道端
僕が彼らと出逢ってから、もう結構経ったように思えて仕方がない。昔の僕に会って、未来はこうなってるよ、って言えたのなら……もっと違うことに精を出していたんだろうなぁ。
いやいやいや、弱気になっちゃいけないよね。あの頃頑張ってたから今があるんだ!くらいには思わなくちゃ……
はぁ、胃が痛い。
どんなに過去に囚われすぎるのは良くないって頭では分かっていても、あの頃に動いておけばって後悔してしまう。困らないようにって色々手を出してきたけれども、全てを平均的に出来てたところで何にもならないって、今現在とても身に染みている。
彼らの抜きん出た特技を見て、あぁ本当に凄いなぁ……なんて呑気に見てるだけでなんていられない。僕が彼らと比べて出来ることは……恐らく、何もない。
「はぁ……」
「あら、エリス様」
「え?あ、クレアさん」
溜め息を吐いた所に掛けられたのは、とても清んだ綺麗な声。振り返れば、いつも通り長袖に長ズボン、黒い靴に身を包んで、上下余すところなく真っ黒の彼女が丁度通り掛かった八百屋から袋を抱えて出てきた様子だった。
今日は銀髪を後ろでひとつに縛り、穏やかに目を細めて八重歯を覗かせながら微笑んでいた。八百屋と通り、そして背景の人々と相俟って……これはなんとも中々な絵になりそうだなぁ。
「どうかされたんですか?溜め息なんてついて……」
「あっ、聴こえちゃってたかい……?」
「ふふふっ。えぇ、それはもう憂鬱そうでしたよ」
口元を隠しながら笑った彼女に、僕は恥ずかしさから空を見上げてしまう。僕を照らす太陽が、隠しきれてないぞって嗤ってる気もする。
またもひとつ息を吐いてから、もう一度彼女に目を向ける。両手に袋を提げているのは、彼女の運営する協会とその孤児院での食料だろうか。まぁ何人も子供たちがいるから、きっとそうだろう。
「あ、そうでした。エリス様」
「うん、何かな?」
「その節は、本当にありがとうございました」
……一体全体どの節だろうか。孤児院に寄付したことかな……?
「あぁ、孤児院に寄付したこと?」
「いえ、あぁそちらもそうといえばそうなのですが」
……はて?何のことだろうか。
そんなことを考えていると、彼女の目が少しだけ開いて、キラリと妖しげな光を湛えた。
「ガルド教を、国教として下さったことです」
「あ、あぁ、いや。喜んでくれたのなら何よりだよ」
いけない。これはいけない。どうにかしてこの話題から逸らさなければ。とりあえず、やんわりと受け止めてから考えることにしよう。そう思った時……狂信者の顔を覗かせ始めてしまった。
「野菜や卵、牛乳なんかはリオがくれるんですよ。お礼を言うと、毎回作りすぎちゃってとかなんとか同じような不器用な言い訳をしながら」
「あぁ、彼は不器用な方だから」
「そうそう、るーちゃんとそのお友達は珍しい果物や魚をくれるんですよ?お姉さんだからって森の中に入って。そしてそれをお友達が早朝から届けてくれるんですよ?」
「レグナントさんは健気で優しいよね、お友達の方々も」
「ハルなんかは片っ端から魔方陣を描いてくれて、建物の補強や室内の温度を一定にしたり、売り物の魔術具をくれたり」
「彼女は賢者に最も近い魔女って言われてるからね」
「シェーナは各地の玩具や楽器で遊ばせてくれるんですよ、良い経験になるでしょ?って」
「流石に渡り歩いた経験が段違いの方だよね、感心しても仕切れないよ」
「そして……認めたくありませんがエルルムはこの国でもトップクラスの献金額ですし。どこからエリス様と同じくらいの金額を用意しているのやら……」
「ははは……えっ、僕と同じくらいの金額?」
それまでの彼女の怒濤の話ですらすっぽ抜けていく程の衝撃が僕を襲ってきた。え、本当にどうして?僕は国の予算を割いているのに……それに匹敵……?
それによくよく考えてみれば、彼女の孤児院に足りないものは一体何なんだろう……。食料はリオとレグナントさん、設備はアリスさん、経験はシェーナさん、そして金銭は僕とノノンノ君。クレアさんは治療と学があるし……うーん、この国で一番陥落しづらい建造物は、ガルド教の教会かもしれないなぁ。巡回するレグナントさんのお友達だって、何故か教会を中心にしてグルグルしているみたいだし。
「でもそれよりも必要としていたのはエリス様なんですよ?」
「へぇ……え、そうなの?えっ?」
鏡でも見たら、きっと今の僕の顔は酷いだろう。それらを蹴ってまで、僕の支援が大切だといっていた。別に僕の後ろ楯がなくても大丈夫そうなのに……
「あ、今後ろ楯は要らなそうって思いました?」
「え、あはは……顔に出ちゃってた?」
「はい。エリス様は嘘がつけませんから」
いやぁ……まいったなぁ。こんなんじゃ外交の時に苦労しそうだ。いっそのこと、仮面でも被った方がいいのかもしれない。
「エリス様。どうしてエリス様が必要だったと思います?」
「お金……は、僕がいなくてもノノンノ君がなんとかしそうだし……食料や設備も困ってないよね……。いや、全くもって分からないなぁ……」
「ふふっ、それはですね……」
それはもう、屈託の無い笑顔でこう言った。
「ガルド様が一番に認められなくては、この国に布教ができませんから!」
……あぁ、狂信者だ。
「あ、あぁ、なるほど」
「どうしても……どうしても必要だったんです!国王からの言葉が!認可が!他の宗教に対抗するために……いや、塗り替えるためには!」
「あの、落ちつい」
「あの忌まわしき初典式や天上崇拝などではなく!あの胡散臭いだけの奇跡の手を持つとされるカルト集団ではなく!そう、我らがガルド様の信仰のためには!」
「いや、あの」
「うふふっ……リオたちもガルド教の信者ですし、これ以上ない広告塔です!」
「えっと……」
「あとは根っからのガルド教の信者にしなくては……」
「……」
ヤバい。これはヤバい。目が段々と開き始めてる。金色の瞳孔ガン開きの双眸が覗き始めてる。あぁ……ノノンノ君に当たる時を抜いたら、あの時以来だなぁ……嫌だなぁ……
「ふふっ、ふふふふふっ……あっ、失礼しました。少し取り乱してしまいましたね、わたくしとしたことが……」
……え?少し?
「ところで、エリス様は今日、息抜きに下町にいらしたのですよね?」
「あ、えっと、えぇ、そうなんだよ。些か書類やらなんやらに飽き飽きしちゃってさ」
「ふふっ国王となれば大変ですね」
「うん、まぁね。それでも、僕が望んだ道だからね」
雰囲気が変わった彼女に、少しだけ肩の力を抜いてそう告げる。
「大丈夫ですよ、もう国民はエリス様に心酔していますから。これまでの道は全て正しかったのです。きっとガルド様もお喜びでしょう」
「はは……だとしたら嬉しいかなぁ」
国民が……そして一応ガルド様も、僕のことを認めてくれている。その言葉だけで、僕はまた、もう少し頑張れそうな気がする。そうだ、頑張れ、僕。
「ですが……エルルムは分かりませんが、他の四人は未だにエリス様が国王と気付いてないのは問題ですよね」
あぁ……それは本当に問題だなぁ……




