04「奴隷船 波高し」その3
「♥ケイン様ぁー、どーしましたぁー?」
うわっ!? いきなり後ろからスレイの声がして俺は驚いた。
船は大時化の様に揺れまくってるって言うのに、いつも通りの呑気な声だ。
「♥風がどーとか言ってましたけどぉー?」
「あ、あぁ。風が無くて船が進まないらしい。」
スレイは唇と顎の間に人差し指を当てて、「♥んー、」と何やら考えていたが、
「♥風が起きたら、助かりますかぁー?」
「正直、五分五分。いや、まだそれ未満かもな。」
「♥逃げないんですかぁー?ケイン様だけなら、また助かるかも知れませんよぉー?」
「何言ってるんだ!?この船には大勢の人が乗ってるんだぞ!そして今、曲がりなりにも戦えるのは俺達だけだろ!!
甘っちょろいと言われようが、俺は他の誰かを犠牲にしてまで、自分だけ助かろうとは思わない!!」
俺の言葉を聞きながら、スレイは澄んだ瞳で俺を正視している。
そして、ポン!と胸の前で手を叩くと、
「♥分かりましたぁー。ケイン様がそう言うなら、きっと大丈夫ですよぉー。」
「―え?」
「♥ケイン様がケイン様で、スレイは嬉しいですぅー。」
そう言って、スレイは操舵室から出て行った。…何だったんだ?
それにさっきの、唇と顎の間に人差し指を当てたり、ポン!と胸の前で手を叩く仕草…、あれって…。
ドドドオオオオン!!
また激しく船が揺れる。
俺は操舵室を飛び出して外に向かう。
―見ると、エメスが甲板にめり込んでいた。俺はそこに駆け寄り彼女を抱き起こす。
「オーナー、申し訳ありませン。敵の攻撃に対処し切れズ、ご報告の余裕もありませんでしタ。」
「謝るコトなんて無い!良くやってくれたよ!」
イカクラーケンもかなり身体中に傷を負ってはいるが、まだまだ余力十分といったカンジだ。
アスミスが舵を直し、風が吹くまで、何とか持ちこたえないと…。
「エメス、まだ戦えるか?」
「支障ありませン。」
エメスはすっくと立ち上がる。うん、平気そうだ。機械だからヤセ我慢はしてないだろうしな。
「よし!ここからは持久戦だ。本体には構うな。迫る触腕だけを狙ってくれ。船を傷付けないのが最優先事項だ。」
「畏まりましタ。」
船底部。
アスミスが駆け付けた時には数カ所から浸水が始まっており、まずその穴を塞ぐ作業から始めなければならなかった。
今、それもようやく塞ぎ終え、本命の舵部に向かう。だが、そこで彼女が見た光景は悲惨なモノだった。
「舵の軸が折れているのです…。」
舵輪から回転が伝わるハズの軸が『へ』の字に折れ曲がり、全く回らなくなっていた。
これでは舵が動かないのは当然。
「ぶっ叩いて直しているヒマは無さそうなのです。ならば…、」
アスミスは愛用のハンマーを降ろし、ハンマーのヘッド部分を外しに掛かる。
楔と目貫を抜き取ると、ヘッド部分がスルリと抜ける。
いとも簡単に見えるが、これはマイスターのアスミスだから、ものの数分も掛からずに終えられるのだ。
普通の人にやらせたらなら数十分は必要な作業だろう。
「少し細いですが、強度的には十分だと思うのです。」
ハンマーはヘッドを取れば、長い柄だけのロッドとなる。
アスミスは、この柄を折れた舵の軸代わりにしようというのだ。長さ的には丁度良い。
後は持ち前のドワーフの腕力で、強引に押し込み繋げるだけ。
「全く…、精密さも美しさもあったモンじゃない工事…なの、です…!」
ガコン!!
柄が押し込まれて舵への軸が繋がる。「ふう、」と一息ついて額の汗を拭う。
そしてアスミスは階段を駆け上がり、修理完了の報告に向かった。
俺とエメスはイカクラーケンへの牽制を続けている。
エメスが雷撃を放ち、触腕が怯んだトコロへ俺が剣でなぎ払う。これの繰り返しだ。
アスミスが打ってくれた剣は重量のバランスが良く、振り続けても余り疲れないのが助かる。
だが、終わらぬ攻撃ローテーションの繰り返しで、俺は汗ビッショリになっていた。
―そこにふと、俺は頬に涼しさを感じる。
風か!? 風が出て来たのか!?
「ケイン殿!舵の修理を終えたのです!…え?風が吹いているのです…?」
甲板上部に飛び出してきたアスミスの紫色の髪がなびく。
船長が歓喜の声を上げる。
「ようし!!全速前進!!この海域から離脱だ!!」
動き出した船体がイカクラーケンの巨体を押す。今だ!!
「エメス!!パワー全開だ!!デカイのを一発ブチかませ!!」
「畏まりましタ。」
エメスの右腕、上腕の外装部がスライドして手首まで移動する。
それがそのまま口径を増した新たな砲口となり、イカクラーケンの胴体へと照準を合わせる
内部パーツが剥き出しになった上腕からエネルギーがスパークし、砲口に集まり大きな光球を作り出す。
足元からバシュン!と音が響いたかと思うと、エメスの足を中心に甲板に亀裂が入る。
砲撃の反動を抑えるため、足裏からスパイクが射出されたのだ。
そこまで前準備するってコトは、これ、思ったよりデカイ攻撃なんじゃね!?(汗)
「発射準備整いましタ。オーナーの判断でいつでも撃てまス。」
ええい!賽は投げられた!!俺は周囲にいる船員達に向かって叫ぶ。
「みんな、伏せて何かに掴まれ!!」
船員も船長も、アスミスも慌ててしゃがみ込み、周りのモノにしがみ付く。
「エメス、発射!!」
「発射しまス。」
一瞬、眼前が真っ白になり、光の反射を受けた青い海原が銀を敷き詰めた荒野になる。
ドゴォオオオオオオオーーーーーーーッッ!!!
エメスの右腕から放たれた光弾は激しく輝きながら螺旋を描き、イカクラーケンの胴体へ突き刺さる!!
幾重にも雷鳴が起こり、轟音が俺の身体の芯にまで届き震わせる!!
まるで宇宙戦艦の波動砲じゃねーか!!
次があったら、事前に『耐ショック・耐閃光防御!』って言わないと駄目なヤツだ、これ!!
閃光と轟音が止んで、俺が見たモノは…
土手っ腹に風穴が空いて、海面へ倒れて行くイカクラーケンの姿だった。
ザッッバァアアアアーーーーン!!
巨大な水柱が立つ。
嘘!?ヤったの!?イカクラーケン、倒しちゃったの!?
その水柱を横目にして、奴隷船は一目散に海域を離れて行く。
気が付けば、船内にいた多くの奴隷達もデッキに出て来て、船員と共に鈴なりになっており、
一様に、いまだ信じられないモノを見たという顔をしていた。
―と、エメスが膝から崩れ落ちる。俺は既のトコロで抱き止める。
「おい、大丈夫か!?」
「―出力低下によリ、一時的に機能を停止しまス。再稼働まデ、およそ30分でス…。」
そう言ってエメスは停止した。
全エネルギーを出し切ったせいか。ご苦労さん。ゆっくり休んでくれ。
俺がエメスを抱きかかえて船室に戻ろうとすると、船員と奴隷達が一斉に群がって来た。
「あ、あの、助けていただいて、あ…ありがとうございました!」
「命の恩人だ!ありがとう!!」
「まさか、イカクラーケンから生きて逃げられるとは思わなかった!」
「本当に感謝します!!」
みんな目に涙を浮かべ、感謝の言葉を言ってくれる。
本当にイカクラーケンに出遭うというのは決死を意味するのだなと、俺は改めてそう思った。
いよいよ北大陸の東端、『防人の塔』がある岬が見えて来る。
先端の盛り上がった小高い丘の上に、角張った灯台の様なモノが建っている。
―あれが『防人の塔』か。
俺の横にアスミスが来る。
「お疲れ様なのです。ケイン殿はやはり凄かったのです。」
「いやぁ、戦ってたのはエメスだよ。アスミスだって舵を修理してくれたし。こうして船が動くのは君のお陰だ。」
「いいえ、的確な指示があればこその結果なのです。名誉欲に溺れ、イカクラーケンを倒そうなどと思っていたら、
船や人を蔑ろにして、甚大な被害が及んでいたコトは間違い無いのです。」
そう言ってくれると嬉しいなぁ。
何せ、もう『無理ゲーのボスキャラから逃げるだけ』の選択だったからな。(苦笑)
「あぁ、ケイン殿。やはりもう一度、改めて考えていただきたいのです。」
アスミスが熱を帯びた瞳で俺に食い付いて来た。
「か、考えるって、何を?」
「わ、私を…お、おおお、お嫁さ、」
ザバァアアアアアアーーーーーッッ!!
「!?」
突如、船の後方でデカイ水音が!!
巨大な波飛沫を上げ現れたのは、半壊状態のイカクラーケン!!!
「アイツ、まだ倒れてなかったのか!!」
イカクラーケンは身体を大きくぐらつかせながらも、この船を追って来る。
くそぅ!エメスは機能停止していて、まだ動けないんだぞ!?この状況でどうしろって言うんだ!!
迫るイカクラーケンの触腕!! 誰もが『今度こそ死ぬのだ』と、覚悟して目を閉じる!!
―その時!!
ビシシシィイイイッッ!!!!
何処からとも無く飛んで来た白く輝く矢が、連続でイカクラーケンに突き刺さる!!
途端に悶絶するイカクラーケン!!尚も矢は次々にその巨体に刺さって行く!!
―これって、神聖魔法の退魔の矢じゃないか!?
見るとその矢は、岬にある『防人の塔』の最上部から絶え間なく撃ち出されている。
数十本もの光り輝く矢を受けて、まるでサボテンの様になったイカクラーケンは、悶えながら恨めしそうに海に潜って行く。
―助かった…のか?
嘘の様に平静を取り戻す海原。船は静かに港に入って行く。
俺は『防人の塔』を凝視する。
あれは、あの退魔の矢は、間違いなく大賢者の遺産の弓で撃ったモノだ。
まさかあの塔に…プリスがいる…のか!?