昼這い
「んー……どうしたものか……」
いつも通りの朝を迎えるはずだった。あくまでも、そのはず。
いつもと同じといえば、だ。重ならずにちょろっと空いたカーテンから差し込む、少し高めの光。腹が減って目を覚ませども、料理の匂いはおろか他の住人の気配さえ皆無な独り暮らしの男の家の空気。まだオレが食ってもいないのにピーチクパーチク飯を寄越せと言わんばかりの鳥の声。これがオレの朝だったはずだ。
わしゃわしゃと寝癖の付いているであろう髪を掻き、布団の上で胡座をかきながら、ちょっと前に新調したお安いソファーに目を向ける。
「……んぅ」
「……んー?」
小さい声に、思わず首をかしげてしまう。いつ、どこから入ったんだよ、蒼娘。
朝(昼)日に照らされた小さな人影。さらりと頬から垂れる長い蒼の髪、瞑った目から伸びる長い睫毛、艶かしく漏らした小さな吐息、女の子らしく華奢な体躯に少しはだけた胸元と太腿。……そして、ぴこぴこと動く耳と尻尾。
……あと五年後くらいだったら、危なかったな。いや、コイツはこれで成人なんだっけ?何歳だったかな、コイツ。とまぁそんなことはさておきとしてだ、コイツがロリっ娘で良かった。クレアみたいなダイナマイトボディや、ハルみたいな健康的スレンダーボディだったらヤバかった。だがまぁ、アイツらの本性を知っている身としては、そんな寝姿見せられたところで、どうせ狸寝入りで弱味を握ろうとしてるんだろくらいにしか思わないけど。
いやいやいや、そんなことより。
「……なぁ、お前どっから入った?」
「……んゅ」
そりゃ答えるわけ無いよな。寝てるし。何でか知らないけど、コイツの友達かオレがいるだけの空間だと爆睡するんだよな、昔から。クレアやハルたちとじゃ、むちゃくちゃ浅いのに。いつだったか、キャンプを知らないっていうから連れてったとき、いち早く敵襲に気付くくらいには気を張ってたもんな。……いや、あの時はエルも騒いでた気が……まぁいいか。
その癖、人ひとり分くらいしか距離がない所にオレがいても、ましてや先にオレが起きてるってのに爆睡だもんな。ご丁寧に手足をくるっと丸めて、何かを胸の前に……あれ?それオレが無くしたと思ってた上着じゃない?ハルから貰ったパーカーだと……いや、気のせいだよな、うん。
相変わらず、スースー小さな呼吸を漏らして起きる気配のない小娘は置いといて、本当にどこから入っ――
「あ、ここだわ」
アパートの共用廊下に通じる扉の鍵が開いていた。おっかしいなぁ、オレはそこしっかり閉めるんだけどなぁ。……おやおや?この床に落ちた針金はなんだ?何かいい感じに曲がってますねぇ。
「……お前、シェーナからピッキング教わったな?」
「……んみゅ」
この手のものはエルかシェーナのどっちかしか出来ないもの。そしてエルは変態という称号があるものの、犯罪者に仕立てあげる、ましてやこんな年端も行かないようなロリっ娘に悪の道を覚えさせるような真似はしない。
それに比べてシェーナはどうだ。エルもあまり使わないような強請に集り、スリから詐欺まで幅広い技術を持ち、それをやれ経験だ、やれ護身術だと普通に教えやがる。おかげでハルなんか見てみろ。最初の頃はおしとやかな感じだったのに、あっという間に虐殺兵器になってるし。まぁこれはシェーナのせいだけとは言い難いが。でもあれだ、これだけは言える。
才能のある悪ほど、手が付けられない。
オレなんて才能のサの字も無いから、天才の気持ちなんて分からないけど、天才にぶん回される気持ちだけはしっかりと身に刻まれている。あぁ、あれはいつだった――
「っといけないいけない。昔の事を思い出しすぎるのはよくないな、うん」
「……ぅん」
「レーヴェもそう思うか?」
「……ぃお、そこ……おんなゆぅ……」
「……」
何という夢を見ているんだ。『ぃお』ってあれだろ、リオだろ?オレの事だろ?何でオレが女湯に入ってんだよ、この人生で一回も入ったことねぇよ。いや入りたいけど。でもそんなことしたら……エルに並んじまう。あの、シャバで生きる手配書に。
ふぅ、とりあえずあれだな、考えすぎはよくない。まずは飯でも作るか。……いや、今煩くしたらコイツが起きるか?
ふとそちらに目を向ければ、幸せそうに口元に笑みを湛えたレーヴェの姿。飯は……いいか。レーヴェが食いそうなくだものがあったし、オレも今日はそれでいいや。不法侵入とはいえ、何かコイツを起こすのも……なぁ?
これがハルなら容赦なく起こすんだけどな。起きなくても外に布団ごと引き摺ってでも追い出すんだけどな。アイツの酒癖悪すぎるし。この前もドアノブと蛇口ぶっ壊して、お気に入りのクッションに染み付けたりしてたし。あぁも――
「落ち着け。落ち着け、オレ」
そうだ、落ち着け。今騒げばコイツが起きる。それは避けよう、うん。しっかし、コイツもすっかり慣れてきたな。最初の頃は警戒心が……いや、そうでもなかったか……?あんまり覚えてねぇな……
「んっ、んぅ……」
と、そんなことを思っていたらレーヴェが起きてしまった。くしくしと目を擦って、そのまま猫伸び。ロリっ娘じゃなければ危ない体勢で、しかもだるだるの胸元ががら空きで――あれ?そのだるだるのシャツ、オレのじゃない?一昨日くらいから見てないんだけど?あれ?
そんなオレを置いていくかのように、ソファーの上で女の子座りになり、眠たげな目でこちらを見ているレーヴェ。やっと見えたトロリとした大きく丸い垂れ目は綺麗なオッドアイ。右目は陽の光に煌めくような金色で、左目は髪の色と同じような淡い蒼。ふわぁと欠伸をひとつかました後に潤む目をまたもやくしくしと擦る。あぁもう。
「レーヴェ、目は擦るな。痛くなるぞ」
「……リオ、おはよ」
「はいはい、おはようさん。ほら、目は擦んない」
「……かゆい」
「痛いのとどっちがいいんだよ」
「……どっちもやだ」
ふるふると首を横に振る。いやまぁそりゃそうだけど。それでもなお擦る手を止めようとはしないレーヴェ。
「そんじゃ顔でも洗ってこい。さっぱりするだろ?」
「……連れてって」
「お前……何で幼児退行してんの?」
「……ん」
「はいはい、分かった分かった」
よく分からないが、両手を伸ばしてくるレーヴェに、まぁ仕方無いかと思い腰を上げる。そして背負おうとレーヴェに背を向け、窓の方に身体を向け――
……縫いぐるみと木偶がこっちを凄い見ていた。あれは……タロウか?何か紙に書いてるな。癖のある掠れたような達筆な字……タロウじゃねぇな、あれはスエキチか。本当に見分けが付きにくい。名札でも縫い付けてくれよ。ってかこのネーミングセンスどうなの?こんな響きの名前、そうそう聞かないんだけど。
っとそんなことよりだ。背中によじよじと登るレーヴェの軽い身体を支えながら紙に目を凝らす。さてさて、何書いてあるん――
『オ前、後デ、殺ス。モンザエモン』
……あぁ、お前はモンザエモンだったかぁ。




