神様ほど理不尽な奴はいない
やや湿っていて冷たい土の感触。風が全身を撫でるように吹き抜ける。生い茂る葉は風に揺られて嬉しそうに歌っている。
(…ここは?)
少女は自分が眠っていた事に気が付く。
(……起きよ…!?)
ズテンッ!!
少女は前のめりに、盛大に、こけた。
「いたた…。」
(まだ寝ぼけてんのかな…私…。)
手を地面について体を持ち上げれば、起き上がれる筈だった。
というか、普通はそうだ。少女は今度こそ起き上がろうと、手を前に突き出そうとする。
圧倒的空気抵抗 圧倒的不自由さ
少女は恐る恐る顔を右に向ける。
「うぎゃ!?」
光っていた。しかも、虹色に。
少女の寝起きの目には痛いほどしみた。
そしてそれ以上に問題だったのは……。
「手じゃなくて羽だよね…これ…。」
本来腕があるべき場所に、代わりに大きくて立派な翼があった事だった。
(夢…だよね…?)
少女は急激に不安になり、微睡から抜け出す。
「よしよし、プラスに考えよう。私は飛べるようになった、と。…そうよ、足があれば立てるも……。」
足は、あった。
ただし……。
「鳥の…足やん…。」
よく見ると、下半身全てが鳥のものになっていた。つまり正確に言うなら鳥の脚だ。
「あ~……思い出してきた…。」
そう、彼女は転生者だった。
時は彼女が5歳の頃まで遡る。
彼女、神崎翼彩には、普通の人には見えないものが見えた。
幽霊や妖怪、そして精霊。
彼女はよく自宅の近くの神社で一人で遊んでいた。
人ならざる者が見えるというということは、家庭でも幼稚園でも彼女を孤立させたのだ。
そんな少女は、ある日消えそうな光を見つけた。
「かわいそう…。」
それは、少女ならではの純粋な思い…。
彼女は5歳児なりに、必死にそれを…精霊を保護した。
その甲斐あってか精霊は見る見るうちに元気になった。
「わ~い、ピカちゃん、元気になった~!!」
数日に渡る看病の末、すっかり仲良くなった精霊は、少女の唯一の友達となり、共に過ごし、共に遊んだ。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。
彼女の前に、神様が現れたのだ。
それは、神社に祭られている神様よりも、ずっと大きく、光輝いていて、猛々しかった。
「だぁれ?」
「神様だよ。」
そんなことは、少女にもわかった。
そして、少女には嫌な予感がしていた。
「何しに来たの?」
「その子を連れ帰りにきたのさ。」
わかっていた。そんなことは。だが、少女の友達はその精霊だけだった。
「やだ!ピカちゃんは渡さない!!」
「ピカちゃん?それがその精霊に付けた名前なのかい?」
「せーれい?」
5歳の少女には、精霊などわかるはずもなかった。
ピカピカ光っているからピカちゃんと呼んでいたのだ。
「ふむ…。でもね、この子もお家に帰らないといけないんだ。」
「やだ!」
小さな子特有の頑固さと傲慢さに神様は苦笑する。
「う~ん…でも、この子はどうしても、帰らないといけないんだ。」
神様は思案する。
「そうだ、この子を助けてくれたお礼だ、何でも一つ、願いを叶えてやろう。」
「お願い事?」
「そうだ、何でも、どんな願いだって良い。人気者になりたいとか、お人形が欲しいとか、友達が欲しいとか、小説家になりたい、とか……。」
「しょーせつか?」
「あ、いや、何でもない、ただの小ネタだよ…気にしないでくれ…。」
「え~とね、鳥さんになりたい!虹色でね、キラキラしててね、それでね、それでね、…!」
(友達じゃないのか……。)
「と、鳥さんになったら人間とはお話出来ないし、まず、お人間とは友達になれないかもしれないよ?」
「それはや~!でも虹色の鳥さんにもなりたい~!」
「ん~…わかった。だけど、それは君が大きくなってからにしよう。」
「あ、嘘つきだ!」
「本当だとも!約束だ!!」
「ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとだ。」
「絶対に?」
「絶対に、だ!!」
「そのときはピカちゃんにも会いたい!」
「わかった。では、人間でもあり、虹色に輝く、大きな翼をもった鳥さんで良いんだね?」
「そんなこと出来るの?」
「神様に不可能なんてないのさ。」
「すご~い!!」
そんな会話をして、神様と別れた。
5歳の頃の、夢のような記憶なんて、覚えていられる筈がない。
そして10年後。
少女は高校生となっていた。
「あ~…暇です…。とっても暇です。」
少女はポツリとそう呟いた。
バックも持たず、片手にブックカバーを付けた本だけを持って少女は散歩をしている。
見てくれだけなら完全に文学少女なのだが、彼女はラノベしか読んだことがなかった。
「ブックカバーは人類の英知の結晶ですね。」
感受性が強すぎるためか、人に気を使ってしまう癖がついているためか、原因は不明だが、彼女は他人といると酷く疲れ、いつしか興味は目に映る謎の生物や物体へとシフトしていた。
高校では人付き合いはしないと決めた彼女は、本を読みまくることで人を避けることにしたのだ。
しかし、文豪と呼ばれる人達の書いた小説も、有名な賞を取った小説も、彼女には合わなかった。
というか、小説自体、文字を読むこと自体が好きではなかった。致命的だ。
そして、行き着いたのがラノベだった。
「私、主人公の素質ありそうなんですけどね。友人なんていないし、未知のものが見えるし…。」
しかし、高校生活が始まって数か月、何の出会いもない。
流石にそろそろ、誰かこいつら使って世界征服でもしてくれよ、と思うくらいであった。
「物知り老婆ポジはごめんだよ…。」
彼女は今日も神社の木陰で本を開く。
「あぁ…異世界かぁ…行ってみたいなぁ…。」
ピカーーーーー
「その言葉を待っていた!!」
眩い光を纏って神様が降臨した。
「マジですか…。」
「なんだその反応は?もう少しなんかないのか?」
そんなことを言われても、少女は未知には慣れ切っていた。
「あ、ほんとに行かせてくれるのですか?異世界に、あ、なら出来れば魔法がある世界がいいです。」
「相変わらずだな、もう少し敬えよ。」
「相変わらず…?」
少女は謎のデジャヴ感こそ感じてはいたが、記憶にはなかった。
神様はポリポリと頭を掻きながら教えてくれる。
「確かお前が5歳くらいの時に、うちの精霊を救っただろう?覚えていないか?」
「そう言われれば…?」
(5歳の時の私ナイス!!)
記憶が曖昧なままに、彼女は5歳の頃の自分を褒めた。
「だが、この世界に心残りはないのか?」
「ないです。」
「即答!?ほら、ご両親とか、ゆ、友人?…とか。」
友人について気まずそうに神様が聞いたのは、恐らく彼女に親友と呼べるような、いつも一緒にいる子がいないことを知っていたからだろう。
「ないなら、アフターケアはしておくが…。」
「よろしくお願いします。」
彼女は人生で初めて神に頭を下げた。
「それにしても、いいのですか?神様が一人の人間にこんなに肩入れして。」
「そのことなんだが、ちょっとな。え~と、この世界で変なものが見えてるのはお前だけだ。その、ちょっとトラブルというか、ミスがあってな。まぁ、私の責任だ。それで、それがお前さんの人格形成に結構大きく関わってしまったのが申し訳なくてな。」
「貴方のせいですか!」
そりゃあ何もイベントが起きなかったわけだ、と一人納得した彼女であったが、神様と話す、というイベントの真っ最中であった。
「で、10年がかりでお前の新天地での肉体を用意したわけだ。その体では向こうの世界では生きていけんからな。」
「ありがとうございます。」
感謝はしたものの、少し違和感があった。
「10年もかかったのですか?」
神様が肉体を作るのに10年もかかるものだろうか、と。
「普通は母体に任せていることだからな。それに、成長した魂にあった肉体を寸分違わずに作らなければならないというのは骨が折れる作業だったぞ。さらに、お前さんのリクエストに合わせるとなると、そりゃあ10年もかかるわ!」
「リクエスト?」
「ほら、虹色の鳥さんになりたい、けど人の友達も欲しい、みたいなこと。」
「え!?いや、転生、鳥に!!?」
「いや、ハーピーってわかるか?あれだ。丁度いい世界があってな。」
「に、虹色って、目立つ感じですか。」
「向こうに行ったらわかるさ。」
「因みに拒否することは?」
「神罰下すぞ☆」
「に、」
「に?」
「にぎゃ~~!!??」
「喜んでもらえたようで何よりだよ。」
「喜んでないですよぉぉぉぉぉ!!!」
そして彼女は転生の間へと強制連行された。
転生の間、というよりも部屋だ。
部屋というよりも研究室に近い。
「あぁ、転生の間っていうのは雰囲気を出したかっただけだ。人間が神と呼んでいる我々は、実際には様々な条件下による生物の発達や発展について調べているただの学者のようなものなのだ。お、来たか。」
光る球体が少女の周りをクルクルとまわっている。
「お主に救って貰った精霊もまた、我々の目となり世界を観察する役割を持っている。」
「えっと…。」
「ピカちゃん、だろう?」
神様は吹き出しながらそう言ってくる。
少女からしたらただの黒歴史だ。
彼女がううぅとうなっていると、神様が口を開いた。
「…で、だ。私の悪ふ…じゃなかった、会心の作品を纏うにあたって、何かオプションを付けたいのだが、意見はあるか?」
「今、なんて言いかけました!?」
とんでもない言葉が聞こえた気がしたが、この際もっと重要なことがあった。
転生といったら、定番の神様から貰えるチートスキルだ。
「そうですね、まず、どんな言語でも理解し、話せ、書ける翻訳能力が欲しいですね。それから…」
「わかった、では、達者でな。」
「え、ひと…」
そこで、意識は途絶えたのだった。