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#3 魔術と人形と学校のある風景

 この世界には魔術が存在していた。


 俺の、フルルの体も、魔術のおかげで動いていた。

 最初この姿を見た時にぬいぐるみと思ったのも、あながち間違ってはいなかったらしい。

 元は、動きもしない、ただのぬいぐるみだったのだから。


 魔術で動く人形もしくはぬいぐるみを、魔人形と呼ぶ。


 魔人形には《魔力回路》と呼ばれる核が内蔵されていた。

 持ち主である魔術師が魔力回路に自身の魔力を込めることで、魔人形は動けるようになるというわけだ。

 俺にとっては、魔力が不足すれば動けなくなるという意味でもある。

 眠ってしまう。

 魔術師が定期的に魔力を供給してくれなければ、俺は生きてはいけない体になってしまったようだ。



 ……ふむ。

 細かいことは、今は置いておくとして、だ。



 ティアはこれらのことを、前もって伝えると決めていたのだろう、淀みなく教えてくれた。

 おそらく、魔人形には最初、知識の蓄えがないのだろう。

 知っておかなければならないことだから、こうして話してくれたのだ。



 ……妙だ。



 もう一つ、教えてくれたことがある。

 それは魔人形が、魔術師の命令……式なしに動き出すことはない、と言うことだ。


 妙なのは、俺が魔術師の式なしに、勝手に動けていることだ。

 前世の記憶があるから、と言うのはきっと正しい答えじゃない。

 魔力回路に問題があるのかもしれない、ということで後で解体されるかもしれない、怖い。

 できるなら今のまま自由意志で生きていたいから、ティアの言うことは聞いておこう。


 今の俺は、このヌイグルミボディが本体なのだから、大切に扱ってもバチは当たらんというものだろう。



 ※ ※ ※



 眠ることで魔力は節約できるらしい。

 ならば、必要な時以外は眠って過ごした方がいい。

 そのはずだが、前世の癖で、朝日が昇ると起きてしまう。

 カーテンの隙間から差し込む陽光が、真っ暗だった室内を薄ぼんやりと浮き上がらせる。


 昨夜、泣き止んだティアは、よそよそしかった。

 俺が逃げ出したからだろう。

 距離を開けたのがわかった。

 親しげで、魅力的な笑みを浮かべることはなかった。


 どこか、表情がぎこちなかった。


 まだ朝が早いからだろう。

 ティアは二段ベッドの下で、静かな吐息を立てて眠っていた。

 胎児のように体を丸めて、肩身狭そうな寝相をしている。


 淡いピンク色のパジャマを着ていた。

 薄い生地だ。

 胸元は押し上げられて、谷間がよく見えた。

 実に柔らかそうで、実際に柔らかい。


 眼福眼福。


 ぬいぐるみに過ぎないからこそ、許される凝視。

 これが前世の姿だったら、無理だ、死ねる。

 自首するほどの罪悪感となり得る。


 余計な気を起こす前に、ベッドを降りよう。

 それから、カーテンを開けよう。

 被造物の自分が、創造主のために行動する。

 悪くはないんじゃなかろうか。

 魔術師の式がなければ木偶にすぎんという話の魔人形には、真似できんだろう。

 きっと、ティアも解体をしようと言う気にはならないはずだ。


 しかし。

 どうして一人部屋で二段ベッドなのだろう。

 チラと見える上段は物置になっているが……寮の支給品とかで、意味もなく二段という可能性もありそうだ。


 両耳を動かして、カーテンの端っこを掴む。

 モコモコな体のせいで滑るが、適当にやろうとするからいけない。

 慎重にカーテンの表と裏から挟み込んで、掴む。

 それから、ぴょんぴょん跳ねて、少しずつ横に移動して、カーテンを開けていく。


 部屋が明るくなった。

 めっちゃ、疲れた。

 かなり体力を消耗した気がする。

 ……この体なら、消耗したのは魔力か。


 うぅ……睡魔が。

 耐えられん。


 せめて、定位置の作業台に戻りたいが……も、う、だめ。



 ※ ※ ※



「おはよう」


 ティアに起こされた。

 と言うよりも、魔力が供給されたと言った方がいいのだろうか。

 その実感はなかったが、作業台の上には戻されていた。


「ありがとう。カーテン、開けてくれたんだよね」


 ティアは身支度を済ませた後だった。

 赤みがかった黒の長髪を三つ編みに束ね、赤ぶちメガネをかけている。


 服は白を基調にしたローブだ。

 袖や裾が赤い布地で補強されている。

 フードもついてるし、なんと言うか、白魔法とか使えそうな雰囲気だ。


 ケープをはおっておきながら、胸元は主張が激しい。


「講義受けてくるね。ごめんね、留守番ばかりで」


 自分の隣に、カバンが置かれていた。

 ティアが伸ばした手を見て、とっさにカバンに組みつく。

 ただ、耳をカバンに絡ませただけだが。


「……一緒に行きたいの?」


 暇ですからね!

 ティアは口元に人差し指を当てて、考え込んでいる。

 少し長い前髪が目にかかっていて陰気な印象が漂っていたりするのだが、ちゃんと友達とかいるのだろうか。

 お母さん、心配ですよ!

 ついていきますからね!


「……一緒に行こうか」


 ティアはささやかな微笑みを浮かべていた。

 嬉しそうだった。


 ……自分が、彼女のぬいぐるみだからなのか。

 ティアが嬉しいと、俺も嬉しかった。



 ※ ※ ※



 肩掛けカバンに潜んで、隙間から外の様子を観察していた。

 やはり、ここは学生寮だった。

 ティアと同じローブを着た女子を何度も見かけた。

 間違いない、ここは女子寮だ!


 この世界も女子は、かしましい。

 三人集まれば、やかましいったらありゃしない。

 キャーキャー黄色い声が聞こえてくる。


 こんな中で、ティアは全く足を止めることも、口を開くこともない。

 声をかけられることもない。

 やっぱり、この子、友達がいないんだ。

 可哀想に……。


 寮を出ると、男子生徒も見かけるようになった。

 彼らも女子と似たような白ローブの制服を着ていた。

 裾からはズボンが覗いている。

 男がチラ見せする素足なんてありがたくないから、よき配慮だ。

 ちなみに女子は素足だったり、黒タイツだったり、白タイツだったり。

 ティアはどうだったかな……ちゃんと見る機会がなかったからわからない。


 色違いの制服も見かけるようになった

 基調の白は同じだが、袖や裾の布地が赤以外にも、青、緑、黄……黄色との組み合わせは色のメリハリがなくてダサかった。

 色違いで学年が異なったりするのだろうか?


 他にも数は少ないが、基調の白から異なっている生徒もいた。

 漆黒のローブだ、かっこいい!

 黒魔法とか使えそうだ。


 それにしても、寮の外は広い。

 自動車が余裕で四台並走できそうな大通りだ。

 足元は白亜のタイル張りで、晴天と相俟って眩しい。

 通り沿いに並ぶ建物も白亜の石造りで、街路樹の緑が唯一親しめる色だった。


 まさに異国といった感じだ。

 あぁ、散歩したい。

 あっちとか、こっちとか、そっちとか、行ってみたい、見てみたい。

 目移りしてしまう。


 でも、ダメだ。


 事前にティアから注意を受けていた。

 勝手にいなくなるな、と。

 理由はいくらでも思いつく。

 持ち主の式がなければ出歩くはずのない人形が一人でいれば、不審がられるのは当然だ。


 我慢しよう。

 室内に入れば、探検に出られる機会もあるはずだ。

 きっと、隠れ場所もたくさんあるに違いない。


 この真っ白空間じゃ、真っ黒な俺は目立つからな。



 ※ ※ ※



 校舎は場違いな見た目だった。

 白亜で囲まれていた空間に、赤煉瓦の建物が姿を見せたのだ。

 しかも、歴史を感じさせる雰囲気で、壁には蔦が張っていた。

 中に入ると、外観と同じで年季が入っている。

 薄暗い廊下は、外の通りと比べて狭すぎるくらいだった。


 これなら隠れ場所に期待できそうだ。


 と思っていたら、ティアが生徒の流れから外れて、校舎を抜けた。

 その先には、森が広がっていた。

 中には入らず、森に沿ってできた道を歩くと古臭い洋館が姿を見せた。

 ティアはそこに足を踏み入れていた。


 外から見た感じでは三階建て、屋根裏付きの物件といったところか。

 ティアの目的地は二階に上がって、一番奥の部屋だった。

 そこは、改装したのだろう、二つの部屋を繋げた広さで講義用に階段状の教室となっていた。


 すでに何人か生徒が揃っていた。

 ティアは教室の後ろから入ると、そそくさと最後列の、それも端っこの席に陣取った。

 慣れていた。


「静かにしててね」


 小声で囁くと、俺をカバンの外に出してくれる。

 他の生徒からは見えないよう机の下でだが、狭いカバンの中よりは気分がいい。

 椅子にちょこんと腰掛けて、隣のティアがカバンから筆記具やらを取り出す姿を眺めた。


 ローブの下は素足だった。

 裾が長くて覗けるのは脛のあたりで限界。

 だが、その脛だけで分かる、ポテンシャルの高さがあった。

 程よい肉付き、張りが伺える。

 今度、さりげなく触ってみよう。

 きっと、すべすべしてる。


 教室内も眺めたかった。

 体をもぞもぞ動かして、視界全体を巡らす。

 この体は首がほとんどないから、体丸々動かさないと見たいものに視線が移せないのだ。

 やはり不便だ。

 

 机が高くて、前方の様子は望めそうになかった。

 それでも、教室の雰囲気はつかめる。

 随分と薄汚れてはいるが、洋風の内装。

 余計な飾りはなく、質素な室内だった。


 突然、ぽん、と頭に手を置かれた。


「ふふ」


 ティアが微笑んでいるのがわかった。

 俺も見てくれだけは、愛嬌のあるぬいぐるみだからな。

 女の子がそういったものを愛でるのは特におかしくもない。


 ……ただ、その微笑みは、きっと、どこかぎこちないものに違いなかった。



 ※ ※ ※



 講義が始まると退屈だった。

 机の端っこから教壇を覗いたりしたが、陰気な老人が喋っているだけ。

 しかも、言葉の途中途中に「えー」だの「あのー」と言葉を挟むから聞きづらいったらない。

 苦痛だ。


 よくこんな講義を聞いていられるな、とティアを見ると真剣にノートを取っていた。

 お絵かきに夢中というわけではなく、しっかりと教授の話に耳を傾けているという真剣さがあった。

 この子、真面目なんだなぁ。


 それに可愛いし、巨乳だし、三つ編みだし、眼鏡だし。

 こんなご主人の元に生まれ変われただけで、前世に未練はない。


 しかし、この瞬間は苦痛で仕方なかった。

 わけのわからない講義なんて聞いてはいられない。

 これなら魔力を節約するためにも、寝ていた方がいい。

 ティアの隣に戻って、目を閉じることとした。


 環境音として耳を撫でる教授の子守唄。

 ティアがノートを取る硬い音。

 そんなのを聞いていると、ウトウトとしてくる。


「おや、アルテミシアさん」


 すぐそばで声がした。

 それで、まどろみが消え去った。

 ティアの傍に、教授が立っていた。


「この人形は、魔力が通っているな」

「あ……はい……」


 ティア、蚊の鳴くような声だった。

 目も伏せ切った姿を見ると、人と目を合わせるのが苦手だというのが明らかだった。


「魔人形制作には成功していたのだな」

「あ、あの、明日の、制作の講義で……」

「発表前だったか。ふむ」


 爺さんがじっと俺を見つめてくる。

 そんな熱い視線で見られたって、嬉しくはねぇぞ。


「おめでとう。せっかくだ。今日話した式を、この魔人形に与えてみなさい」

「あ、え、あ……」


 ティアが目に分かって落ち着きをなくしていた。

 とうとう、完全に、俯いてしまった。


「ま、まだ……ま、魔人形との、交感現象を、その、すり合わせてる、ところで……」

「そうか。出来がよく見えたのでな。それなら、仕方ない。他の方に式の実践を行ってもらおうか」


 口ぶりに反して、どうして俺をじっと見る。

 やめてくれ、可愛いからってジジイに愛でられるのは嬉しくないんだ!

 人形にだって、相手を選ぶ権利はあるんだぞ!


 俺の思い通じてか、教授の視線が外れる。

 やっと、ティアの側からも離れてくれた。


 それにしても、なんという人見知りか。

 涙目になったティアの太ももを、ローブの上から耳でポンポンと叩いてやった。


 君はよくやったよ。

 俺は式が受け取れないからな、何もできなくてティアが恥をかくところだったよ。



 ※ ※ ※

 


 また目をつけられても可哀想だし、とカバンの中でおとなしく寝ていることにした。

 ぐっすりと眠っていたと思う。

 いつ講義が終わったのかも知らないぐらいに、深い眠りだった。

 それを妨害してくれたのは、また知らん奴の声だった。


「魔人形連れてんなら、次の講義、受けられるわよね?」


 女子の声だったが、高圧的なのがいけ好かない感じだ。


「この子は、その、実験用、だから」

「あのアサシネイルズ教授が出来がいいって褒めた人形よ? 実験用で終わらせるなんて、勿体無いじゃない?」

「ま、まだ……発表は、してないし……」

「いいから」


 ドン、と机が痛そうな音を立てていた。


「出ろって言ってんのよ、根暗」


 こわ……。

 カバンの中にいて、顔が見えないのが幸いだった。

 きっと、鬼のような形相をした女子にちがいない。

 そんなのを見てしまったら、ビビってしまったにちがいない。


「逃げたら、分かってるわね」


 ティアは何も返事をしなかった。

 が、きっと肯定と取られてしまっただろう。

 一体、ティアはどうするつもりなのか。


 相手の足音が遠ざかって、しばらくしてからようやく、俺が忍んでいるカバンが動きだした。

 ティアがどこか目指して、歩き出していた。

 生徒の流れとは反対方向。

 どこに向かっているのかと思ったら、トイレだった。

 女子トイレだった!


 まっすぐに個室に入ると、便器に腰掛けないで、扉に背を預けていた。

 何をしてるのだろう。

 カバンの隙間から覗くと、ぼんやりと宙を見つめていた。

 気が抜けた、というのか、心ここにあらずというのか。


 まだ泣いていてくれた方が良かったかもしれない。

 なにをしているのかわかってしまったから、そう思うのかもしれない。

 ティアは、つらい気持ちを自分のうちに押し込めて、平然と振る舞えるように、落ち着くまでじっと隠れているのだ。

 その姿は、悲しく、痛々しい。


 この子の人生は、世知辛い。


 人付き合いも苦手で、妙な女子にも目をつけられているらしい。

 挙句、自分の手で作り出した人形に逃げられる始末、か。


 本当に、悪いことをしたと思う。

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