雨の日
窓からコツコツと音がして、ふっと目が覚めた。ソファーの上でクッションとタオルケットにくるまって丸くなっていた身体を、ぐうっと伸ばしてみる。
それから窓に目を向けると、そこにはシゲチカたちと同じくらいの大きさはある木で造られた人形がノックをしていた。楕円の頭、四角い胴体、関節のある棒のような手足。いつも思うのは、どこからこっちを見ているんだろうってこと。目……どこにも無いのに。
「……おはよ、イチノスケ」
そんな自分の言葉に、コツコツとノックをしていた手を止めて、しゅぴっと敬礼を返してからどこかへと歩いて行った。イチノスケはいつも自分を起こしてからどこかへと颯爽と消えていく。今日もどこかへふらりと出掛けていったみたい。
ひとまず起き上がって、タオルケットを畳んでからソファーに置く。自分の部屋にはカーテンは無く、外からは淡い光しか入ってこない。……今日は雨かな。
ててっと窓辺に歩み寄って、からりと窓を開けてみれば、外からは葉っぱを叩く雨の音。空から降る雨は神様が泣いてるからだとかって言われてて、それをモンザエモンたちの前で話したら、何でか分からないけれど、みんな小躍りしてたような記憶がある。神様に何かされたのかな。
そんなことはさておき、今日はどうしようかな。雨が降ってるってことは、ツギハギウサギたちは動けないし……畑はリオがやってくれるかな。イチノスケたちは動けるけどふらふらしてるし。あとの子たちには他のお願いをしちゃってるか、お休みの日だし……
しょうがない、もう今日は自分も休も。こういう日が1日くらいあってもいいよね、うん。
くるりと部屋を見渡せば、不自然にぶち抜かれた壁がまず目に入る。あれはいつだったかな……シゲチカとスエキチに、戦い方を教えてもらってたんだけど、なぜかふたりがヒートアップしちゃって、ひっくり返った拍子に壁を壊しちゃったんだよね。古い建物だったから、仕方ないと思うけど。一応の壁のつもりでカーテンを着けてみたりもして。
それでとりあえず、隣の部屋も借りることにして、そっちを友達の部屋にしたんだもんね。みんなきっちり自分のスペースを確保してて、ちょっと殺伐としてる。
あ、それでもなぜか、イチノスケとかの木の人形たちは屋根裏とか屋根の上にいるんだよね。部屋があるのに……外の方がいいのかな?
「……あっ、そうだ。……イチノスケたちに、寝袋作ってあげよ」
そうだ、そうしよう。リオの部屋にもあった、人がすっぽり入れる温かい袋。外で寝てるから、風とかすごいだろうし…作ってあげなきゃだよね。
……何だろう、隣の部屋からすごい冷気が入ってくる。カーテン閉めよ。
しゃっとカーテンを閉めて、コハルに貰った裁縫道具と布を棚から引っ張り出し、お気に入りのソファーに身体を沈めて準備を整える。……このソファー、リオがくれたんだよね。ほんと、優しい。
てしてしと肘掛けを無意味に叩いてみる。……きっと今の自分は、鏡を見たらふにゃりと惚けた顔をしてるんだろうなぁって思って……少し前なら、そう考えただけでも顔を赤くしてたんだろうな。
そんな風に思いを馳せていたとき。
「るーちゃーん、いるー?」
そんなまったりとした声と共に、コココココン!と凄まじいノックの音。……コハルだ。
そして閉めたカーテンの隙間から漏れ出る冷気。……なんで?
とりあえず、ててっと扉に駆け寄って、かちゃりと下の鍵を開ける。
「あ、るーちゃ」
がんっ!と少しだけ開いてからそれ以上は開かなくなった。その隙間から見えた、うきうきしてた顔がたちまち絶望に染まるコハル。シェーナにお金を貸して貰えなかったときと同じ表情をしてる。
「どうしようるーちゃん!開かないよ!?」
「……コハル、上の鍵がまだ」
「あー……なるほど……」
そっと扉を閉めるコハル。そして部屋の方から紙飛行機が飛んできた。友達とのコミュニケーションツールの手紙で、紙飛行機にしたり、動物の形に折ってから魔法で届ける感じになっている。えっと、中に書かれたこの字は……ヒョウジュウロウかな。土を掘ったら出てくる虫みたいな、にょろにょろした字。えっと、何々……?
『あけなくていいです。ほんと、あけなくていいです。あれいれるなら、めんたいこさんいれたほうがいいです』
……メンタイコさんの方がいいのかぁ。自分はどっちを入れても構わないんだけど。
なぜか分からないけど、みんなコハルには最大限の警戒をしてるみたい。心当たりは……えっと……うん、沢山ある。主にみんなを凍らせちゃったりで。
「……えと、大丈夫。……今日はお酒飲んでなかったみたいだから」
そうみんなに伝えると、少しは和らぐ空気。お酒を飲んでたら、多分入れないだろうなぁ。みんな凍っちゃうし、寒くなるから。
それから上の鍵を開けて、扉を開ける。
「おい、ガチャガチャガチャガチャうるせーよ!また木偶にしばかれたいのか、お前は!」
「アンタこそゴチャゴチャゴチャゴチャうるっさいわね!畑の世話しないとヌイグルミに殴られるわよ!」
……えぇ。何これ。
共用廊下で鍬を突き付けるリオと、明らかに血糊が着いた杖を突き付けるコハルが睨み合っていた。
というか、リオは半袖半ズボンにスリッパだし、コハルは穴の空いたズボンと肩の出てるでろでろの服。それでどう戦うの……?
「今日は雨だからアイツら出れねーし殴られねーよ!ってか店はどうした店は!」
「今日は入りが薄そうだから休みにしたの!アンタはサボってんじゃないわよ!」
「サボってねーよ!これから行くんだよ、これから!」
「はぁ?今はもう9時よ、9時!」
「あ、クジ?何だそれ、運勢でも書いてあんのか?」
「あーもうこれだから田舎暮らしは……っ!アンタんちに時計あげたでしょうが!見てないの!?」
「何かいつも同じくらいの時間でピーチクパーチクうるせーからタオルに何重もくるんで箪笥の奥で眠ってるよコンチクショウ!」
「なっ……!アンタってやつは……折角あげたものを……っ!」
……うるさい。すっごくうるさい。周りが畑だからいいけど、これはゴキンジョメイワクとやらになるやつ。心なしか後ろから殺気が漏れてる気がする。抑えて、みんな。
これは……今日はやめた方がいいかなぁ、入れるの。ちょっと迷い始めてしまう。あのふたり、仲は悪くないんだけど……なんだっけ、喧嘩するほど仲がいい、ってやつ……?
さてどうしようか。そう思っていると、部屋の奥から縫い目の少し解れたシゲチカが、足音をきゅっきゅっと鳴らしながら歩いてきた。どうしたんだろ。
すると、シゲチカは右手に持っていた紙を差し出してきた。えっと……?
『すみません、彼らと少しだけお話しても宜しいでしょうか?』
すごく整った右上がりの時で書かれていて、自分にはそれを拒む理由も無くて。ひとつ頷いたらシゲチカはゆっくりと外へ出ていった。
何を話すんだろうなぁって扉から覗こうとしたら、後ろの窓からスコココココココン!って音がして、振り返ればイチノスケがすごい勢いで窓を叩いていた。ずぶ濡れで。……カビちゃいそう。
扉の向こうは気になるけれど、頭を振りながらすごい勢いで入れて欲しそうにノックをするイチノスケを見ていたら、そっちはどうでもよくなって、窓辺にささっと駆け寄って鍵を開ける。あとタオルも差し出して。
そしたらタオルを器用に掴んで、全身を拭き始めた。……なんか可愛いな、この姿。
その姿を見ていたら、何だか全てを忘れてきて、そして寝袋を作ることを思い出した。
せっせこと布と針を携えて、ソファーに身体を沈めてから、体操を始めたイチノスケを前にして、どんなのがいいかなぁなんて思いを馳せながら、チクチクと作業を始めた。
いつの間にかモンザエモンが紅茶を入れてくれたり、ヒョウジュウロウやスエキチたちがボードゲームを始めていた。ちゃんと時間を計る係と、解説をするように大きなボードに駒を動かしてるヌイグルミもいて。それを熱心に勉強しているのは木の人形たち。
そんな空気の中、雨の葉っぱを叩く音だけが響いていて、なんだか平和だなぁなんて思いつつ、何かを忘れたような忘れてないような、不思議な感覚に包まれていた。
明日はもっと、平和で楽しい日になりますように。誰に言うでもなく、心の中でそっと呟いた。




