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#1 死して、なお生かされる

 彼はどこにでもいる高校二年生だった。

 ちょっとばかしお調子者で、そこそこ抜けていて、それなりに保健体育に興味があって、親からはゲームのしすぎだと叱られる、そんなどこにでもいる男の子だった。

 そんな彼の最期は、運が悪いにも程があった。


 隕石というのは、ほとんどが地上へと到達する前に大気圏の摩擦で燃え尽きると言われている。

 大気圏を抜けても、人を直撃するのは可能性としてかなり低い。

 地球の上は大陸よりも海が大半で、大陸に落ちたとしても陸上すべてに人が暮らしているわけではない。


 隕石が直撃するなんて、運が悪いにも程がある。

 つまり、彼の死因は、そういうことだった。


 さて、地球の誕生には、隕石衝突が関係している。

 隕石自体に含まれている様々な物質が地球へと持ち込まれることで、豊かな惑星として成長した。

 隕石には惑星を育て上げるだけの可能性があったということだ。


 そんなものを人間一人が受け止めればどうなるか。

 死、だけで済めばよかった。



 ※ ※ ※


 

 気づいた時、真っ暗闇だった。

 目隠しでもされてるのだろうか、それにしても目元に圧迫感はない。

 それなら、麻袋でも被らされて……いるようにも思えない。

 息苦しさとか、篭った感じはない。


 経験はない。

 が、この抜けた前後感覚は『気絶』というやつかもしれない。

 後頭部に強い衝撃を受けたのは覚えてる。

 だが、この不明な状況に至るまでの記憶がなかった。


 腕は動かない。

 足も首も、身体中すべてが例外なく、動かなかった。

 縛られている、といった感じはない。

 なら……と頭をよぎる嫌な予想に背筋が寒くなる……寒くなる背筋も感じ取れないのが不気味だった。


 まさか、と思う。


 何らかの事故に巻き込まれて、植物状態……?

 さ、さすがに、それは冗談じゃ済まされないんだが……。


「できたぁ」


 不意に、気の抜けた声がした。

 びくりとして、動かない体が、固まった。


「手ごたえはあった……動いて、お願い」


 細い声が、頼りなく耳に届いた。

 そのはずなのに、不思議とはっきり聞き取れた。


「……魔力は注いだよ。ねぇ、どうして動かないの」


 つぶやきが、蚊の鳴くような弱々しさで引き取られていく。


「……失敗した?」


 失望に塗り固められていた。


「そ、そんな……そ、んな……」


 声が遠ざかっていく。

 しばらくして、ボフン、と柔らかい何かに倒れこむような音がした。

 かすかに聞こえてきたのは、すすり泣きだった。


 声の雰囲気からして、そこにいたのは少女だろう。

 一体、何を悲しんでいるのか。

 動くことも喋ることも叶わないからか、他人事にしか思えなかったが、泣いてる誰かがそばにいると、ソワソワとしてしまう。


 まさかとは思うが、植物人間と化した自分のことを悲しんでくれてるのだろうか。

 そんな相手がいただろうか。

 彼女がいない歴、イコール年齢の俺だ。

 幼馴染もいないし、生き別れの姉妹もいない俺を見舞ってくれる人がいるとしたら両親ぐらいだが、そもそも声が違う。


 誰なのだろう。


 不思議には思うが、俺にはどうしようもないや。



 ※ ※ ※



 ……んん?


 妙なことに気づいた。

 どれだけの時間が過ぎたのかは知らないが、その時間とやらが経つごとに、妙な身体感覚が戻ってきた。

 本当に妙だった。


 腕、らしい感覚があった。

 何とも奇妙なことに、側頭部の上あたりに感じることができた。

 恐怖。

 事故で、俺の腕が頭の横にくっついてしまったのかもしれない。

 やばい、想像してしまうと、ホラーだ。


 怖いが、一方で貴重な事実でもあった。

 意思を体で表現できるということだ。

 動かすまでには至らないが、多分、ビクビクと震わせるぐらいにはなっていると思う。

 誰かが通りがかって、俺が完全な植物状態じゃないと気づいてはくれないだろうか。

 それでどうにかなるとは思えないが、聴覚と意識は正常なのだ。

 反応を返せるというのは、きっと大きいに違いない。


 よし、その時のためにも、今以上の身体感覚を取り戻せないか頑張ってみよう。



 ※ ※ ※



 と、思ったのだが。

 足の感覚はまったくもって、期待できなかった。

 両足だ。

 事故で失くしてしまったらしい。


 自分の足で歩けないと思うと、少し悲しい。

 でも、車椅子での生活というのは少し好奇心が刺激される。

 実際に生活を始めてみれば、苦労するのは想像に難くはないのだが、男の子としてロボット的なものには憧れる。

 最近の車椅子は進化しているとも聞くし、カタログとか見てみたい。


 しばらくして。

 そんな考えは、ぶっ飛んだ。


 首から下……腹部、といえばいいのだろうか。

 本来、ありえない身体感覚があった。

 上下に縮むのだ。


 しかも、かなりの弾力がある。

 収縮させた筋肉から、とっさに力を抜くと体が跳ね上がるのだ。

 もう、恐怖体験だった。

 俺の体はどうなってしまったのだ。


 わずかにしか動かせなかった腕も、今ではブンブン動かせてる実感がある……のだが、しなる。

 何で、腕がしなる?

 ゴム人間にでもなっちゃったの、俺?


 視界が欲しい。

 切実に。

 今、自分がどうなってるのか知りたい。


 あぁ、でも、事実に直面するのが怖い。

 身体感覚だけでわかる。

 見てくれは、まごうことなきホラーと化している。

 俺の両親は、こんな状態になってまで生きていて欲しかったのか。

 息子冥利に尽きるが、複雑だ。



 ※ ※ ※



 朝がきた。

 何も見えないのは変わらない。

 だが、明暗だけは感じ取れた。

 真っ暗だった視界が、徐々に白んできた。


 それで分かったのだが、俺の目は完全に見えていないというわけではなかった。

 焦点が合っていない感じで、物の輪郭がぼんやりと感じ取れる。


 焦点が合ってないだけなら、視力が悪いのと同じだろう。

 ふにゃる体を屈めて、床に顔を近づけた。

 こげ茶の木の目が渋い床板に立っていた。


 ……うーん。


 病院のベッドではなさそうだし、俺の体はどこにいった?

 どうして、頭がこんなに床と近い?


 そうだ、腕はどうなってるだろうか。

 しなる腕を動かして、目前に持ってくる。


 ……な、に……これ?


 真っ黒な毛に覆われたものが視界に入ってきた。

 自分の身体感覚に合わせて、モフモフ動く。

 怖い。

 まさか、これが俺の腕?

 人間やめてんじゃん。


 ……もうやめだ。

 限界だ。

 考えるのも、動くのも、やめよう。

 頭がおかしくなりそうだった。


 そうだ、夢なんだ。

 これは夢だ。

 夢。

 早く覚めればいいな。


 ……とんだ悪夢だ。

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