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合理主義者達の魔法理論  作者: 調 烈
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002話 入学式 前編

本日二話目です!


学生の朝は早い。それは別に学生に限らないことだがそれでも早いのに違いはない。定春はそんな学生、高校生となるその初日…


「やべ…寝過ごした…」


盛大に寝坊していた。壁面投影型のデジタル時計の時刻は午前8:02分、入学式は午前8:30からだ。定春の家から学校までは自動送迎車を使っても20分かかる為、今から準備をしていても到底間に合う時間ではないだろう。


「間に合わないのなら焦る必要はないな。」


ならば焦る必要はないと定春はゆっくりと身支度を始めた。身支度といっても女性ほど時間のかかるわけでもないのだが、定春はこれでもかというぐらいマイペースに準備を行うので時間がかかる。


寝巻きにしていたシャツを脱ぐとそこには鍛え上げられた肉体が露わになった。定春は着痩せするタイプだ。身長は175センチと平均的なのだが、体重は78キロと重い。勿論それは脂肪などではなく絞りに絞り込まれた柔軟な筋肉故。だが定春は着やせする、服を着ているとこれまた童顔チックな顔と相まってモヤシにしか見えないのだ。そのお陰でよく絡まれるのはご愛嬌である。


「制服はっと、あれ…何処にしまったっけ?」


そして定春は片付けが苦手である。今日着る予定の制服でさえ何処に置いたか分からない。


「あ、そもそも届いた段ボールから出してねぇや。」


そう思い出し定春は積み上げられた段ボール山から、制服の入ったものを引っ張り出すと勢いよく開封し、手に取る。


「…ふむ、はっきり言って悪趣味としか言いようがないけど、どうもこう…擽られる制服だ。」


魔法高校の制服は基本的に基礎デザインは全て統一されている。あとは各都道府県に割り振られた漢数字入りの胸元のエンブレム、それにカラーデザインが違うだけだ。東京の数字は一、カラーは黒と赤を基調としたもの。なんかこう、定春が厨二病を擽られるデザインだった。


「サイズはピッタリ…まぁ当たり前だけど。」


黒を基調とし赤いラインが入ったブレザータイプの制服。すらっとした定春にはよく似合う。そんなこんなしているうちに時刻は午前8:30分を廻っていた。胸ポケットに学校で使用する総合端末タブレット(学生iD入り、電子マネー機能付)を入れ、右手の人差し指に何時もの指輪をつけ玄関を出る。


「うわぁ…嫌味なくらいの晴天だな。」


自宅から最寄りの自動送迎車の発着点まで徒歩3分。学生が手ぶらで登校とは一昔前までは考えられない光景だが、ありとあらゆるものが電子化された今日おいてはそれが普通だ。


「おっ!もしかしてお前も遅刻した口?」

「ん?」


スタスタと歩いていた定春に背後から声がかかる。振り向いた定春の視界に入ったのは長身の男。パリッとしたブレザーに身を包み、長く伸ばした髪を一つにまとめている。目付きは鋭く、これが私服で声をかけられた場合恐喝とかを疑うレベルだろう。定春も身長は低いわけではないが、それでも男は定春の頭一つ分程高かった。


「まぁそうだけど…お前も?」

「そうなんだよ、何故か目覚まし時計がぺしゃんこに潰れててさぁ。起きたら既に8時過ぎ、もう焦ったね。」

「その割には随分とゆっくりな登校だな。」

「それはお互い様だろ?お前だってこんな時間に登校してるじゃん。」


僅かながら在校生という可能性もあるのだが、それはブレザーのラペルに付けられた①というバッジを見て否定された。あれは学年毎に数字が変わるもので男が付けているのは1年生つまり今回で言う新入生にあたり、もちろん定春も付けている。


「既に間に合う時間じゃないからな。」

「そういうこった。あ、俺は炭谷すみや 和樹かずき、和樹でいいぜ。」

「俺は板島 定春、俺も定春でいいよ。お、送迎所についたな。」

「しかも丁度車も来たみたいだぜ?」


タイミングよく送迎所に到着した二人の元に、空車の送迎車が到着する。二人はそれに乗り込むと行き先を指定し、座席へと腰を下ろした。


「ふぅ。入学初日から遅刻とか、絶対悪目立ちするだろうなぁ。」

「和樹の場合、既に容姿から目立ちすぎてるぞ?」

「おい、それはどういう事だ定春。…だがまぁ、自覚はしてるよ。俺見た目だけならかなりの強面らしいし。ところでその定春の手に付けてるのって“SAIRサイロ”か?」


和樹が定春の付けている指輪を目ざとく見つけ目を輝かせた。その様子は強面というよりもおもちゃを前にした幼い子供だ。


「そうだよ、というかお前も付けてるじゃないかSAIRサイロくらい。」


SAIR(Spec Assistant In Ring)

和名は工程短縮汎用補助機という、魔法を発動する際の補助機構を有する指輪を指す。よくサイロとも呼ばれる。


素粒子力学における魔法理論は、“存在する素粒子を発動者が有する脳内の構築領域にて、工程処理し、それを素粒子に適応させる事により、事象が具現化されるものである”とされている。


例えば【爆発】という現象を引き起こすためには、【気体変換】【濃度変換】【固有振動】【燃焼】【拡散】【指向性】という6工程を順番に行う必要がある。何もない空中で水素を作り出し、濃度を上げ、空気中の塵等を固有振動数を上昇させ発火、それを燃焼させ水素に引火、急激に膨張した体積を拡散させ、その爆発が自分に向かないようにする…【爆発】という単一現象を起こすだけでもこれだけの手間がかかる。

その現象を起こすまでに用いる時間は1.2秒。その計算式は必要工程×0.2秒、工程一つに必ず0.2秒を要する、それは揺るぎなき不変の事実。はっきり言って【爆発】を起こして相手を倒すより、拳銃で撃った方が早いだろう。


工程は数百、数千通りあると言われている。組み合わせによっては理論上どんなことでも可能だろう。時間さえかければ核反応でも出来てしまう事になる。だが、万能に見える魔法にも様々な制約が存在する。


まず複雑な高威力の魔法を繰り出そうとするならば必然的に工程の数が増える。即ち、魔法発動までのかなり時間を要するのだ。先程も言ったが、人間を倒すのなら拳銃の方が早い。魔法は明らかに瞬発力を必要とする戦闘には向いていなかった。


そして二つ目、工程を処理するのは人間の脳だという事。つまりあまりに複雑で高難度の魔法を行使しようとすると、脳内でオーバーヒートが起こり良くて廃人、最悪脳内の細胞と血管が破壊され即死する。ある実験によると人間の脳で処理できる限界工程数は96工程だそうだ。核融合などを起こすために工程処理を考えた場合、到底96工程では足りない。

仮に96工程の魔法を完成させたとしても発動までに19.2秒、魔法を撃つ前にナイフにも負けるだろう。


そして三つ目、人により処理できる現象、事象の限界が決まっているという事だ。この世界に魔力などという固有基準は存在しないが、限界工程、限界事象、限界速度という基準がある。魔法師Aが32工程の魔法を行使出来ても、魔法師Bも32工程の魔法を行使できるとは限らないのだ。総じて言えばSAIRが普及するまで魔法は欠陥技術とされていた…しかしSAIRの開発によりその認識は改められた。


簡単に説明するならばSAIRは“通常脳で処理される工程を肩代わりする機械”、それを指輪サイズまで軽量化したものだ。指輪といってもその中身は超高性能ナノコンピュータ、ナノコン。工程処理を一部肩代わりし、魔法発動までの時間を短縮させるための補助機構、それがSAIRだ。


「なぁ、定春のSAIRには何の工程が入れてあるんだ?」

「おいおい、人のSAIRに入ってる工程を聞くなよ。普通の人なら嫌がられるというか、怒られるぞ。」

「あっ…悪りぃ。マナー違反だとは分かってるんだが、どうも興奮しちまって。」

「まぁ俺は大したもんは入れてないからな、入ってるのは【反射】【拡散】【偏光】だよ。」

「…え?それだけか?」

「それだけ。なにぶん古い型でな、その3つしか入らない。」


SAIRは工程処理を肩代わりしてくれるだけでなく、機械で処理するためそのタイムラグは0、つまり【爆発】の魔法を発動しようとする魔法師が、SAIRに【濃度変換】と【燃焼】と【拡散】が入っていた場合、その発動に要する時間は0.6秒にまで短縮される。その為SAIRに工程を多く登録するすればするほど、魔法の発動時間は短縮され、処理できる工程が少ない人でもかなりの工程処理が必要な魔法でも行使可能となった。


しかしなにぶんSAIRは高性能ナノコンを搭載した超精密機械。その制作コストは計り知れない。現代においてSAIRの標準スペックは10工程が基本とされているが、それでも値段は20万円〜となっている。登録できる工程数が増えれば増えるほど値段も相対的に上昇し天井知らずなのだ。


そんな定春のSAIRは3工程が限界。確かに型落ちしているSAIRは相場より安いが、それでも数万円はするものなのだ。決して珍しいことではない。しかし、魔法師になる為の…所謂、将来的に出世が約束された学校に入学できるのだ。学生の親たちも初期投資に糸目を付けることなく、高性能なものを購入するの者がほとんどだ。


「ま、俺も型落ちしたもんだから人のこと言えないしな、俺のは【拡散】と【収束】、あと【反発】、【吸引】、【固有振動】だな。」

「…別にお前まで教えることなかったんだぞ?」

「なに、これでお互い様ってことで。俺から聞いたわけだしな。」


和樹のSAIRの構成はオーソドックスなものだった。基本を押さえたいい構成と言える。インストールされている工程は“ライセンス”を必要としないものばかりだが、それも当然だ。魔法に使う工程には四段階のライセンス制度が設けられている。それは魔法師というライセンスとは別のものだ。それは“工程使用権限資格”といい、特殊な工程を使うには国が定めた国家資格を習得しなければならない。所謂、業務独占資格にあたる。


工程使用権限資格一覧(通称は工権、工程資格など)


Aライセンス(高位)

【電磁化】【電子化】【真空】【臨界】など


Bライセンス(中位)

【融解】【昇華】【気化】【液状化】など


Cライセンス(低位)

【加速】【減速】【反射】【硬化】など


ライセンスフリー

【拡散】【収束】【反発】【偏光】など



この資格試験は受験資格はなく、筆記試験と技術試験(この時点で魔法素養のある者に限られる)を合格できれば使用権限が与えられる。因みに定春はCライセンス【反射】を習得している。


「ところで定春って試験組?俺試験組。」

「試験組?…あぁそういうことか。いや俺は推薦枠だよ。」

「え!?マジか!すげぇな定春!」

「こっちとしてはありがた迷惑だがな。お陰で行きたかった学校に行けなくなったよ。」

「…お前、それ人前で言うなよ?魔法を使えるだけでエリート意識が高いやつらがいっぱいいるからな、特に俺らの東京校は。」

「わかってるさ、俺も人と言葉は選ぶ。」


といいつつも定春に悪怯れる様子は一切ない。寧ろ胸さえ張っているように見えるのは幻覚だろうか?


「はぁ…定春、お前、見た目問題児の俺よりもタチが悪そうだな。」


そんな和樹の溜息。友達になる相手を間違えたか?と思う和樹だったが、同時に定春といれば退屈はしなさそうだとも思う。そんな予感がしてならなかった。


そんな二人を乗せた送迎車は、漸く学校正門前に到着するのであった。




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