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虹を見た、単色の虹だ。

まぶたを透けた光が水晶体の中でちらちら反射して網膜に焼きついた。

頭頂部から下は溶けてなくなり脳だけが大海原を漂っていた。

声が聞こえた、気がした。

実際にはそれは言語ではなかった。

何を言っていたかは今も思い出せない。


土と青草のにおいで目を覚ました。

目の前には済んだ水色がこれでもかと広がり、澄んだ空気が鼻腔をいっぱいにした。

まだ出たばかりの芝の若葉が邪魔者を寄せ付けまいと背中をチクチクとさしていたが僕は動く気になれなかった。というより動けなかった。


何が起きているのか、僕はあの病室で死んだんじゃないのか。


原っぱの真ん中で寝転んでいるんだろう。さえない頭でぼうっとそんなことを考えていると、


目があった。


寝転がる僕を覗き込んだ色黒く赤毛の少年とばっちり目があった。


「へっ、、、変態だぁーーーーー!」


やっとその時、僕は小さな腰巻をしているだけなことに気が付いた。


「やべぇーーー!おねちゃーーーーん!!変態がいたーーーーーー!」


そんなことを叫びながら少年は野原を走去っていく、ぼやっとしていた脳が完全に目覚めて跳ねるように起きることが出来た、何もわからない、何にもわからないが、この未知な土地での第一印象が「変態」なのはかなりまずい気がする。


「まって!誤解だーーーーー!」


そう叫びながら少年を追いかけた。


逃げる少年、追いかける腰巻の男。


とにかく周りが草原で大人がいなかったことに感謝するしかない。


小山を二つ越え、少年をやっとの思いで捕まえた頃にはなにかの小屋の前まで来てしまっていた。


「おねぇちゃん!リリおねえちゃん!変態に食われる!!!!」


「食わないし変態じゃない!とにかくおちつけって!!」


小屋の扉が少し開いた、まずい、半泣きの少年を押さえつける腰巻男は変態以外の何物でもない。

扉が開かれ人間離れした白さの足がすっと伸びてきた、がそこまでだった。

胸のあたりが爆発した。勢いよく吹き飛ばされた僕は腰から地面に打ち付けられ3回半転がって仰向けになった。

「ぐおっ!」

鈍い声を出して転がった、すぐ胸を見てみたが傷がなかった。




多い、情報が多い、いろんなことがドバっと押し寄せてくる。まったくわからない、


「ふっ、、ははは、はっははは」


なんだか笑えてきた。何もわからないけど痛いのは確かだ。夢じゃない、僕は棺桶みたいな病室を飛び出して、少年と追いかけっこをした後なぜか吹っ飛ばされたのだ。



目の前にはいっぱいの青空


僕は今生きているのだ。




「あのー、大丈夫ですか?」


あまりにも僕が起き上がらない僕を心配したのか、小屋から出てきた女性が話しかけてきた。

リリと呼ばれたその女性はその白い肌もさることながら、後ろに束ねられた輝く金髪、シルクのような白い服や淡い緑の瞳がどこか神聖な雰囲気を出していた。


「やめとけって、こいつぜってーヤベーやつだよ」


相変わらず憎々しい少年は彼女の手を握りながらそう言った。


「平気ですよ、この人はそんなに悪い人には見えないですし、それに」


彼女はにこやかに言った。




「変態は往々にして町に出没するものですよ」




彼女に小屋の中に案内された、中は見たことのない言葉の本や、きらきらとした宝石、得体のしれない置物でごった返していたが、きちんと整理されていて窮屈な感じはしなかった。


「とりあえずこれを着て下さい」


一枚の布に袖がついたシルクの着流しのようなものと帯をもらった、彼女が着ているのもと同じだ。袖を通して帯を結んでいると彼女が口を開いた。


「なんでこんなところにいたんですか?」


じっと僕の目を見ながらそういった。いざとなればまた吹っ飛ばすという気概が見て取れた。

素直に言った方がいいとは思うが、ほんとに素直に言いすぎればそれはそれでやばい奴だ。


死んで目が覚めたらここにいました。そんなの誰が信じるだろう。


「・・・おぼえてないんだ。なにもかも。」


「・・ここに来るまでの記憶がないってことですか?」


「いや、全部、わからないんだ」


我ながら情けない答えだ、だが彼女はほっとした表情をした。


「とりあえず、私を殺しに来たんじゃないんですね」そういって胸をなでおろす。


なんか物騒なことを言った気がするが、その前に聞きたいことが山ほどある。まず一番の疑問を口にした。


「君はさっき僕に何をしたんだ?なんで僕は吹っ飛んだ?」


三人しかいない場が静まった、間が開いて少年が口を開く。


「おまえ、魔法もわすれちまったのか・・?」




まあこの際、魔法があろうが何があろうがが驚くまい、そんなことを思いながら僕は膝から崩れ落ちた。


体は実に正直である。




そこからは、彼女の質問にすべてわかりませんと答える作業だった。

「ここがどこかわかる?」「わかりません」

「魔力器官はあるの?」 「わかりません、そもそもその魔力なんちゃらってなんですか」

「あなたのなまえは?」 これは正直なところ分かっていたがわからないと答えた、その方がいい気がしたのだ。


一通り質問されたところで、最後に一つ、と彼女は言った。


「エルフの民を知ってる?」彼女の目に力が入るのがわかった。


「エルフ?」


「・・・わかったわ、じゃあ一から説明していくわね」


ふと彼女が視線を右の棚に移した、するとそこから、ふわふわと木のカップが三つとんできてテーブルの前に置かれた。

そのテーブルにもともと置いてあった水差しから琥珀色の液体を注ぎながら彼女は言った、


「とっっても長くなりそうねー」


さっきまであった緊張感は薄れて表情はにこやかになった、心を許してくれたのだろう。

少なくとも彼女達に危害を加えることが出来ないのはよくわかったはずだ。




そして様々なことを教えてくれた。


彼女の名前はリリィ・ナンダ・バーラ。

少年はレオ・アナンダ。


「リリと呼んでください」彼女はそう言った。


そしてここはボルマン国という王権制の小国の田舎町だという。正確には、この小屋から山を一つ越すとその町がある。


元々はバルーナ帝国であった土地が独立してできたらしい。そのため栄えたところに行くと戦争をしているが、ここまで戦火は届かないらしい。


気候は温暖で、主な産業は酪農と農作、自然に恵まれていて豊富な種類の動植物が暮らしている。



そして魔法について。


「そもそも生き物はみんな魔力器官をもっているんです、そこには変化はあれど常に魔力がたまっています」


「はぁ・・・・」


「つまりションベン溜めてるみたいなもんだよ!」少年が口を挟む。


「こらレオ!下品な言い方はやめなさい!」 とリリは言うが正直ちょっとわかりやすかった。


まとめると、生きているものすべてには大きさは異なれど魔力器官が備わっている。

そしてその魔力器官に貯まっている魔力を放出することが魔法である。


しかしどんな生物でも魔法を使えるわけではない。問題は意識の有無だ。


意識と魔力器官は強く結びついている。つまり貯まった魔力を放出するには、最低でも自我と空間を認識できる知能が必要らしい。


だから森の動物たちが魔法を使うことはない。


「じゃあガキも僕を吹っ飛ばせるのか?」


「ガキじゃない!レオだ!できたら今ぶっとばしてるよ!・・・・そもそもふつうは人を持ちあげられる魔力なんてないんだよ、お姉ちゃんが特別なだけで」


「どうもー特別ですー」


「なんだ、じゃあおまえは怖くはないな」


「なにぃーー!ちょっと待ってろ!!」


そういってレオは裾から木炭を出すと自分の手の甲に何やらマークみたいなものを書いて。俺の手を握った。そして唱えた


「ブルミ・オーマーー!!!!」


瞬間手から痺れが全身に飛び散った。


「ぐぎゃぁあああ!!!!」


「どーーーだ、これが魔術だ!魔術ってゆうのはこうやって魔力の特性を変化させたり、普通はできないようなこともできるようになる技だ!!おれはお姉ちゃんに教えてもらって詳しいんだぞーーー」


「レオ!意地悪しちゃだめよ!!」


痺れがおさまってきてレオに言った。


「おまえ、、、おぼえとけよ、、、、、」


「せいぜい魔力を思い出してからいうんだなっ」ふてぶてしい奴だ。


「もうレオ!お兄さん疲れてるんだから。それにもう暗くなってきてるからあなたは帰りなさい」


リリは言った


「いいのかよ、おねえちゃん変態と二人っきりになっちゃうよ?」こいつまだいってるのか


「私はまだ話したいことがるの、それにこの人は今日泊まるとこがないでしょう」


リリはここに泊めてくれるらしい、ここは厚意に甘えよう。

結局ぶつぶつ言いながらもレオは山の向こうの街に帰って行った。


二人になり微妙な沈黙が流れた後、リリが口を開いた。


「とりあえず、そこの寝床に横になっていて下さい、昼から何も食べていないからおなかが減ってるでしょう?乳粥を作ります」


「わるいね、何から何まで」


「いえいえ、気になさらないでください。お人よしなだけですから」


そういって部屋の奥の炊事場に向かったリリ、僕は寝床に横たわりながらいろいろなことを考えた。


まだ見ぬ国、魔法という非現実、正直まだ実感はわかないが不思議とわくわくとした気分になった。


何よりあの病室で死を待つ生活よりもずっとましである。


そう思いながらいい匂いのする寝床の中でまどろんでいった。





意識が落ちる直前、ふと料理をするリリに母の姿が重なった。




母は過去に一度家に浮浪者を招いたことがある、まだ小学生だった僕は異臭を放つ彼を非常に怖がった。

しかし母は嫌な顔一つせず風呂に入れさせ、食事を用意した。泣きながら白飯を食べる男に先生の宗教の教義を話す光景はまさに異様だった。


先生の宗教の教えは基本的に大乗仏教がベースである。つまり大船のような仏教、そのため勧誘行動が善とされていた、だから持たざる者に施しを与え、勧誘するのは教義的にも正しかったのだろう。


現に先生の信者は皆そろって気持ち悪いほど優しかったし、いつも笑っていた。


しかし、それだけではなかったと思う。


たぶん母はさみしかったのだ、近隣から避けられ、母親どうしのつながりもない母にとって男は良い話し相手だったのだ。


結局、母は常にそういう人たちを招くわけにもいかず、先生の信者たちと共依存になっていった。






「出来ました、モームの乳粥です。冷めないうちに食べて下さい」


リリはにこやかに言う。


「ありがとう、いただくよ」


甘くて優しい味が口に広がる、おいしい、そう伝えようと僕は口を開いた。


「リリはさみしいのか?」  自分の口から出た言葉に僕は驚いた、


「・・・突然なにいってるんですか、人の心配をしてる時じゃないでしょう、まだ自分の名前も思い出せてないのにー」


茶化すように言うリリには困惑の影がうかがえた、僕は続ける。


「母を思い出したんだ、君のようにお人好しで、あまりにも優しすぎる人だった。でもその後ろには孤独があった。第一、今日のことを思い出して不自然なことが多すぎる、僕が言うのはなんだけど、いくら記憶がないと言ってるからってその日に家に泊めてくれるっていうのはやりすぎだ」



リリは目を伏せた


「何かあるのか?」


リリの唇が一度強くむすばれて、そしてほどけた。


そこからリリはぽつぽつと語りだした。


「・・・さっき、エルフの民を知っているかと聞きましたよね。エルフの民というのは、ガルドルの森という所に住む種族のことです。エルフはとても長命で200年ほど生きるのです、そしてその影響なのか非常に強い魔力器官を持っています。だから代々魔術の研究をしながら森の中で静かに暮らしていたそうです。・・・・バルーナ帝国が侵略するまでは」


「侵略?」


「はい、戦争で力をつけたバルーナ帝国はエルフたちの魔術を恐れました、なのでガルドルの森に攻め入ったのです。最初はエルフの民も対話を望みました、しかし彼らは聞く耳を持たず戦争を選んだのです。エルフと帝国の戦争は20年つずきました。私はその戦争のさなかで生まれました。


私が生まれたときはすでにエルフは劣勢で母は5歳の私を祖父と共に森から逃がしたのです。そこから祖父と私は魔術商として国を渡り歩きながら過ごしてきました。しかし祖父はもう寿命が近くこの国で腰を下ろしたんです。それが二年前のことです」


「・・・大変だったんだな、祖父もこのあたりに住んでるのか?」


「祖父は去年死にました、この家の裏手に墓があります」


聞いたのを後悔した。


「でも、大丈夫です!祖父が死んでからレオがここに来てくれて、よく来てくれるようになったんです。

生活は魔法があるのでどうにかなりますし、何より安全です。だから心配ないんですよ」


そういってリリは笑った、先生のもとに来る信者はよくこの笑い方をする。


世の中の不条理にあきらめた笑み、他者をそして自分をだますための笑み。


「こんな話をしてごめんなさいね、今日は疲れてるでしょうしゆっくり寝て下さい」


リリ立ち上がった、話を終わらせるつもりだ。




頭がやけに回転する


なぜリリはこの話を僕にした?


僕はあのホームレスと一緒だ、社会の外側にいる人間だから話しやすかったのだ。


本当にそうだろうか、彼女は僕をどう思っている?


祖父が死んだ次の年、孤独の底で出会う名前も思い出せない青年。


どう思う?


彼女がどれだけ魔法が上手で、生活が安定しても。


心の安定は別問題だ。


そして


僕は孤独の救い方を知っている。


忌々しいほど目の前で見せられたから知っているのだ。


先生は「正しさ」を抜いて考えれば孤独を救うプロだった。


高額の数珠を買わされても、周囲から煙たがられても、家庭が崩壊しても。


たとえ信仰のため人が死んでも


信者たちの心だけは救われていた。


コツは覚えている、できるだけ偉そうに、すべて解っているかのように。




「なあリリ、リリは何でそんな目にあわなくっちゃならなかったと思う?」


「えっ?」  リリは困惑していた。


「なんでって、それは私がエルフで、ガルドルの森に生まれて、そして


「ちがう、それはただの事実であって君がそんな目に合う理由じゃない」





そして一番大事なことは、理由を与えることだ。


なぜ不条理に会わなければならなかったのかの理由を





「なんでリリは自分が生まれてきたと思う? こんなひどい目に合うためなのか? 街のみんなと君にどこで違いが生まれた?」


「そんなことっ!!! そんなことわからないですよ!!!」


怒りと困惑が混じった声だった。たぶん普段の彼女ならこんな話はスル―出来るだろう。


得体のしれない僕だから踏み込める場所がある。





そして、僕なら


先生と違って、僕なら「正しく」彼女を救えるかもしれない。







僕は息を大きく吸って、できるだけ優しい声で、語りかけるように話した。


「君は生まれついて業を背負っているんだ、その業は君へ不条理や厄災になって襲い掛かってるんだ」


「業??」


「そう、そして業を浄化するために生きていくべきなんだ」


「さっきから、何言ってるんですか!!? よくわかりません!あなたは何者なんですか!!?」


リリは涙を浮かべながら叫んだ。彼女が混乱しているのがわかった。


二人は黙った、長い沈黙が続いた。


リリはコップを手に取って水を一気に飲んだ。そしてすこし落ち着いて言った。


「その業は・・・どうやったら浄化できるんですか?」


リリの目には僕に対する困惑と恐怖と、そして僅かに希望が見えた様な気がした。




「まずは良い行いをすることだ、それが一歩になる、あとは手探りで探していこう、僕も手伝うよ、これに近道はないんだ。コツコツやるしかない。


少なくとも業を浄化する神通力なんて存在しないんだから」

長くなってしまいました、次からはまとめる努力をします。

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