表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

#9 自分のために、想いのために

 声を聞いた。

 守ってあげてほしい、と。

 それは祈りだった。


 よく知っている声とは、どこか違う。

 でも、親しみがあって、近しい声だった。


 俺は。

 祈りを聞いていた。


 私はもう、隣にいられないから。

 代わりに、守ってあげてほしい。


 ……フルル。



 ※ ※ ※



 真っ白の空間にいた。

 どこまでも、白。

 ……いや、無。

 無、だ……これは。


 二本の足で立っているはずの地面が、なかった。

 ないのに、立っている。


「ここ……あ、え?」


 今、声が出た。

 どうして、なんで。

 そういえば、足がある?


 手のひらもあった。

 覚えのある手のひら。

 前世の俺の手のひら。


 高校の制服を着てた。

 顔は、髪は……鏡がないからわからない。

 でも、手で触れた感じ、知ってる感覚だ。


 俺はぬいぐるみだった……はず。

 まさか、死んだのか……?


 そんなはずはない。

 魔力回路が破壊されなければ死ぬことのない俺が……破壊されたのか?

 いつ?

 記憶にない。


「……だれ?」


 声を聞いた。

 よく知ってる声。


「……ティア」


 少し離れた場所に、ティアが座り込んでいた。

 彼女は驚いた顔をして、俺を見ていた。


 声をかけないといけない。

 でも、なんて?

 怖かった。

 また傷つけてしまうんじゃないか。


 そうやって傷つけてしまうことで、自分が傷つくのが怖かった。

 ティアは俺にとって、ガラスの破片だった。

 下手に触れれば、切れてしまう。

 血が滴る。


 でも、こうしているわけにはいかなかった。

 ティアを助けるために、ここまで来たんだから。


「来ないでッ!」


 悲鳴だった。

 一歩を踏み出した俺を、ティアは怯えた目で見ていた。


「……来ないで」


 弱々しい声。

 反らされる横顔……青白くて、生気に欠けていた。

 憔悴仕切っていた。


 手を伸ばした……落とした。

 口を開いた……閉じた。

 肩をあげた……落ちた。

 何も、できなかった。


 俺は何のために、ここに来たんだ。

 助けるため?

 そのはずだったのに。


 俺は何のために、ここにいるんだ。

 

「……ここにいたら、ダメなんだ」

「……やだ」

「どうして!」


 ティアは俯いていた。

 そうしていれば、すべてを耐えていけるとでも思っているかのように。

 でも、耐えられなかったから、こんな場所に引きこもってしまったんじゃないのか。


 ……あぁ、そうだ。

 そもそも、ここはどこなんだ?

 俺は、どこにいるんだ?

 どこに、閉じ込められているんだ?


「……いらない子、だから」


 聞き逃しそうになった。

 弱々しく、頼りなく、儚い声。

 だというのに、人の心を締め付けるのには十分な声。


「……だから、いいの」

「よくない。よくないよ。ティアをいらない子だなんて誰も……」

「思ってる!」


 今度は激しい声だった。

 憎悪に歪んだ瞳を、涙に濡らして、俺を睨み据えていた。


「私は何もできない! 何もできなかった! お母さんのことも……フルルのことも……何もできない!」


 悲痛。


「私が守るって、助けるって決めたのに、また何もできなかった! また守られたんだよ!」


 ……何を言って……あ。


「コスティの魔術から守った時のこと……」

「そうだよ! 今度こそ手放したりしないって! ……約束したのに……こんな私をフルルは守ってくれて……」


 叫び疲れたのか、ティアは黙り込んでしまった。

 きっと、それだけではないのだろうけど。


 俺は何も知らなかった。

 ティアのことを、何も知らない。


 母を助け出すとか、そんな話をしていたのも覚えてる。

 でも、そこにどういう経緯があるのかも知らない。

 助ける、守るって言ってるけど、そこにどれだけの思いがあるのかを知らない。


 知らないこと、ばかり。


 こんな時に、ネルの声を、怒りを思い出す。


『あんた、ティアの人形なんでしょ! なんで、こんなところにいるのよ! 支えてあげなさいよ!』


 その通りだったんだ。


 あの生意気な小娘の方がわかってたんだ。

 

 ……俺のしてきたことは、間違ってたんだ。

 言い訳して、欺瞞で飾って、逃避して、自分の行動を正当化していただけじゃないか。


 そうじゃなかったんだ。

 ティアが拒んだって、俺はずっと、そばにいるべきだったんだ。

 それがぬいぐるみの、務め、だったんだ。


「……ティア」


 俺はもう、手遅れなんだろうか。

 ぬいぐるみとして、失格なのだろうか。

 隣にはいられないのだろうか。



 もう、ティアの微笑みを、見ることもないのだろうか。



 気づけば走り出していた。


「……ティア!」


 叫んでいた。


「いやっ!」


 ティアは悲鳴をあげる。

 手を伸ばす。

 唐突に現れた壁が、邪魔する。

 乗り越えようとしても。

 脇を抜けようとしても。

 壁が現れては、ティアから遠ざけようとする。

 ティアを守ろうとする。


「ここにいたらダメなんだ!」


 ここにいれば傷つくこともないかもしれない。

 でも。


 ティアが拒んだって、泣いたって、関係ない。

 だって。


 わがままだって分かっていても。

 俺は。


「好きなんだ!」


 ティアのことを何も知らなくても。

 あの微笑みを向けられた時、嬉しかったんだ。

 この笑顔、守りたいと思ったんだ。


 これが好きって気持ちかは、今はわからない。

 保護欲に過ぎないのかもしれない。

 それでも……嘘でも、真実でも、なんだっていい。


 どうだっていい!


「大好きなんだ!」


 どんな言葉をかければいいかなんて、わからない。

 滅茶苦茶だってことは、わかってる。

 だからと、この手を伸ばすことをやめてしまったら。


 終わってしまう。


「愛してるんだ!」



 ※ ※ ※

 


 唐突に、壁は消えた。

 伸ばした手は……。



 ※ ※ ※

 


「フルル!」


 名前を呼ばれて、ハッと目が覚めた。

 コスティの顔が目の前にあった。


「……やっと、目が覚めたか」


 ここは……?

 目線を動かしていると、コスティが教えてくれた。


「学生寮の外だ。お前の力が借りたい」


 なんのことだろう。

 ぼんやりと周囲を見ると、自分の周りには数人の倒れたローブ姿の生徒がいた。

 その中に、ティアがいて、一瞬で目が覚めた。


「アルテミシアさんは無事だ。お前たちはあいつから吐き出されたんだ」


 コスティの指差す先に、化け物がいた。

 学生寮を飲み込むのではないかという、巨体。

 かろうじて人型を保っているが……なんだ、あれ。


「暴走した魔人形の成れの果てだ。今は衛兵が動きを制限しているが、この場の魔力を奴が全て吸収してる。我々では満足に力を出せん」


 そう言われれば、あの怪物は、不可視の何かに争うような仕草を見せていた。

 それと……俺にはわかるが、確かに、周囲の魔力があの化け物に吸い取られていた。

 これでは魔術師であるコスティも満足に力は使えない。


 ……あいつ、暴走したのか。

 俺が存在意義を奪ったから。

 もう、暴れるしかないんだ。


「フルル」


 俺は耳を縦に振った。

 体はぬいぐるみに戻っていたし、損傷は治っていない。

 唯一、コスティが補充してくれたのか、魔力には満ちていた。

 ただし、体の欠損箇所から魔力が漏れているのがわかる。

 長時間の稼働は期待できない。


 それでも、俺はあれを止めないといけない。


「君の黒魔人形としての力で、あれを破壊してほしい」


 俺はあれを、止めないといけない。

 ティアが作った魔人形だ。

 これ以上、ティアから奪うわけにはいかない。



 ※ ※ ※



 しかし、近寄るには骨がいりそうだった。

 なんせ、近いほどに魔力を吸い取られるからだ。

 何の魔術かはわからないが、暴走した魔人形の動きを制限している衛兵たちも、可能な限り、距離を取ろうとしていた。


「戦士ギルドに要請は出したが、それまで抑えられるか微妙なところだ」


 コスティはそう言った。

 このままだと、あの魔人形によって魔力を吸い上げられてしまう。

 そうなれば……近くで横たえられているティアも危ない。

 さっさと遠くに運搬しろ、と言いたいところだが、魔力枯渇に陥ったものはすぐには動かせない様子だった。


「君はあの魔人形に接触し、食うんだ。君の食事は魔力を奪い取ることができる」


 本気で言ってるのかと疑った。

 近寄ることもそうだが、どっちが先に吸い取られるかも分からない。

 俺が奴の魔力を抜き取っている間に、俺の方が抜き取られるかもしれない。

 そうでなくても、破損した体で魔力が漏れているのだ。


「やってくれるな」


 頷くしかなかった……が、考えていた。

 どうすれば、あの魔人形を救い出せるのか、と。

 方法は思いつかない……が、魔力を吸い取るうちに、あれも大人しくなるかもしれない。

 全部抜き取ろうとすれば、壊してしまう。


 あれに近寄る方法は一つだった。

 ベアが最後の力を振り絞って、あの魔人形に俺の体を投げるという、ストレートすぎるものだった。

 チャンスは今、あの魔人形が動きを止めている間だ。


「やるクマよ」


 ベアも魔力を吸い取られているからだろう。

 少し気だるげな様子だったが、まだ元気は余っている様子だった。


「口は閉じめてるクマ」


 ベアが振りかぶる。

 俺は耳をなるべく体にくっつけて、形を球体に近づける。

 ググッと、ベアが腕を引いた。


 ぶん、と空気を裂く音を聞いた。

 同時に体が宙を飛んでいた。

 狙いは正確。

 さすがは、しょっちゅう、人の体を投げてるだけはある。


 見事に魔人形の首のあたりに取り付くことができた。

 すぐに口を開いて、がぶりと噛み付いた。


 その時だった。


「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 魔人形が悲鳴をあげた。

 耳をつんざいて、鼓膜を破るんじゃないかという叫びだった。

 幸い、俺に鼓膜はない。


 しかし、巨体から発される声だ。

 ビリビリくる振動には耐える必要があった。

 しっかりと、耳で首にしがみつき、魔力を抜き取る。


「っ!」


 いきなり、重力が強くなった。

 いや、そうじゃない。

 これは……魔力が一気に削り取られていた。


 ふらついた意識を回復させようとして、口を離して、頭を叩き付けようとした、その瞬間だった。

 魔人形が暴れ出した。

 拘束が解除されていた。


 どうして。

 ここからじゃ何もわからない。

 ただ、暴れる魔人形相手にしがみつくのは難しかった。

 宙に放り出されていた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 空中で。

 巨大な手のひらに、ブッ飛ばされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ