022話 対抗魔法技能大会 予選 (7)
「な…」
相手リーダーのそんな呟きと大穴から見える定春の姿。これはやばい、と脳が考えたコンマ5秒後。相手リーダーが何か光源を感じたと知覚した瞬間に身体が後方へと吹き飛ばされた。
「ぐぉ!?」
「え?がっ!?」
「ちょ!?きゃ!」
2列縦隊で陣形を敷いていたのが仇となり、最前列のリーダーが吹き飛ばされた為、その後ろのメンバーを巻き込みながら吹き飛んでいった。
「おー…紅音の針の穴を通すスナイピング、お見事。」
相手のリーダーを吹き飛ばす原因となった魔法。それはリング遥か後方で腕を前に構えた紅音の“電磁砲”。費用対効果により断念された超電磁砲を、魔法により再現し、個人が扱えるレベルに再設計された魔法である。本当に、本当に今更であるがこの魔法、当然学生が扱える魔法ではないのと同時に、軍人、警察の人間でも使い手の少ない魔法である。
何せ高ランクの工権を複数所持し、難解な弾道演算、更にその反動や余剰電流を分散させる為に別にもう2つ魔法を覚えなければならないという、別の意味で費用対効果に見合わない魔法だからだ。
「流石は“資格コレクターだからこそできる才能の無駄遣い、と言ったところだな。」
「定春、それは流石に紅音が可哀想だと思う…でも確かにあの工権の数は引いた。」
「…僕もあそこまで持ってる人初めて見たよ。」
この2週間、6人で過ごす時間が増えたことにより、親睦が深まるにつれてある事実が判明した。それは紅音の悪癖とも言える趣味…それが資格コレクターであった。
大体の魔法師は自分に合った魔法の工権だけを習得する。数だけあっても全てを使いきれるわけでもなく、また魔法ひとつ取っても習熟度によっては威力・範囲・持続時間などにばらつきがでる。無闇矢鱈と手を出しても器用貧乏になるのがオチなのであるが、紅音は何を思ったのか工権を習得するのが趣味らしく、現時点で持っているのは82個。平均一人当たり10〜15個と言われるとその異常さがわかるだろう。
しかしだからといって紅音の魔法レパートリーが頗る多いわけでもない。本当に集めるのが趣味なだけのコレクターなのだ。
「…何かかなり失礼な事を言われてる気がするわ。」
距離的に定春達とはかなりある為何を言われているのか分からないが、取り敢えず褒めているわけではない(ある意味褒めている)事だけは分かった紅音は、眉を顰めていた。
「よし後は1人あたり1人落とせば終わりだな。」
「ひっ!」
「こ、降参!降参する!」
「もう無理よぉ…」
「あれ?」
定春が再び残りの選手へと視線を向けると同時、既に心がポッキリ折れていたようで直ぐに白旗を揚げてきた。
「むう…定春、私何もしてない。」
「僕も結局スタート地点からここまで走っただけだね…」
ワンサイドゲーム…そもそもゲームにすらなっていないのではないだろうか?
「…奴らは頑張ったと思いますよ?学習内容をきちんと模範し、正攻法かつ状況的に正しい戦法で試合に臨んでいた。」
「惜しむべくは、彼らが正攻法では勝てない相手だった…という事でしょうかね…」
「と言うよりも1年であそこまで出来るのならば対戦カードが見合っていないですよ…どうせなら3年生と最初から当てるべきでした。」
そう呟くのは観客席から試合を見ていた2学年の教師陣。最早これは仕方ないとばかりに諦めムードだ。定春達が最早一年生レベルでない事もそうなのだが、余りにも相性が悪い。これは殆どの生徒に言える事だが、魔法師とは遠距離砲撃において、その真価を発揮する…と根底的な考えを持つ者ばかりだ。所詮、格闘技術や身体を鍛えるのは自衛手段程度の認識で、そこまで身を入れる者は学生の中ではいない。
そして定春達は遠中近全てのレンジで、誰かしらが戦うことが出来るオールレンジタイプのチームである。それに加えて前衛3人は単身で相手の魔法を食い破る技量を持っているとすれば、最早どう勝てばいいのだとさえ思えてくるだろう。
試合とも言えない試合。とある教師が口にした学生VS軍人というのも強ち間違いではない。
「勝者1年7番チーム!」
勝利宣言が出されたのにもかかわらず歓声はない。皆、呆気に取られていたのだ。派手な魔法戦があったわけでも、一手で全てを押し返す大規模な魔法が登場したわけでもない。ただ、撃って防いで殴って撃った…そして降参。もう少し奮闘しても良かったのではないか?と心の中で思うものもいるかもしれないが、それは余りにも酷というものだ。
定春達がリングから降り、相手チームの負傷者が担架で医務室へと搬送されて行く。試合の所要時間は1分弱…予選史上最速記録更新は確実である。
「え、あいつら強すぎないか?」
「あれで同じ一年って…」
「そう言えば伝統派っていう奴らが言ってた『ろくな魔法が使えないから接近戦にこだわる落ちこぼれ』ってあいつらの事?」
「…寧ろパンチで魔法を止めれるレベルなら下手な魔法要らないじゃん。というかどうやったのか全くわかんねぇ。」
定春のパンチはもちろん魔法併用ありきの結果なのだが、側から見れば確かに普通のパンチにしか見えないだろう。
「定春、あの“波拳”って発勁の系統?」
「ん?」
次の試合までかなりの間がある為、定春達はなるべく人混みが少なく、試合が見える位置に移動してきた。ようやくそれらしいスペースを見つけたところで雪菜が口を開く。
「相手の技の詳細を聞くなんて、恥ずかしいのは承知だけど、あの技の結果がどうも納得出来ない。」
「…例えばどういうところだ?」
「まず威力…確かに発勁系統の技は大きな振りかぶりや溜めは必要としないことが多いけど、定春の“波拳”はその許容範囲を明らかに超えてる。」
拳で地面(の波)を破壊する。それ相応の修練を積めば不可能ではないかもしれないが、現実的ではない。
「ああ、あれは別に素の力だけじゃない。魔法を併用した技だよ。」
「…やっぱり。でも余りにも最小で最低限の素粒子しか感じられなかったから、最初は分からなかった。」
定春の基本にして奥義とも言える技“波拳”は、魔法とゼロレンジコンバットを組み合わせたものだ。
「どっちかというと発勁に似た効果を生み出す技だな。振動をゼロ距離で撃ち込む、そして魔法で威力を上乗せする…ってだけの。【乗返し】って言うんだよ。」
「【乗返し】?聞いたことない魔法。」
「そうだね、それほどまで効果の望める魔法なのに僕も聞いたことがないな。和樹くんは?」
「うんにゃ?俺もないな。」
「私も存じ上げません。お嬢様、如何ですか?」
「…私もないわ?今ある程度工権の組み合わせを考えてみたけど、そんな威力を生み出す接近戦に特化した魔法はないし。」
「そりゃそうだよ…これはアフレコで頼むぞ?あの魔法には【乗】って工程が必要なんだ。」
「【乗】…え、そんな工程聞いたことがないわ!?ねぇ定春!それってどんな工程!?ランクは!?効果は!?」
初めて聞く工程の名前に紅音が興奮したように定春に詰め寄った。
「お、おぉぅ…」
「お嬢様、定春様が困惑しておられますが?」
「あ…ゴホンッ。で?その【乗】てなんなの?」
「ああ、【乗】っていうのは簡単に言うと俺のオリジナル。」
「オリジナルなの?」」
「そ、でもこれは魔法省に届けていない非公式工程だからな。内緒だぞ?」
この国の法律では魔法や工程を自作してはいけないという決まりはない。どちらかというと早々自作できるものではないから、規則を作っても意味はないと言った方が正しい。もちろん新規の工程や魔法を魔法省に届けるよう通告はされているものの、あくまで努力義務。届けたからといって報奨金や特別なものが貰えるわけでもないし、精々製作者として名前が登録される程度だ。
「ん、わかった。序でにその【乗返し】って魔法、私も覚えたい。出来れば教えてほしい。」
「【乗返し】を?んー…雪菜なら覚えても大丈夫だろうけどなぁ…これ、下手したら自分の手の骨を粉砕骨折させるしな…」
定春はこの場だけの秘密だぞ?と前置きした上で【乗返し】の工程を教える。
「教えはするけど皆んな、自分一人でこの魔法を試すなよ?…工程は【反射】【乗】【反射】、これだけ。」
「え?それだけなの?」
「全3工程であの威力って…そもそもそれ、魔法として成立しないだろ。制御も緩和もなく、しかも【反射】って進行ベクトルを反転させるだけの工程だぞ?そもそも【乗】は何の役割を成すんだ?」
普段変態変態と罵られ遊ばれているthe変態の和樹だが、ことこの質問は的を得ていた。定春は『ただの変態でもなかったか』とニヤリとする。
「よく気づいたな。じゃあ実演がてら解説するから和樹、お前サンドバッグな?」
「嫌だよ!?」
「流石に本気じゃ打ち込まないさ…精々悶絶する程度だ。」
「加減の加の字もないな!俺じゃなくてもそこに立ってる木でもいいだろ!」
「学校の備品壊したら怒られるだろ。何言ってんだ。」
「加減する気がない!?え、ちょ?雪菜さん?圭太くん!?」
喚く和樹をホールドするように圭太と雪菜が和樹の両腕をホールドする。尚、その際雪菜の胸が腕に押し付けられ、役得と感じた和樹はやはり変態である。
「これも武の発展のためだよね?和樹くん。」
「武に犠牲はつきもの。」
尚も喚く和樹の言を無視して、定春は解説に入った。
「と言っても【乗返し】自体は3工程の簡単な魔法だ。原理としてはまず拳で対象を打つ、そこでまず第1の【反射】が作用し自分に対して打撃が返ってくる。そしてこの【乗】の効果は“衝撃を乗倍する”事だ。乗倍、つまり数学で言う2乗、4乗、6乗…とかだな。そして乗倍された衝撃を第2の【反射】でさらに反転、拳に乗せて撃ち出す…という風に構成されている。因みに【乗】の数値は変数定義されてるから自由自在だ。」
「…定春、それはおかしい。それだと第1の【反射】で手首が壊れる。」
「そうだね。この魔法には【緩和】や【慣性制御】が組み込まれてないから、その衝撃はダイレクトに拳に返ってくることになる。乗倍する数値が高ければ高いほどその危険は跳ね上がる。」
「そう、だからこれは普通の魔法師が使う魔法じゃないよ。それにこの魔法を使うには条件がある。」
「条件?」
「おそらく雪菜と圭太なら分かるはずだ、俺の足元を見ていればね?じゃ、和樹行くぞ〜。」
「行くぞ〜…じゃねぇよ!何今まで散々無視した上でそのヤバそうな魔法を打とうとしてんだよ!話を聞く限り生身で食らったら死ぬだろそれ!」
「ちっ…仕方ない。【重物障壁】を50層くらい張っとけよ。」
「…つまりそれくらい張っとかないと死ぬと?」
「…行くぞ〜、5…4…321、【乗返し】」
「わ!ちょっま!?」
カウント省略し拳を撃ち出す姿勢になった途端、雪菜と圭太は避難し、和樹は言われた通り障壁を何十層にも渡り展開する。そして定春の拳と和樹の障壁が接触した瞬間。
「ぶぉ!?」
和樹の障壁が一気に全て破壊され、和樹毎後方へ吹き飛ばした。同時に拳に巻き上げられた空気が爆風となり砂埃を巻き上げる。漸く砂埃が晴れると雪菜と圭太は、先ほど言われた通り定春の足元に注視した。尚、誰も和樹の心配をしていない模様。
「…!成る程。」
「成る程ねぇ…確かにこれじゃ僕は使えないや。」
二人が見たものは定春の軸足付近の地面が、大きく抉れている光景だった。
「そう、この魔法は“身体操作技術”取り分け“流し”を前提とした技だよ。」
“流し”とは直近で言えば、寺門流師範代である碓氷が使った“撃流受け”系統の技の総称だ。手首に掛かる衝撃を身体を通し地面へ流す。避雷針の原理と似ている。因みに実際の衝撃を流したとしても【乗】へと取り込まれた“衝撃の実数”が記録としてあるため、魔法行使上の問題はない。
「…定春はその魔法を完全に会得するまで、どれくらいかかったの?」
「まぁ1年ってとこかな?まだ“流し”が未熟で相当怪我をしまくったけど、今の雪菜なら3ヶ月くらいで覚えられると思うぞ?」
「ん…、定春。もし出来るなら対抗大会が終わったらその魔法を教えてほしい。オリジナルの魔法…秘匿魔法を教えてもらえるならどんな対価だっ「いいぞ?」て…え、いいの?」
「オリジナルって言っても使える奴は限られるからな、そこまで隠す気もないんだよ。まぁ無闇矢鱈言いふらす気もないけど。だから教えるのは構わないぞ?」
「僕も“流し”が上手かったらなぁ。」
「あー、流石に圭太の戦闘スタイルじゃ無理かな。この魔法もいろいろ制約あるし。」
「だよねぇ。」
「ありがと、定春。楽しみにしてる。」
と、ホクホク顔の雪菜と若干悔しそうに笑う圭太。紅音と翠は最早、魔法師の常識って何だろう?と現実逃避気味に考えていた。
「……お願いだから、せめて一人ぐらいは心配してくれ。」
和樹の扱いは相変わらずである。




