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#5 彼女のために

 俺は爺さんに耳を掴まれたまま、体をぶらぶらさせて、見ていた。

 扉の向こうで頭を下げて、帰ろうとするティアを。


 仕方ない。

 暴れてしまったのは俺だ。

 これ以上、ティアに迷惑をかけるわけにもいかない。


 そう、受け入れようと思っていた。

 でも、去り際の泣きそうな顔を見てしまっては、ダメだった。


 このまま行かせたら、どうなる。

 今日、一緒にいて分かっていたことだぞ。

 ティアには、友達がいない。

 しかも、厄介なのに絡まれてるときたもんだ。


 また、一人にしていいのか。

 また、一人で耐えていかないといけないのか。

 一人、トイレの個室にこもって、苦しみに耐えていくのか。


 俺は知ってしまった。

 ティアを知ってしまったんだ。


 もう、見て見ぬ振りなんてできない。


「むっ!」


 耳がちぎれたって構わない。

 がむしゃらに体を振り回して、耳の付け根が痛くて痛くて泣きそうだけど、泣きたいのは俺じゃない。

 ティアのところに行かないと!


 突然、体が宙に投げ出された。

 気が狂うかと言う痛みが頭頂部を貫いたが、構ってはいられない。

 床に着地。


 今にも閉まろうとする扉に向けて跳ねる。

 体を滑り込ませ……!


「ギャ!」


 挟まった、痛い!

 このままだと、か、体が千切れる!

 し、死ぬ、やばい、まじでやばい!


「フルル!」


 気づいたティアが駆け寄ってくる。

 ヘルプミー! ヘルプミー!


「だ、ダメだよ!」


 ティアが助けてくれた。

 危なかった……。

 な、なんとか、体が真っ二つに裂けるような事態は免れることができた。


「……ダメ、なんだから」


 ぎゅっと、抱きしめられていた。

 またティアが、震えた声を出していた。

 勘弁してほしい……。


「ついてきちゃ……私じゃ、フルルを守ってあげられない……」

「フーフー!」


 そ、そんなこと、知ったことか!


 まだ耳は千切れずにいてくれたらしい。

 動きがうまく先の方まで伝わってくれない。

 神経が届いていない感じだ。


 が、伸ばす。

 ティアに伸ばす。


 頬を伝う涙を拭ってやれるのは、このモフモフの耳しかないんだ。


「……ごめん……ごめん、ね……」


 謝罪なんていらない。

 一緒に連れていってくれるだけでいいから。

 どうすれば、この想いがティアに伝わるのだろう。


 ティアが俺を体から離した。

 それから、扉を開けて見ていた爺さんの方を向いた。

 俺の体を差し出していた。


「……申し訳、ありません、でした」


 あぁ、やっぱり、想いは伝わらない。

 爺さんの手に、俺の体は収まってしまう。


「なるほど、な」


 爺さんのつぶやきは、聞こえただろうか。

 ティアは俺から逃げるように、背中を向けてしまった。



 ※ ※ ※



 本当に、ティアは俺を置いていってしまうんだ。

 そう思った時、「待ちなさい」と爺さんが口を開いていた


「人形祭が近いだろう」

「……今から、制作に取り掛かります」


 ティアは背中を向けたまま、立ち止まっていた。

 その声は、背中を向けていることもあって、聞き取りづらい。


「そうだな。だが、人形繰りの実践は積んだ方がいい」

「……はい」

「明日……そうだな。明後日が空いていたはずだ。夕方ごろ、ここに顔を出しなさい」

「……」


 返事は聞こえなかったが、ティアは頷いていた。

 振り向くことはなかった。

 話が終わると、ティアはトボトボと歩きだして、廊下から姿を消してしまった。


 今度こそ、俺はティアに置いていかれてしまった。



 ※ ※ ※



 あの後、俺はあのクマの着ぐるみに、ちぎれかけた耳を縫い合わせてもらった。


「痛そうクマねー」


 と言うのが、クマ野郎の感想だった。


 俺は、これといって、やる気が起きなかった。

 治った耳もこれまで通りに動いてはくれるが、持ち上げるのもけだるくて、床を引きずるに任せていた。


 ソファがあった。

 誰も使っていない様子だったから、そこの隅っこに体を落ち着けた。

 すると、隣にドスンとクマが腰掛けていた。


「フルルとか呼ばれてたクマね」


 返事はしない。

 そもそも喋れないというのもあるが、今は答えるのも面倒だった。

 なんか、いきなりだが、どっと倦怠感に襲われている感じだ。


「黒魔人形って聞いたクマよ。クマはただの魔人形クマだけど、襲わないクマね。君、無闇に襲ってくるわけじゃないクマね。それとも、クマ、まずそう?」


 ……は?

 こいつの言葉が一瞬、飲み込めなかった。

 余計な一言があったからか、それとも、あまりにも意外だったからか。

 多分、後者だ。


 この巨大クマも魔人形、なのか?

 広場で水弾のやり取りをしていた魔人形、あれらは随分とぎこちない動きをしていた。

 自分以外の同類を見たのはあれが最初だったから、てっきりそういうものだとばかり思っていたのに。


「やっと、顔を上げてくれたクマね。クマの言うことが分かるクマね。賢いやつクマ。そこらの魔人形は時間をかけて教えてやらんと、人の言葉を理解しないクマ」


 それは、つまり、どういうことだ。

 ティアは最初から普通に話しかけてきたが……あれは、俺が理解する事を期待はしていなかったってことか?

 いや、一人部屋でぬいぐるみに語りかける女の子も、探せばざらにいるだろう。


「何を不思議がってるクマ。魔人形の受け取る式ってのは、持ち主との意思疎通でもあるクマよ……あぁクマクマ。そういうことかクマ。式を受け取る感覚、分かるクマか? あ、分かるなら耳を縦に振るクマ。分からないなら、横に振るクマ」


 耳を横に振る。

 式、というのが、あの水弾を飛ばす時に唱える持ち主の言葉であるとしたら、全く何も感じるものはなかった。


「黒魔人形が式を受け付けないのは、式を使った意思疎通が必要ないから、と考えると面白そうじゃないクマか?」


 知らん。


「言葉が理解できるなら、喋ったりできないクマか?」


 できん。

 何度も試したが、声帯がそういう風にできていないらしい。


「せっかく、コスティとこに来たんだクマ。あいつなら、声帯を後付けするのもできるはずクマ。なんてったって、十糸奏者と呼ばれてたこともある繰り師クマよ?」


 十糸奏者。

 自慢げなのを見るに、なんか凄い人のことなんだろうが、いまいち、俺には分からん。


「喋れるようになるクマよ? 嬉しくないクマか?」


 耳を縦に振る。

 喋れるのなら、それに越した事はない。


 でも、言葉を交わしたい相手は、自分を置いていった。

 恨んではいない。

 あれは俺が悪かったんだ。

 破棄されなかっただけ、良かったと思うしかない。


「まったく、魔人形は持ち主に似るとはよく言ったものクマね」


 こいつは何を言ってるんだ?

 俺がティアと似てるってことか?

 やれやれと肩をすくめてみせる巨大クマの図は、なんか、ムカついた。



 ※ ※ ※



「ここの設備では、新しく声帯を取り付けるのは難しい」


 講義から帰ってきた爺さんにクマが声帯の件を相談していた。

 すぐに自分の体を調べてもらったのだが、上の答えが返ってきた。


「黒魔人形を見るのは初めてだが、ここまで媒体と回路との固着が進んでいるとは、な」

「役立たずクマね」

「興味深い。解体するか」


 逃げよう。


「冗談だ」


 嘘だと思った。

 この爺さん、目が本気だった。


「魔力回路を開いてから、百年以上の代物だぞ、これは」

「どういうことクマ。あの魔術師、実は魔族とかそういう話クマか?」

「アルテミシアさんは、私がよく知ってる生徒の娘だ。それはお前も知ってるだろう。素性に何かあるとは思えん。やはり、特別なのはこの人形だろう」


 熱のこもった爺さんの視線だ。

 このままだと、本当に解体されるんじゃないか。


「ベア、こいつが黒魔人形に見えるか」

「知らんクマ。持ち主の式なしに、魔人形を襲ったんクマよね?」

「詳しく話を聞いてきた。どうやら、こいつが襲ったのは繰り師の方だ。そうだな?」


 あっさりと知られてしまったみたいだが、ここはしらを切ろう。

 はい即解体、とはなりたくない。


「以前、黒魔人形に襲われた魔人形が、魔力を完全に抜き取られたという話を聞いたことがある……印象深い話だったからな、よく覚えてる」

「……魔力、クマか」

「黒魔人形にとって魔人形を襲うという行為には食事の意味合いがあるのではないか? お前たちの原動力は魔力。魔力を抜き取った理由としては不自然でもないだろう」


 また、じっと熱い視線を向けられた。

 今度は、クマにも見られていた。

 返事を期待されているのだろうが、困る。


 だが、今の話に思い当たる節はあった。

 俺の一撃をもらって動けずにいたリリィを見た後、どうしてか、あの人形が餌に見えていた。

 美味しそうに見えたのだ。


「口が聞けんというのは不便だ。人間の言葉を理解していると分かった今、口惜しいな」

「それを言い出すと話が脱線するクマよ。戻すクマ。フルルが繰り師を襲ったって話と、今の食事の話、何の関係があるクマ?」

「うむ。一般的にだが、黒魔人形の話には大概ネガティブな印象が付いて回る。単なる噂話にしても、だ」

「クマらの目の前にいる黒魔人形は、そんな感じないクマね」

「うむ。実は黒魔人形ではない、第三の魔人形という仮説はどうだろう、ベア」

「興味深いクマね、コスティ。やっぱり、解体するクマ」

「そうするか」


 逃げよう、なんて悠長な事は言ってられなかった。

 逃げる!


「冗談だ」

「冗談クマ」


 だから、目が本気だから、二人とも。

 ギラギラと怪しく光らせるな。


「率直な事を言えばだ」


 爺さん、一瞬で切り替えて、真面目な顔に戻っていた。

 あまり、人を振り回さないでくれ……。


「聞いた限りだが、こいつは繰り師を、アルテミシアさんを守ったように思えてしょうがない」

「持ち主を守るなんて、黒魔人形には聞かない話クマね」

「だが、同時に私が到着した時には、魔人形を襲おうとしていた。私は、この魔人形をどう捉えればいいか、決めかねている」


 険しい表情だった。

 黒魔人形である可能性は高い。

 だが、同時に持ち主のために行動できるような魔人形。

 ネガティブな存在だと断じるべきか、悩んでくれているのだろう。

 即断しないだけ、ありがたいことだった。


「クマクマ。なー、クマ」

「何か気づいたことがあるのか」

「魔人形を襲う行為に食事の意味合いがあるクマよね」

「仮説ではあるがな」

「もしそうなら、魔力を補充すれば済む話じゃないクマか? 要は食欲ってことクマよね。ただの魔人形のクマには想像がつかんクマけど」

「ふむ……いや、難しく考えすぎていたか。そうだな。食事の意味合いがあるなら、魔力さえ欠かすようなことがなければ……」


 今の話を聞いて。

 何となく、気づいたことがある。


 俺は前世の記憶もあって、空腹という感覚を知っている。

 というか、そう言われると、小腹が空いていることに気づく。

 魔力をつまみ食いしたい気分だった。

 これが魔人形を餌に見てしまう原因なのか。


「ベアの考えを採用すれば危険性を判断する上で問題となるのは、黒魔人形に宿る意思だ。式を受け付けなくとも、繰り師を守ろうとする黒魔人形もいる……意思あればこそ、か」

「何となくわかってきたクマね。コスティも難儀なやつクマね」

「……すべて仮説だがな。当人の君はどう考えるかな」


 彼らの推測は大きく外れてはいないように思えた。

 どうして前世の記憶があるのかという答えにはならないが、それが原因で起こるだろう問題を、あらかじめ知る助けにはなりそうだった。


 希望があった。


 黒魔人形として破棄されたくなければ、俺が食欲に対する自制心を維持すればいいとわかったからだ。

 できることがある。

 何もわからないで怯えることもない。


 その仮説を信じたい。

 すぐに耳を縦に振った。

 すると、爺さんがすっと目を細め。


「君はアルテミシアさんを守ろうとした」


 急に声音に柔らげなものが混ざった。

 語りかけるような感じで……何か、俺に提案があるようだった。


「解体させてくれ」


 無理!


「失礼。間違えた」


 冗談よりもタチが悪いぞ!


「君がアルテミシアさんを守ろうというなら、私は君に協力しよう。ただし、いくらか条件を飲んでもらわんことには、君をアルテミシアさんに会わすわけにもいかん」


 その条件、どうせ、解体、じゃないのか?


「ここで飲んで欲しい条件は二つだ」


 解体、だろ?


「魔人形を襲ってはいけない」


 ……身構えていたのに。

 そんなことでいいのか、と拍子抜けしてしまう。


「もちろん、食事としてだ。魔人形を襲うようなことがあれば、今度こそ私は君を破棄しなければならない」

「魔力の補充はしてくれないクマか?」

「魔力の補充もこの私が責任を持つ」


 耳を縦に振る。

 魔力もお預けで、食事はやめろ、というのでは飢え死ぬだけだ。

 そうでないなら拒否する理由もないし、俺自身、ティアに迷惑をかけたくない。


「ありがとう。もう一つ、これは……場合によっては断ってもらっても構わない」


 その前置きは、警戒心を煽るだけだぞ。

 爺さんが言った。


「君の体を調べさせて欲しい」


 結局、そこか……!


「安心してほしい。解体はしない。ただ、黒魔人形としてもそうだが、君の性能を調べておきたいだけだ。データは君の助けになる。君は未熟だ。色々と知っておいて、損はないだろう」


 言っていることは正しいとわかる。

 爺さん自身の本音が見えなくもないが……俺は、未熟だ。

 破棄されないようにできることがあると分かっても、じゃあティアのところに戻ろうと思えないのは、やはりどこかに落とし穴があるんじゃないかと思ってしまったからだ。

 未熟の俺は、きっと沢山の落とし穴を見落として、そのたびにティアを悲しませてしまう。


 逃げるのはやめた。

 解体だけは勘弁だが、そうでないなら、飲んでおくべき条件だった。

 爺さんが何を考えていようと、俺にとっても必要なことだ。


 俺は老いぼれた手に、自分の耳を絡めた。


「ありがとう。条件はこれだけだ。私の名はコスティ・アサシネイルズ。君のことはフルルと呼ばせてもらおう」


 フルル以外に俺に名はないのだが。

 というのは、あまりにも呑気な思考だった。

 すでに爺さんの目が光っていた。


「では、早速、データを取ろうじゃないか。時間は有限、待ってはくれんぞ」


 やはり、爺さん自身の趣味も含まれているようだった。

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