4 博士が驚くのも無理はないですよね
おき……て、くだ、さい…はかせ…
と、誰かに起こされているのを感じて氷室優也は気が付いた。目を開けると、白い衣服を纏いヘッドギアを身に着けている少女が立っていた。
「うおぅ!?誰なんだ?お前?」
「やっと…やっとお目覚めになられたのですね」
氷室は自分の目と耳を疑った。この少女は昨夜事故にあってショートしたはずのHMR-002ではないだろうか。にしては見た目がかなり違う。不安に怯える瞳の潤み、辿々しくノイズ交じりだが柔らかな女声、頭の大部分を占めていたはずが両耳を覆うヘッドフォン程度の大きさになったヘッドギア。その上なぜ自らの力で動けるようになったのかがさっぱり見当がつかなかった。
「HMR-002…なのか?」
「はい、私は個体識別番号HMR-002、氷室優也博士…貴方が造ったアンドロイドです」
002は、左胸上に印字されている番号とバーコードを見せて言った。
「そ、そこまで見せなくていいからね?分かったから」
「ハッ…胸!あぁ…すみません」
超高性能アンドロイドだが、まさかここまでは行動しないと思っていた。自分を見つめるこの少女が恥ずかしがって胸の部分を隠すのもプログラムに組み込んだ覚えはない。まるで本当に14歳の女子中学生がやるような行動だ。
「この数時間で、私は強烈な思い出をメモリに残しました。もうこれらは忘れる事は無いでしょう。博士にお話したいことが山程あるのです」
☆☆☆☆☆
002は全てを話した_自分はショートし金属の塊になりかけていた所、5分間の記憶が飛んだものの、奇跡的に目覚め動けるようになった。感じないはずだった痛みに襲われ苦しみ、涙まで零れた。
これはきっと私に”生きろ”と罰を与えられた。私はただの機械人形にもなれず、人間にもなれないなり損ないのアンドロイドだ_
氷室は002を疑いの目で見ていたが、彼女の生まれたての声で一生懸命に話す姿を見て、本当に感情があると確信した。
「と、いうわけなんです。私も何がなんだか、よく分からなくて。博士が驚くのも無理はないですよね」
「感情を持ったアンドロイドとして生きるということか。それは…うーん、それでいいな」
予期していなかった返答に002は目を見開いた。感情を、自我を持ってしまうことは罪であり、壊されてしまうのではないかと思っていたからだ。
「ちょうど感情をどうやってプログラムさせるか悩んでいた所だが、お前にはその必要は無いな。全然、罰なんかじゃ無いと思うよ。だって、僕はね。HMR-002に”生きて”ほしいと願いながら造ったんだよ。雷で最先端技術が全部ダメになったと思ったら、なぜか奇跡が起きたね!今日は色々あって疲れたろう?明日は機能が正常かどうかを国の施設で早速テストだ。それから色々調整して市野家に会わせる。大丈夫か?」
「はい。疲れました、なんだか元から重たい身体がひどく重く感じます」
「あはははっ、アンドロイドジョークじゃないか」
002は頷いたが、まだ何か心残りがあるようだ。
(個体識別番号だけだと博士の家族や、これから会う市野家の家族が困る…呼びやすい名前を作っておかないと……)
そう考えていると氷室の息子(透)とその双子の姉(珠子)が研究所に入ってきた。
「お父さーん!朝ご飯出来たから家に帰ろ……ってアレ?002じゃん!えっなんで」「昨日の雷雨、めちゃ怖かった~、お父さん打たれなかった?」
質問攻めしてくる子供達を氷室は遮り、初めてHMR-002に命令を下した。
「それには訳があるから家でな。002、30分位この部屋で待ってくれないか?」
「ええ、掃除でもしま…」
「ダメダメ。僕の試作品が全部捨てられてしまうから。ゆっくり休んでいてくれ」
氷室たちは研究所から出て近所にある自宅へと戻っていった。
002にとって30分待つ事は苦ではないが、感情を持ってしまった今、彼女はいつデータでしか見えないあの子に会えるのだろうかと楽しみにしていた。
【次回予告】機能テストは持ち前の高性能で難なくクリアし、市野家にやっと直接会う事が出来るようになったHMR-002。モノではなく家族として”生きる”為には個体識別番号だけじゃない呼び名を考えなくてはならなくて……!?