熱い日
太陽が熱い。こっちはとっくに降参してるのに、これでもか、これでもかって陽射しを注いでくる。雲さえ押しのけて力いっぱい輝くから、プールサイドは飛びあがるほど熱々だ。
水着を忘れて授業に参加できない僕は、唯一の日陰である屋根のついた物置場で見学してるというのに、全身から汗をにじませている。体育座りしようと組んだ腕が滑って、ちゃんと座っていられない。先生に何度も注意されたけど、どうにもならない。
水に触れることを許されない僕の目の前で、クラスのみんなが冷たいプールに手足を伸ばして気持ち良さそうに泳いでいる。友助がこっちに指先で水を弾き飛ばしてきた。
「太陽のおかげで最高のプール日和だ。和季も水着を忘れなきゃ泳げたのにな」
ニヤニヤしやがって。嫌がらせにムッとしたけど、あまりの暑さに怒鳴る気力も汗に流れていった。
それにしても、よくも楽しそうに笑っていられるものだ。陽平がいないのに。
僕と友助と陽平は、3人でよくつるんでいた。小学三年に進級したばかりの四月に陽平は病気で亡くなった。たった一年前のことだ。クラスで人気者だった陽平を見送るとき、みんな鼻をすすって泣いたりしていた。
それなのに、友助もクラスメートも、もうあんなにプールに夢中になっている。薄情者め。陽平のことを忘れてしまったんだろうか。何事もなかったように笑ってる。
僕は陽平がいなくなってからずっと寂しくて悲しいままだ。頭がぼぉーっとして忘れ物が多くなったし、手足がだるくて動くのがおっくうなくらいだ。友達を忘れるなんてありえない。
僕だって陽平の分まで生きなきゃいけない、苦しくたって無理矢理笑っていなきゃいけないって努力したこともあった。けど、余計に苦しくなってうまく笑顔を作れなかった。
だって申し訳ないだろ。陽平はもうプールで泳ぐこともできないのに、僕らばかり楽しんでていいのか?陽平だって泳ぎたいって言うさ。でも、それはできないんだ。僕らだけ楽しんでちゃいけないはずだ。
陽平のことを考えれば楽しんじゃいけないし、笑ってちゃいけないはずなのに、どうして友助はあんな風に笑っていられるんだろう?自分さえ楽しければそれでいいのか?僕にはできない。陽平がイヤな気持ちになると思う。
放課後のサッカーもそうだ。毎日グラウンドに出てサッカーをする僕たちを見たら、陽平は何と言うだろう?
「和季!パス、パスッ!」
友助が呼んでいる。僕の方へサッカーボールが転がってきた。僕は不満をわからせようと、思いっきり足を振り上げた。その分、空振りしたから恥ずかしかった。サッカーボールはゆっくりと僕の前を通過していった。
みんなに大笑いされる。そんなに笑わなくたっていいのに。うつむいたら地面に映る自分の影も背中を丸くしてカッコ悪かった。
「ドンマイ」
落ち込んでる人を見ると、背中を叩いて励ましてくれるのは陽平だった。次来るぞって走り出す陽平のおかげでシュートを決めた試合は逆転勝ちしたんだっけ。
僕より陽平の方がサッカーは上手いし、大好きだったのに、陽平より僕がこんなに楽しんでるなんて、ずるいって思われないかな。
「和季!?」
肩にボールが当たった。駆け寄ってきた友助をにらむ。
「痛いじゃないか」
「パスしただけだろ」
「あんな強いボールはパスじゃない」
「ぼーっとしてるから取れなかったんだろ」
上手くプレーできて楽しそうに笑ってる友助がうらやましくて腹が立つ。空振りした八つ当たりを友助にぶつけてしまった。
でも、友助だって悪い。陽平のことを忘れて楽しそうに遊んでるから。
僕はランドセルをつかみ、走って帰った。
友助のバカヤロー。陽平がいなくなって寂しい心が、友助のせいでもっと悲鳴を上げていた。
とぼとぼ帰っていると、スーパーマーケットの前で陽平のお母さんが立ち話しているところを見かけた。陽平がいなくなった後、あの人は青白い顔をして精いっぱい笑っていた。今では陽平の母親であることを忘れたかのように元気いっぱい笑っている。僕はイライラした。
「……よく平気で笑っていられるなあ。大事な息子じゃなかったのかよ……」
病院に陽平を見舞いに行った時、僕と友助はおばさんが廊下の隅で泣いているところをたまたま見てしまった。
真っ青な顔でくちびるを震わせて、目にいっぱい涙を溜めていたんだ。けど、陽平の病室に入る時は目元をぬぐって深呼吸して優しい笑顔を作っていた。
そうしてるとベッドにいた陽平もニコッて笑うんだ。僕も友助も真似して元気な顔で陽平に会う。
「和季、友助、俺がしんだら読むんだぞ」
照れくさそうに差し出してきた陽平の手紙を、僕らはそれぞれしっかり受け取った。僕はのどに言葉を詰まらせる。折れ目のしわもないキレイな白い封筒に、丁寧な字で僕の名前が書かれている。とじ目には僕の好きな犬のシールが使われていた。
「陽平はすぐ退院だ。これを読む機会はないと思うぜ」
友助は茶化して笑ってた。僕も便乗して読まないと言って笑ってた。陽平も笑ってた。それから、春になって陽平はいなくなった。
「あの手紙……どうしたっけ?」
陽平のお母さんを見ていたら、ハッと気づく。大慌てで家へ帰った。
家に着くと急ぐあまり靴を脱ぎ損ねて転んでもたついた。部屋に駆け込むと、机の引き出しを引っ張って逆さまにした。マンガ本、ゲームソフト、鉛筆、下敷き、ノートがバラバラと落ちてくる。床に広げた引き出しの中身をかき分けて探す。
どうして忘れていたんだろう。僕はバカだ、友達失格だ。もし陽平が幽霊になって現れたら怒るだろう。悲しませただろうな。絶対忘れないで覚えておこうと思っていたのに。
大切な手紙なんだ。陽平がどんな気持ちで僕らに書いたのか、わかってたはずなんだ。忘れちゃいけない大事なことなんだ。病室では茶化したけど、ちゃんと読もうって思ってたのに。
陽平からもらった手紙は、引き出しの奥に入れたままだったから、ぐじゃぐじゃにつぶれた状態で発見した。
友助を責めるより、僕は自分を責めるべきだ。大切な友達だと言いながら、友達の想いをこんな風にしてしまうなんて。
窓から入り込む陽射しに手紙が熱せられる。いい加減早く読めって叱られてるみたいだった。くしゃくしゃになった手紙を丁寧に広げる。
『 和季へ
今まで仲良くしてくれてありがとう。
和季と友助のおかげで俺は幸せだった。
俺はおまえらにも幸せになってもらいたい。
和季が幸せになるために、
俺を忘れる必要があるなら、
えんりょなく忘れていいからな。
和季がこの手紙を読んでるころには、
俺は空を昇って太陽に生まれ変わってるはずだ。
楽しいことやうれしいことがあったり、
苦しいことを乗りこえられたりした時は、
俺の注ぐパワーが力を貸したのかもしれない。
だから、少しだけ感謝してくれるとうれしい。
それじゃ、これからもよろしくな!
陽平
』
呆気にとられる。陽平らしい明るい手紙だ。何だよ、これからもよろしくって。遠いところへ行ったんじゃないのか?もう会えないんじゃなかったのか?じゃあ、寂しくないじゃないか。
陽平が隣で僕の肩を叩きながら笑ってる気がした。
何回も読むうち友助や陽平のお母さんが太陽みたいに笑ってる理由がわかった。陽平はいつでも僕らを励ましてくれてるんだ。
僕はまぶしすぎる太陽と向きあって笑いあった。
おしまい