05「幽する幼女」その1
※前回のあらすじ
スレイの超常スマッシュな運の良さで、奴隷船にタダ乗り出来た俺達。
しかしそうそう美味いハナシも無く、イカクラーケンの襲撃を受ける。
アスミスとエメスの必死の活躍と、『防人の塔』からの謎の攻撃もあって、船は何とか危機を乗り切った。
奴隷船は『防人の塔』がある岬の港へと着いた。
乗っていた奴隷達は船員の格好になって、本物の船員達と一緒にダミーの荷物を降ろしている。
俺達も旅行客扱いとして降りる準備をしていた。
すぐ近くに周囲が崖になった小高い岬が見える。そして、そこにそびえ立つ『防人の塔』。
あそこから神聖魔法を賢者の弓で撃った退魔の矢が放たれたのだ。
俺が知る限り、賢者の弓を持っているのも、退魔の矢を撃てるのも、プリスただ1人のハズだ。
ならば、あの塔にプリスがいるのだろうか?
もしかして、イカクラーケンに襲われてる船に俺が乗っていたと気付いて助けてくれたとか?
キマイラとケルベロスを退治して、あの『離れ小島』からみんな問題無く帰れていたのなら、
この北の大陸、ここよりやや南西の場所に着く予定だった。現在地はそこからも近い。
―これは確かめる必要があるよな。
アスミス達にもそのコトを伝えようとしたら、
「ケイン殿!お伝えしたい旨があるのです。」
―と、逆に切り出されてしまった。
「実は、船長から正式に依頼されたのです。応急修理だった船の舵を完全に直して欲しいというコトなのです。」
「あー、アスミスのハンマーの柄を、取り敢えずで繋いでいたんだっけ?そりゃ、そのままってワケにもいかんよなぁ。」
「はいです。報酬も良いので、今後の路銀の足しにもなるのです。」
そういうコトなら仕方無い。『防人の塔』にはエメスと行くか。
―そう思ってたら、
「同時に、エメスの点検もしたいのです。再稼働はしたのですが、どうも出力が上がらないのです。
恐らくは、長期間に渡って休止していたモノをいきなり全力全開で動かした影響が出ているのかと思われるのです。」
ぐぬぬ…。無茶させた責任は俺にあるのだから、こっちに関しても何も言えねぇ。(汗)
でも、だからと言って、非戦闘員のスレイを連れて行くのは危険だしなぁ…。
「♥ケイン様ぁー、どこかお出掛けですかぁー?れれれー?」
うわ!ビックリした!!
だから、何で無音で俺の背後を取ってるんだよ!!ゴルゴじゃ無くても良い気分はしないぞ、コレ!!
お前、猥語連発奴隷よりも、アサシンとかの方が向いてるんじゃ無いのか?(汗)
「あー、ホラ、あそこに見えるだろ?あの塔に行ってみようと思うんだ。」
「♥それならぁ、スレイも一緒にイキますぅー。男女は一緒にイク方がイイですよぉー。」
「もうツッコまないからな!」
「♥幼女に向かって『ツッコむ』なんてぇー、ケイン様エッチですぅー。」
「何だろうね!お前にエッチって言われると理不尽さしか感じないんだけどね!」
はぁ、しょーがない。スレイを連れて行くかな。冒険者として知らない場所への単独行動は愚の骨頂だしな。
『防人の塔』を目指し、岬の急な坂道を登って行く。
港からここに来るまでに幾つか家が点在する集落があって、そこで少し塔についての情報を入手出来た。
何でも、あの『防人の塔』は、元々は灯台として魔導対戦終結後に間もなく建てられてたそうだ。
そこにいつしか大賢者にまつわる人物が住みつき、代々そこで塔を改修しながら暮らしているらしい。
彼等はこの塔で世界のありとあらゆる知識を得て、考え、蓄え、次の時代へ残す。そんな人生を送っているのだそうだ。
でも、今まで誰も会った者はいない。
塔に結界でも張られているのか?とも思ったが、そんなモノは一切無く、誰でも普通に訪れるコトが出来るそうで。
但し、塔に入れた者は数える程しかおらず、その入れた僅かな者達でさえ誰も塔の主には会えず仕舞いだった。
噂では『大賢者と同等の賢さが無ければ、会ってくれないのだろう』と言われている。
「どうやら、モンスターが出る様な危険なダンジョンでは無いみたいだけど…。」
大賢者にまつわる人物がいて、賢い者しか会うコトを許されない。
プリスなら大賢者の大ファンだし、賢さも秀でている。やっぱりソコにいてもおかしくは無い。
そしていよいよ『防人の塔』の前の門に着いた。
―何か立て札が立っている。 なになに……、
『どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません』
―宮沢賢治か!!
俺は食われる気は無いぞ!! ん?まだ下に何か書いてある…。
『入れるモノならね』
うっわ、居丈高!! 煽ってどうすんだよ!!
何か、ここに住む人物って性格悪そう…。
門を通って、塔にたどり着く。
そこで俺は、さっきの立て札の言葉の意味が理解出来た。
「―入り口が…無い!?」
この『防人の塔』は、横浜にあるランドマークタワーのミニチュア版の様な、全体が四角い先細りの塔なのだが、
一周してみても壁のどこにも扉が無い。窓も無い。
じゃあ、どうやって入るんだ?
中に誰かが住んでいるコトは、ほぼ確実だ。となれば、必ずどこからか入れるハズだ。
あぁ、成る程。『賢くないと会えない』って言うのは、こういうコトか。
「♥ケイン様ぁー、入れませんかぁー?」
「どうやら、この塔に入るコト自体が『中の人物に会うための関門』らしいな。」
『謎解きをして、見事私に会ってみせよ』ってか。
「ちょっと本気で考えてみるか。」
「♥分かりましたぁー。スレイは邪魔しない様に、何も言わないコトにしまぁーす。」
―ん? いつも卑猥トークで絡んで来るコイツが、珍しいな。
一応その気になれば、TPOの使い分けが出来るのかな?
さてと。改めて塔を見ても、地上から10メートル位までは、切り出された石が綺麗に隙間無く積まれている。
これじゃあ、アリでも入り込むのは無理そうだ。
遥か上には窓が開いているが、それだって人がくぐれる大きさでは無い。
―じゃあ、ここでは無い別の場所に入口があって、隠し通路でこの塔に繋がってるとか?
いや、あの上から目線の立て札の文句。あれは言ってみれば、ここの塔の主からの挑戦状だ。
『ここに入り口はあるけど、探せるモンなら探してみろ。バーカバーカ!』と自信満々に晒しているのだ。
賢さに相当の自負があるのだろう。ならば姑息な回答は用意していないハズだ。
必ずこの塔自身に入り口がある。 多分。
こういう時、あの賢いプリスならどうしただろう。
あの子なら…そうだな、まずはジックリ観察するだろうな。どんな些細なコトでも見逃さずに。
そう言えば、パトルの目も凄いよな。野生の勘で違和感を感じ取ってトラップを見破っていた。
俺にあの子達の真似事が出来るだろうか…。
離れて見て、近付いて、触って、ぐるっと回って見て、そして妙なコトに気が付く。
塔の1面だけ、他の面と繋がっていない。
ホラ、ブロックや煉瓦を積んで行くと、その面の横にはブロックや煉瓦の『厚み分』が見えるじゃない。
それは石でも同じコトだ。横の面には角に置かれた石の面が続いて見えるハズだ。
だが、1面だけそれが無い。まるでこの面だけ石積み模様のタイルを貼ってる様なカンジだ。
「―これか?」
その面に手を置いて、横向きに力を入れてみる。
ゴゴゴゴ……
「開いた…!!」
その1面の隅が、ワゴンカーやバンのサイドドアみたいに浮き上がってスライドしたのだ。
そしてその奥に1つの扉。 コイツが入り口か!!
―プリスたん!君をイメージしたお陰だよ!ありがとう!
「♥ケイン様ぁ、すっごーい!ぱちぱちぱちぱち。」
「ふぅ…。どうなんだろうな。分かってみれば、一発でバレる仕掛けだよ。
何か『第一問目は簡単にしてみました』って、そう言ってる様な気がする。」
表からは3メートル位の奥に現れた扉。扉までの壁の左右と上面は防音室みたいな立体のギザギザの装飾がされている。
俺はその扉を開けて中に入る。スレイも後に続く。
―そこには、家具を幾つか置いただけの、入って来たトコロ以外には扉も窓も無い、簡素極まりない部屋があった。
「♥誰もいませんねぇー。」
「階段が無い。この塔にはもっと上の階があった。ここで終わりとは思えない。」
現にあの退魔の矢は、最上階とおぼしき箇所から撃たれていたのだ。
つまり、この部屋自体が塔の関門、第二問目。『上の階へのルートを見付けてみろ』ってコトだな。
天井も床も壁も、継ぎ目の無い大きな1枚岩で出来ている。
こりゃあ、どこかのスイッチを押したら階段が現れる、ってヤツでは無さそうだ。
じゃあ、家具の中に隠し階段が?
タンスや衣装箱を開けてみたが、何も無し。壁とも床とも接続されていない。本当にただの家具だ。
「♥ケイン様ぁ、ギブアップですかぁー?」
「いや、まだ慌てるような時間じゃ無い。」
ファウル4つ食らった位で諦められるか。まずは状況整理だ。
客観的に見て、天井にも壁にも床にも家具にも仕掛けは見当たらない。
つまり『この部屋』から他の場所に移動出来る手段は皆無、ってコトでファイナルアンサーだろう。
そして、上の階へのルートが必ず用意されているのであれば、『この部屋』以外に仕掛けがある。
ここまでは分かったが、そこからが分からん。
いやいや、もっと良く考えろ。部屋に細かい仕掛けが無いと分かった以上、そこに拘るな。
ボーっと部屋を眺めていると、再びプリス達のイメージが浮かんで来る。
メモを取りながら可能性を絞って行くプリス。部屋をうろつきながら考えるデヴィルラ。
壁に耳を当てて音の反響を確かめるパトル。意外な見落としを指摘するマーシャ。
あぁ、そうか。今、俺達はバラバラに別れてはいるけど、こうしていつも一緒にいるんだなぁ。
そしてこういう場所でいつも何かに気付くのは……、マーシャだ。
意外な見落とし…。そう言えば、この部屋は塔の外観から比べたらかなり狭い様な…。
うーん、土台にあれだけの大きな石積みなら、それは不思議でも無いか?
この部屋に入って来る時だって、内壁の厚みが通路並だったし…。
―!? 今、俺、何て言った!? 『通路』!?
俺は思わずきびすを返し、入って来た扉を開ける。 そこには内壁分の『通路』がある。
そしてただの装飾だと思ってた壁のギザギザ。これを押すと…、
ギギギ……
壁は奥に倒れて行って、壁のギザギザは階段になった。この内壁の厚みには、通路が隠されていたのだ。
考えたな。外のトリックを見破り、扉が現れホッとして、次には部屋に入るコトだけに夢中になり、
誰もがこの通路は『単に部屋に入るまでの過程』として、すっかり頭の中から排除されてしまうという罠。
イメージの中で、マーシャが無表情でVサインをしている。ありがとう!マーシャ!!
俺は壁が倒れて出来た『階段』を登り、狭い隠し通路に入って行く。
てか、マジで狭い。俺が横向きで何とか通れる幅だ。
後ろから笑顔で付いて来る幼女のスレイには普通に歩いても十分な幅だろうけど。
「♥あーん、横向くとおっぱいが引っ掛かって進めませぇーん。」
「だったら横を向くな!!いちいち報告せんで良い!!」
何も言わないと言ったのに、こういう時はチャンスを逃さずエロネタを入れて来やがる。(汗)
石組みの階段がとても真新しく見える。
普通、数百年も経ってると、何度も踏まれた摩擦で石が摩耗していくモノだ。
イタリアのピサの斜塔の通路なんか、階段の石がU字型にえぐれてるもんな。
つまり『ここを通った者がほとんどいない』イコール『塔の主に会った者がいない』という証でもあるか。
石の階段を一定距離登っては直角に曲がり、また一定距離登っては直角に曲がりの繰り返し。
どうやら中央に部屋や柱を設けた、中空の螺旋階段になっている様だ。
片側の壁にだけ、拳の幅程の細長い縦穴が開いている。これが外から眺めた時の窓だったんだな。
窓というより、城にある矢を射るための狭間と表現した方がシックリ来る。
「♥長い階段ですねぇー。永遠に登り続けたりしてぇー?」
「おい、そういうのは冗談でもヤメてくれ。」
俺の頭に、錯覚の絵で有名な『無限階段』が思い浮かぶ。
もしコレが幻覚魔法とかのトラップだったら、本当に無限階段を味わうコトになるよな。
でもこの塔の主は、入って来た者との正面からの知恵比べを望んでいるカンジだ。小細工はしないと信じたい。
そんなコトを考えながら登っていると、通路が行き止まりになる。横には扉が1つ。
無限じゃありませんでした。良かった。(汗)