05「幽する幼女」その2
扉を開けて中に入る。
部屋は石のブロック造りで、窓が無いのはさっきの部屋と同じ。だが、一見して妙な空間だ。
大小の木箱と、長い木の棒と短い木の棒が無造作に転がっている。そして、
「―俺は、馬鹿にされてるんですかね?」
そう言いたくなった原因。それは、天井から吊るされたバナナ。
「♥あー!ケイン様ぁー!天井から太くて反り返ったバナ、」
「はい、そこでストップ。」
「♥ぶー!折角の鉄板ネタ、最後まで言わせて下さいよぉー。」
「ただでさえこの光景にアタマ痛めてるんだから、おとなしくしててくれ。」
―いきなり問題がチープになったな。いや、チープなんてレベルじゃ無い。これは人類未満の類人猿のための問題だ。
説明するのもアホらしいが、『どうしたらバナナがとれるかな?』というコトで良いのか?
「♥ジャンプしても届かないですよねぇー。どーしたら良いんでしょー?」
「それはひょっとして、ギャグで言ってるのか!?」
「♥あ!ケイン様がスレイを肩車してくれれば良いのですぅー!」
「…なワケねーだろ!!」
しかしなぁ…。本当にこの部屋の関門、こんなチンパン問題で良いのかよ?
知恵比べしたいんじゃ無かったのか!?思わずヤケクソになりそうな気分になる。
「別に、このバナナを取ってしまっても構わんのだろう?」
「♥―ええ、遠慮はいらないですうー。ガツンと取っちゃって下さい、ケイン様ぁー。」
何気にちゃんとついて来るな、コイツ。(苦笑)
いや、落ち着け。こんな単純なワケがあるか。何か裏があるハズだ。今までの関門を振り返って考えてみろ。
―最初は壁に偽装された扉を見付ける。…つまり、観察力が試されていたと言って良い。
次は、消去法で答えを絞り、意外な場所にある扉を見付ける。…これは推理力と発想力か。
だったら、今度は一体何だ?塔の主は何を考えてる…?
これは…、今度は、出題者の意図を汲み取れ、ってコトか!?
俺は箱に座わり、吊るされたバナナを見ながら考える。絵面としては凄まじくマヌケだが。
バナナを取れば良いのか? そもそも何故バナナを取る?
このテストを猿がするのなら食べるためだ。だが、別に俺はバナナを食べたいとは思っていない。
それって、食べたいと思わないなら取らなくても構わないというコトか?
と言うより、出題者は正解としてこのバナナを取って欲しいのか?
もっと突き詰めて考えた場合、果たしてこのチンパン問題に意味なんてモノがあるのか?
賢さを試したいのなら、この問題は設問自体がアウトだ。知恵比べに相応しく無い。
つまり、この問題はこっちを惑わせるためのフェイクと見るのが正しい。
しかし、この部屋には箱と棒とバナナしか無い。
バナナがこの問題のフェイクであるならば、出題者が回答者に気付いて欲しいのは他の部分。
―箱と、棒か? 箱は乗るためのモノでは無く、棒もバナナを取るためのモノでは無い、と?
俺は棒を拾い、箱と見比べる。
長い棒の長さはは大きい箱の長さとほぼ同じ。短い棒の長さは小さい箱の以下同文。
これは偶然か?いや、この少ないアイテム数の中でそんな無神経な構成のハズは無い。何か意味がある。
―ん?大きい箱を見ると穴があるな。板の節穴かと思ってたけど真円だ。
直径は…棒と同じじゃないか。これは…、見えてきたぞ。
大箱の穴に長い棒を挿し込む。
「♥あん。」
「何、色気付いた声出してんだ!?」(汗)
挿し込んだ棒を揺らしてみたが左右にブレない。
箱の中にわざわざパイプが通してあるのだ。つまり、こうしろと言わんがばかりに。
そのまま奥まで棒を挿し込んで行く。
「♥あぁん。入って来ちゃいますぅー。」
「黙れ!!この脳ミソピンク!!」
と、兎に角だ。箱の奥まで棒を入れるとカチリと音がして…
「♥あー!ケイン様ぁー!あれ見てぇー!」
スレイに言われて見ると、天井の一部分が開いた。
でも、上に行く階段が出ていない。
「そういうコトか。」
俺は小さい箱も見る。やはり穴があった。短い棒を挿し込む。
さっきと同じく、カチリという音がすると、天井の穴から隠し階段が下がってきた。
「♥ここを登れってコトですかぁー?」
「だろうな。次の部屋か、また通路とかに繋がってるんだろう。行くぞ。」
「♥えぇー、バナナは取らないで行っちゃうんですかぁー?」
「バナナはおやつに含まれません!」
未練たらしいスレイの手を引き、俺達は隠し階段を登る。屋根裏に上がったみたいに視界は真っ暗になる。
と、突然、目の前が眩しく開けて来る。どうやら扉が向こうから開いた様だ。
「―驚いたわね…。まさかここまで来るヤツがいたなんて…。」
俺達がたどり着いた部屋。
それは、壁一面が本棚になっていて、狭いながらも立派な図書室になっていた。
正面に窓が1つだけあり、そこから陽が差し込んでいる。
そしてその前には、椅子に座り本を膝に置き、こちらを見つめている人物がいた。
この人物が、塔の主なのか…?
「えっと…、貴方がこの塔の主ですか?」
相手の姿は日差しの逆光で見えない。
それ以前に身体全体が隠れるような隙間の無いローブを着ているので、目元も口元も判らない。
俺は恐る恐る失礼の無いように聞く。
―すると、
「はぁ?アンタ馬鹿?」
心底呆れたような、可愛い声がした。 女の子だ。しかも声からしたら、とても若そうだ。
だけど、いきなり『馬鹿』って何だよ、それ!?
「ちょっと考えれば分かるでしょ?アンタ、あの問題をクリアして来た程度には賢いんだろうし。」
「うむむむむ…。」
「♥ケイン様ぁー、なかなか、ふぁっきんな人ですねぇー。」
すっげぇ居丈高!! 分かった!!あの表の挑戦的な立て札はこの子が立てたんだな!!確信した!!
と、取り敢えず、ここまで来たんだから、色々聞くのが先だ。
「あの『退魔の矢』を放ったのは、君なのか?」
「『退魔の矢』?―あぁ、イカクラーケンに撃ったヤツね。ふぅん、アレを知ってるの…。
―そうよ。どこの誰だか知らないけど、ヘッタクソな魔導砲を撃ってたのを見て、我慢が出来なかったの。」
ヘッタクソで悪うござんした!!何分、俺もエメスも初めてのコトだったんでね。
て言うか、あのエメスの砲撃は『魔導砲』って言うのか…。
「あれで助かったよ。礼を言う。ありがとう。」
「ふーん。やっぱりアンタがあの船に乗ってたのね。そうは見えないけど…。」
―ん?どういう意味だ? まぁ良いか。後回しだ。
「ココには君、1人だけ?」
「やっぱりアンタ、馬鹿でしょ? 3人よ。」
え?後2人いるのか?やっぱりプリスがここに!?
―いや、待て……、 あ、そうか!俺とスレイを入れて3人ってコトか!! 意地悪クイズかよ!!
「あ、いや、君1人でずっとこの塔に暮らしているのか?って意味。」
「そんなコト分かってるわよ。」
こんな時だってのに、ちょっとオラ、ムカムカして来たぞ。(汗)
「で?アタシに何の用?一応聞いてあげるわ。アンタがココに来た最初の人間だから。」
「最初!? それって、今まで誰も君に会えなかったってコト?」
「みんなアンタよりも、輪を掛けて馬鹿だったんでしょうよ。今まで1000人程が挑戦して来たけれど、
最初の部屋に入れたのは3割。次の部屋まで上がって来れたのは数人だったわ。でもそこまで。
そこから先、もう誰もココまでは来れないだろうって、諦め掛けていたトコロだったの。」
確かに、俺も危うくお手上げ状態になりそうだったもんなぁ。
あ、そうだ!!
「あのバナナは、一体何なんだ!?」
「あぁ、アレ?一向に誰も解ける気配が無いから、問題をおサルさんレベルまで落としてやったのよ。
それでも駄目なんだから、どんだけ無能なのよ?ってハナシね。アンタは、まぁ、良く頑張ったんじゃない?」
そりゃどーも。
うーん。結局ココにはプリスはいなかったみたいだな。苦労して登って来たけれど、当てが外れてしまった。
仕方無い。戻るか。
「そうか。邪魔しちゃったな。じゃ、失礼するよ。」
「は!?ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
初めてその子の声の調子が変わった。
「何?」
「アタシに用があって来たんじゃないの?」
「あぁ。知り合いがココにいるのかも、って思ってたんだけど、どうやら違った。」
「それだけ?」
「うん。」
「アンタ…、本当の本当に、バッッカじゃないの!?」
えぇえええーーーー?
「アンタ、私が誰だか分かってんの?」
「えっと、集落で聞いたのは『大賢者にまつわる人物』って位、かな?」
「呆れた!!何それ!? 呆れたわ!!呆れた!!呆れた!!あっっきれた!!!」
『大事なコトなので2度言いました。』ってネタがあったけど、それなら5度も言われる俺は何なんだろう。
その子は手でフードに隠れた顔を押さえてため息をつく。
「はぁ…、アンタ、何も知らずにココに来たのね。」
「だって、人探しだったから…。」
「良いわ。このまま帰すのも癪だから…、教えといてあげる。アタシは大賢者の末裔よ。」
「うぇっ!?」
「そう!それよ!!普通の人間はその反応が当たり前なのよ!!覚えておきなさいよね!!」
この子が、大賢者の末裔!?