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#6 訓練の終わりに、守られるということ

 ヘルミオーネ魔法大学の本校舎を抜けた先。

 そこに古びた洋館がある。

 人形魔術棟と呼ばれる大学の別棟だ。


 その裏には森が広がっており、迷いの森と呼ばれている。

 そこには、滅多に人が近づくことはなかった。

 名前の通り、足を踏み入れれば最後、担当の教授が助けに来るまで、進むことも戻ることも叶わなくなる。


 俺は朝から、迷いの森の際で、ベアと二人で走り込みをしていた。


 ベアとは巨大クマのぬいぐるみ。

 あのコスティ爺さんの魔人形だ。

 ネーミングセンスを疑う。


 魔人形である俺たちが走り込みをするには、ちゃんと理由があった。


 魔人形の本体は、魔力回路だとばかり思っていたが、媒体、つまりはヌイグルミ本体も無関係ではないようだった。


 魔術師たちはこの体のことを、媒体と呼ぶ。


 実際、ロボットのように体に合わせたフレームが内蔵されているわけではなかった。

 見てくれは単なる正方形の箱である魔力回路が心臓のあたりに置かれているだけだ。

 場所は心臓だが、役割は脳みたいなもので、そこから発された命令で動くのが媒体だった。

 その伝達の精度が高いほど、魔人形は自然でミスの少ない動きを再現できるというわけだ。


 で、媒体への伝達を鍛えるには、体を動かすのが一番だった。

 そうすることで、魔力回路から伸びる、人間で例えれば神経とも呼べるものが身体中に根付いて、より思い通りに体が動かせるとのことだった。

 ちなみに神経に当たるものを《魔力経路》と呼ぶそうで、魔力回路と一文字違いだ。

 こんがらがる。


 コスティの調べでわかったことだが。

 俺はこの魔力経路の構築がすでに完成の域にあった。

 だからこそ、すでに思い通りに動けている俺だが、この訓練が無意味というわけではなかった。

 思えば、この体がどういう風に動くかを理解できていなかった。

 走り続けるにも無駄な力が入って、必要以上に魔力を消耗していた。


 走り込みをするうちに、体の動きを知っていく必要があった。


 今も、どうすれば最も効率よく走れるか。

 跳ねられるか、試行錯誤していた。



 ※ ※ ※



 昼間はコスティもベアも仕事がある。

 もちろんコスティは教授としての仕事であり、ベアはそのサポートだ。

 ベアはコスティの魔人形として、的確にその役目を果たしているようだった。

 憧れる姿だ。

 俺もティアとそういう関係になりたい。


 しかし、信じられないのが、ベアだ。

 まるで生きているかのように振る舞っているが、全てはコスティの作り上げた式が行わせていること。

 式。

 それがどんなものか、俺には想像もできない。

 水弾を飛ばすような呪文とはきっと、根本的に異なるものなのだろう。

 簡単にできるようなものではない。


 さて、二人が忙しいと俺は暇になる。

 魔力回路から媒体への命令伝達には問題がないということで、普通に暮らしている分には無駄な魔力を消耗することはない。

 眠って節約ばかりの毎日は飽きもくるので、コスティの研究室でこの世界の文字を勉強をしたり、式の基礎を学んでみたり、魔術のなんたるかを調べたりと独学に勤しんでみた。


 しかし、前世では勉強が嫌いだった。

 為になると分かっていても、長時間の思考労働はひどく消耗する。

 魔力ではなく、心の方が特にだ。


 よって、気分転換に出かけて、影からティアを眺めることにした。

 彼女は教室の隅っこで、真面目にノートを取っていた。

 昨日ずぶ濡れで帰ったから心配していたのだが、風邪は引かなかったらしい。よかった。

 そして、今日も可愛い。よかった。

 眼福だ。


 ……ただ時々、手が止まってぼんやりとしているのが気にはなった。



 ※ ※ ※



 翌日の夕方、ティアはコスティの研究室に顔を見せた。

 すぐに駆け寄って胸に飛び込むと、ティアはぎこちなくも嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 コスティに椅子を勧められてティアが腰掛けると、俺はその膝の上に乗る。

 最高級のソファだぜ。


「フルルは人の言葉を理解している」

「……そう、ですか」


 お互いに向き合って、コスティが最初に口にした言葉。

 それにティアはなんとも言えない表情を浮かべていた。


「魔人形は襲わないと約束してくれた」

「……えと、それは、その……?」

「黒魔人形として問題とされている要素はクリアしたということだ。フルルが守ってくれる保証はないが」


 おい、俺は守るぞ!

 と怒りたいところだが、確かに俺にはそれだけの信用がない。

 黒魔人形であるという前提もあるから、コスティも慎重なのだろう。


「……フルルは、きっと、守ってくれます」

「そうは思いたいがね。仮説ではあるが、魔力の不足が魔人形を襲う原因ではないかと私は考えている。魔力量については注意しておきなさい。私の方でも詳しい魔力量がわかったら報告しよう」

「え……と、能力測定は、どうすればいいですか」

「それは私の方で済ませた」


 ティアが俺のことをかばってくれたことで悦に浸っていたら、いつの間にか話が進んでいた。

 なに、能力測定?

 いつやったんだ、そんなこと。

 まさかと思うが、これまでやってきたデータ集めがそうだったのか?

 結果の説明はしてくれるが、作業中は何も教えてくれないからなぁ。


「あ、と。魔力量は……?」

「疑問に思うのは当然だ。大学が規定している能力測定では、数値が出なかった」

「そんなに、多いんですか?」


 ティアが身を乗り出していた。


「いや、私が限界まで魔力を補給してみたが、そう限界値は多くなかった。媒体の大きさからしたら多い方ではあるが、異常というほどではない」

「そう、ですか」

「いくつか仮説は立ててある。報告を待ってほしい」

「……わかりました」


 コスティが首を横に振ったとき、ティアが残念そうに身を引いていた。

 魔力量が多いと、やっぱり、性能がいいってことになるのだろう。

 魔人形として性能がいいに越したことはない。


「訓練場に出よう。人形祭に向けて、実践を積んだ方がいい」


 コスティが立ち上がっていた。


「……あの、能力測定の結果表は?」

「正式なものを作るには時間がなかった。口頭で説明させてもらうが?」

「よろしくお願いします」

「それも訓練場で済まそう」


 コスティが歩き出すと、ティアも慌てて、そのあとに従った。

 俺は、ティアの腕に抱かれて、柔らかな感触を楽しんでいた。



 ※ ※ ※



 訓練場というのは、洋館裏の広場のことだ。

 以前、講義でティアとネルが向き合った場所。


 夜の群青が、空を覆いつつあった。

 俺とベアが向きあい、ティアとコスティが一歩離れて立っていた。


「まず魔力経路の構築率と、それに伴う運動能力だが。実践の中で見てもらおう。ベア、フルルの動きを引き出せ」

「任せるクマ」

「アルテミシアさんも、人形繰りの実践だ。指示を出しなさい」

「……はい。フルル、お願い」


 コスティの指示で、ベアが一歩、前にでる。

 こっちはわずかに半身を引いて、耳で半円を描くように動かす。

 耳を重心に体全体に流れを作る。


「クマー!」

「避けて、フルル!」


 気の抜けた咆哮を上げて、ベアが正面から拳を振り下ろしてくる。

 こっちは耳の重心に頼って、避ける。

 おぉ、練習はしてたが、ここまでうまくいくとは。

 ぶん、と唸る拳がすぐ傍を掠める。


「油断禁物クマ」


 拳は一つではない。

 もう片方の拳がすでに振るわれていた。

 次々に繰り出される連打。

 耳の重心移動だけで、避けていく。


「この動きだが」


 コスティが何か話し始めていた。


「少し教えただけで、フルルの魔力経路は対応できるほどの構築がされている。ベア。次だ」

「クマー」


 避けに専念していたら、ベアにいきなり耳を掴まれた。

 まぁ、手加減してくれてただけですよね、と分かってはいたけど、あっさりと回避を見抜かれてしまったのはちょっと悔しい。

 しかも、ポーンと上空に投げられてしまった。


「いくクマよ」


 クマの手のひらに氷の塊が握られていた。

 振りかぶって、投げた!

 眼前に迫る氷塊。

 耳の重心は使えない……が、避ける手段はいくらでもある。

 そう、この体なら。


 腰をひねるイメージで、体をひねる。

 それだけでは、氷塊は避けられないが、わずかに直撃を避けることができる。

 それでいい。


 見る。

 

 スローモーションに流れる光景。

 空気の摩擦で震える氷塊。

 わずかの熱で、表面を濡らしている。

 ゆっくりと近づいてくる。


 片方の耳でそっと、氷塊にあてがって、もう片方の耳で氷塊を上から押さえつける。


「ッ!」


 わずかに氷塊の勢いに引っ張られる体。

 一方で、逆らって、耳で氷塊を押し返し……投げ返した。

 ベアの肩で投げられた氷塊に乗った勢いを、耳の力だけで覆す。


 力はいくらでも出せる。

 だが、それに伴う魔力消耗があった。

 ゴリゴリと削られて、意識が一瞬、ふらついていた。


「クマ」


 投げ返された氷塊は、あっさりと砕かれていた。

 その拳で、落ちてきた俺の体をキャッチしてくれる。


「ご覧の通りだ」


 コスティがまた解説を始めていた。


「魔力経路が伝達を可能とする魔力量にも、かなりのポテンシャルがある。ベアの投擲を投げ返せるぐらいにはな」

「クマは本気じゃないクマよ?」

「そういうのはいい」


 ベアが俺を宙に放って、ティアの腕に収めていた。

 俺の体が投げるのにちょうどいいからって、投げられる身にもなって考えてほしい。


「あの……正確な数値は出なかった、ということですか」

「出そうと思えば出せるだろう。が、時間がなかった。規定の能力測定では測れないのは確かだ」

「……そうですか」

「次に式の応答力だ。アルテミシアさん、ちゃんと指示を出しなさい」

「あ……はい」


 コスティの言う通り、ティアは最初に避けろと指示を出したきり、何も言ってこない。


「まず一つ、指示を出そう。風撃の式を与えてみなさい」

「え……でも」

「試しなさい」


 ティアは俺を地面に下ろすと、深呼吸をしていた。


「……其が流れは、境外に通ず。流動する激情よ、叩き潰せ」


 式……という魔人形の魔力を操る呪文を唱え終わったティア。

 何も起きない。

 俺も、何も感じない。


「……そ、その」

「問題はない。フルルは全く、式を理解できん」

「え、それじゃ……」

「本来の式による魔術が扱えんというだけだ。フルル、昨日教えた魔術を見せてみろ」


 耳での敬礼を了解の意とし、ベアを見る。

 別にベア相手にやれ、とは言われてないが、さっき人の体を放ってくれたお返しだ。


 詠唱は必要ない。

 魔力の流れは感じ取れる。

 内に流れる魔力から練って、周囲に干渉していく。


 ……フロストエッジ!


 耳の先から氷塊を作り出して、ベアに叩き込む。

 あっさりと打ち砕かれてしまった。


「ふっ」


 ベアに鼻で笑われた……まだまだだな、と。


「フルルは自分の力で魔術が扱える」

「そう、なんですか」

「式の応答力は期待できんが、魔術を教えこめば、指示するだけで使ってくれるだろう。もちろん、魔力の補充は必要だがな」

「……はい」


 なんだか、ティアがどんどん落ち込んでいくんだが。

 俺、なんかしたか?


「あとは魔術耐性だが……いつまでも説明を聞いているのでは疲れるだろう。ここらで人形繰りの実践訓練といこうじゃないか。アルテミシアさん、フルルは君の指示を待っている。わかるね」

「……はい」

「ベア、お相手しなさい」

「若い芽は、叩き潰してやるクマ」


 お前、そんなこと考えてたのかよ……。



 ※ ※ ※



 ティアは最初、戸惑っていた。

 本来の魔人形が必要とする式が、全く使えない。

 指示を出せ、と言われても、そうすぐには適応ができない。


 俺は何度もベアに叩きのめされた。

 いくら動けても、魔人形としての出来が違いすぎた。

 異常性能を誇ってると言われても、経験の差もあった。


 コスティのわずかな式で、まるで一から十を知るかのように、多彩な動きを見せるベア。

 本当に魔人形なのかと疑いたくなる。

 講義で見た、ぎこちない動きの魔人形は、お遊戯にしか思えない。


「アルテミシアさん、指示が出せていないぞ」


 コスティの叱責に、ティアは俯くだけだった。

 完全に心が折れているように思える。

 あの爺さん相手に、善戦できるはずもないのだ。

 ティアは何も悪くないのだが、それでも思ってしまうのかもしれない。

 魔人形を生かすも殺すも持ち主の指示次第だ。

 それはベアとコスティを見てれば、よくわかる。


 しかし、もう訓練は終わりだろう。

 このまま続けても、ティアが立ち直れなくなってしまう。


「……人形祭が近いのだぞ。それでいいのか?」

「……いえ」


 首を横に振ってみせるが、声に覇気がない。

 戦意喪失してるのは明白だった。


「……少し疲れたかもしれんな」


 コスティも、喝を飛ばすのはやめたらしい。

 不意に肩の力を抜いてみせる。


「最後に、フルルの魔術耐性を見せておこう」


 それは……名前の通り、魔術の耐性。

 どれだけ、火に耐えられる、水に耐えられるか……といった内容だ。

 ちなみにただの火や水じゃない。

 魔術で生み出され、攻撃を意図した火や水に対しての耐性だ。

 昨日、外で酷い目にあったのを思い出す。

 あれが魔術耐性の検査だったに違いない。


「アルテミシアさん、見ていなさい」

「ま、魔力の補充が」


 さすがにここまでの訓練で、俺の魔力が不足しつつあることに気づいたのだろう。

 ティアが慌てていたが、コスティは気にしない。


「不要だ。ベア、やるぞ」

「クマー!」


 咆哮をあげるベア。

 媒体の体積の違いで、あっちはまだまだ元気だ。

 こっちは腹がペコペコだというのに。


「汝の力は、天より抱かれしもの」

「あ!」


 コスティの詠唱に、ティアが驚きの声をあげる。


「ま、待ってください、それは……」

「冷徹なる魂を震わせ、彼岸を果たせ」

「フルル、避けて!」


 ティアの声が悲鳴に変わる。

 その焦りの理由はわかった。

 俺にはもう、コスティの魔術を防ぐだけの魔力が残っていない。

 コスティもそれに気づいている。

 だというのに、なんか剣呑な空気を作り出しているのは、俺が防げると確信があるからだ。

 ビリビリと、本能が警鐘を打ち鳴らしていたが、昨日もやったこと。

 大丈夫。


「ゼロ・テンペスト……ブロウ」


 ん?

 ベアが拳を振り上げていた。

 昨日のと、違う。

 俺が知るのは、氷塊を含んだ嵐をその場に起こすというものだった。

 離れた場所で耐えるだけだったのに……直撃はやばいだろ!


「っ!」


 後ろにはティアがいた。

 避けられるわけがない。

 ベアが突き出した拳から、氷塊を巻き込んだ嵐が襲いかかってくる。

 どこの格ゲーか、と突っ込みたくはなるが、そんな暇はない。


 ……どこまで耐えられる!


 魔術を扱うのと同じ感覚で。

 眼前に魔力の防壁を展開していた。


 ……ティアを守らないと!


 不意に、光を見た。

 魔力に色はない、無色透明だ。

 そのはずなのに、蛍火のような、儚くも温かい光を見た。


 気を取られた、次の瞬間、轟音を聞いた。

 嵐が魔力の防壁にぶつかって……氷塊は、嵐は霧散していた。

 俺の周囲を除いて、地面を凍らせるにとどめて。


 とすん、と背後で音を聞いた。

 とっさに振り向くと、ティアが腰を抜かして座り込んでいた。

 怪我した様子はない。


「このように、上級魔術でもフルルはわずかな魔力で防いでしまう。魔術を受ける前に消滅させてしまうからな、魔術耐性を調べる術がない……どうかしたかね?」


 俺が唸ってるのを見て、コスティが首を傾げていた。

 ベアは察してくれていた。

 彼はコスティの式を受け止めて行動しただけで、今の式には不満げな顔をしていた。


「コスティが昨日と違う魔術を使ったから、怒ってるクマよ」

「む。あれぐらいフルルなら止められるだろう」

「そういう問題じゃないクマよ」

「……そうか。それは済まないことをしたな。危害を加えるつもりはなかった」


 コスティの言い分はわかった。

 が、興奮したこの体が、未だに唸りを上げていた。

 ティアをいじめて楽しいか、このクソジジイめ!


「君も落ち着くクマよ」

「ぶっ」


 俺がしつこいからだろう。

 ベアが脳天から拳を叩き込んでくれた。

 綺麗に俺を行動不能に陥らせる一撃だった。


 気絶していた。

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