009話 お仕事 中編
本日も二話更新です!では一話目どうぞ!
『Ω1作戦位置到着。』
『同じくα1到着っす。』
『同じくβ1到着よ。』
『γ1同じく。これより作戦開始の合図を出します。』
「よし、やるか。」
インカムで全員の位置を確認し、定春はオフィスビルの正面に立ち上を見上げる。地上60階建ての大型ビル。ここには30階までは様々な会社が入っているが、それから上は犯罪組織が隠れ蓑に使っている会社が占めている。既に30階以下の人間は退社を確認。R1以外の残る人間は全て処理対象だ。
隠れ蓑に使っている会社は総合警備会社。その為このビルを警備しているのはその会社の構成員ということになる。定春はムーバルスーツを着たまま、堂々とビルの入り口へと歩いて行く。
「君、止まりなさい!」
「ここは本日の全営業を終了している。何の用かな?」
定春を制止したのは普通に中年の警備員二人。武装は特殊警棒のみといたって普通だ。その指にSAIRを装備している以外は。側から見れば黒いムーバルスーツに身を包んだ不審者を止める警備員という構図だが、内容は大きく異なる。
「イムホテプ、といえばわかるか?」
「「!?」」
イムホテプという言葉を聞いた瞬間、警備員の動きは早かった。三工程の対人魔法【尖牙突】を警棒に施し、定春に突きを放った。警棒は殴打を目的とした武器であるが、【尖牙突】は点に突貫力を付与する魔法。その威力はコンクリートさえも貫く。つまり警備員は明らかに定春を殺しに来ていた。
「……。」
「ぐぁ!?」
「なっ!?」
だがそれよりも定春の魔法が早かった。警備員二人の腕は手首から先が無くなっている。それから流れるように両者の首も両断…定春の手刀によって。首と手首から鮮血を上げる死体を素通りし、建物の内部に駆ける。
「敵襲!」
「一人だ!距離を保って潰せ!」
「近接戦闘に持ち込ませるな!」
次に現れたのは警備員三人。しかし言動が明らかに警備員のそれではない。定春は懐から小ぶりの鉄球を取り出すと、警備員達に撃ち放った。
「がっ!?」
「ぐぉ!?」
「ごふっ…な、何が…」
魔法を使わせる間も無く二人を潰す。どうやら警備員の一人は当たりどころが良かったらしく、まだ意識はあるようだが、それが幸運かは別問題。
「撃ち漏らしたか…まだ制御が甘いな。」
「が!?」
今度は眉間に鉄球を撃ち込む。いわゆる“指弾”と言われる指で球を弾く技。目くらましなどで使われることはあるが、本来殺傷能力のある技ではなく、それは魔法による効果だった。定春はインカムに号令をかける。
「エントランス、クリア。作戦開始。」
『『『了解』』』
出入り口からムーバルスーツ姿の土方達が入ってくる。そのうちの一人奏と呼ばれた女性がエントランスの中央で床に手を置く。
「β1、どうだ。」
「…48階に10名、56階に20名、60階に5名…R1の識別は不可。」
探査魔法【共鳴探知】…金属対金属、人対人、種類別の固有振動を反響させ位置、状況、人数を探り当てる魔法で十一工程。
「よし、α1とγ1は48階。俺とβ1は56階だ。60階には10分後に突入する。」
「了解っす。」
「了解。」
「ふぁ〜、了解。」
各々返事をすると全員がエントランスの吹き抜け部分を見上げる。60階まで繋がる丁度いい近道だ。全員がエントランス吹き抜けの支柱を足場に、重力なんてないかのように駆け上がる。
全員が魔法…というよりも単一工程だけを使い駆け上がる。それは誰でも使うことのできる工程。原理もそれほど難しくないのだが、それはタイミングを間違えれば何十メートルも下のアスファルトに叩きつけられる結果になる。
「γ1も“壁登り”上手くなったもんすねぇ。」
「…この仕事やってたら嫌でも上手くなるだろ。」
「あらあら、最初は五メートルも登れなかったのにねぇ。」
「無駄口を叩くな。」
四人の使っているのは単一工程の【固定】。相対位置をどんなものに限らず一瞬だけその場に留めるもの。それを足の裏に発動し、足裏と支柱が接地した瞬間だけ発動…それを繰り返して登って行く技術だ。身体が下に落ちようとする重力には、体幹を鍛え姿勢を維持することによって防いでいる。
「そろそろ着くっすね。γ1いいっすか?」
「問題ない。」
「全員10分後に60階だ。」
それだけ言葉を交わすと、定春と修二は48階のガラス戸を蹴破り中に侵入した。大きな音に釣られて大勢の武装した人間が出てくるがそれは問題ではない。どうせ全員始末するのだ。
「γ1、半分は貰うっすよ…」
修二は着地と同時に魔法を発動し、地を蹴り瞬く間に敵へ接近。懐から警棒を取り出し一薙ぎ。
「ぐぉ…」
「ごふっ!」
修二が受け持った敵五人のうち、二人が腹部を深く斬られ絶命した。
遠距離攻撃魔法【風刃】…それを物体に固定する改造魔法【風刀】。遠距離というアドバンテージを態々潰し、接近戦に置き換えるという奇異な魔法だが、こと修二にとっては有用性が高い。
「相変わらず地味だな、修二の魔法って。」
修二の後ろからゆっくり近寄る定春。
「うるさいっすよ、地味というならお互い様っすからね。というかそっちの敵はどうしたんすか?」
「もう終わったよ。」
そう言う定春の手は血が滴り落ちていた。チラリと背後の状況を確認する修二だが、その光景はいつも通り。
「突入して数秒で全員の首を両断…どこの首狩り族っすか。」
首の無い死体が転がっている…それだけでも不気味だが、それを成したのは童顔の少年ということ。
「身長もそこそこ、着痩せする体型、おまけに童顔…本当に潜入作戦にうってつけの容姿っすねぇ。しかも接近戦が鬼強い、と…」
「馬鹿なこと言ってないで早く片付けろよ。」
学校での定春とは少々違うぞんざいな言動。別に猫を被っているなどでは無いが、仕事となると多少言葉遣いが荒くなる癖があった。
「くそっ!舐め…」
「あー、そういうのいいっすから。」
何かを叫ぼうとしていた敵構成員の首が宙を舞う。修二は警棒をクルクルとバトンのように手の上で遊ばせているが、忘れないでもらいたいのは今その警棒には攻撃性の魔法が付与されているということだ。
クルクル、クルクル、風の刃な為可視出来ない凶器。それを何気なくまるでペン回しの様に遊ぶ修二の口元は醜く歪んでいた。そんな不気味な雰囲気の修二を見た残り2名の構成員はたじろぐ。2人はそこそこの修羅場をくぐった事のある武闘派構成員だ。こんな仕事だ、本当に“危ない奴”なら何度か遭遇した経験はある…しかし、目の前のこの男。
「…くっ。」
「あいつは…やばい」
後ろの少年…5人の構成員の首を一瞬のうちに刎ねた技も確かにヤバイ。だが、この警棒を手の平で遊んでいるこの男は、もっとヤバイと直感で男達は感じ取った。しかしどちらにせよ逃げ場はない、ならばやる事は一つ。抗うしかない。
「【雷の咆哮】!」
「【炎の咆哮】!」
魔法を構築する時間は十分にあった。構成員達は決死の覚悟で自身の出せる最大以上の魔法を放つ。それは本来、個人が使用する為のものではない。その魔法は軍用攻撃魔法、それもSAIRなんて小型のシステムを使うのではなく、大型の、高性能な補助システムを使って漸く実現する大規模魔法。こんな密室空間で放てばワンフロアくらい軽く吹き飛ばす威力だ。そんな魔法を個人で使えばどうなるか、当然脳細胞は焼き切れ、死は免れないだろう。2人の構成員の目、鼻、口から鮮血が見て取れる…そうでもしないといけない相手と修二と定春は判断された様だ。
構成員の目の前に雷と炎が渦を巻き、相まって凄まじい熱量が辺りを覆う…が
「まぁさせないっすけどね?」
「か、はっ?」
「なん…だと?」
突如構成員の手首と首がポトリと落ちる。修二はその場から動いていない…どういう事だ!?といった表情を浮かべながら絶命した構成員達。術者を失い、制御の離れた魔法はその力を発揮する事はない。その形を維持していられず儚く自壊した。
「…どっちが悪趣味なんだか。お前の悪い癖だぞ、それ。」
「まぁ褒められたもんじゃないのは自覚してるっすよ。」
所要時間5分…今から最上階に登っても十分過ぎる。定春は何気なく意識を上に向けると、どうやら土方達の方も終わった様だと知覚した。
「Ω1達も終わったみたいだな。α1、行くぞ。」
「了解っと。」
定春と修二は再び吹き抜け部分へ開けた穴から飛び出すと最上階を目指して駆け上がる。“壁登り”を駆使し、最上階へと到着すると既に土方と奏が扉の前へと陣取っていた。2人に怪我などは見当たらないが強いて言えば返り血が酷いという事くらいか。
「全員揃ったな?時間はぴったり10分、これより予定通り行動を開始する。」
「中には5人。うち構成員が3、R1と脱走兵で2ね。」
「脱走兵は抹殺、R1を保護…これに変更はないが、万が一不測の状況が発生した場合、各自の判断に任せる。そして恐らく構成員の中に“A”ライセンス相当の魔法師が1人いる事は確実だ。引き締めろ…突入!!」
4人は扉を蹴り破り最上階、“大会議室”と書かれた部屋に突入したのであった。