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 人間じゃなくなったからかは分からないけど、食欲は基本的に無いらしい。

 空腹感も無いし、満腹感も無い。

 疲れも全く感じないし、汗もかかない。

 ...もしかしたら髪も爪も伸びないのかもしれない。

 いや、それはまだ分からんけど。


 まあでも、美味しい物を食べると満足感はある。


 ので、私は美味しい物を食べる訳です。


 本日の昼食は、鳥肉を少し辛いタレのような物で炒めた物と、レタスみたいな野菜のサラダ、それからフランスパンみたいな感じの少し硬めのパンと、朝食で食べた物とは違う、あっさりしたスープだった。

 何となく鳥肉の味がするのでチキンスープみたいな物なんだろう。


 美味しいものは、正義だね。


 「アルフレード」

 「は、なんでしょう」


 「美味かった、と伝えておけ」

 「畏まりました、...それと旦那様」


 珍しく付け足されるように呼び掛ける執事さんに視線だけを送り、尋ねる。


 「なんだ」

 「クリスティア様がおいでになるまで、少々お時間が御座いますが、如何されますか」


 あれ、そうなんだ。

 まあ、そのクリスティア様が何処の人か知らんけど、移動に時間が掛かるのは仕方ないよね。


 後で記憶探ってみるかなー。

 今はちょっと情報が足りなさ過ぎて同じ名前の別の人とか引っ掛かりそうなので後回しです。


 それより、この後どうするかだよね。

 んー。


 「...そうだな、書簡でも書くか」


 執務とかやっても良いけど、あれ、めっちゃ時間が過ぎちゃうから暇潰しには向かないんだよね。

 ならもう、消去法で書簡書くしかない訳です。

 仕方ないね。


 そんな私の答えに、執事さんは恭しく礼をしてから下がって行った。


 「了解致しました、ではそのように」


 だんだんと執事さんの、この恭しい礼を見慣れてきた自分の順応性の高さに、やっぱり自分日本人だなぁ、と実感しつつ、席を立つ。


 しかし、ちょっと前も聞いた気がするけど、これから合う予定のクリスティア様、って誰なんだろうね。


 名前から予測すると女性だとは思うけど、...まさかオーギュストさん、浮気か?


 ...............いや、無いな。

 あんだけジュリアさんの事好きなんだから、絶対無いわ。


 一人で納得しながら、執事さんに連れられて執務室へ向かう。

 道はオーギュストさんの記憶があるから一応分かるんだけど、多分これも執事さんの仕事の内の一つだから、一人で移動する事は出来ないんだと思う。


 ...うん、貴族って面倒臭ぇー...!


 まあ、そんな事を考えていたらいつの間にか執務室に到着していたので、早速部屋に入って席に着いた。


 机の上には、綺麗な真っ白い紙が一枚。

 それと、予備なのか何枚かの同じ紙。


 そこで、書簡に使われるのは羊皮紙じゃなくて、紙。

 という知識がフッと湧いて出た。


 ...書類に使われてたあの紙はどうやら羊皮紙というらしい。

 へー、なるほど、なんか微妙に書きにくいと思ったら動物の皮か。

 そりゃ書きにくいわ、羽ペンのせいかと思ってたよ私。


 知識を探ると、紙を作るには専用の魔道具とやらがあって、それの数が少ないせいで紙は未だに主流になってないらしい、とあった。

 結構貴重なので貴族しか使わないとか。


 ...ウチは使わない、っていう選択肢は無いな。

 めっちゃ偉い貴族だもん、逆に使わなかったら不自然だよね。

 何よりナメられたら困る。

 暗殺の可能性は出来る限り減らしておきたい。


 もしくは執事さんがキレる。

 困る、超困る。

 主に私が。


 ...まあ、良いか、とりあえず手紙書こう。


 こういう時こそオーギュストさんの知識だよね、と、知識を探ったら、流石は貴族と言うべきか、なんか普通に出て来た。

 ふむふむ、書簡とやらの書き方は............うん、よし、なんとかなりそう。


 頭の中で文章を纏め、用件とかその他を組み換えたり、どう書いたら失礼じゃないかとか、不審がられないかとか思案する。

 まあ、とりあえず挨拶は文頭に持って来て、それから用件、と。


 そして流石はオーギュストさん、あっという間に頭の中で文章が組み上がって行く。


 ...私じゃ、こうは行かないわ。

 基本頭が悪いから手紙の文章なんてアホみたいなメール形式でしか書けないもん。


 ハロー!なんか私賢人になっちゃったみたい!今度挨拶にそっち行っていい?的な。


 ......うん、ダメだね。

 どう考えてもダメだわ。

 内乱になるわ。


 とりあえず、要約すると同じような意味だけど、全く違う雰囲気の、とても頭の良さそうな文章が頭の中に出来た。

 なんかめっちゃ堅苦しいけど、貴族だから良いんじゃないかと思う。


 ...あ、そうだ、無理ならキャンセルして構わない、って文章も居るよね。

 だって、なんか知らんけど私めっちゃ偉い貴族だから、めんどいって嫌がられそうだもん、逃げ道は用意しとかないと。


 これで断られても問題無い筈だ。

 わざわざ出掛けなくて済む訳だし、むしろ逆に断ってくれた方が良いのかもしれない。

 だって移動手段なんて馬とかそんなんだから、移動するのが基本的に面倒臭いんだもん。

 いや、オーギュストさんだから問題ないだろうけどさ...。


 ...まあ良いや、とりあえず書こう。


 ペン立てに突っ込まれていた羽ペンを手に取り、インク壺の蓋を開けてペン先を浸ける。

 それから、頭に浮かぶ文章を一気に書いた。


 途中何度かインク壺にペン先を浸けながらも書き上げたそれは、何と言うか、ホントにそれっぽかった。

 いや、ぽい、とか以前に書簡なんだけどさ。


 ...よく一発で一言一句間違わず書けたな、コレ。

 流石はオーギュストさんだよね。


 私?絶対に書き損じる自信しかないけど何か?

 まあ、手紙なんて書いた事無いから仕方ないよね。


 うん、と一つと頷いてサラッと諦めた私は、インクが乾くのを待ちながらぼんやりと窓の外に視線を送ろうとして、

 次の瞬間、音も無く立っていた執事さんの存在に硬直した。


 びっ、...くり、した...!

 えっ、待って、いつから居たの?


 色々突然過ぎて、なんかもう心臓が痛い。


 「アルフレード」

 「は、お預り致します」


 居たのなら声掛けてよ!と言おうとしたけど、それよりも先に書いた書簡を回収されました。


 ...うん、もうヤダこの執事さん怖い。


 泣きそうになるか弱い乙女の精神を、物凄く無理矢理奮い立たせ、演技に集中する。

 泣いちゃ駄目だ。頑張れ私。


 「...来たか?」


 執事さんがここに居るって事は多分、今日合う予定のクリスティア様とやらが来たんだろう、と当たりを付けて、静かに尋ねる。

 すると、執事さんは恭しく礼をしながら口を開いた。


 「はい、先程馬車が到着致しました。

 メイドにはいつもの客室へと案内するように伝えてありますので、今から行けば丁度良いかと」


 本当にナイスなタイミングなんだね。

 こんだけ有能だと恐怖しかないよ。怖いよ。

 頼もし過ぎて、今後一人じゃ何にも出来なくなりそうだよ。

 いや、多分もう出来ないよ。


 そんな事を考えたものの、今更どうしようも無い訳で。

 私は結構すぐに諦めた。


 「...そうか、では行こう」

 「ご案内致します」

 「あぁ」


 椅子から立ち上がって、執事さんに続いて部屋を後にする。


 しかし、当主自ら客室にまで会いに行くって、そのクリスティア様とやらはそんなに重要な人物なんだろうか。

 私に限ってそれは無いと思うけど、なるべくボロが出ないように細心の注意が必要かもしれない。


 そう判断し、気を引き締めた。


 それから執事さんに案内された場所は、客室と言うだけあってとても豪華な扉の前だった。

 そのまま執事さんが、何の気負いも無く、その扉をコンコンと2回ノックする。


 『どちら様でございましょうか』


 聞こえて来たのは女の人の声だった。


 「アルフレードに御座います。クリスティア様に、旦那様がお見えになりました、とお伝えを」


 執事さんが扉へ向けてそう呼び掛けた次の瞬間、ドタバタという物音と、お嬢様!という、多分さっきの女の人の声も聞こえる。

 一体何が起こってるんだろう、と考えたその時、ドパーンという効果音がピッタリな、結構な勢いで扉が開かれた。


 そして、身構える間もなく、私に突進して来る小さな影。

 その姿に、思わず硬直してしまった。


 金糸のようなストレートの綺麗な髪、薄緑色の、大きな瞳、薄い水色の、可愛らしいドレス。


 見覚えの有り過ぎる色彩に脳裏を掠めて行ったのは、オーギュストさんの、愛しい人で。


 ただ、彼女が違うのはその大きな瞳が、ジュリアさんと違って吊り目である事と、その小さな体躯。


 「おじさま...っ!よかった!お元気になられたんですね!クリスティアは、クリスティアはもう、おじさまに会えないかと...っ!」


 そう涙ながらに、小さな腕を精一杯伸ばして私に抱き着き、腹部にグリグリと頭を押し付けてくる幼女。


 そう、幼女だ。


 もう一回言おうか。


 紛う事無き、幼女である。


 年齢は多分、11とか、そこら辺だろう。

 幼女だね。


 「ほんとうに、ほんとうに良かっ.........あれ、おじさま、もしかして痩せられました?」


 大きな吊り目にいっぱいの涙を貯め、それがぽろぽろと零れていく中で、はた、と目が合った幼女ちゃんが、驚いたように私を見上げる。


 「...あぁ、寝込んでいる間にいつの間にかね」

 「まあ...!ステキ...!なんてことかしら...!、わたくし、こちらのおじさまも好きですわ!

 あっ、でも、前のおじさまも好きですのよ!とても包容力がおありなんですもの!

 どうしましょう!普段からおじさまは、とてもステキでしたのに!」

 「そうかね」


 まだ目尻に涙を残しながらも頬を染め、あわあわと何処か慌てた様子で戸惑う幼女ちゃん。

 だけどその大きな吊り目は、私の顔を捉えて離さない。

 ていうかガン見されている。


 「えぇ!だけどわたくし、今のおじさまの方が好きだわ!だって、とってもカッコいいんですもの!」

 「カッコいい...」


 つい、幼女ちゃんの言葉を反芻してしまったけど、仕方ないんじゃないかと思う。

 なんせ、面と向かって褒められたのは初めてだったから。


 「そうですわ!この間面会させられた、この国の第一王子とかいう小生意気な子供とは比べ物にもなりませんわ!」


 そう言って、頬をほんのり桜色に染めながら、熱に浮かされたみたいな表情でポーッと私を見上げる幼女ちゃんは物凄く可愛い。


 でもなんか知らんけど、幼女ちゃんは私を物凄く高評価している。

 なぜだ。


 だって、前の姿って、ブタだよ?

 ブタでも好きとか、おかしくない?


 ...まさかオーギュストさん、光源氏計画してたとかか...!?


 説明しよう!

 光源氏計画とは、幼い子供を囲って自分好みに育て、そのまま妻とか夫とかにする、なんとも変態チックな計画の事である!早い話洗脳だね!


 洗脳されてたなら、あんなブタが好きでもおかしくないはずだ。


 ...そんな事をオーギュストさんがしてたとしたら、許せないんですが。

 いくらジュリアさんに色彩が似てても、この子はジュリアさんじゃない。

 そんな犯罪、許せない。


 っていうか、ちょっと待って、今この子なんてった?

 いかんよ、そんな事言ったら!

 何処で何が聞いてるか分からないんだから!つーか私が殺される!


 「...仮にも王族、余り暴言を言うものではないよ」


 やんわりとそう注意した途端だった。

 幼女ちゃんはその大きな吊り目をこれでもかと吊り上がらせて、激昂し始めた。


 「でも!あの子供、よりにもよってわたくしのお母様譲りの、この吊り目を笑いましたのよ!

 しかも、流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、性格の悪さが滲み出ている、なんて馬鹿にしたように!」

 「ふむ」


 むきー!なんて言いそうな剣幕に若干ビビりそうになるけど、子供だからかそんなに怖くは無い。


 ていうか、なるほど、オーギュストさんの姪っ子ちゃんですか。

 早とちりしちゃった。てへ。


 情報を整理して記憶を探ってみると、該当者が1名。

 オーギュストさんの妹が嫁いだ、ローライスト伯爵家の長女、クリスティア・ローライスト伯爵令嬢ちゃんらしい。


 ...ローライストってどっかで聞いたぞ...?


 検索中、しばらくおまちください。


 該当が1件見つかりました。


 って.........ジュリアさんの実家じゃねーか!

 あ、あぁー...、なるほど、オーギュストさんの妹さん、ジュリアさんのお兄さんに嫁いだのか。

 オーギュストさんの記憶の中から二人の顔を思い浮かべれば、吊り目でキツそうな外見の銀髪ウェーブで青目の、オーギュストさんによく似た美女と、物凄く優しそうな大きな垂れ目が特徴の、ストレート金髪で薄緑色の目の美青年の姿が。

 .........見事に目元だけ母親似になっちゃったのね...。


 いや、でも、将来的にめちゃくちゃ美人だと思うよ!良かったね!姪っ子ちゃん!


 ...ていうか、これってお互いがお互いに義兄になってないか?

 ややこしくない?

 ...いや、うん、まあ、良いや。


 一人で呑気にそんな考察をしていたら、いつの間にか姪っ子ちゃんがヒートアップしていた。


 「絶対に許せませんわ!あんな腹の立つ子供!外見だけで判断するなんて、王族として恥ずかしいと思わないのかしら!

 あんなのの婚約者になる方が気の毒だわ!わたくしなら絶対に嫌ですもの!」

 「クリスティア」


 うん、だからね、オジサンが処刑されるからそんなに王族を悪く言わないでお願い。

 まだ死にたくないんだ私。


 切実にそんな事を考えながらも、冷静な演技で呼び掛けると、姪っ子ちゃんは慌てたように自分の口をその小さな両手で塞いだ。


 「...っ、ごめんなさい、おじさま、わたくしったらついカッとなって...」

 「いいや、私の前では気にする事は無い。

 だが立派な淑女になる為にも、もう少しだけ、冷静さを持たなくては」


 でないとオーギュストさんが処刑されちゃう。

 多分王族侮辱罪とかで。


 「まあ!おじさままでリーナのような事をおっしゃるのね」

 「おや、クリスティアには良い先生が付いているようだね」

 「もう!わたくし、これでも気にしているんですのよ!それに、リーナは先生じゃなくて侍女よ、おじさま」


 「そうかね。ならばクリスティアは良い侍女を付けて貰えたのだな」


 そう言った途端、ふ、と微かに笑っている自分に気付いて物凄くビビった。


 なんか、今オーギュストさんの顔、物凄く自然に笑ったぞ!?

 今まで意識して笑おうとしなかったけど、なんか勝手に笑顔になった!ナニコレ!


 もしかしなくてもオーギュストさん、ジュリアさんに目元以外そっくりな姪っ子ちゃんを猫っ可愛がりしてやがったな!?


 記憶を探れば、うん、なんかめっちゃ可愛がってた。

 息子さん可哀想だろオーギュストさんの馬鹿。


 その時ふと、何処か感慨深そうな表情で姪っ子ちゃんが私を見上げている事に気付く。


 「...おじさま、やっぱり変わられましたわね」

 「.........ふむ、そう思うかね」


 なんか、よくそんな顔されるな、私。

 いや、うん、まあ、仕方ないんだけどね。

 中身違う訳だから。


 「えぇ、前からとてもお優しかったけれど、いつもピリピリしておられました。

 でも、今はスッキリしたような、おだやかな顔、してらっしゃるわ」

 「......そうかね」


 なんだか嬉しそうに告げる姪っ子ちゃんの笑顔が眩しくて、頷く事しか出来ない私。


 「一体何が原因だったのか、わたくしには想像も付かないですけれど、ようやく、おじさまの憂いが晴れたのですね、...本当に良かったです」


 幸せそうに笑う姪っ子ちゃんの表情は、皮肉にもジュリアさんにそっくりで、なるほど、猫っ可愛がりする訳だと、つい納得してしまった。


 姪っ子ちゃんの言葉を頭の中で反芻しながら、考える。

 確かにオーギュストさんの憂いは晴れただろう。

 それは、死んでしまったから、というのが、なんとも皮肉だけど。


 ...まあ、私の憂いに関しては、めちゃくちゃあるけどな。

 むしろ憂いしかない。

 切実に癒やしが欲しいよ!


 そんな事を思ったけど、いつまでもこんな所で立ち話もいかんよね、と判断した私は、姪っ子ちゃんに視線を送りながら口を開く事にした。


 「...ありがとう、クリスティア。

 さあ、お茶にしよう。君の話を聞かせてくれるかい?」


 「えぇ!もちろんですわ!リーナ、紅茶の用意を」

 「全て滞りなくご用意しておりますわ、お嬢様」

 「まあ!さすがはリーナね!」


 「アルフレード」

 「は、既に茶菓子はお持ちしております」

 「うむ」


 そうして客室に入った私達による、茶会、のようなものが朗らかな雰囲気で始まった。


 嬉しそうに笑いながら、美幼女の姪っ子ちゃんはどんどん語り始める。


 オーギュストさんの記憶にも無い、寝込んでいた一ヶ月の間に起きた事は一応調べていたけど、他人の、しかも子供の目線でのそれらはとても新鮮だった。


 例えば、姪っ子ちゃんの家が治めている領地の、隣にある他家の領地で魔物が出て、駆け付けた騎士団に討伐されたけど、その魔物から取れた素材は姪っ子ちゃんの家の領地に売られた、とか、

 別の領地では、交易で手に入れたらしい珍しい作物が実ったので、わざわざ取り寄せた、とか。


 魔物というものが何なのか、っていうのはとりあえず後日余裕ある時に考える事にして、今はスルーさせて貰おう。


 そんな中でも、姪っ子ちゃんが第一王子の婚約者候補として面会させられた話は、なんとも感情が篭っていた。

 主に、怒りの。


 放っておくとまた噴火しそうだったので、論点を変えたり宥めたりするのが大変でした。


 しかし、姪っ子ちゃんが王子の婚約者候補か、知らんかったわ。

 後で調べよ。


 まあ、爵位はともかく、血筋は妥当なんだろう。

 何せ、ヴェルシュタイン公爵家と繋がってるという事は、王族の血筋に連なってるって事なんだから。


 年齢も大体同じ位だし、丁度良かったのかもしれない。


 あとの理由は、...魔力かなあ。

 意識してみたら、今まで会った誰よりも姪っ子ちゃんは魔力が高そうだ。


 知識を探ったら、王家は基本的に、血筋と魔力を重視している傾向が有った。

 それを考えると、姪っ子ちゃんはかなりの有力候補なんだろう。


 本人、めっちゃ王子の事嫌いみたいだけど。

 第一印象最悪ってやつですね、仕方ないね。


 まあ、物語の定番としては、この後なんだかんだでお互いに惹かれていく、とかありそうだけど、...此処現実だからなあ。


 無いか。


 でも、王子をここまで嫌ってしまったら、後々大変な事になってしまってもおかしくない気がする。

 例えば、反逆罪に問われてしまったり、反王国派の過激な人達の御輿に担がれたり、考え始めたらキリがない。

 この子の周りがきな臭くなるって事は、私の周りも、きな臭くなるって事だ。


 そうなる前に、摘める芽はさっさと摘んでしまおう。

 今からならまだ全然修正可能だろうし。


 という訳でちょっと頑張ろうと思います。


 「クリスティアは、好いた者と結ばれたいと思うかね?」

 「それは、たしかに理想ではありますけれど...、わたくしは貴族ですもの、ムリだとは分かっておりますわ」


 私の問い掛けに対して、姪っ子ちゃんは少し苦しそうに、そう答える。


 貴族の子供は、市井の子供より勉強してる分頭が良い、っていうのはオーギュストさんの知識にあったけど、姪っ子ちゃんは特に顕著かもしれない。

 まあ、女の子は基本的にそういう現実的な所あるよね。

 しかし、打てば響くとはこの事か。


 個人的に、この姪っ子ちゃんの事は好きかもしれない。


 取り留めなくそんな事を思いながらも、私は迷い無く口を開く。


 「確かに貴族にとって、血筋も、立場も大切だろうな」


 「えぇ、ですので、わたくしは貴族として、父の定めた婚約者ならば、受け入れるつもりですわ」


 キリッと、真剣に決意を話す姪っ子ちゃんは、とても子供とは思えない表情をしていた。


 私がこの位の頃は、小学校の遊具でどれだけ高く登れるか、とかよく分からない遊びをして、先生にシバかれた思い出しかないっていうのに、えらい違いだ。


 しかしなるほど、自分の立場を弁えているとは、貴族の子供というのは無理に大人にならなきゃやっていけない、という事か。


 「それが例え、第一王子でも、かね?」


 「......えぇ。物凄く、嫌ですけれど」


 確認の為に尋ねれば、めちゃくちゃ嫌そうに、まるで青汁を飲んだみたいな苦々しい表情で、顔を顰める姪っ子ちゃん。


 ホントに嫌なんだね。

 うん、でも相手王子だからね、自重しようね。


 「クリスティア、君は第一王子がどのような人物か、知っているかね?」


 「クソ生意気なバカですわ」

 「これ、何処で覚えたんだね、そんな言葉」


 私の問い掛けで、お嬢様らしい楚々とした雰囲気の姪っ子ちゃんの口から飛び出た、なんかもうあんまりな言葉に、つい反射的に注意してしまった。


 「もうしわけありません、おじさま...」


 途端に、殊勝な態度で反省する姪っ子ちゃん。

 私の注意が余程効いたのか、今にも泣き出しそうなくらいに、しょんぼりと落ち込んでいる。


 うん、ごめんね、オジサン顔怖いもんね、怖かったよね。

 でもびっくりしたんだよ私。


 てゆーか駄目だよ、お嬢様がそんな汚い言葉王子に向けて使ったら。

 私が処刑される未来が一気に現実的になるじゃないか。


 やめてよマジで。

 子供ってそういう所が怖いわー。


 内心でそんな風に姪っ子ちゃんに対して複雑な恐怖を感じつつ、私は紅茶のカップに口を付けた。


 あ、これ美味しい。


 ...うん、ちょっと落ち着いたので話を戻そう。


 「...まあ、反省しているなら良い。

 話を戻すが、...私が知る第一王子は、寂しい子供だ」


 そう言って、コトリ、と小さな音を立てながら、カップをソーサーの上に乗せる。


 私個人は王子と会った事は無いけど、オーギュストさんは挨拶程度は交わした事があるらしい事は、王子の事を検索した時にさっき知った。

 オーギュストさんのプライベートを詮索する気は無いけど、公的な場の記憶を見るのは問題ないと思うんだ。私的に。

 今後の人間関係を円滑にする為にも必要だと思います。

 という訳で、その記憶の中での王子の、私が感じた印象は、寂しさを誤魔化す為に傲慢に振る舞う子供、だった。


 「寂しい、子供?」


 不思議そうに、私の言葉を反芻する姪っ子ちゃん。


 「...王位継承権第一位という事はどういう事か、分かるかね?」


 「将来王になる可能性が一番高い、という事ですわ」

 「そうだな。だがそれはつまり、自分を持てない、という事だ」


 「自分を、ですか?」


 私が何を言いたいのか、まだ幼い彼女には分からないのだろう。

 とても不思議そうに、私の顔を見ている。


 「...クリスティア、君は伯爵令嬢である前に、クリスティアという人間だろう?」

 「はい」


 「だが、第一王子は、小さな頃から王太子として育てられる。

 次の王として相応しく、だ」


 静かにそう告げるけれど、姪っ子ちゃんはよく分からない、という表情で困ったように首を傾げた。


 「......えっと...」


 あれ、なんだこの子可愛いな。

 何だこの小動物見てるみたいな気持ち。


 「ふむ、少し難しかったかな。

 そうだな、つまり、全く自由も無く、意見も聞いてもらえず、理想ばかりを押し付けられ、それが当たり前になっている子供だ」


 「そんな事が当たり前に...?」

 「そうだ。寂しい子供だろう?」


 同意を求めるように尋ねれば、彼女は少し俯きながら考える素振りを見せて、ふと、顔を上げた。


 「お友達は、いらっしゃられないの?」

 「従者や、ご学友なら、居るだろうね。そして彼等は、王子を王子としてしか、見ていないだろう」


 彼女の問いには、静かな態度で言葉を返す。

 すると彼女は、息を飲むように瞠目した。


 「まあ...!なんてこと...」


 そう言って、考えも付かなかった、という表情で私を見た後、何処か悲しそうに、そして申し訳なさそうに、表情を歪める。


 「...そんな時に、勝手に婚約者まで決められそうになったものだから、腹が立ったんじゃないかね?、反抗期、または八つ当たり、だな」


 まあ、ちゃんとした友達が居るなら、姪っ子ちゃんに八つ当たりするような人間になってる筈無いと思うんだよね。

 だから多分、私のこの考えは正解だと思う。


 違ってたとしても、まあ、姪っ子ちゃんが王子を嫌い過ぎなければそれで良いから、なんの問題もない。


 「...あの子供がわたくしに言った言葉は許せませんが...心情は理解できたように思います」

 「なら次会った時には、婚約者ではなく、友になってやれば良い、と私は思うよ」


 「......そうですわね、次代の王が、友の一人もいないなんて、...どう考えてもロクな王になりませんわ...」


 若干の沈黙の後、彼女は意を決したようにそう呟いた。


 あれ、そういう考えに行っちゃうんだキミ。


 可哀想だから友達になる!とかいう子供らしい安直な考えにならないのは、姪っ子ちゃんらしいと言えば、姪っ子ちゃんらしいのかな。


 「...ふむ、君がそう思うならそうしてあげたまえ。

 彼本人は望んで居ないかもしれないが、誰かがお節介を焼かねばロクな事になるまい」


 「えぇ、機会があればそうしてみますわ」


 コクリ、と一つと頷いて、決意したような表情を浮かべながら、私をじっと見つめる彼女に、なんだか若干の罪悪感が湧いた。


 「...焚き付けておいてなんだが、良いのかね?」

 「構いませんわ、自分の身よりも国の平和が大事ですもの」


 あー、なるほどー、本当に頭が良いなこの子。

 頭良い子は好きだよお姉さん。


 でも、そのせいで自分を蔑ろにされるのが当たり前になっているのは、ちょっと頂けないな。


 「...そうかね。...ならばお詫びに、相談くらいならばいつでも乗ろう」

 「良いのですか!?」


 頬を染めながら、とても嬉しそうに私を見る姪っ子ちゃん。


 「あぁ、可愛い姪の為だ。それくらいは当然だよ」


 自然と緩む口元に、なんかオーギュストさんに対する苛立ちを覚えてしまいながらも、そう告げた。


 「ありがとう、おじさま...!わたくし、もっとがんばりますわ!

 良い意味で、流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、と言われるように!」


 あー、うん、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。

 なんで甘やかして決意を新たにされるのかよく分からない。


 「...余り無理をしてはいけないよ」

 「おきづかい、いたみいります。ですが、これはわたくしの本心ですの」


 なんともキリッとした顔でそう告げられてしまって、なんとも居た堪れない気持ちになった。

 誰だこの子の教育したの。


 「...ふむ、我が一族の姫の決意は堅いようだ。

 だが、一つだけ約束してくれるかね?」

 「なんでしょう?」


 王族でもないのにこんな小さな頃から、心を殺して生きていくのが当たり前みたいな、そんな生き方、させられる訳が無い。

 そういうのはもっと育ってからでも構わないんだよ。


 それとも、この子の場合頭が良過ぎて勝手に察しちゃったのかな。

 だとしたら、この年齢でこれは危う過ぎる。


 そんな考えの元、目の前の年端もいかない小さな少女をじっと見詰めながら、告げた。


 「どうしようもなくなる前に、頼る事。私が君に望むのはそれだけだ」


 すると、少女は困ったように、でも何処か嬉しそうにはにかみながら、口を開いた


 「...わたくし、あまり頼る事はしたくないのですが、他ならぬおじさまのお言葉ですもの、お約束させていただきますわ」


 はい!言質取りました!

 子供は素直が一番。


 彼女の表情を見れば、私の言葉が彼女にとって望んでいた言葉だっていうのはすぐに分かる。

 だって物凄く嬉しそうだもの。


 「絶対に、違えてはいけないよ」


 「はい!」


 念を押す私に対して、元気なお返事をする姪っ子ちゃんは、とてつもなく可愛らしかったです。


 あかん、この子可愛い。


 ちょっと頑張ろうかな、と思える午後でした。

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