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かつて、自由度の高さから一世を風靡した、とあるゲームが存在した。
そのゲームは剣と魔法のRPGでありながら、恋愛ゲームとしても充分楽しめるものだった。
まず始めに、プレイヤーは主人公を選ぶ。
黒髪の少年、または少女。
少年を選べば勇者、少女を選べば聖女として、ゲームの世界へと降り立つ事になる。
主人公はどちらを選んでも結果として冒険の旅に出る。
そして、選択肢によって様々なストーリーに分岐して行くのだ。
誰が味方になるか、敵になるか、誰が死ぬか、生きるか、誰と恋人になるか、それさえも選択肢一つで変わってしまう。
プレイヤーが仲間に出来るキャラクターは男女で20人。
ただし、メインの仲間として選べるのは6人までだ。
しかも、これも選択肢次第で仲間が簡単に死ぬ。
何もかもプレイヤーの匙加減のみでゲームが進むのだ。
恋愛モードに突入すれば、平和かと言えばそうでもない。
こちらも選択肢次第で、戦争が起きたり、反乱が起きたり、人死にが起きたりする。
ゆえに、このゲームの中で全ての黒幕、という人物は存在しない。
時には魔王、時には国王、時には宰相、時には教皇、時には隣国の王、彼等の様々な思惑と思想により、ストーリーが進んで行く。
そのゲームの中で、どのストーリーに進んでも共通している点が幾つかあった。
性別により、旅に出る理由は異なるが、主人公は必ず冒険の旅に出る事、
“賢人”と呼ばれるキーキャラクター達に出会う事、
そして、とある公爵の不幸である。
その公爵は、ゲームの中では少ししか登場しない。
時には宰相の捨て駒として使われ死刑となり、
時には反乱軍に真っ先に標的にされ殺されたり、
時には主人公の仲間になった息子から家を追い出され領民に殺されたり、
時には主人公達に悪徳公爵として断罪され、最終的には死刑となる。
青銀の髪、アイスブルーの瞳、性格の悪さが滲み出たような顔立ちの、醜く太った成金中年男。
それが、プレイヤー達から噛ませブタと呼ばれ馬鹿にされていた、オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵である。
この世界は、ゲームの世界ではない。
だが、その世界は確かに存在した。
しかし、この世界での公爵はそのゲームの開始である時間軸が来る前に死んでしまった。
世界にも、物語としても、支障は無い。
だが、この先の未来はどう頑張っても、ゲームのストーリー以下のあまり面白くない展開にしかならなかった。
小悪党が居なければ、黒幕となった誰かが惹き立たない。
踏み台が無ければ、次に進めない。
つまりはそういう事だった。
それに気付いた神は少し悩んだ。
別にこのままでも構わない。
蘇らせようにも、彼の魂は完全に次の輪廻の為の準備に入ってしまっていたのだから。
そうなってしまえば神でさえどうする事も出来ない、...という訳でもないのだが、実の所地味に面倒臭かった。
そんな時、管理していた別の世界で、本来死ぬ筈のなかった人間を一人、手違いで死なせてしまった。
突然の事過ぎたのか、その魂は自分の死を理解出来ず、身体が灰にされた後も死んだ場所に留まり続けていた。
神は考えた。
あ、これ、丁度良くね?と。
その世界の設定上、死んで蘇った者は“賢人”と呼ばれる人間とは異なった存在となる。
魂は全くの別人だが、身体は公爵の物だから恐らく記憶はそのまま遺されているだろう。
そして神は、つまらない未来より、面白くなるかもしれない未来を選択したのだ。
彼女、いや、彼はまだ、自分がどういう立場の人間になってしまったのか、何も知らない。
チュンチュン、と、鳥の鳴き声が聞こえた。
それ以外にも、人が沢山動きまわる気配に頭が起きる。
何か、夢を見ていた気がする。
何故か死んで、素敵なオジサマになってしまう夢。
性転換願望でもあったんだろうか。
いや、流石にオジサマになりたいとか思った事無いんだけどな、私。
薄ぼんやりした意識のままそんな事を考えながら重たい瞼を無理矢理開ければ、真っ先に視界に入ったのは、目がチカチカするような、派手な調度品の数々だった。
朝日に照らされるそれらは無駄にギラギラと輝いていて、なんかもう、眩しくて鬱陶しい。
...そうか、夢じゃなかったか。
うわあああ夢が良かったよチクショウ...!
なんで夢じゃないんだよもう...。
半泣きになってしまいそうになりながら、横になっていた体をごろりと寝返らせ、反対の景色を見ても、やっぱり目が痛い色合いの調度品しかない。
...現実はやっぱり厳しくて理不尽だ。
うん。
とりあえず、あんなモン全部売ろう。
オーギュストさんの気持ちとかそんなんどうでも良いわ。
視界の暴力だよマジで。
苛立ちや焦燥を落ち着ける為、ふう、と一つ息を吐いてから、起き上がる。
体は頗る元気みたいだけど、私の心は滅茶苦茶重たかった。
昨夜の思案も結構キたけど、一番は心労が物凄いせいだろう。
結局私は死んでいて、でもオーギュストさんになって、今、ここに居る。
なんで?とか、そういう事は考えてもキリがないからもう放置するしかない。
『私』は死んだ。
だからもう『私』で居る事は許されない。
オーギュスト・ヴェルシュタイン公爵として、これからを生きなければならないのだ。
それはもう、覆しようのない事実。
...だけど、結局中身は『私』だから、難しい所だ。
だってまだ、全部受け入れる事は出来ていない。
でも、まあ仕方無いよね、一晩しか経ってないし。
とりあえず諦めて、気楽に考える事にした。
うん、追々で良いや。
記憶がある分、演技は楽になった。
でもなんか、オーギュストさんの未来も、地位も、信頼も全部奪い取ったみたいで凄く心苦しい。
魂だけ逝ってしまうなんて、オーギュストさんはこの世に未練とか、何にも無かったのかな。
...息子さんの事は、何とも思ってなかった、って事なんだろうか。
......いや、多分違うな。
過去の記憶を探れば、天使みたいに笑う息子さんを凄く可愛がっている記憶があった。
...なら、大切じゃない訳が無い。
もしかしたら、その大切な息子にさえ拒絶されてしまったから、何もかも諦めてしまったのかもしれない。
なんかオーギュストさんって打たれ弱そうだし。
だって、奥さんが死んで12年間立ち直れないとか、
気持ちは分かるけど努力もしないとか、ねぇ?
家族とか身内に関しては、豆腐メンタルなんじゃないかな、オーギュストさん。
まあ良いや、とりあえず起きよう。
そう判断した私はベッドから降りようとして、戦慄した。
いや、あの、えええええ。
なんで黒装束着た怪しい男が白目向いて床に転がってんの...?
一瞬死んでるかと思ったけど、胸が上下してるから生きてるんだろう。
ちょっとホッとした。
死体と同じ部屋で寝てたとかヤダよ怖すぎるもん。
ホッとしたものの、その場に固まる。
......いや、ちょっと、待って、どうしろっての?
どうしようもないよねコレ。
あ、そうだ、困った時の執事さんだ。
よし、執事さんを呼ぼうそうしよう。
早速移動して、ベッド脇のチェストの上に置かれていた銀色の呼び出し用ベルの取っ手を掴み軽く振る。
チリン、という音が鳴り響く間もなく、というか、『チリン』の『チ』くらいで部屋のドアが開いた。
「お呼びですか、旦那様」
現れた執事さんは穏やかな笑顔でそう言って、綺麗な所作で一礼。
うん!早えよ!いや確かに呼んだけど!
内心で思いっ切りツッコミを入れながらも、表には出さない。
とりあえず床に転がった怪しいオッサンに視線を向けながら口を開いた。
「...アルフレード」
「おや、なるほど。了解致しました。後はわたくしにお任せを」
何処か納得したような雰囲気を醸し出しながら、執事さんがまた丁寧に一礼した。
そして彼は、モノクル眼鏡を指先で軽く位置調整してから、黒尽くめのオッサンの片足を掴み、そのままズルズルと引き摺って行った。
......いや...なんで引き摺ってったの執事さん...。
思わず内心だけで軽く引いてしまったが、仕方ないと思います。
...よし、何も見なかった事にしよう。
視線を窓の外に向けると、滅茶苦茶良い景色が見えた。
昨日はいっぱいいっぱいだったからか気付かなかったけど、どうやらこの屋敷は高台に建てられているようだ。
ヨーロッパのような街並が美しい。
白い外壁、青い空、青々とした木々。
めっちゃ綺麗です。
なんだか少しだけ癒やされた気がする。
思わずボーッと見入ってしまった。
その時ふと、そういえば此処って、どの辺りの何処なんだろう、と知識を引っ張り出してみる。
すると、驚きの事実が判明した。
今、私、王都に居るらしいよ。
なんか、領地はたまに帰ってるとかそんな感じで、普段は食べ物の美味しい王都に住んでいたらしい。
なるほどなるほど、成金らしい生活ですね。
いや、成金貴族の生態とか全く知らんけど。
でも、落ち着いたら一度領地に帰った方が良さそうだ。
...きっと物凄く嫌われてるんだろうな。
オーギュストさんの尻拭いを私がやらなきゃいけない、っていうのが微妙に納得出来ないけど、生きる為なんだから仕方無いよね。
仕事、とでも割り切るか。
...ストレスで胃に穴開いたらどうしよう。
「旦那様、お召し物をご用意させて頂きました」
突然掛けられた声に顔を向けると、そこに居たのはやっぱり執事さんでした。
いやだから早えよ!あれからまだ5分も経ってないよ!
しかも成人男性を軽々と引き摺ってったのにも関わらず、汗もかいてなければ息すらも乱れてない。
......この執事有能過ぎて怖い。
思わず内心で恐れおののいてしまうけど、やっぱりそれは表には出さない。
唸れ私の演技力...!頑張れ!
「そうか」
平坦な声音に、無表情。
うん、及第点。
良くやった流石私。
そして、執事さんの持って来た服を受け取ろうとしたら、旦那様にそのような事はさせられません、と拒否られました。
やっぱ貴族は自分で着替える事は出来ないんだなあと改めて実感。
有無を言わさず着替えさせられながら、遠い目をしてしまった。
ちなみに今日の服は紺色がベースの貴族服とか呼ばれてる洋服です。
縁とか飾りは金色だからなんか凄く高そうだね。
サイズ的に、12年前にオーギュストさんが着ていた物なんだろう。
これが時代遅れとか言われても現代人には分からんわー...。
...とりあえず、着替えくらい自分でやりたいです...。
しみじみと考えていたら、ふと思い出した。
「アルフレード」
「なんで御座いましょう」
「調度品を全て入れ換えようと思うのだが、お前はどう思う」
そうそう、コレ目に痛いんで、なんとかしたいんです。
だって朝とか凶器だよ。
そんな考えの元、着々と着替えさせられていく自分の姿を、姿見に嵌めこまれた鏡で眺めながら執事さんに問う。
「...そうですね、この必要以上に華美な此等は、もう今の旦那様には不必要のように思います。どうぞ、御心のままに」
少しだけ考えるような素振りを見せた執事さんは、何処か感慨深げな雰囲気を醸し出しながら、穏やかにそう言った。
一体何を考えていたのか、少しだけ気になるような、...いや、考えるのはやっぱりやめておこう。
とにかく、OKが出たんだから好きにしていいよね。
「...そうか、では、昔のように戻してくれるか。
それと、元は民の血税だ、治水等に使えるよう、きちんと換金するように」
「畏まりました、お任せを」
恭しく了承する執事さんは、執事の鑑だと思いました。
...なんで作文みたいな事考えてるんだろう、私。
あ、いかん、忘れる所だった。
「それと、私の肖像は残しておけ」
「...宜しいのですか?」
「あぁ、アレは丁度いい戒めになる」
「...左様ですか」
若干、納得がいかないような、悲しそうな、なんかそんな雰囲気が執事さんから醸し出されたような気がした。
うん、気のせいにしとこう。
めんどい。
つーかあんなん絶対誰も欲しがらないと思うし、処分するにもアレにだってお金は掛かってる訳で。
捨てられないよね、描いた人にも申し訳無いし。
アレは、オーギュストさんの遺影って事にしよう。
見てたら気が引き締まる気がするし。
見ててね、オーギュストさん。
貴方の未練とか復讐とか、全部終わらせてあげるから。
そして、例え何が起ころうとも、二度とあんなに太らないから。
アレはホントに良い戒めになると思う。
「旦那様...」
「なんだ」
執事さんの呼び掛けに、何でも無い事のように振る舞いながら、応える。
「その、......いえ、なんでもありません」
何処か言い難そうに誤魔化した執事さんが、最後の仕上げと自分の手にワックスみたいな物を付けて、私の髪を整えた。
昨日は余裕が全く無かったから完全に意識に無かったんだけど、多分昨日呆然としてる中サラッと着替えさせられた時にして貰ったのと同じ髪型だと思う。
前から後ろへと撫で付けられた青い銀髪は、猫っ毛でもコシがあったのか、反発した髪が一房だけ、ハラリと垂れながらも緩いウェーブを描いている。
色気のあるオールバックってヤツですね。うん。
なんでコレが自分なんだろう。
好みなのに。
めっちゃ好みなのに。
もう一度言いたい。
めっちゃ好みなのに!!
いや、だって、見てよこの素敵なオジサマ!
自分の信頼出来る者以外誰も信じないだろうってのが容易に分かる冷たい表情!
それを強調するみたいなアイスブルーの目!
この表情が崩れる所が見たいよね。
どうせなら笑顔が良い、微笑とか、照れとか。
きっと破壊力ハンパないと思うんだ。
あ、怒った顔はダメだ、怖すぎて誰かチビる。
...もっかい言っていいかな。
めっちゃ好みなのになんでコレが自分なんだよ!!
「朝食の用意が整っております、そろそろ参りましょう」
「そうか、では行こう」
執事さんからのその言葉に、気持ちを切り替えるのに丁度いいと便乗し、振り返った。
そのまま部屋から出て、執事さんに案内されるまま食堂へと向かう。
「...ところで、何人になった?」
その道中、ついでにとばかりに昨日の件がどうなったのか、尋ねてみる事にした。
「...残った者の数でしたら、50人に御座います」
「...随分、残ったのだな」
「旦那様の人徳かと」
意外と多い人数に、出てしまいそうになる驚きを無理矢理隠しながら呟いたら、執事さんからは何処か満足げな返事が返って来た。
うん、なんでさ。
「煽てても意味はないぞ」
「いえ、本気ですよ?」
いや余計困るんですけど。
「...まあ、良い。彼等の次の勤め先だが...」
「ご安心を、全て滞りなく」
「そうか」
なら良かった。
これで突然の解雇でも恨まれる事は無いだろう。
全部執事さん任せっていうのは若干心苦しいけど、私だって余裕無い訳なんだから、これは仕方ない事と割り切ろう。
有り難う執事さん、助かります。
マジで。
「しかし宜しいのですか?自意識過剰で、サボり癖の付いたあのような役立たず共に情けを掛けて」
「...随分、穿った見解だな」
待って、そんな風に見てたの執事さん。
「申し訳御座いません、ですが、事実です。
今回去った者は皆、己は誰よりも仕事が出来るだとか、こんな所で終わる人間ではないとか、そんな考えの馬鹿で御座いました」
「...そうか。お前が言うのだから、そうなのだろうな」
そんな奴らなら、結局は恨まれそうだな。
まあ、仕方ない。
執事さんは信頼出来る。
それは、オーギュストさんの知識にもあった。
だから、執事さんの言葉は信用出来る。
記憶は見てないけど、色々と助けられていた事は感覚で分かるのだ。
...多分、身体に染み付いているんだろうな。
「...わたくしとしては、あのような当家の品位を損なうような輩、解雇されて当然だと愚考致します。
にも関わらず、旦那様は次の勤め先の紹介まで世話をとは...」
何処か苛立たし気な雰囲気でそう呟く執事さん。
...あー、なるほど、そういう事か。
ちょっとフォローしとくかな。
「甘い、と言いたいのだろう?
だが、私は甘くしたつもりはない」
「と、仰いますと?」
「当家は公爵家、ゆえに、他家の方が家格が低い。だが、当家は評判が悪い」
「...はい」
「ゆえに他家は全て、当家のようになるまいと厳しく律していると聞く。
そこで公爵家というぬるま湯に浸かっていた穀潰しが、真面目にやっていけると思うか?」
結局の所、どうなろうと全て自業自得って訳ですよ。
「......なるほど、...しかし旦那様、一つ宜しいでしょうか」
「なんだ」
「......そのような輩を放棄した当家の評判は、また悪くなってしまうのでは...」
...............あ。
内心だけで驚愕する私。
...............。
いやぁ、あはは。
はい、完全に失念していました。
えっと、うん。
いやいやいやいや、うん、大丈夫、大丈夫だ。
オーケー、落ち着け私。
まだ修正出来るぞ、そんな事も思い付かないような主だとバレたら、ヤバイ。
今見捨てられたら死んでしまう。
いや、死なないけど、信用を失ってしまう。
執事さんの、この篤い信頼を失うなんて精神的に死ぬ。
こんな時こそフル回転しろ私の頭!
えーとえーとえーとえーと、よし!
焦りながらもなんとか一瞬で考えを纏めて、何でも無い事のように口を開いた。
「...それで良い」
「理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「...目くらまし、または牽制、にはなるだろう」
「目くらまし、ですか」
「...紛れ込んでいるのだろう、ネズミが」
さも、全てが計算通りで、始めからそう考えていた、といった演技をしながら、堂々と告げる。
すると、素直に騙されてくれた執事さんが一瞬だけ驚愕の表情を浮かべ、次いで尊敬の眼差しで私を見詰めた。
「......なるほど...!流石は旦那様。人数を減らせば此方は見付けやすく、そして、不確かな情報を発信する輩を放棄し相手方を撹乱、という訳ですね」
「あぁ、それに当家の評判など、既に地に落ちている。これ以上下がった所で痛くも痒くもない」
私個人は良心の呵責が物凄いけどな!
私の浅はかさのせいで更に悪評広めちゃったよ!めっちゃ心が痛い!
「...無礼な事を申し上げました。申し訳御座いません」
「気にするな」
何処か感心したように恭しく告げる執事さんに、全く何でも無い事のように応える。
...ぃよっしゃ誤魔化せたぁああ!
内心でガッツポーズしてから両拳を上げ、脳内の誰かも分からん人達にスタンディングオベーションして貰いながら、ホッとする私。
いやー、頑張ったわ。
多分今後、こんなんが大量に起きるんかと思うと気が滅入るけど、とにかく頑張らなきゃなんだろうな...。
なんか、演技力と洞察力と機転の良さが更にレベルアップしそうだ。
...嬉しくない。
演じるのは好きだけど、どうせなら劇団とかに入って好き勝手したい。
......あ、そうか、そうだ。
今後無駄に長生きするみたいなんだから、良いよね、別に。
落ち着いたらやろう。そうしよう。
目標決まったよ!やったねオーギュストさん!
その後、なんやかんやで到着した食堂では、昨日と打って変わって健康的な朝食が並んでいました。
ベーコンエッグと、クロワッサンみたいなパン、サラダ、コンソメっぽいスープ。
あとヨーグルトがあれば完璧だったんだけど、流石にそれは無理だよね。仕方ないね。
味はとても美味しかったです。
多分これ自家製だな。うん。
あの料理長、腕は良かったらしい。
やったねオーギュストさん!
という訳で、やって来ました。
お外です。
と言っても、屋敷の私兵団が使う訓練場みたいな所なんだけどね。
ここで何をするかというと、実験です。
昨夜も思ってたんだけど、魔力とか身体能力とか、調べたいんですよ私。
なんせこれから自分が使う身体だからね。
なので執事さんに良い場所が無いか聞いたら此処を紹介されました。
......と言っても、何をすればいいんだろう。
広場のような所の中央で、ぼんやりと立ち尽くす私。
仕方無いよね、訳分からんのだから。
大体、魔力って何なんですか?
美味しいんですか?食べられるんですか?
いや、多分美味しくも無いし食べられないとも思うけど、何をどうしたら良いか真面目にさっぱりな訳でして。
そんな事を考えたら、ふと記憶から答えが返って来た。
魔力とは、魔素。
魔素とはなんぞ、と考えたらそれにも答えがあった。
魔素とは、万物に宿る力。
風にも火にも空気にすらも存在する。
.........ごめんさっぱり分からない。
空気の中にある窒素とか酸素とか、そんな感じで不思議な力がフヨフヨしてんの?
訳が分からないよ?
あーもーやだ。
何が嫌だって、ちょっと意識しただけなのに、その魔力とか魔素とか言う何かがその辺りにフヨフヨしてるのと、自分の身体の中にそれが満たされてるのが分かるって事が嫌だ。
何かも分からん何かがそこら中にあって、更に自分の中にもあるって、気持ち悪いよね。
でもこの感覚、何かに似てる。
...何だっけ、あ、分かった。
そうだ、湿気だ。
いや、湿気よりも不快感は無いけど、纏わり付く感じが似てる。
爽やかな湿気って感じだね。
.........つーか結局、魔素って何?
いや、うん、もう良いや。
考えるのめんどい。
こういう時こそ、スルーしておこう。
とりあえず自分の身体の中にある、魔力とかいうのに意識を向けてみる事にする。
どうすれば魔法が使えるのかさっぱり分からないけど、オーギュストさんの身体には使い方が染み付いているからか、なんかオートで魔力っぽい物が練り上げられていった。
なんて言うのかな、こう、団子にするみたいに、ぐにゃぐにゃと、そしてころころと、そんな感じで良く分からん何かが身体の中で纏まっていくのだ。
うん、キモい。
しかも、纏めた所でその良く分からん何かは全く尽きそうに無い。
寧ろ減った気もしない。
コレどんだけあんの私の中に。
とりあえず、纏めた何かが動かせそうだったので手の方にまで移動させる。
ついでに、外に出せそうだったので掌から出してみた。
...シャリシャリという音を立てながら、蒼く燃える氷の薔薇が出来た。
なにこれ。
いや、うん、綺麗だけど。
でも一つ良いかな。
どういう原理コレ。
なんで氷なのに燃えてんの?
あー、うん、良いや。
考えるのやめておこう。
めんどいんだよ本当に。
ファンタジー過ぎてもう訳分からんもん。
とりあえずコレどうしようかな。
...仕方ないからその辺に捨てるか。
そう考えた私は、何も考えずにペイッと、
捨てた途端ビキバキベキみたいな音を立てながら私の周りの半径30mくらいが蒼い炎を纏った氷の薔薇園になった。
...なにこれ。
しかもよく見たら段々と拡がっている。
...うん、えっと、待って待って待って待って、何が起きてるの。
あかん、どうしよう。
えっと、えっと、とりあえず、止まれ!
あ、止まった。
いや、いやいやいやいや、何なのこれ。
止まったは良いけどどうしたら良いのこれ。
あ、もしかして、消えろって思ったら消え、うん......消えたよ。
カシャーン!とパシャーン!の間くらいの、タシャーン!みたいな、なんとも儚い音を辺りに響かせながら、氷の薔薇園は粉々になって、そしてスゥッと空気に溶けていった。
........................。
うん、原理がさっぱり分からないね!
とりあえず、なんか良く分からんけど、魔法とやらはオートで使える、と思う事にする。
ちょこっとしか魔力とやらを放出してないのにこの威力。
思いっ切りやったら一体全体どうなるのか想像も付かない。
よし!考えない!
さあ、次だ!
身体能力だよね、えーっと。
何をしようかと考えを纒めながら、とりあえず柔軟運動で身体を解す。
空手とか、なんかそういった習い事は一切やった事無い。
や、だって、機転が良すぎたからか知らないけど、危ない目にあってもなんとかなってたから。
誰かが助けてくれたり、誰かが助けてくれたり、誰かが助けてくれたり。
うん、えっと...人任せバンザイ。
よし!こうなったらもうオーギュストさんのオート機能に任せるしかないよね!
息子さんとか団長さんの言から予測すると、オーギュストさんは多分騎士、...って事は剣かな?
でもどこに置いてあるか分かんないし、探すのも面倒臭いからさっきの薔薇みたいに魔力で作ってみようと思います。
威力は要らないから、さっきよりも少なくして、えーっと、こうかな、うん、よし。
こねこねと適当にこねくり回して、掌へと持って行く。
適当な剣っぽい物をイメージしながら外に出してみた。
「..................」
なんか、めちゃくちゃ美麗な蒼く燃える細い剣が出来たんですけど何コレどうしよう。
突き刺す事しか出来そうに無い細さです。
振り回したら折れそう。
...でも、まあ、何となくだけど使い方は分かる。
なるべく身体と垂直になるように持って、突くだけ。
ちょっとやってみたけど全然シックリ来ないので、多分オーギュストさんが普段使ってたのとは違う形なんだろう。
消す前に、またしてもウッカリ地面に捨てちゃったんだけど、とす、っていう軽い音立てながら柄まで地面に刺さってめちゃくちゃビビった。
めっちゃ切れ味鋭いっぽい。
その後またそこから薔薇園が出来そうだったので慌てて消した。
それから、私は身体能力云々そっちのけで丁度いい剣を出す事に奮闘した。
だって、そうしないと何も始められないんだから仕方ない。
だけど、めっちゃデカい剣が出て来たり、ナイフみたいなの出て来たり、何故か刀が出て来たり、予想以上に加減が難しくて、ストレスで吐きそうになった。
なにこれ、嫌がらせか?ってくらい難しい。
針の穴に、足の指だけで糸通すみたいな感じ、って言ったら分かりやすいと思う。
それでも一応、出た武器は全部使ってみた。
使えるけど、得意って訳じゃない感じだった。
なんで使えるんだよ、ってツッコミはしない。
だって、オーギュストさんだし。
そして、ひたすら頑張る事、(実際の時間は知らんけど)体感時間で一時間。
とうとう丁度いい位の大きさの剣が出た。
蒼く燃える、片手で持って振り回せる位の長さの、氷で出来た綺麗な剣。
なんか知らんけど装飾まで付いてるからめっちゃ綺麗だ。
...長かった...、真面目に吐くかと思った...。
軽く振り回しても、振り下ろしても、薙ぎ払っても、丁度いい。
やったねオーギュストさん!
これで自分の身が守れるよ!
...うん......つかれた。
でも、この感覚を忘れないようにと、剣を出して、振り回し、消す、というのを何度も繰り返す。
いざという時出せなかったら死んじゃう恐れがあるからね!
いや、オーギュストさんもう人間じゃないからそう簡単には死なないと思うけど、念には念を入れて。
魔力?殆ど減ってないよ!
基準が分からないから、今のオーギュストさんがどれくらい凄いのかさっぱり分からないのが残念だ。
さて、どうしよう。
そろそろいい加減本題に入りたいんだけど、身体能力ってどうやったら確かめられるんだろう。
走るにしても、勝手に敷地からは出たくないし、この場所はそんなに広い訳じゃない。
車が15台置けるくらい、って言ったら分かりやすいかな。
端から端まで走っても良いけど、なんか嫌な予感するから止めておこう。
となると、ジャンプでもすればいいかな。
軽く屈伸して、それを伸ばす要領で軽く跳んだ。
うん、えっと、...ありのままを起こった事を話そうと思う。
飛んでる鳥が眼前にいた。
何を言ってるか分からないと思うけど、私も分からないんだ。
なんかそんなネタあったよね、元ネタ知らないけど。
とかそんなどうでも良い逃避をしてしまいながら、着地。
シュタ!みたいなカッコいい音と共に着地しちゃったんですけど、なんだろうね、コレ。
...めっちゃ怖かった...。
予想外過ぎてなんの覚悟も出来てなかったもん。
突然のフリーフォールとか何の嫌がらせだよ。
だけど、あの高さで降り立っても足が痺れるとかそういう後遺症は全く無い。
どんだけだよオーギュストさん。
...うん、帰って寝たい。
勿論フテ寝です。
なんかつかれた。
「旦那様、そろそろお時間で御座います」
突然の執事さんの声に、ようやく落ち着いて来ていた心臓が思いっ切り撥ねた。
とりあえず飛び上がらなかった自分を褒め称えたい。
いやもうホント心臓に悪いから気配無く来るのやめて欲しい。マジで。
そんな事を内心で思いながら、そしてやっぱり顔にも態度にも出さず、鷹揚に応える。
「...そうか、次の予定はどうなっている」
「本日は、昼食後にクリスティア様との面会が入っております」
「そうか」
うん、誰だそれ。
つーか結構な時間が経ってたのね。
全く気付かなかった。
「しかし旦那様、12年前よりも剣が冴え渡っておりましたな。このアルフレード感服致しました」
「ふむ、そのように見えたか」
「はい、当国にて旦那様に敵う者は、最早かのシルヴェスト卿以外居られますまい」
何処か誇らしげに、そして嬉しそうに、ウンウンと頷く執事さん。
...なんか前も聞いた気がするな、その名前。
確か、この国に居る賢人だっけ?
知識を探れば、該当者が一人。
どうやら偏屈な人らしく、オーギュストさんは今まで会った事が無いらしい。
なんか、偉い貴族は余り好きじゃ無いらしいとか。
気持ちは何となく分かる気がする。
「...近い内、挨拶に行くべきか」
「そうで御座いますね、今後、旦那様とは長い付き合いとなりましょう。
後程、書簡をお送りされますか?」
「そうだな。そうしよう」
まあ、数少ない仲間、って事になるんだもんね。
一回くらいは会いに行かなきゃ駄目だろう。
「では、準備をしておきます。
さあ、そろそろ昼食のお時間となります。参りましょう」
恭しく礼をしながら、執事さんが告げる。
その時ふと、百年経ったら、私は生きてるみたいけど、この人は居ない、という事に今更気付いて少しだけ悲しくなった。
「アルフレード」
「どうされました?」
何か言おうとして、でも浮かばなくて、諦めて無難な言葉を口にする。
「世話を掛ける」
「何を仰います、わたくしめにはこれ程の至福、他に御座いません」
とても嬉しそうに、そして誇らしげに、執事さんが笑った。
「そうか」
私はそれだけを答えながら、執事さんの後に続いて、食堂へと向かったのだった。
...執事さんの厚意が、とても心に痛い午前中でした。
切実に、メンタルクリニックが欲しいです。