9話 不安
ーー亜人
この異世界アベルに於いては人間と魔族以外の人種をさしている。酒場の亜人ウエイトレスの様子を見る限りでは普通に人に交じって生活しているようだ。ローリーの話では中には亜人を差別している者もいるらしいが...
忠勝はローリーから亜人宣告を受けた夜、宿屋の自室でベッドに腰掛け、自身について考えていた。
「....とりあえず変身してみるか」
変身後の姿を見ないことには仕方ないと考えた忠勝は、部屋に掛けられた鏡の前に立つ。そこには赤髪のイケメンが映っている。
忠勝はスキルを発動しようと意識する。だが、以前の突進の時のようにすぐには発動しなかった。さらに意識を集中すると、
「...!ウゥゥッ」
瞬間全身の血が熱くなったような感覚が走り、思わず目を閉じる。
熱い....熱い...熱い..
忠勝は全身が燃えているかのような錯覚さえ覚えた。熱さに耐えかねてうずくまり、ただもがく。
何分経った頃だろう、気づくと忠勝の全身の熱さは完全に収まっていた。忠勝はひとまず安心し、息を荒くしながら立ち上がる。
ハァハァ
「なんだったんだ?......!」
立ち上がった忠勝が見た鏡には、見覚えのない人が映っていた。いや、正しくは人のようなもの...伸びた白髪、浅黒い肌、肉食獣のように伸びた犬歯、そして何より頭から生えた二本の角......
鏡に映る忠勝は『鬼』となっていた。体も一回り大きくなったように感じる。
「...鬼.....鬼人族か...」
変わってしまった自身の姿を見ていると、何か漠然とした不安が溢れてくる。
ーー鬼になった...人間をやめた...以前の自分は消えた...
不安が溢れて止まらない。一度不安になると嫌な考えばかりが浮かんでしまう。何が悲しいのかはよくわからない。
ただ漠然とした不安.....それが溢れて、忠勝の頬を静かに伝う。ベッドへと腰掛け、胸の内を整理しようとするが、整理しようと考えるほどに大きくなる不安。
どれほどの時間そうしていたか、気づくと忠勝は横になり眠ってしまっていた。
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窓から射し込む光が顔に当たり煩わしそうに目を覚ました。どうやら朝のようだ。
頭が重い、が感情を抑えず泣いたおかげだろう。気分は昨晩より幾分かマシになっている。
忠勝が起き上がり鏡を見ると、いつの間にか人間の姿に戻っていた。
「よかった...」
戻り方もわかっていなかった忠勝は姿だけとはいえ人間に戻れたことに安堵する。変身には制限時間でもあるのだろうか。
guuuu
「お腹空いたな....」
ひとまず安心すると、昨晩ごはんを食べずに寝てしまったことを思い出し空腹を自覚する。
食堂は下にあったなと考えながら扉を開けて部屋を出た。
下に降りるとすでに食堂には数人の男達が座り朝食を食べているようだ。あたりに焼きたてパンのいい匂いが漂っている。
「おはよう!」
「おはようございます」
朝から女将が元気に挨拶してくる。
「あんた昨日はあのまま降りてこなかったからどうしたのかと思ったよ」
「すいません、疲れてたのかあのまま寝てしまって..」
「ハッハッハッ!まぁ元気ならいいさ。お腹空いてんでしょ?」
「昨日の夜の分も豪華なもん出すから期待してあっちに座っといで」
「はい!ありがとうございます」
食堂の席に座り料理の到着を待つことにした。あたりに漂う匂いが余計に食欲を刺激してくる。
忠勝が、すでに朝食を始めている者達を羨ましげに見回しているとハンナがいた。給仕をしているようだ。しばらく見ていると、ハンナが忠勝に気づき駆け寄ってきた。
「タダカツさん!昨日はどうしたんですか?」
「おはようハンナ。昨日は疲れが出たのかあのまま寝ちゃってな」
「そうなんですか。もう!どうしたのかと思いましたよ」
「ごめんごめん。気をつける」
「そうしてくださ「随分と仲が良さそうだねー」
振り返ると女将がたくさんの料理を持って立っていた。不気味なほどの笑顔を浮かべて...
「お母さん.....そうなの!年も近いから気が合っちゃって!」
「そうかい、客と仲がいいのはいいことさ、でもね.....こん忙しいときに手止めて喋ってんじゃないよ‼︎」
「ごめんなさ〜い」
女将さんの怒鳴り声に食堂にいた全員が振り返った。だが、皆「いつものか」と言った様子で食事に向き直る。どうやらハンナが怒られるのは日常茶飯事のようだ。怒られたハンナは急いで厨房の方に消えていった。
「大声だして悪かったね。あの子も愛想はいいんだけどね〜」
「大丈夫ですよ。朝から元気もらいましたし」
「そうかい?ありがとうね。さ、料理だ食べとくれ」
女将にドン!っと机に置かれた料理は朝から食べるような量ではなかった。
「......わー美味しそう」
嘘ではない。料理からは美味しそうな香りが漂っており、空腹の忠勝はすぐにでも噛り付きたいほどだ。
それが2キロほどの肉の塊や、5人前はありそうなパスタでなければ...
先ほどの言葉を訂正しよう、机に置かれた料理は人が食べるような量ではなかった....
「だろう?どんどん食べな」
「...でも..ちょっと量が...多いかな....なんて」
「あんた冒険者なんだろ?ならしっかり食べないといざってとき動けないよ!」
忠勝がこれが冒険者の普通なのかと周りの席を見渡して見るが、他の者に用意された料理は普通の朝食よりは多いようだが食べきれないようなものではない。
周りの冒険者の顔を見ると、可哀想な者を見る目で忠勝を見ている。どうやらこれは、新米冒険者がこの宿で受ける洗礼のようなものらしい。
忠勝は覚悟を決めた...
「...そうですね。..頑張ってみます!」
と言って、肉の塊に噛り付く。
「!」
瞬間、口の中に広がる肉汁の海、暴力的なまでの野生的な肉の旨味、それらを中和するように香る香草、ひとつの料理の到達点をそこに見た。
「.....うめぇ」
無意識の内に忠勝の目から涙が流れた。
思えば、忠勝が異世界に来てからまともな食事をしたのは今回が初めてだ。今までルーデウスに貰った干し肉でごまかしてきた空腹が強烈な刺激で呼び起こされたかのように溢れてくる。
「うまい....これも!....最高だ......」
そこからは無心だった。ただ食べる、食以外の全てを捨てただ没頭する。
山のように積まれていた料理が消える頃、忠勝の中の不安もまた消えていた。うまい料理という物はそれだけで心を埋める要因となりえるということだろう...
大量に料理の盛られていた皿が空になったのを見た女将が嬉しそうに忠勝の背中を叩く。
「あんた、やるね!まさか食べ切れるとは思わなかったよ」
どうやら女将としても、食べ切れないだろう量を出してきたようだ。
忠勝としても食べ切れるとは思っていなかった。鬼人族になった影響で胃袋も大きくなったのようだ。
「あんた気に入ったよ!これからは食事はこのくらいの量でいいね?」
そう言われて忠勝は自分のお腹をさする。忠勝の感覚としては満腹感はあるが苦しいということはない。これなら大丈夫だろう、と判断した忠勝は
「はい、大丈夫です」
と答えた。
その返答のどこが面白かったのか女将が笑い出した。
ハッハッハッ
「そういえば名前を聞いてなかったね。あたしはアンナっていうんだ。あんたは?」
「忠勝です」
「タダカツかい。...あんたはいい冒険者になる!あたしが保証するよ」
ざわざわ...
忠勝は突然そんなことを言われて驚いた。
だが、そんな忠勝以上に驚いている者達がいた。周りの冒険者達だ。
このとき忠勝が知る由もなかったが、このアンナという女将は多数の高ランク冒険者の初心者時代を世話してきた人物であり、アンナに認められた者は例外無く大成するというジンクスまである。そのため忠勝は依頼を一つも達成しないうちに注目されることとなった.....
今回少し、描写を多めにしてみました。
どうでしょうか?
よければ感想いただけるとありがたいです。
読んでいただきありがとうございました