいに魔法も使えないし、パトルみたいに力も強くないし、マーシャみたいに素早くも無い。
だから、装備で底上げするしか無いんだよなぁ。
「なかなか決まらないのです?」
アスミスも町の案内として買い物に付き合ってくれている。
「予算が厳しくてねぇ…。―ん?これは…、」
苦笑いで答えた俺。そんな中で目に止まったのは、格安の鎧セット。
この値段ならギリギリ買えるな。でも、何でこんなに安いんだ?
「これは、胸当て、籠手、脛当てが全て別のモノなのです。寄せ集めで1体分こさえているのです。」
あー。よく見ると全部のパーツでデザインが違うし、素材の金属も違うからか色も微妙に異なっている。
サイズもちょっと左右でちぐはぐだ。全体的なまとまりがまるで無い。
あれだ、手足胴体で色も形もまちまちの5体が合体するロボットみたいなカンジだ。
「うーん、どうなんだろう?品質は悪く無いのかな?」
「はいです。1つ1つのモノは結構、出来が良い部類なのです。
この脛当てなんか、値段に不釣り合いな位に高い魔法防御力のある金属で出来ているのです。」
モノ作りが得意なドワーフの目利きで『出来が良い』と言うなら、信用出来るかな。
でも、1つ問題がある。
「これ買ったら、もう武器までお金が回らない…。」
「それは深刻なのです…。」
残金はロープやランタン、薬草等、冒険グッズを揃えたらキレイに消えてしまう。
格闘家でも無いのに、武器を持たない遠出なんか自殺行為だ。
悩む俺。その隣で俺を見るアスミス。
―と、彼女がやおら口を開く。
「これにするのです。」
「え?これ買っちゃう?でも武器は…、」
「その心配は無いのです。」
そう言ってアスミスは、寄せ集め防具セットをそそくさと店主のトコロに持って行く。
まぁ、迷ってた俺の背中を押してくれたってコトだろうな。
『迷うのは欲しいと思ってるからだ 迷ったら買え』これ、買い物の名言だな。(苦笑)
で、結局そのまま武器は買えずに、アスミスの家に戻って来たワケですよ。
どーすんべかなー、と俺が思っていると、アスミスは作業着を羽織り始めた。
「ん?これから仕事でもあるの?」
「はいです。ロリ・カイザー殿の武器を作ろうかと思うのです。」
「え!?」
俺の武器を、アスミスが作る!?
「丁度余ってる素材があるので、剣1本ならすぐに作れると思うのです。」
これを考えていたから、アスミスは防具セットを買うのを即決したワケか。
いや、でも、助けてもらってお礼もまだなのに、またこんなコトまでしてもらうなんて…。
「構わないのです。ただ、条件が1つあるのです。」
「条件?」
「私をお嫁…あ、いえいえ。えっと、中央都市までの道、私を同行させて欲しいのです。」
「うえっ!?」
意外に次ぐ意外に変な声が出てしまった。
「私では嫌です?」
「そ、そんなコト無いよ!」
悲しそうな顔をする幼女に勝てる者などいない。この俺が断言する。
「良かったのです!」
泣きそうなカラスがもう笑った。幼女の笑顔は最高だ。これもこの俺が断言する。
「で、でも何でそこまでしてくれるんだい?」
「ロリ・カイザー殿は、私達冒険者の憧れなのです。」
「―あんだって?」
今、自分の耳を疑う様なコト、聞こえましたよ?
「ロリ・カイザー殿は魔導巨人と戦ったのです。」
「うん、そうだね。」
「魔王軍も冒険者達も、手が出なかったのです。」
「うん、そうだね。」
「ロリ・カイザー殿は、それに単身で掴み掛かったのです。」
「うん、そうだね。」
「そして、拳一発で魔導巨人を粉微塵にしたのです。」
「うん、そうだね。」
「それは英雄と呼ぶべき存在なのです。そんな方と旅を一緒に出来るのなら、冒険者冥利に尽きるのです。
これは間違い無く、私の人生のターニングポイントになるのです。」
―どうしよう。
アスミスの言ったコトは、確かに合ってはいる。
でも、色々足りていない。
魔王軍や他の冒険者達が手が出なかったのは、あの魔導巨人が放っていた消滅の光に当たると
この世界の物質は全て分解されて消えてしまうからだ。
俺が単身で挑めたのも、プリス達がその前に魔導巨人をボッコボコにしてくれていたお陰だし、
最後に粉微塵になったのも俺のパンチとは関係無く、消滅の光を浴びた魔導巨人が勝手に自壊したからだ。
ウワサ話に尾ひれが付いてどんどん大げさになる、ってのは良く聞くけど、
この場合は内容が削られたコトで、返って『嘘、大げさ、紛らわしい』になっている。
頬をピンクのブラシで染め、透過光の放射線背景でキラキラと俺を見つめるアスミス。
だから、こういう勘違いイベントは早期発見・早期治療なんですってば!!(汗)
―結局、アスミスの勘違いを俺は正せなかった。(泣)
説明しようと思った時には、アスミスは作業部屋に入り、炉に火を入れ、ヤル気満面の笑みで
「明日の朝まで扉を開けては駄目なのです!」
と、恩返しに来た鶴の様に、それっきり篭ってしまったからである。
いや、恩返ししたいのは俺の方なんだけどな…。
アスミスは自己紹介で、自分のコトを『新人マイスター』だと言っていた。
文字通りの意味なら新人とは言え、ドワーフの中で職人として認められた技能がある、ってコトだ。
でも、たしか9歳ってハナシだったよな?
9歳で一人前の職人になれるモノなのだろうか?
ドワーフのマイスター認定基準が甘いとか?いやいや、それはあり得ないだろう。
下手なモノを作ってたら、ドワーフ族全てに関わるマイナスイメージに繋がるからな。
とすると、彼女は9歳にして立派な職人という、いわゆる『天才』か?
あり得ないハナシでは無い。
プリス達みたいなハイスペック幼女を、ずっと見てきた俺のロリセンサーは伊達じゃ無い。多分。
そして夜を通して朝まで、作業部屋から槌を打つ金属音が途絶えること無く響いていた。
ご意見ご感想ヨロシクです。