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#2 黒ウサギとぬいぐるみ

 早く、悪夢よ去ってくれ、と願っていた。

 必死に目を閉じて、何も考えないように努めていた。


 それでも、分かっていた。

 不鮮明な視界も、モフモフの腕も、現実だってことは。

 明晰夢なんて見たこともなかったが、この不条理さは明晰夢でもありえない生々しさだった。


「おはよう」


 ふと、声につられて目を開けてしまった。


「あれ……?」


 ぼんやりとした視界に、うっすらと人の形を見ることができた。


「……ここに置いといたっけ」


 不思議そうな声音で、近づいてくる。

 不明瞭な輪郭から腕らしい影が伸びてきて、自分の体を掴んでいた。

 そして、軽々と持ち上げられてしまった。


「む」


 すぐ目の前に、眠たげな少女の顔があった。

 目元が赤く腫れていて、まるで泣きはらした後のようだった。

 ……ようだった、ではなく、泣いていたのを知ってるじゃないか。


「……瞳孔が機能してる?」


 妙な言い回しだったが、その言葉はお返ししたいものだった。

 少女の眼がまん丸に見開かれていた。


「あ、あ……」


 途端、落ち着きなく口をパクパクと開けたり閉じたりする少女。

 面白い、金魚みたいだ。


「わ、私の言葉が分かる? 分かるなら、へ、返事して」


 声が上ずっていた。

 喉を鳴らし、緊張した面持ちで俺を見ていた。


 ……へいへい。


 状況はよくわからなかったが、この子は俺に話しかけてるってことでいいんだよな。

 なら、腕でも動かして返事としよう。

 声は相変わらず出せないからな。


「あ」


 腕を動かした途端だった。

 するっと、体が落下した。


「ふぎゃ!」


 かなりの高さから地面に叩きつけられた……のだが、あまり痛くない。

 さすがは、人間離れした弾力を手に入れた体だ。


「ふーふー!」


 怪我らしい怪我はなかったが、文句は言いたい。

 このガキ、この不自由な俺を落としやがったな!


「ご、ごめんなさい!」


 絶句する。

 見上げたら、少女はかなりの巨体だった。

 俺は彼女の足首ぐらいの身長しかなかった。


 また伸びてきた腕に捕まってしまった。

 ぎゅっと、抱きしめられていた。


「よかった……本当に……よかった」


 涙ぐんだ声だった。

 柔らかい何かに押し付けられていて、視界が塞がれていた。

 窒息死しそうだ……ともがき離れようと思ったが、そんなことはなかった。

 俺、呼吸してないのか?

 むしろ、気持ちがいいくらいだ?


「成功してたんだ……」


 この子は一人に感動に浸っているようだが、俺は置いてけぼりだ。

 何か知ってるなら、この状況をしっかりと説明してもらいたいものだが……それを要求する口がない。

 不便だ。



 ※ ※ ※



「ごめんね。まだフルルのことは教授に紹介できないの。だから、部屋で待ってて」


 そう言って、少女は俺を一人置いて、出て言ってしまった。

 だーかーらー、状況説明をッ!

 と必死に腕をブンブン訴えても、声なき声は相手には届かず。


 また、何もできない、何も分からない時間がやってきた。

 この失望感。

 ため息もつきたかったが……喋れない。


 やってられん、とふてくされていたのだが。


 暇で跳ねていたら、移動できることがわかった。

 視界も徐々にはっきりとしてきた。

 部屋の様子もわかってきたし、こうなってくるとじっとはしていられなかった。

 鏡はないだろうか。


 ぴょんぴょん跳ねながら視界を動かして、部屋を見渡す。

 一人暮らしに十分な間取りだった。

 二段ベッドがあり、クローゼットもある。

 勉強机もあるし……学生寮の一室といった雰囲気だ。


 巨大な姿見の鏡もあった。

 クローゼットの扉と一体になったものだ。

 跳ねてその前に立つ。


 ……うっわ。


 自分の姿は想像を絶するものだった。


 何といえばいいのか。

 信じがたいのだが。

 ぬいぐるみ、だろうか。


 真っ黒な、ウサギもどき、といった感じだった。

 まん丸な体に耳が伸びている。

 まさかと思って腕を動かすと、耳が動いた。


 吐きそうだった。

 もう嫌だ。


 唯一の救いは、ぬいぐるみとしての愛嬌があるところか。

 まったくもって、どうでもいい救いだった。


 鏡の前で、自分が跳ねる姿も確認してみた。

 これまた愛嬌ある動きだった。

 これが自分でなかったなら、可愛らしい愛玩動物として愛でることもできただろうが、残念ながら目の前のこいつは、俺だ。


 げんなりとするしかなかった。



 ※ ※ ※



 元の場所……作業台らしい机の上に戻った後。

 しばらくしたら眠っていた。

 起きると、部屋は薄暗かった。


「動いた……」


 目の前に、さっきの少女がいた。

 今ではもう、視界に不自由さはなかった。

 だから、少女の巨乳がしっかりと確認できた。


 幼げな顔だちで巨乳とか……イケない雰囲気がムンムンとしていた。


 幸い、体は人外、興奮を覚えたりはしないらしい。

 だが、この光景を眼福だと思える感性は残っているらしい。


 よかった。

 楽しみまでは奪われていないらしい。


「おはよう、フルル」


 ……きゅん、と胸が高鳴る。


 ふわりと微笑む少女の顔は、それはなかなかに魅力的だった。

 何というか、赤の他人に見せるような顔ではない。

 親しげな相手にしか見せることがないであろう、隙に溢れた笑顔だった。

 見てると、キュンキュンしてしまう。

 ……高鳴る胸がないのだから、比喩に過ぎないのだが。


 少女が俺のヌイグルミボディを持ち上げる。


「魔力はちゃんと補充できたかな。どこかおかしなところはない?」


 尋ねられても、俺にはおかしなことばかりで、どこから聞いていけばいいかもわからない。

 

 ……あぁっ!

 体をまさぐらないでくれ!


「うん。大丈夫そう。よかった。失敗したと思ったから。でも、思ってた以上の出来だし、きっと、魔力回路の定着に時間がかかっただけだよね」


 散々人の体をもてあそんでから、彼女は満足げに頷いていた。

 何なんだよ、まったく。

 可愛い顔して、こやつは頭がおかしいのか。

 残念だぞ。


「自分のことは分かる? フルルだよ。君の名前はフルル」


 フルル?

 いや、れっきとした田中太郎なにがしという名前があるんだが……。

 そうじゃない。鏡を見た時から考えてはいた。

 ……やはり、この体といい、俺は何か、別物になってしまったということなのだろうか。


「まだ空っぽのはずなんだよね。えーと、分かるかな。私がフルルの繰り師だからね。そこらへんは魔力回路を組むときに刻んでおいたはずだけど、一応ね」


 繰り師? 美味しいのか、それ?

 よくわからん。俺とこの娘はどういう関係なんだ?

 魔力回路、とか奇妙なことを口走っているし……おかしい。

 俺は根本的な部分で考え違いしているのではなかろうか。


「ティア・アルテミシア。フルルの持ち主だよ」


 ちゃんと記憶してくれてるのかな、と呟きながら小首を傾げる少女。

 一つ一つの仕草が可愛らしい。

 ティア・アルテ……んん?


 え、外国人?

 あ、そりゃ、こんな顔立ちの日本人はいないか。

 幼げながら、お人形みたいな長いまつげといい、どことなく色気があって……じゃなくてだ。

 持ち主とか言ってたと思うんだが?

 俺、ぬいぐるみ。

 君、持ち主って関係?


「フルル、ごめんね」


 不意に、少女……ティアが頼りない声を出す。

 な、何を言い出すんだ?


「学生が魔人形を持つにはね、決まりがあって、フルルには人形祭に出場してもらわないといけなくなると思う。ごめんね、私の勝手で……ぬいぐるみの体を与えちゃって……」


 ……ぬいぐるみの体?

 この体って、そういうことなの?


「痛かったり、苦しかったりするかもだけど、タイミング見て降伏するから。ごめんね」


 痛いとか苦しいって……えと、俺、なにやらされるんだろう。

 人形祭とか言ってたと思うけど。

 なんか怖いんだけど……というか、俺に拒否権はないのだろうか。


「不安にさせちゃったよね。でも、大丈夫。人形繰りには自信があるから。ずっと、君に会いたくて勉強してきたんだから。上手に負け戦を演じて痛くないようにするからね」


 負け戦!

 戦争なのか! やだ怖い!

 そんなよくわからないものには出ません!

 ということで、脱走です!


「あれ?」


 逃げ出そうと跳ねたら、あっさり捕まってしまった。


「まだ式は出してないよね。何で動いたんだろ……きゃ」


 離せ、と暴れたら、離してくれたが床に落とされてしまった。

 痛……くはないが、衝撃を吸収したヌイグルミボディがモゾモゾする。


「え、ど、どうして、勝手に動いてるの……フルル、止まって!」


 誰がお前の言うことなんか聞くか!

 俺はこんな体にされちまったが、自由に生きるんだ!

 痛いのも、苦しいのも、嫌だ!


 と息巻いてはみたものの。

 部屋の扉が開けられなくて、逃走劇は一瞬で終わってしまった。

 あっさり、ティアの手に捕まってしまった。


「な、なんで。逃げるの」


 ……うわ。

 ティアの目が真っ赤になってた。


「フルルも、私を嫌いになっちゃったの……」


 フルルもって。

 なに、嫌われてんの? いじめられてんの?


「やっと、家族ができたと思ったのに……」


 ……。

 あまりにも重い。

 重すぎる空気が漂っていた。

 やめろよ、俺がまるでいじめてるみたいだろ!


「……フルル?」


 心の臓が痛いとはこのことか。

 俺の良心の呵責の悲鳴が彼女を慰めてやらないと収まりそうにない。

 できることは、この耳を動かすことだけだ。

 幸いモフモフの耳。

 これで、ティアの頬を撫でてやろう。

 癒されるだろう。


「……ごめんね、私、空気読めないから……」


 謝るなって!

 あー、心が痛い。

 良心がズタズタだー……。



 ※ ※ ※



 状況がなんとなくだが、読めてきた。


 俺はフルルという存在として、生まれ変わってしまったらしい。

 かつての俺はきっと、すでに百代の過客ウンタラというご身分になっているのだろう。


 生まれ変わると言っても、俺という存在は被造物だ。

 ティアという少女に作られた人形が、フルル。

 決まりだとかで、人形祭とやらに出て戦わなければならないのだが、それはどうなることやら。


 とにかく、ティアが泣きやむのを待つしかない。

 話はそれからだ。

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