014話 機密情報 後編
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「…事情はわかった。だが確認しておきたい事がある。君は何故、あの組織に居たんだ?軍からのオーダー内容を考えると、君たちの居場所や行動は筒抜けだった事が分かる。だが君たちの境遇を鑑みるならばこそ、あそこに居た理由が分からない。」
未だに虚ろな瞳で空を眺める左枝に、土方はずっと疑問に思っていた問いかけを行った。事情を知る前にも感じていた事、それは『何故あの組織へ向かったのか?』である。
あの組織は表では真っ当な警備会社を営んでいるが、裏ではロシアンマフィア顔負けの所業を平然と行う。人身売買、暗殺、武器密輸出入、破壊工作何でもござれ。そんな危険地帯に何故わざわざ踏み込んだのか?庇護を求めてならば、それこそ土方の様な事業を営んでいる人間の方が比較的ではあるが安全だ。軍との繋がりは勿論あるが、土方は事情を鑑みて柔軟な対応を取る事ができる。
「…途方にくれ、計画もなく、私は彼女を施設の外へと連れ出しました。もちろん行く当てなどなく、今後を考えるならば親類も頼りにできません。」
それは理解できる。姉の細胞から培養した少女、それも軍の最高機密ともなる彼女を連れて下手に外を歩けば、結果は火を見るより明らか。そんな状態で親類を頼れば火の粉はそちらにまで飛び火するだろう。
「そんな最中、どう情報を嗅ぎつけたのかは分かりません、しかしあの男、ジョセフが私にコンタクトを取ってきたんです。」
「ジョセフが?しかし君も軍属の人間、奴の危険性は十分知っていた筈だ。」
「…はい。しかし最早私にはそんな奴でも、救世主に見えるほどだったのです。」
姉の悲報、姉の死の真実、軍への不信、先の見えない絶望…心身ともに憔悴しきった彼女は、正常な判断が出来なくなっていたと言う。
それからは簡単だった。甘い言葉につられ奴らの会社に行き、不意打ちにより左枝は負傷。その直後に定春達が突入してきた…という流れだった。
「わかった、ならば最後に聞こう。君達には二つの道が用意されている。一つ、上のオーダー通り、君をこの場で殺害し彼女は軍に返す。我々にとってはこれが一番安全で簡単な方法だ。」
左枝は目を閉じ、全てを受け入れるかの様に黙って耳を傾けている。それが最も当然な自分の運命だとばかりに…だが、左枝はふと気付いた、二つの道?と。
「二つ。君と彼女はあの場で流れ弾を喰らい運悪く死亡、敵の自爆攻撃で遺体も残らず、我々としてもどうしたものかと困っている…なぁ定春?」
「…え?」
「はぁ…そうですね。まさかジョセフがなりふり構わず攻撃したばっかりに、目標まで殺すとは…保護目標の消失、完全に今回の任務は失敗ですね土方さん。どうするんです?」
「え…いや、え…?」
「そうだな…流石に上も死体の一部も無い事には納得せんだろうな。仕方ない、小梨、何処でも良いから死体の一部を探しといてくれないか?料金は上乗せしておくぞ?」
「あははは!ひっちゃんは相変わらずだねぇ。いいよ〜、私が探しておいてあげる。」
「あ、あの…」
左枝は状況が読み込めず目を白黒させながら土方に声をかける。なんせいきなり目の前で三文芝居が始まったのだ。反応に困るだろう。
「…とまぁ、私としては第2の選択肢をお勧めするがね?勿論、無条件で、という訳にはいかないが。」
「…あ…いい…のですか?私を逃せば、貴方達まで排除の対象になるんですよ?」
そこまで言われて分からない訳がない。土方は『匿ってやる』と言外に言っているのだ。左枝は信じられないものでも見たかの様に、土方を青い双眼で見つめる。
「ふむ、俺にはそのリスクを取っても余りあるリターンが返ってくると思うけどね?左枝さん?」
「…リターン、ですか?」
定春のリターンという言葉、それは交換条件とも言える。そこで左枝は考えた…僅かに差し込んだ希望の光、それを逃さまいと今まで暗い靄が掛かっていた薄暗い思考を振り払い、懸命に回転させる。
左枝達の持つ有益性といえば、それは当然CDS理論の研究者としての知識、そして成功被験体である彼女。それだけでその筋の人間からしてみれば莫大なリターンと言える。だが土方達はあくまでも戦闘畑の人間。そんな研究結果を手に入れたとしても、利用価値などあるのだろうか?と左枝は考えた。寧ろリスクの方が大きいだろう。
「なに、深く考える必要はない。君には分からない私たちのメリットがあるからこその提案だ。勿論、身の安全、生活の保障は責任を持つ。」
「…それは、願っても無い事です。本来なら私は、この場で殺されても文句の言えない立場なんですから。」
青の双眼から溢れる大粒の涙が、彼女に重くのしかかっていた重責の大きさを物語っていた。実際のところ、土方にCDS理論に関するメリットは無いに等しい。この理論はそもそも非人道的実験と検証から成り立っており、土方の性格からすればそんなものに手を出すとは思えない。更に、高度な研究設備と24時間体制のリスクコントロールを必要とする為、いくら会社を営んでるとはいえ高々個人でどうにかなるものではないのだ。
詰まる所、これは土方の『独善』であり、不遇な彼女たちへの『同情』なのだった。だが、そうは思わないひとりの人物がいた。
「(相変わらずこの人は甘い。だがこの人はこうでなくてはな。それにしてもCDS理論か…あれは倫理云々ではなく、そもそも染色体に問題があった筈だが。それに…ジョセフの行動が早すぎる。時系列から考えると軍のオーダー発注から彼女がジョセフと邂逅したのはほぼ一緒。となると…おそらく土方さんもこの事には気付いてるな。)」
定春はそう独白する。土方が彼女達を保護するというのならばそれは一向に構わない。彼女の語るリスクというのもイムホテプに掛かれば、どうとでもなるという確信もある。もともと土方が設立し、土方の方針に従って全員が動いているのだ。そのトップたる土方が決めたのだから、誰も文句は言わない。
そしてここに来て軍という組織の暗部…というよりも癒着の疑念が強まる事になった。脱走してから、ジョセフと左枝が会うまでのタイムラグが短すぎる。左枝の脱走という行動は、計画的なものではなく突発的なもの。情報が外部に漏れていたという可能性は無い。そのため脱走した直後にジョセフが彼女の居場所を特定するのは極めて困難だ。
軍内部の人間がジョセフに連絡を取らない限りは…
「小梨、済まないが彼女を会社の居住区へ。部屋は例の少女と同じ方がいいだろう。」
「おっけー、じゃあ案内したら私は早速準備に取り掛かるよ〜!」
「頼んだぞ。定春、ちょっといいか?」
「わかりました。」
未だ放心気味の左枝を小梨に任せ、土方は定春を連れ柳丸のいるフロアまで戻る。上階へ上がると、柳丸が顔を上げ渋い面で土方に話しかけてきた。
「どうだった?」
「予想通りだ。そっちはどうだ。」
「こっちもビンゴ…どころじゃ無いね、ダブルビンゴよ。」
土方と柳丸の主語を抜いた会話。だが定春は凡その予想はついた。
「…定春。検討はついているだろうが、軍内部、その一部の人間がロシア系犯罪ゲートとの繋がりがある。」
「やはり…としか言えませんね。あまりにもジョセフの行動が早すぎた。」
「そうだ…これは軍にリーク元がいないと説明がつかない、そう思い柳丸に調べてもらっていたんだが。」
「結果は真っ黒。それに余計な情報も露見してね、ダブルビンゴってわけよ。」
柳丸は手元の資料を土方と定春に差し出した。そこには出るわ出るの汚職と癒着の証拠がつらつらと連なっている。定春はあまりの量に最早尊敬の念すら抱くほどだ。
「よくこれだけの事が露見しませんでしたね?」
「深く、注意深く探らないと分からない様に隠されてたのよ。しかもその事に関心を持って調べないと分からないほどに。」
「成る程、で?その繋がりのある人物とは?だいたい予想は出来ますけど…」
定春の手元にあるのはその人物が行ったとされる情報漏洩、賄賂、隠蔽殺人…出るわ出るわの汚職の数々。しかし肝心の中核となる人物の名前が書かれていなかった。しかしこれだけの悪行を隠蔽するとなると佐官レベルでは無理だ、と考えるならば将校の中でも上位陣だ。
「容疑者は蔵元 尚十郎(58)、階級は少将で役職は軍部医療局長官であるとともに、左枝少尉の姉である筒賀 美咲が所属していた陸軍特殊工作第三部隊の上級指揮官よ。本人も隠密行動を得意とする魔法師で、現役バリバリの軍人。」
「…それはまた大物が釣れた事で。」
少将にして今なお現場で指揮をとる上級指揮官。押し寄る年の波に勝てず、第一線を退いて後方勤務に変わる将校が多い中、今尚前線で指揮をとる豪傑…と、資料を読む前ならば手放しで称賛できたであろう人物だが、蓋を開けてみれば所詮は人の子ということだ。
「土方さんの伝手でどうにかなりません?こう、ちょちょいと。」
「無理を言うな無理を…高々一介の魔法警察官だった俺に、上位将校レベル以上の伝手なんてあるわけないだろう?だが…」
「伝手はないが知己はあると…前々から思ってましたけど、それ一緒の意味じゃないんですか?」
「全く違う、伝手と知己は関係性が正反対だ。それよりもだ、小梨が例のものを用意してくれているが流石に専門機関で調べられればボロが出る。軍への報告は今日が期日、それから物を渡して出来る猶予は三日といったところか。それまでに決着をつけなければならない。」
「お片付けですか…身内が散らかしたのなら身内で片付けて欲しいですけどね。」
定春はうんざりした様な仕草でそう言を飛ばした。だが土方のやろうとしていることは必ず必要な手続きともわかる。
「こんな零細会社でも掴める情報だ、あいつなら当然掴んでるだろう。俺たちは知らない間にお片付けをしてくれる清掃業者ってところだな。…定春、柳丸、こんな事に付き合わせて申し訳ないと思ってーーー」
「あー、はいはい。私は裏方で直接戦闘はしないし、こうやってみんなに指示出すだけだから別に重荷なんて思ってませんよーと。相変わらず面倒くさい癖…」
と、柳丸は手をひらひらと振りながら自分のデスクへと戻った。
「今になって始まった事じゃないですしね、土方さんの悪癖って。」
定春は定春で苦笑いを浮かべ、ソファへ腰を下ろし…
「ま、少将レベル程度なら無問題です。」
「……。」
そんな二人の言葉にキョトンとした顔で呆れる土方は、その言葉の真意を分かってるからこそこう言った。
「その悪癖、お前らも感染るんじゃないか?」
「「…アンタだけには言われたくない。」」
まさかそこまで言われるとは思っていなかった土方。今度こそ呆気に取られた口が塞がらず、それを見た定春と柳丸の苦笑が小さな部屋で静かに響くのであった。