【番外】とあるアンドロイド検査官の記録
20XX年4月1日アンドロイド機能テスト
担当者:タナカ ヨシコ/人造人間庁 アンドロイド課
テスト機体:HMR-002/少女型アンドロイド
所見:成績優秀、会話も成立する。損傷なく動作正常。
そして……
☆☆☆☆☆☆
「最終試験は一対一面談です。会話機能を持つアンドロイドとその製造者様は14階で割り振りされた面談室へ〜…」
館内放送が終わると、ぞろぞろとアンドロイドと製造者達がエレベーターに乗り込む。人とコミュニケーションを取る目的で造られるアンドロイドは、必ず国で検査しなくてはいけない。人を傷つけるような機能が搭載されていないか、違法なパッチを貼られていないかなど、私達検査官は1週間のうち5日をこれに使っている…
今日、私は氷室氏が造ったアンドロイドHMR-002のテストを担当している。最初、彼女を見て驚いた。
通常、アンドロイドの瞳の色は正常だと青、暴走状態だと赤くなるように規定されているけれど、HMR-002は完成間際の落雷事故の影響で、瞳がまさかの日本人らしい黒寄りの茶色になっていたからだ。
「これって違法改造ではありませんか?それにどっちの状態か分かりませんよ」
そう言って氷室氏を問いただすも、彼は本当に何も分からなかったようだった。確かに、普段は何の価値にもならないちょっとした試作品ばかりを造っていたんだから、無理もないだろう。
「こ、壊される?…し、ぬ…?い、嫌…私は……!」
HMR-002はひどく怯えているように見えた。プログラムにしては人間味が強すぎる。まるで本当に感情があるかのように。これまでの成績はトップクラスだったのに、最終試験で彼女と会話が成立するかどうか、少し心配が募った。
「大丈夫だ。002、お前は大丈夫。確証はないが、生きていく覚悟を決めたなら、最終試験も突破できるぞ」
生きていく?何を言ってるんだ、氷室氏は。アンドロイドには生命など宿らない。所詮人の形を真似た機械なのだから。
そう思っていた。
☆☆☆☆☆☆
「えっ、タナカさん、週に5日もここで働いてらっしゃるのですか?」
「そうなの。もう同じような顔ぶればかりで、飽きてきたところでね」
「有給取りましょ、有給。温泉に行って、リフレッシュしてみてはいかがですか?あ、ちなみに私の体は防水なので、30分程度ならお湯に浸かれますよ」
意外にも話が止まらなかった。礼儀正しくもあれば、ユーモアもわずかに感じ取れる。
面談を続けていくと、HMR-002はこう言い出した。
「…私、子供の頃の思い出が欲しいんです」
「思い出?貴方はなくて当たり前じゃないの」
「それでも!私、昔はただのネジ1本だったなんて、言えないです…」
最終試験の残り時間が5分を切った。モニターに表示された時刻を見て、HMR-002は何かを言いかけたが、口を閉ざした。
「確かに、貴方は昔はネジ1本だったかもしれない。でも、こう考えてみたらどう?貴方は記憶喪失で思い出は無いけれど、これから新しいことを学んで、色んな人と接したこと。思い出せることが増えてきたとき、それが思い出と言えるんだよ」
私が今のこの子に言えることは、それだけだった。彼女に最終試験にとっくに合格していることは伝えなかった。
「それでは、面談を終了します。ありがとうございました」
「ありがとう、ございました…」
本当に特殊な個体だ。感情を生まれながらに備えているアンドロイドがやってくるなんて、思いもしなかった。
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所見の「そして……」は消しておくことにした。後々面倒なことになるのは、私でも気付いていたから。彼女がこれから悩んで傷つき、それでも人間に尽くしていけるのか。私は、HMR-002のことは人間の名前で呼びたくなった。
シオリちゃん、とか可愛らしいよね。