表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

#8 焼き切れる理性

 コスティたちが帰ってくるのも待たず、校舎を出た。

 目指すのは学生寮。


 道は漠然としか覚えていない。

 覚えていても、一度しか通ったことのない道。

 行きの一方通行だ。

 道ってのは行きと帰りで景色が変わる。


 時間帯も違う。

 空は夕暮れの茜で染まっていた。

 街並みの影も濃い。

 景色はガラリと姿を変えていた。

 だが、真っ黒の俺の体を隠してくれる色。


 頼れるのは寮へと帰る生徒たちだった。

 バレないように、尾行する。

 そうすれば、見覚えのある場所にまで辿り着ける。

 そこから地道に探していけばいい。


 問題なのは、魔力だった。

 十分に補充はされていたが、そもそもの絶対量が少ない。

 もし迷子にでもなったら、見知らぬ路地でのたれ死ぬのと似たようなものだろう。


 魔力の節約は常に考えておく必要があった。

 例えば、こっそりと生徒のカバンに忍び込んで、距離を稼ぐとか。

 妙案に思えても、考えるだけなら簡単。

 実際に忍び込むのは難しい。


 街路樹の影に潜みながら移動するのが一番だった。


「ねぇ、何あれ」


 なんて悠長に考えていたら。

 あっさり生徒に見つかっていた。


「変なうさぎ」

「ウサギじゃないだろ。ぬいぐるみだろ」

「なんでこんなとこに落ちてんの」

「よく見ろって。魔人形だろ、あれ。お使いの途中なんじゃねぇか」

「魔人形ってぬいぐるみもいるんだ」


 ……別に見つかっても騒ぎにはなりそうになかった。

 何も知らない人には、持ち主の式に従う魔人形にしか見えないのだ。

 それなら幸い。

 堂々と人ごみの中を跳ねていくことにした。



 ※ ※ ※



 吐き気はおさまっていなかった。

 気を抜くと、めまいが襲ってくる。

 罪悪感で死にたかった。


 ティアと会って、それで何を話す?

 未だに、どうすればいいかなんて分からない。

 ティアにかける言葉なんて知らない。


 ただ、このままじゃ、ダメだって思って。

 でも、怖気付いて。

 足がすくんで。

 それでも一歩を踏み出して……。



 ※ ※ ※



 ぴょんぴょん跳ねていたら、突然、耳を掴まれた。


「ミツケタ」


 俺を掴んでいたのは、どこかで見覚えのある魔人形だった。

 ……リリィだ。


「コッチダ」


 どうやら、ティアのところへ案内してくれるらしい。

 このタイミングだ。

 行き先なんて決まってる。


 ネルのやつ、俺が動くと思ってくれたらしい。

 こうして魔人形を差し向けてくれるんだから、きっと、そういうことなのだろう。


 ……それにしても、こんな場所、通ったっけか?


 明らかに通学路から外れて、裏路地のような雰囲気。

 薄暗い。

 人の気配はなくて、闇討ちにはうってつけだ。


「ゔ」


 突然だった。

 腹部に強烈な痛みが走った。

 壁に叩きつけられた、それだけの痛みじゃなかった。


 リリィは俺の体を耳を掴んで壁に押さえつけていた。

 そして、腹部に手を伸ばしていた。


 その手には短剣が握られていた。

 ……腹綿が、裂けた布地から、わずかに、顔を、覗かせていた。


「オマエ、キケンダ。ココデ、コロス」


 ネルの応援じゃなかった。


「ヴッ」


 もう一度、短剣で腹を突き刺されていた。

 痛い。

 苦しい。

 魔力が零れ落ちる。


「マリョク、ショウモウ、シテル、ガ……『エサ』ニ、フソク、ナイ」


 餌。

 その考え方は……こいつ、黒魔人形だったのか。

 いや、喋り方はぎこちないが、明らかに意思を持って行動していた。

 こいつがどれだけの年月を経た魔人形かは知らないが……だとしても、目の前の現実は揺るぎない。

 俺を殺そうとしているのは確か。

 なんとか逃れないと、このままだと本当に殺される。


 ……動けない!

 短剣で壁に縫い付けられてるのもあって、掴まれた耳だけじゃなくて、体も動かない。

 暴れて、耳を引きちぎってでも、という荒技も許されない。


「ニゲラレル、オモウナ、ヨ。ネル、キガイ、クワエタ、バツダ」


 いびつな口調で、キシシと笑い声をあげる。

 ぐ……また刺された。

 痛い……が、痛覚の遮断は、ベアから教わった。

 意思を持って、体内の魔力を感じ取れる俺なら、やれる。

 目的の部位に通じた魔力経路を……焼き切る!


 ……脳裏で、バチン、という音がした。


「……ツマラン、ナ」


 虚ろな目が俺を見ていた。

 痛覚を切ったことに気づかれたのか。


「モウイイ」


 短剣から手を離す。

 なんで……だなんて、考える必要もない。

 食うためだ!


 やばいやばいやばいやばい……逃げる手立てを考えろ!

 顔が近づいてくる!

 牙が剥かれて。

 不自然な口内が覗く。


「ギッ」


 食われた!

 左脇腹!

 激痛を即カット……くっ!


 めまいがした。

 体の一部を奪われて、魔力も食われたのか……!

 黒間人形が魔力を抜き取るってのはこういうことか!


 このままだと魔力切れになる。

 そうなったら、奥の手も使えない。

 魔力を消耗するが……出し惜しみする場面じゃない!


 ……汝の憤怒よ。

 抑圧の枷を外し、炎となれ!


 内心の詠唱で、ごっそりと魔力を奪い取る。

 途端、体を覆って、炎が爆ぜた。


 火炎系統の魔術。

 フレイムバースト。


 魔術を使うのが意外だったか。

 とっさに耳から手を離していた。

 この隙を逃すわけにはいかなかった。

 耳で壁を押し出し、短剣で縫い付けられた体を解放する。


 地面に着地。

 すぐに跳躍へと移って、壁飛び。

 狭い路地。

 向かいの壁も使って、屋上へと抜ける。


 さっと隠れられる場所を見つける。

 煙突の影だ。

 二度の跳躍で、裏に身を忍ばせた。


 ……ふぅ。

 脱出に成功。


 時間稼ぎにしかならんだろうが……正直、動くのも辛い。

 中身がかなり零れ落ちたらしい。

 魔力回路からの命令が、体全体に行き渡っていないのがわかる。

 耳を動かして、腹部を触ってみると、綿が減っていた。


 ……くそ。


 ティアがくれた体だ。

 その体がこんなことになって、やるせなかった。

 申し訳なかった。

 泣きたかった。


 ……ティアに会いたい。


 ふと、顔を上げた先。 

 高いところから見下ろす街並みは、最初に感じた通りの純白、というわけではなかった。

 遠くの方はこげ茶けた石造りの街だった。

 さらにその向こうには、小山があった。


 これだけでも、この街の全貌を見渡しているといった感じはない。

 まだまだ見たことのない場所がありそうだった。


 ……ティアと一緒に回ってみたかった。


 笑えてくる。

 なんで、俺はこんなにティアが好きなんだろうな。


 口には出さなかった。

 考えることも、しなかった。

 だって、そんな関係じゃないってわかってるから。

 でも、嬉しかった。


 自分に微笑みを向けてくれる人がいるってことが、嬉しかった。


 ……何を弱気になってんだ。


 この体は、ぬいぐるみでできている。

 ボタンが取れれば、縫い付ければいい。

 縫い目がほどけたなら、縫い直してやればいい。


 俺はまだ、生きている。


 ……行こう。


 ふらつく体を起き上がらせて、移動を開始した。



 爆発音を聞いた。



 ※ ※ ※



 すぐに煙突の影へと身を忍ばせた。


 攻撃されたのか?

 それにしては、音が遠い。

 爆発に伴って、崩落の音も伝わってくるが、その振動も頼りない。

 慎重に影から這い出て、周囲を観察する。


 爆発があったのは、学生寮だった。

 煙が上がっているのが見えて、見覚えある建物の存在に気づけばすぐだった。


 あそこにティアがいる。


 ふらつく体を押して、跳ねる。

 屋根を伝って、学生寮を目指す。


 ティアが心配だった。

 自分の体なんて、二の次だった。

 腹綿がこぼれるのも、無視した。


「ッ!」


 いきなり、足元の、屋根の瓦が砕け散った。

 着地し損なう体を、耳の力だけで復帰させる。

 が、べちゃりと、着地に失敗。

 体を屋根に叩きつけてしまう。

 それでまた、腹綿がこぼれてしまった。


 魔力がこぼれ落ちていく。


「ニガサン」


 リリィだった。

 見てくれは可愛らしいドール人形なのに、いびつな喋り方といい、執着心といい、軽くホラーな存在と化していた。


「ネル、ニハ、チカヅカセ、ナイ」


 俺がまた、ネルに危害を加えるとでも思っているのか。

 両手に短剣を構える姿は、シャレにならない。


 ……くそが。


 どうすれば、こいつを撒ける。

 魔術は緊急脱出用に残しておきたい。

 だから、できるとしても、この身で可能なことだ。


 例えば、足元の瓦を掴んで、リリィに投擲。

 鍛えた耳力で投げた瓦は、かなりの速度で襲いかかる。

 が、短剣であっさりと叩き落とされてしまった。


 ……逃げるしかない。

 敵う気がしない。


 幸い、間合いはあった。

 すぐに跳躍……しようと思ったら、瓦が滑った。

 見事な隙を与えていた。

 相手が見逃してくれるはずがない。

 すぐ目の前に迫ったリリィが短剣を振り下ろす。


 夕暮れの茜色を受ける刀身が、綺麗だった。

 沈む夕日を受けて、きらめく鋼の刃。


 えぐい衝突音がした。


 いきなりだった。

 俺に衝撃はない。

 今も、屋根の上から落ちつつあった。

 重力に任せた落下。


「クマー!」


 屋根の上でベアが吠えていた。

 リリィは……屋根の上をぼろ雑巾のように転がっていた。

 ベアの巨体による体当たり。

 目の前でトラックの衝突を見た。


「大丈夫クマ?」


 俺の体は屋根の淵で引っかかっていた。

 ベアは慎重に俺の体が傷つかないよう回収してくれた。

 が、脇に抱える時はただの荷物のようだった。


「あの魔人形、どうしたものクマか。邪魔されると困るクマし……破壊するクマね。持ち主には申し訳ないクマけど」


 破壊、と聞いてすぐに耳でベアを叩く。


「何クマ? 破壊はやめろクマか? フルルがそれでいいなら、クマも破壊には気乗りしないし、いいクマよ」


 あっさりと考えを変えてくれて、ホッとする。

 俺は襲われた側で、ベアがやってこなければ危うく殺されるところだったわけだが、リリィを倒そうだとか、そういう考えはなかった。


 だって、あいつはずっと、持ち主であるネルのために動いていた。

 それを否定する気にはなれなかった。

 俺が否定できるわけがなかった。


 そもそも、俺がネルを襲ったことが原因でもある。

 自業自得なら、なるべく丸く収めたかった。


「それにしても、酷い有様クマね」


 リリィは放置と決めたベアは、すでに移動を開始していた。

 力強い足取りで、次々に屋根を飛び移っていく。


「ティアちゃんが悲しむクマよ」


 そんなこと言われても、俺だって不本意なんだ。

 ……今こいつ、ティアちゃんって呼んだか?


「今日は持ち主との再会は諦めるんだクマね。あとで、クマが隅々まで縫い直してやるクマよ。立派な人形に仕立て直してやるクマ」


 仕立て直しはやめろ。

 別のぬいぐるみになっちまう。

 ……ティアちゃん、というのは聞き間違いだったのだろうか。


「それまでは」


 どしん、とベアが地面に着地していた。

 いつの間にか、学生寮の敷地にまでやって来ていたらしい。


「そこの術師、預かるクマ」


 崩壊する学生寮を遠巻きに見ていた女子生徒の一人に、俺の体が押し付けられてしまった。


「クマがちゃちゃっと解決してくるクマ。かっこいいとこ、見せてやるクマ」


 ベアは一度膝を曲げただけで、その巨体を大きく跳ねあげさせ、学生寮の中へと飛び込んで行った。

 パワーが違いすぎる。

 魔人形の体積の違いが、能力にも大きく影響することは知っていたが。


 悔しかった。

 俺は見ていることしかできなかった。


 あそこにティアがいるっていうのに……。

 ……ん?


 どうして、あそこにティアがいるってわかるんだ。

 ずっと、俺にはその確信があったが。

 とうとう超能力に目覚めてしまったのか?

 もちろん、そうじゃない。

 持ち主との交感現象が発生してるんだ。


 以前、ティアが言い訳に使っていた交感現象。

 持ち主と魔人形が感覚を共有する技術だと、コスティが教えてくれた。

 そうすることで魔人形を操る時の効率を上げるというのだが、それがどうして今、ここで起こる?


 魔力切れが近くて、意識が朦朧としてる。

 でも……助けに行かないと。


 ティアが俺を……フルルを呼んでる。


 自分を抱いてくれている女子生徒の腕を耳で払って、地面に降りる。

 跳ねたいのだが、体がうまく動かない。

 引きずって、学生寮へと進むしかなかった。


 体を引きずるだけで、魔力が削られていく。

 なのに、瓦礫の山が邪魔するたびに意を決して、飛んで、越えていかないといけない。

 何度も着地に失敗して、地面に叩きつけられた。


 疲れた。

 眠りたい。

 でも、起き上がるしかなかった。


 噛みちぎられた脇腹が痛い。

 焼き切ったはずなのに、いつの間にか構築されてしまった魔力経路を、再度焼き切る。


 もう、視界もはっきりとしない。

 それでも、たどり着かないといけない。


 耳の付け根が痛い。

 痛覚を焼き切る。


 どこに。

 なんのために。

 たどり着かないといけない?


 焼き切る。


 誰かのためだった。

 でも、はっきりとしない。


 ……微笑みがあった。


 ふんわりとしていて。

 温かくて。

 嬉しくて。


 ……あぁ。

 そうだ。


 そうだった。


 忘れることなんて。

 できない。


 すべては。

 誰のため。でもない。

 自分のため。



 ……あの、微笑みに会いたい。



 すべて。

 自分のため、だったんだ。



 ※ ※ ※



 辿り着かないと。

 辿り、着かない、と。


 他に、何を考えていただろう。

 考えることができただろう。

 

 何かにぶつかった。

 壁。

 ここまで。

 もう、乗り越える力もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ