019話 対抗魔法技能大会 予選 (4)
大会予選まで残り3日となったある正午過ぎ…簡単に言えば昼休みの一幕。圭太がかなり大柄の学生に絡まれていた。
身長198センチ、体重98キロ、鍛え抜かれた筋肉は、制服の上からでも分かるほどに隆起している。顔はもはやおっさん…逞しい顔立ちで、制服と襟元の1年生を示すバッジをしていなければ学生とは分からないだろう。
「もう一度言おう、寺門。お前は我々とチームを組み予選大会に臨むべきだ。」
「はぁ…何度も言うけどそれは無理だよ。僕はもうチームが決まってるし、それは君も同じだろう?」
先程から同じ問答を繰り返す2人。圭太も身長は低くないのだが、それでも20センチ以上差があるため、大人が子どもを恐喝している絵に見えてしまう。
「それならば問題ない、こちらの新垣を抜かし寺門を迎え入れる。」
「それこそ無理な話だ。その新垣って人もいい迷惑じゃない?既に決まっているメンバーをギリギリになって変更するなんて、龍造寺くん…何のつもり?」
「奴は俺のチームには相応しくない。剣の家系でありながら小手先の魔法に頼る…何とも愚かな奴だ。」
「…それを言うなら僕の寺門流も、小手先の魔法を取り入れた剣術だけど?」
「前提が違うな。お前の寺門流は魔法を剣術と完全に融合させ、一つの頂に達している。対して新垣の家は剣も魔法も中途半端、下手な剣技を補うための騙し騙しの魔法でしかない。」
龍造寺と呼ばれた男子生徒は気づかない。会話が進む毎に、圭太の雰囲気が剣呑になっていく事を。
「家も中途半端なら、剣術も中途半端だ。そんな家系が“魔法剣術”の看板を背負っていることさえ烏滸がましい。」
「…龍造寺くん。」
「む?」
圭太の剣呑さが最高潮に達し、空気が一瞬にして冷え込む。
「君…少し黙ろうか?」
「っ!?」
いつもニコニコして間延びした口調で、怒っている姿が全く想像できない圭太。今、圭太は声を荒げているわけでもなく、怒気を放っているわけではない。しかし龍造寺はその首元に刃を当てられている…そう幻視する程の気当たりを一瞬だけぶつけられた。
「日々努力している人間を笑うのは許さないよ?僕からしてみれば、無駄な自尊心を振りかざして、魔法剣術の本質を見誤ってる君の方が烏滸がましいけどね?」
「このっ…っ!……では予選大会で戦うのを楽しみにしているぞ。」
「うん、僕も楽しみにしてるよ。」
圭太の言葉に目尻を吊り上げ激情したかと思った龍造寺。しかし一瞬だけピクリと身体を震わせたかと思うと、その表情は見る見る悔しさの滲むものとなり、圭太に捨て台詞を吐くとともにその場を後にした。
「ふう、ごめんね?定春くん。」
「いや、別に大丈夫だ(あの龍造寺とかいう奴が行動を起こした時、圭太の奴、気当たりじゃなくて殺気で黙らせたな…余程腹に据えかねたのか?)」
定春と圭太は食後の飲み物を買う為に、中庭にある自動販売機に居たのだが、その時突然にあの龍造寺という生徒が圭太に絡んできた。定春はそのすぐ後ろに居たのだが、特に口を挟むべきではないと思い、空気と化していたのだ。
「今日も学校が終わったら家でいいのかな?」
「あぁ、世話になるよ。にしても毎回悪いな、しかも門下生の人たちも俺らの練習に付き合わせて。」
「いやいや、門下生達もいい練習になるって喜んでたよ。特に定春くんと雪菜さんは最早学生の練度じゃないって、次はどうやって勝つか模索するほどにね。」
現在、定春達は学校での訓練を終えた後は、ほぼ連日のように圭太の家で自主的に連携や戦略を練り込んでいた。最初は定春達6人で3対3の模擬戦を行なっていたのだが、途中からその訓練風景に触発された門下生が圭太に名乗り出て、訓練に混ざるように…というよりも、実戦形式で対戦相手を買って出てくれたのだ。
「じゃあ戻って訓練の続きをするか。今度は和樹を囲って弾幕を防ぐ訓練をしよう。」
「はは…それ、和樹くんがまた『それは訓練じゃなくてイジメだ!』とか叫びそうだね。」
「何を言うか、これは和樹の防御能力を上げ、且つ俺らの連携訓練も出来る一石二鳥の方法だぞ?」
定春が心の底からそう思っていると分かるからこそ、圭太は乾いた笑い声しか出なかった。ここ連日、和樹は定春から防御の要として見出され、回避、防御、救援という所謂タンク役を担っている。たしかに本人にその適正があるのだからいいのだが、正直言って側から見れば訓練風景は集団リンチのように映ることだろう。
圭太は心の中で合掌しつつも、止める気は無いので単に苦笑いで済ませる。この時ばかりは自分が防御系が苦手で良かったとホッとする圭太であった。
「いてて…身体中が痛ぇ。なんで【生体障壁】の上から衝撃が通るんだよ…」
「だから言ってるだろう和樹。【生体障壁】は所詮見えない壁だ、打撃は通らなくても衝撃は通ると。」
「変態は学習能力がない…定春の技も私の“鎧通し”も所謂“発勁”を基とした技。壁なんて意味がない。」
「じゃあどうやって防ぐんだよ。」
「流すか、同じ技で打ち消すか、まぁそもそも…」
「「学生で発勁を使いこなす奴は殆どいない。」」
「じゃ練習する意味ないだろあれ!?なんで頻繁に打ってくるんだよ!」
「「…ただの気晴らし?」」
「理由が単純で尚且つ酷い!」
異口同音で定春と雪菜がハモる。現在はこのところの日課となった圭太の家での訓練のため、チーム一同は路地を歩いていた。相変わらずの和樹の弄られっぷりにも慣れた様子の紅音と翠、そしてその様子を面白そうに眺める圭太だが、騒ぐ和樹に対し変態変態と言いながらも構う雪菜は意外と仲が良いのでは?と一人で思っていたりするのだが、それを言うと弄るターゲットが自分に向きそうなので思うだけに留めておく。
ギャンギャンと騒がしい一同だが、学校から圭太の家は意外と近く徒歩15分程度だ。そんなこんなしているうちに毎回あっという間に到着する。
「お待ちしておりました圭太さん。門下一同首を長くして待っていましたよ。」
「今日は師範代までいるんですか…僕らの相手をしてくれるのは有難いんですが、修練を疎かにしたら父さんに怒られますよ?」
立派な門構えの前にいた一人の美丈夫が圭太に向かって挨拶をしてきた。すらっとした佇まいに似合わず、隙がない。顔は爽やか二枚目で淑女受けしそうな甘いマスクなのだが、圭太の言葉通りならば彼は師範代。いろんな方面から引く手数多だろう。
「それはご心配に及びません。本日は師匠も参加なさるようなので。」
「…父さんは何をやってるんですか…。」
どうやら今日の訓練には圭太の父親も参加するようだ。日に日に練習相手が豪華になる事は定春達にとって喜ばしい事だが、それで良いのか道場経営…と一同は思った。
「ささ、どうぞ中にお入りください。」
師範代の男性に勧められるがまま圭太を先頭に敷地内へと足を踏み入れる。門を潜ると直ぐに平均的な学校の運動場2面分の広さを誇る中庭が見えるのだが、今回はそこに門下生20名が横2列で6人を待ち構えていた。寺門流の門下は総勢200名、その10分の1が定春達の練習相手として修練そっちのけで待っていたのだ…圭太が呆れ顔で溜息をついた。
と、同時に何かに気付いたのか圭太は手慣れた様子で刀を一振り魔法で生成すると、頭の上へとそれを構える。
ガキンッ!と金属同士がぶつかった音。定春達が咄嗟に上を見上げるとそこには長い髪を後ろに纏め、修練用の袴を着た優男風の中年男性が降ってくるではないか。弾かれた勢いで後方宙返りを決め、見事に着地した男性に、圭太はこめかみを抑えながら一言。
「…父さん。お戯れは程々にした下さいとあれほど…」
「はっはっは!まぁいいではないですか圭太くん。日頃のうちで練習している学生達の練度が良く、いい修練になると他の師範代達からも聞いていますよ?ならば是非とも私も立ち会ってみたいではないですか。」
「…そういえば、関東地区の剣術協会の定例会合が1週間程あった筈ですが?」
「はっはっは…あんな自尊心だけの老害どものお茶会なんぞ、30分で切り上げてきましたよ。」
笑顔で圭太の父はそんな事を言っているが、内容は結構笑えないレベルだ。寺門流剣術といえば関東といわず日本全土に知れ渡る名家中の名家。その当主が大事な会合を途中で坐してきたと言うのだから。
「…検討はついていますが、その理由は?」
「こんな面白そうなイベントに私が参加出来ないなんて不公平じゃないですか。」
何かが切れる音がした。一同、その音の主の元へ視線を向けるが、そこには晴れやかに笑う圭太しかいない…いや、その纏う雰囲気はドス黒といって然るべきだが。
「…会合ぐらいまともに出れねぇのか!この万年童心男がぁ!!」
「はっはっは、圭太くんは切れると直ぐ口調が悪くなるなぁ。おっと、技のキレは衰えないところを見ると感情の制御は出来ているようだ、いいねぇいいねぇ。」
怒号と共に凄まじいキレから繰り出される圭太の技を、その父親が飄々と受け流す。手加減なく繰り出される圭太の剣は、学校で見る訓練の剣とは比較にならないほどのキレと剣速である。それを余裕を持って危なげなく遇らう圭太の父親は流石と言えた。
「圭太さんは普段温厚な方何ですが、何故か父親である師匠には厳しいんですよね…」
と師範代の男性がやれやれと言った表情で近くにいた定春に話しかける。
「あんな圭太始めてみましたよ。いつもは飄々というか和かというか、そんな感じなんで…というかこれ止めなくていいんですか?色々と玄関口が惨状と化してますけど。」
二人が暴れ回る玄関口(敷地に入る為の門)は剣撃の跡が凄まじく、石燈籠は両断され、外壁は一部崩壊、石畳は所々大破しており、「直すのにいくら掛かるんだろうか」と定春は呑気に見ていた。
「いやいや、考えても見てください。師範代というのは師範に代わって教えることの出来るレベルです。つまり師範よりは弱いんですよ、圭太さんはもはや師範レベル…だから私があれを止めに入ったら私細切れになっちゃいます。」
つまり落ち着くまで待つしかない…と師範代の男性は苦笑いをしながら諦めていた。そういう事ならば仕方ないと、チーム一同は壮絶な親子ゲンカ(?)をしばし観戦するのであった。