7 衝突
ひすいが寝静まった深夜。
ひすいの母親、愛衣は、カプセルの中で’眠って’いる詩織をそっと覗いた。
確かこのアンドロイドは、製造者である氷室によると1度ショートしてしまったはずなのに、奇跡的に動くようになった、機能テストも余裕で合格した超高性能なもの…だとか。
それにしても、機械である詩織がひすいの世話をするだなんて、最終手段なのかもしれない。どんなお手伝いを呼んでも、1カ月もしないうちに逃げ出されてしまった。暴れん坊で自由奔放に育ててしまったのは親として申し訳ないとずっと思っている。しかし、自分の中でなぜか意地を張って、ひすいに寄り添う事も、わざわざ最先端技術を駆使して造ってもらった詩織を家族として認める事も出来ていない。情けない母親だと、自分でも分かっていた。
「__っ…」
「え……お母さん?」
愛衣は静かに泣いていたのに、わずかな物音を聞き取ったのか、詩織は気付いて声を掛けた。謝りたい。でも、詩織がほとんど人に似ていても恐怖を感じてしまう。彼女はトゲのある言葉をつい発してしまった。
「軽々しくお母さんなんて呼ばないで!」
掠れた鼻声でそう言うと、愛衣は詩織が止める声も聞かずに自室へと走っていった。
(痛い。胸が……)
詩織は自分が目覚めた直後に起きたあの痛みと同じ何かを感じた。
☆☆☆☆☆☆
私が造られた理由は、ひすいさんの姉として過ごし、家族として仲良く暮らすため。でもきっと、それだけじゃなくて……
だとすれば、ひすいさんのお母さんやお父さんとも順調に過ごすべき…と、電子頭脳の中で分析した。
お母さんとは違い、お父さんは明るく受け容れてくれた。そういうところがひすいさんに似たんだな。そこで私は、お母さんの好きな料理を作ってみようと思いついた。
私が市野家にやって来てからもう1週間が経とうとしていた。ひすいさんは温かいご飯が毎朝ある事、いつもベッドから引っ張り出して学校へ向かわせる事にもなんだか慣れ始めてきているように見える。何よりもあの子が笑顔だと、私も嬉しい気持ちになる。
お母さんの、好きな料理…[母の作ってくれた]スフレパンケーキ?母の作ってくれた、という文言に私は眉を顰めた。これはもしかすると普通にメニューを確認して、正確に作ってはいけないという事なのかな、と推測した。お母さんの母、つまり、ひすいさんにとってのおばあちゃん。情報を調べると、隣町に住んでいるみたいだった。
1人で隣町まで向かうか、それとも…
「ただいまー!ねぇお姉ちゃん、トランポリンで遊ぼうよ!」
いつの間にかひすいさんが学校から帰ってきていた。
この子を置いて、休日に長時間離れる訳にはいかない。
「おかえりな…って、トランポリン、ですか?危ないですよ。まず帰ったら手洗いうがいをお願いします」
「うん、分かってるってば。ピョーンってしたら、凄く高い所まで行けるの!あたし、アレで遊ぶの大好きなんだ!」
ひすいさんの話を聞きながら、私の頭の中は試していない事でいっぱいだった。ちょっとだけ上の空な態度だったかもしれないと思う。