17話 叫び
窓の外を見ると、まだ太陽は昇っておらず、薄暗い。
忠勝は他の客を起こさないようにと、そっと宿屋を出ると、ルーデウスの店に向かっていた。
「いよいよか...」
ルーデウス商店に着きと、扉を開けようとするがで開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。
どうしたものかと忠勝が下を見ると、扉に紙が貼り付けられているのに気づいた。手紙のようだ。
忠勝がおそらくルーデウスからの手紙だろうと、手に取り、手紙の封を開け、見てみると、
『忠勝さんへ
問題がおこったようなので私は大門へと行かなければなりません。来ていただいてすいませんが、防具は門の前でお渡しいたします
ルーデウス』
と、書かれていた。
何か問題が起こったようで、ここにはルーデウスはいないようだ。忠勝は手紙を読み終えると、門に向かって走り始めた。
忠勝が門に着くと、すでに多くの冒険者らしき者たちが集まっていた。中には昨日行くのをやめると言っていた者の姿もある。というより、ここに集まっている冒険者は、街にいるほとんど全てではないか。そう思えるほどの人数が門の前には集まっていた。総勢にして50人程だろうか。
「...こいつら、昨日は来ないとか言ってたやつらだろ?何で全員いるんだ?」
「おお、タダカツさん!来てくれましたか!」
集まった人数に圧倒されたように呟く忠勝に、後ろから声をかけてくる者がいた。振り返るとそこにいたのは、小太りの小柄な男。ルーデウスだった。
「ルーデウスさん、何かあったんですか?」
「実はですな.....」
忠勝が何かあったのかと聞くと、ルーデウスは答え始めた。
冒険者達が門に集まるより前、偵察に出ていた冒険者パーティの1人がギルドに駆け込んできた。その男の報告によると、今朝ゴブリンの集落を偵察していたパーティが、ゴブリンの大群が集まり、武器を持って集落を出てくるところを確認。どうにか仲間が足止めをしている間に、自分だけが報告のために逃げてきたという。
つまりは、ゴブリン達ははすでに街へと進行を開始している。今日集落に攻め込む予定だった冒険者達より一足早く、ゴブリン達が攻め込んでくるということだ。
そのため、昨日までは行かないと宣言していた冒険者達まで強制的に招集され、街を守るための戦闘準備をしているのだという。
「タダカツさんの防具はこちらです」
ルーデウスは説明を終えると、忠勝に修理された防具を渡した。切れていた繋ぎ目だけでなく、細かな傷まで修復され、忠勝には新品同様に見える。
「...!ありがとうございます!」
忠勝が予想以上の出来に驚きつつ礼を言うと、ルーデウスは普段通りの笑みを浮かべこう返した。
「いえいえ、この街を守ってくれるのですから。商人として当然の仕事ですよ」
ルーデウスはそう言うと、まだする事があると言って忠勝のそばを離れていった。
忠勝が手持ち無沙汰に歩いていると、遠くに魔法使い帽が揺れているのが見えた。そちらに歩いて行くと、忠勝の思った通りそこにいたのはキャンディだった。
「おーいキャンディ!」
忠勝が声をかけると、ビクッとしたようにキャンディが振り返った。どこか顔は眠そうだ。
「珍しいな、今日は起きられたんだな」
「.....忠勝、おはよう」
「ああ、おはよう」
憎まれ口もスルーし、挨拶をしてくるキャンディに忠勝も返す。
「バル達は一緒じゃないのか?」
「....いつも一緒じゃ..ない」
忠勝がバル達がいないのに気づき、聞くと、キャンディは少し不機嫌そうに答えた。キャンディは黒の炎のメンバーとは別行動で戦闘の準備を整えていたようだ。前衛職の3人と後衛職のキャンディでは必要なものが違う。そのため、今回は時間もあまりかけられないということで、別行動をとっているらしい。
「そうなのか?...準備って何を用意してたんだ?」
「...杖の調子を確かめたり、マジックポーションを用意したり.......もう終わった..けど」
キャンディは忠勝の質問に答えると、最後に付け足すように自分が現在暇であることをアピールする。忠勝はそれを聞くと、いつも通りの調子で、
「なら、一緒にバル達を探しに行くか」
と言った。
キャンディは忠勝からの誘いに嬉しく思いながら、目的が仲間探しということもあり、不服そうな顔で、
「..ん」
と答えた。
忠勝とキャンディが今回の依頼について話しながら歩いていると、バル達3人を見つけた。忠勝が声をかけようと近づいていくと、
「だから、こっちのがいいんだって!」
「いや、こっちだつってんだろ!」
またアッシュとギルダーが喧嘩しているようだ。今回は携帯食をどちらのものにするかで揉めているらしい。バルは近づいてくる忠勝達に気がついたようで、困った顔で忠勝達を見ている。普段からの苦労が伝わるようだ。
「おーい、アッシュ、ギルダー!」
忠勝が声をかけると、2人も喧嘩を一旦喧嘩をやめる。
「おお、タダカツ」
「あ、タダカツさん」
「おはようタダカツさん」
「ああ、おはよう」
忠勝は挨拶を返し、会話に入っていく。キャンディも混ざって、5人で話していると、門の方から、
「冒険者諸君!集まってくれ!」
と声が響いた。
忠勝達は門へと集まる冒険者達に流されるように歩いていく。
ちなみに、携帯食は皆が話している隙にギルダーが自分の選んでいたものを購入している。
門に皆が集まるとギルドマスターが話し始めた。昨日と違い、大剣を持ち、防具を身につけた身体からは、歴戦の勇者といったような雰囲気を放っている。そういった雰囲気の所為か、荒くれ者も少なくない冒険者達も皆押し黙り、ギルドマスターの話に耳を傾けていた。
「皆よく集まってくれた!ギルドマスターとして礼を言おう。...では現在の状況について説明をする。現在、ゴブリンキングを含む魔物の大群がこのランタナに向かって進行しておる。
すでに近くの街へ向けて援軍要請は出しているが、援軍が来るのは早くとも2日後と言ったところだろう。2日後に援軍が来たところで間に合わん。
儂等は自らの手でこの街を守らねばならんのだ!皆戦ってくれ!この街を守るために!」
「「「「「「おぉぉー!!」」」」」」
ギルドマスターが話を終えると、皆、闘志を漲らせるように叫び、剣を掲げた。普段は大人しいバルですら剣を掲げ、叫んでいた。1人叫んでいない忠勝が浮いているくらいだ。
忠勝がどうしたものかと辺りをキョロキョロとしていると、防壁の上にいた見張りから
「きたぞー!」
と声が上がった。
忠勝が目を凝らして見ると、姿までは見えないが、確かに遠くに薄っすらと何かの影が見える。
「数は⁈」
ギルドマスターが叫ぶと、何かのスキルを使ったようで見張りが驚いたように呟いた。
「数....そん..な..500強」
「何だって?」
呟くような声は周りの冒険者達の声にかき消されギルドマスターへ伝わらなかったようだ。ギルドマスターがもう一度聞くと、今度は見張りは叫ぶように答えた。
「500です!500強!」
「な⁈」
皆の表情に絶望が浮かぶ。
事前の情報では300強と知らされていたのだから無理もない。300であっても十分驚異的な数であったのだ。
改めて知らされた圧倒的な戦力差の前に集まった計56人の冒険者が、皆暗い顔で黙り込む。
「大丈夫だ!」
響いた声に皆が顔を上げると、忠勝がギルドマスターの大剣を奪って、片手に掲げ叫んでいた。
「こっちだって50人を超える冒険者がいる!1人10匹倒せばいいだけだ!」
忠勝があげたのは、相手との人数差を考えない、ただの暴論。だが暴論であっても、突然の叫びと片手に掲げるられた大剣もあって確実に皆が忠勝に注目している。
忠勝は地球で会社員として生きていたが、決して人付き合いが得意ではない。むしろ苦手な方だろう。現に今も皆から注目され、内心緊張し、胃からこみ上げてくるものを感じている。だが、忠勝はそれを無理やり押さえ込み、再び叫んだ。
「お前らはすごいやつらだろ⁈こんな国の端の街に拠点をおいて!戦ってきたんだろ⁈」
この街、ランタナは隣国である戦国アヴァロニアとの国境付近に位置する、いうなれば辺境の街だ。一番近くの街ですら移動に2日かかるほどに。
確かにアヴァロニアとは現在戦争中ではないが、それはこの街が安全ということではない。小さないざこざは戦時中でなくとも起こる。むしろ他の街と比べれば、辺境ゆえに魔物も多く、戦闘の機会も多い。そんな街でこの冒険者達は生きてきたのだ。弱いわけがない。
これは忠勝がこの街に来て感じてきた素直な気持ちだった。忠勝は拙い言葉でただ叫ぶ。
「お前らは強いよ!ゴブリンなんかよりずっと!雑魚を10匹倒すだけで、金貨10枚だぞ⁈頑張ろうぜ!」
忠勝自身も何がしたくて、自分が叫んでいるのかよくわかっていない。当然多くの冒険者達は、こいつは何を言ってんだと感じている。だが、中には忠勝の拙い言葉を熱く感じるものもいる。その1人アッシュが叫んだ。
「そうだ!俺は強い!」
それに答えるようにギルダーが叫ぶ。
「そうだ!やるんだ!」
そこからは叫びに感化されるようにあちこちから声があがる。最後には大歓声となって辺りに響いた。
更新遅くなりました。
よろしくお願いします