プロローグ「まだ見ぬ故郷」
現地時間AM4:52
戦場には似つかわしい程に小柄な少年が自分の体程あろうという銃を抱え、
爆撃の戦場を駆け抜けながら、的確に敵の脳天を一発で射抜いてゆく。
走っては撃つ。この繰り返し。
今回のミッションに参加しているのは15名。今までにも多くの作戦を実行し、作戦がひとつ
終わるたびに、胸に下げているタグプレートがひとつずつ増えて行き、
プレートが増えるごとに、施設の空き部屋の数が増えていった。
ついさっきの定時連絡によれば、すでに5人の仲間が殺されている。
だがあと数分、この前線をもたせる事がえきれば空からの砲撃部隊によってケリがつく。
少年は瓦礫の影に身を隠し、最後の弾倉を腰のバックパックから抜き取り、銃に装填し、
間髪いれずに撃鉄を起こす。
遠くでは流れ星のように敵の砲撃弾が宙を舞い、交差するように仲間達の弾丸が火の粉の
様に飛び交う。
もう10数年、同じことをしてきたが、いつまでたっても戦場には慣れなかった。
常に何のためらいもなく敵部隊の装備をつけている人間は容赦なく殺すことができた。
でも、作戦が終わり、われに返ると胃液が出るまで吐き続け、
時には救いだせたはずの仲間を見捨て、時には仲間の骸に手榴弾を仕掛けて囮に使い、
敵の殲滅と自分が生き残ることに全てをかけた。
弾倉の装填を完了し、次の行動にうつるタイミングを見計らっていると敵の砲撃を背に
こちらに走ってくる影を見つけた。
「ライリー!俺はここだッ!!」
銃声が飛びかう中で自然と大声になり、ペンライトで男の方を照らすと男はさらにスピードをあげ俺の横へ滑り込んできた。
男は肩で大きく息をして、額に締めていたバンダナをはずすと出血している左の二の腕に
締めた。
「撃たれたのかッ?!」
「あぁ!でも弾は貫通してる!お前は無事か?!」
ライリーもバンダナを締めるとすぐに残弾の確認をする。
これだけの爆音の中でもはっきりと聴こえる舌打ちだった。お互いに残弾は少ない。
敵の砲撃音が確実に忍び寄ってはいたが、戦場の真っ只中で仲間に再会できた安堵から
二人も肩から銃を下ろし、大きく呼吸を続ける。
正直、もう動く力も、この最後の戦場を生き延びる気力すらも失いかけていた。
「なぁ、ソウ。お前この作戦が終わったらどうするつもりだ?」
呼吸が落ち着いてきたのかライリーが口を開く。
「まだ何も決めてない。ついさっき言われたからな。お前は?」
俺はまだ息が上がっている。射撃は得意だが、前線での作戦行動はあまり得意ではなかった。
「俺はこの機会にニッポンに行こうと思ってる。」
「ニッポン?」
ニッポン、今俺達二人がいる場所からは反対の位置にある島国。
何よりも戦争が無い国。
俺の故郷だと聞かされていたが、行ったことなど一度もなかった。
「あぁ!ニッポンに行ってダイナーを開くんだ!昼間は軽い食い物を出して、夜はディナーと酒を出す店にする!」
ライリーは身振り手振りを交えながら話し始めた。コイツの癖だ。
「お前は料理が美味いから!きっと流行る!」
さっきよりも更に近づいてきた銃声に脳よりも体が反応して銃を構える。
銃身の熱が手のひら伝わり、額から流れた汗が落ちる。
「お前に相談なんだが!その店でお前をバーテンダーとして雇いたいんだ!」
「俺を?!」
ライリーも銃を手元に戻し、瓦礫越しに敵動きを見始める。
「お前は人付き合いは最低だったけどなぁ!射撃の腕と酒を作る腕はナンバー1だと思ってる!」
そのとき、俺達の頭の上を援軍のF-16が飛んでいく。
もうまもなく、この戦いも終わる。
「二人とも生き残れたら考えてやる!」
「OK!」
F-16の銃声音を合図に俺達は再び、瓦礫の影から敵陣に向かって駆け出した。
20世紀末、先進国が戦争とは無縁の生活をする人々であふれ、豊かな生活を送る一方で、
俺は傭兵として戦場へ赴き、自分の生きてく糧を得ていた。
もう、戦争などしたくはない。もう人殺しなどやりたくはない。
もしもこの世に神と呼ばれる者がいるのなら、一度でいい。
俺に普通の暮らしを・・・