#7 澄んだナイフと、濁った瞳
訓練の翌日からだった。
ティアを校内で見なくなったのは。
コスティからは風邪で休んでいるだけだと聞いた。
以前のずぶ濡れになったのが、昨日の疲れでぶり返してしまったのではないか。
ベアもそのことでコスティを責めてくれたが……どうしてこの魔人形は持ち主に対して反抗的な行動が取れるのだろう。
持ち主が自分に都合のいいように式を与えていくのが、魔人形ではないのだろうか。
不思議だった。
コスティにそういう趣味があるのだろうか。
俺は、自分のことに専念することとした。
ティアとはまた明日の夕方、会えることになっている。
翌日。
ティアは会いに来なかった。
その時になって、不安を感じ始めていた。
思い返せば、あの訓練の時、ティアと目を合わせた覚えがない。
俺の方は彼女の顔を何度も見た覚えがある。
ぎこちない笑みだったり、苦しそうな表情であったり……。
怖くなった。
どうして、俺と目を合わせてくれなかったのだろう。
まさか、自分のことを嫌いになってしまったのだろうか。
それはないと思いたいが、もしも、ということもありうる。
俺も、ティアにとって世知辛い現実の一つになってしまったのか、と。
その日から四日後、ティアは退学届を出した。
※ ※ ※
その日も、校内でティアを見つけることができなかった。
たまたま、なのか。
それとも、避けられているのか。
どうして?
わからない。
そのことが、不安の種になる。
研究室では何も手がつかなかった。
「戻った」
「フルルっち、元気にしてるクマかー」
コスティたちが帰ってくるまで、どれだけ待っただろうか。
慌てて駆け寄って、必死にコスティのスネを殴る。
「ど、どうした」
「あれクマよ。持ち主が今日も休んでたクマ」
「アルテミシアさんか……」
コスティはしつこくスネを殴る俺の耳を掴むと、ソファに投げた。
コスティもベアも定位置に腰掛ける。
「……困ったことになった」
爺さんが難しい顔をしていた。
「退学すると言いだした」
一瞬、理解が遅れた。
退学って?
「もちろん、止めたが……人形制作がうまくいかないらしい。もともと、考え過ぎる嫌いはあったが……君のこともだいぶ堪えていたのだな。将来を決めた道の半ばで、失敗したのだからな。もっと気遣ってやればよかったんだが」
「そうクマよ。きっと、この間の訓練でいじめたのが悪かったクマ」
「あれは……アルテミシアさんを焚きつけるつもりだったのだが……結果的に悪手だったか」
当然だ。
ティアは叩いて伸びるタイプではない。
そんなの見てれば一目瞭然なのに、どうして勘違いする?
「ベア。フルルの特訓はどの程度進んでる」
「報告書通りクマよ」
「人形祭までは、あと七日、だな」
「そうクマよ」
考え込んでしまうコスティ。
こう言うとき、俺は本当に何もできない。
口が聞ければ、もう少し違ったのだろうが。
せめて邪魔にならないようにソファの端っこで身を縮める。
「……とにかく、退学だけは認めるわけにはいかんな。ベア、お前も気に留めておけ」
「当然クマ」
「我々はデータ収集を続けよう。だが、ここでできることは、大概はやり尽くした」
「そうクマ?」
「だから、少し趣向を変えたい。フルル、話は聞いているか?」
ソファから頭をあげる。
「黒魔人形としての能力が見たい。例えば、食事のメカニズムだ」
※ ※ ※
翌日、データ収集で疲れ切っていた俺は、昼ごろまでソファで眠っていた。
だから、二人が出かけたところを知らない。
一人研究室で目覚めて、ぼんやりと部屋の隅に飾られている小鳥の置物を眺めた。
……本当によくできてるんだよなぁ。
近づいて、細部を観察する。
羽一つ一つが金属のプレートでできていて、その羽一つも何枚かのプレートを組み合わせて作られていた。
小鳥の羽だ、かなり小さい。
これを作った人はよっぽどの変態だったに違いない。
米粒をいじるような作業だったに違いない。
なんとなく、頭に触れてみた。
鉄のプレートで作られているから、当然、ツルツルとしていた。
置物を愛でるのはこれぐらいにして、これからの予定を考えることとした。
寝ている間にコスティが補充してくれたのだろう、魔力は十分に満たされていた。
ただ寝て過ごすにはもったいなかった。
結局、やることは一人で勉強することぐらいだった。
今日もきっと、ティアは学校に出てきてはいないのだろう。
退学届。
コスティが預かっているという話だった。
まだ、彼女は退学していない。
ということは、きっと学生寮にいるのだろう。
でも、遠かった。
道も定かではないし、簡単に行けるような場所ではなかった。
居候という身としてコスティたちに黙ってはいけない。
ティアは遠かった。
※ ※ ※
本を眺めていた。
読んではいない。
考え事で、ぼんやりとしていた。
だから、突然、衝撃音を聞いたときは、跳ね上がるほどにびっくりした。
何事かと思って廊下に出ると、奥の教室に人が集まっていた。
あそこは制作室と言っただろうか。
時々、人形魔術学科の生徒がやってきて、自身の魔人形を改修したり、新しく制作する姿を見たことがある。
そのための道具が揃っているのだ。
「教室から出なさい!」
生徒らに教室から離れるように指示していたのは、漆黒ローブがカッコいい方々だった。
あれは一体、どういう立ち位置の生徒なのか。
よく分からないが、今は中心となって指示を出している。
また、重々しい衝撃音がした。
教室の中で、何かが暴れているようだった。
それもしばらくしたら、やんだ。
その頃には、知らん教授が駆けつけて、生徒を完全に追い払っていた。
残ったのは漆黒ローブの生徒と、ネルだった。
……なんで、あいつだけ残されてんだ?
気にはなったが、後でコスティから聞いてもいいだろう。
自分らの研究室のそばで起きたことだ。
さすがに情報は回ってくるはずだ。
あまり人目にもつきたくはなかった。
教室を離れる生徒らに見つかる前に、室内へと引っ込んだ。
※ ※ ※
「魔人形が暴走したらしい」
制作室で起こったことを、仕事を終えて戻ってきたコスティに聞いた。
知りたいことを伝えるのには苦労したが。
なんせ、俺は喋れないから、耳の動きでどうにか気づいてもらうしかない。
「グリーンフォールドさんが、新しい魔人形の制作に失敗したという話だ」
「リリィとかいう魔人形がいたと思ったクマよ。あれもなかなか出来が良かったと思ったクマよ」
「あの娘は、アルテミシアさんに妙な対抗意識を持っているからな。人形制作を始めたと聞いて、真似したんだろう」
ティアが人形制作を始めた?
「あぁ……人形制作の素材を集めだしたらしい」
難しい表情を浮かべると、顔のシワが深くなった。
「まさか、あの精神状態で魔力回路を開くことはないと思うが……はぁ。どいつもこいつも、魔人形をなんだと思ってるのかね」
くいくいと、ベアのモフモフの足を引っ張る。
何が問題になってるのか知りたい。
「魔人形の制作には、持ち主の願いが込められるクマ」
「魔力回路を開く際の魔力には、回路の成長に強く影響を与える。その魔力というのは精神状態に左右されるからな。魔人形は願い、祈り、想い、そういったものを担う器とも言える。ベアのファンシーな言い方はあながち間違いではない」
「教えてくれたのは、コスティクマよ。ファンシーなのは老いぼれの脳内クマよ」
毒舌だった。
どうした、嫌なことがあったのか?
「グリーンフォールドさんも、人形制作に対抗心ばかりを入れ込み過ぎたのだろう。そんな魔人形が暴走しなかったとしても、まともに動いたとは思えんな」
「皆、歳を食うと大切なことを忘れてしまうクマ。あの無垢だった頃の子どもたちはどこにいってしまったクマ……」
「そういう時期を通して、また大切なことに気づいていくものだろう。我々大人は、そういう若さをただフォローしてやるしかない」
妙に感傷的な物言いが引っかかる。
コスティは続けた。
「しかし、アルテミシアさんも心配だ。自分を優秀ではないと卑下していたが、やはりアウラ君の娘だ。フルルのような魔人形を作り出したのは、偶然とは思えんし……」
「ただの魔人形しか作れんコスティは何なんクマね」
いきなり、コスティの言葉を遮るベア。
なんで喧嘩腰なんだよ。
コスティに気にした様子がないのが不気味だ……。
やっぱり、そういう趣味があるのか?
責められるのが……お好き、という……。
「そんな彼女が、不安定な状態で魔人形を作り出せばどうなるか……魔人形の制御に失敗するやもしれん。止めたいところだが」
「焚きつけたのはコスティクマ。自業自得クマ」
それはどういう意味だ?
「退学を止める時にクマ」
「私から話そう。退学を止めることばかり考えてしまってな、不用意な発言をしてしまった。黒魔人形を引いてしまったのは運が悪かっただけ。次は上手くいく、と」
本当に、不用意な発言だった。
ティアは一体、どんな気持ちでコスティの言葉を聞いていただろう。
心配だった。
早く会いに行って……。
今、会いに行って、俺はティアに何をしてやれるのだろう。
正直、喋る口があったとしても、かける言葉が思いつかない。
すべてが手遅れのような感じがして。
最近、会えていないことも、なんだか……。
ティアと別れてはいけなかったんじゃないかとさえ思えてきた。
でも、ここで学ぶことは必要で……俺はどうすれば良かったのだろう。
※ ※ ※
その日もきっと、ティアには会えない。
そんな気がして、次に会えた時のために、少しでも役立てるようにと本を読んでいた。
この世界の文字にも、だいぶ慣れてきた。
そりゃ、暇な時間は読書しかやることがないのだから。
体を動かすにしても、ベアが一緒である必要があった。
研究室の扉が開いた時、コスティが戻ってきたと思った。
チラと目を向けて、固まる。
そこに立っていたのは、ネル・グリーンフォールドだった。
「やっぱり、ここにいたわね」
え、どういうこと。
本を閉じて、そそくさと部屋の反対側に逃げる。
「昨日、あんたがここに隠れるところが見えたのよ」
ご丁寧に教えてくれた。
「あんた、そこで何してるのよ」
私は魔人形です。
そうやって話しかけられても、答えられませんし、反応もしません。
だから、その、あまり近寄ってこないで欲しいんでけど。
「おい」
耳を掴まれた。
「あんたが黒魔人形だってことは検討がついてるのよ。答えなさいよ」
鬼のような形相で睨まれてた。
そんな顔で見られたら、答えるのもやぶさかではないかな、と思わなくもないのですけど、その、こっちには喋れる口がないものでして。
「……ち」
舌打ちされた。怖い。
あ、あの、人形制作で失敗したからって八つ当たりはやめてもらいたいかな、と。
「張り合いがないのよ」
ぼそり、と。
「あんな面されちゃ、張り合いがないのよ!」
怒られた。
眼前で怒鳴るから、顔に唾がかかってるんですが。
「あんた、ティアの人形なんでしょ! なんで、こんなところにいるのよ! 支えてあげなさいよ!」
そんなこと、言われても。
ティアがいる学生寮は遠いし。
コスティに黙って出ていくわけにもいかないし。
それに……。
……いきなり。
どん、と壁が痛そうな音を立てた。
掴んだ耳を、壁に叩きつけられていた。
「何よ、その目は」
冷たい目が自分を見ていた。
まるで研ぎ澄まされたナイフ。
その瞳に、自分の姿がくっきりと映り込んでいた。
「この私に報復してみせた……あの時の気概はどこにいったのよ」
ひどく醜い顔をした……ぬいぐるみがいた。
いつの間に、表情を作れるようになったんだ、お前は?
「失望したわ」
そうじゃない。
俺の本体は、何一つ変わってない。
じゃあ、どうして?
「……見当違いね。まさか、こんな臆病者だったなんて」
ぽてっと、俺の体が床に落ちた。
「何を逃げてるのかは知らないけど……私のリリィがあんたみたいなゴミクズに倒されたなんて、とんだ恥だわ」
そう忌々しく吐き捨てると、ネルは研究室を出て行った。
嵐のように、彼女がいなくなると、室内は不気味に静まり返った。
気持ちが悪くなるほどの、静寂だった。
もし俺に胃があったなら、きっと、吐き出していた。
気持ちが悪い。
魔力切れを起こしているわけでもないのに。
めまいがした。
立っているのも辛かった。
痛かった。
ないはずの心臓が。
心が。
悲鳴を……叫びをあげていた。
その声を俺は聞くことができなかった。
耳を塞いでいた。
聞いてしまうのが、知ってしまうのが怖かった。
そんなつもりはなかったんだ。
※ ※ ※
そんなつもりはなかったんだ。
ティアを傷つけてしまうんじゃないかって。
怖くて。
でも、違うんだ。
ティアが怖くなったわけじゃない。
断じて、違う。
違うんだ……。
ティアから、逃げてるつもりなんて、なかったんだよ。
そんなつもりで、俺はここにいたわけじゃないのに。
いつの間に、俺は……。




