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エルフの里。
それは、人間とは違うけど人間のような姿をした、美男美女しか存在してない里らしい。
いや、爺さん婆さん子供もおるやろ普通。
多分これ美男美女としか会った事ないからそうなってるだけだよね。
あと人間とは違うけど人間のような姿ってなんだよ。どんなんだよ。
場所としてはこの国の外。
すげぇ険しい山を越えて樹海に入った、その後。
詳しい情報は不明だけど、その樹海の中のどこかにあるらしい。
いやどこかってどこ。
ワシ今からそこ行かなあかんねんけど。
ひどない?
なんで場所分からんねん。
エセ関西弁を脳内で垂れ流しながら、それでもいつものように頑張って表には一切出さずに、静かな息を吐く。
『賢人様、どうされました?』
それでもその吐息を耳ざとく聞き付けたのは、薄青い鱗のドラゴンさんだった。
あの、私に卵盗んだだろと喧嘩吹っ掛けてきた挙句に返り討ちにされて小を漏らし、更に、奥さん? 旦那さん? どっちか分からんけどパートナーさんにフルボッコにされた挙句、夫妻して馬車ならぬドラゴン車、略してドラ車になったあのドラゴンである。
ばっさばっさと大きな翼、……羽根? どっちだっけまあいいや、とにかくそれをはためかせながら、ちらりとこちらを見上げる薄青い鱗のドラゴン、略して青ドラさん。
なんか、某国民的青い耳無し猫型ロボットみたいなものを彷彿とさせるあだ名だけど気のせいです。気のせいにしといてくださいお願いします。
そして私が何をしているのかというと、その青ドラさんに騎乗しております。
馬みたいに乗って、空を飛んでおります。
…………どうしてこうなったのかは私もよく分からない。
なんか、あの、執事さんが用意してくれてました。
乗る為の、なんだっけ、あれ。
なんていうのあれ? おしりの下に敷くやつ。
該当が一件ありました。
・鞍
馬や騎獣に乗る為に装着される専用の道具の事。
合わない物では騎手も騎獣も怪我をするので基本がオーダーメイド。
……とうとう知識が先回りして教えてくれるようになってきた……。
万能もここまでになって来ると本当に恐怖しかない。嬉しくもないし気持ち悪いし気分悪い。
いくら普段がお気楽能天気でも、怖いもんは怖いんだよ。
それもそのはず、現在地点は高度……何メートルこれ?
鳥が下の方飛んでるよ?
とにかく、執事さんのなんかよく分からん色々な計らいにより、あっという間に青ドラさんが色々と装備を装着されて、なんやかんやで送り出され現在である。
なんで青ドラさんなのかというと、色が決め手だと思う。
オーギュストさんに、赤いドラゴン、って微妙に似合わないから。
そんな事は置いといて、それより何より、まさかの突然のお一人様状態に大パニックである。なんで一人で放り出されてんの私。
足でまといになるからって誰も一緒に来てくれなかったんだけど、逆に酷いよこれ。
皆の記憶が消されてなかったら案内兼説明役として誰か着いてきてくれたかもしれないのに神てめぇマジ何してくれてんだクソがー!
なお、オーギュストさんのお師匠であり医者でもあるあの不定形賢人さんは、オーギュストさんのお母さんの容態やら状況を確認して、後から遅れて来てくれるそうです今来て欲しい。
「問題ない」
無言の私に青ドラさんが震え始めてしまったので、慌てて簡単に言葉を返した訳ですが、それでも大パニックオブ大パニックで脳内大騒ぎですなう。
全部が怖くなっても仕方ない状態である。
心細さがMAXでもうなんか変なテンションだけど、青ドラさんがいるから表には一切出せない。
いや、うん、経験上出ないんだけどね、オーギュストさんの身体変な所で鍛えられてるから。表情筋殺す訓練とか何してんだろうね。
飛んだ始めは外の世界だひゃっほいってなるかと思ったけど、全然そんな事なかったんだぜ。
むしろ免許センターで原付バイクに初めて乗った時の、速い寒い怖い、というちょっとしたトラウマが彷彿されて頭の中が真っ白になりました。
現在は、速い高い怖い、である。
風とかめっちゃ頬を叩いてくるのに全然苦しくないし肉体的には全くもって平気なんだけど、私、ジェットコースター系苦手なんだよ。
どれだけ安全でも怖いもんは怖いのである。
『賢人様、山岳地帯が見えて参りました』
めっちゃ風吹いてて何言ってるか聞こえないかと思いきや全然普通に聞こえるんだけど、これもやっぱりオーギュストさんのスペックなんだろう。
ちらりと視線を前方に向けると大きな山脈が見えて来た。
地平線まで広がってるので相当な長さがあるんだろう。
っていうか、知識ではこの山脈が国を囲んでるらしいとあったので相当な長さって表現はおかしいかもしれない。
だがしかし、知らんかったので仕方ないと思う。
「そうか、越えるまでどのくらいかかる?」
『邪魔が入らなければ十五分程かと』
「ふむ、邪魔とは?」
『ここから先はドラゴン達の領域となりますので、目を付けられれば喧嘩を売りに来るかと』
「なるほど」
めんどくせぇな。
『世の中には相手を見極められない馬鹿がおりますので』
ドヤ顔してそうな声音ですがひとついいかな、お前が言うのそれ。
『うっ、いや、あの時は確認不足でしたから!』
「それはどうでもいい、卵探しは良いのか?」
『確かに手分けした方が良いのですが、番の方が私よりもしっかりしておりますので、任せる事にしました……』
「なるほど、道理だな」
アホの子っぽいもんね青ドラさん。
いや私も人の事言えないんだけど、……って人じゃないやドラゴンだ。
とはいえ、赤いドラゴン、略して赤ドラさんだけで探してる訳じゃなくて、隠密さんにも冒険者さんにも手伝って貰ってる訳だからなんとかなりそうなもんだけど。
「孵化までには見付けて貰いたいものだ」
『はい、人間を親だと刷り込みされてしまうと、少々面倒な事になりますからね……』
刷り込みってドラゴンにも有効なの……?
よく分からんけどそれはちょっと大変だな……? 皆頑張れ……。
それは一旦置いといて、まずはこれから山を越えるのに通行を邪魔されるのはちょっとアレなので、精霊さんに呼び掛けて貰うことにしようと思います。
「風の精霊殿、おられるか?」
『はーい! あっケンジンだー! どしたのー?』
「ドラゴン達に私がこれから通行すると伝えてくれないか?」
『だいじょぶよー?』
「ふむ?」
『ケンジンのケハイってドクトクなのー! 気付けないヒトはよっぽどのバカなのー!』
『うぐぅっ』
結果、青ドラさんがよっぽどのバカだという事が判明しただけでした。
しかもさっきドヤ顔で言ってたセリフが物凄い急角度でブーメランとして刺さったよね。なんかごめん。
私は何も悪くないんだけど、なんかごめんしか言えない。うん、なんかごめん。
テーブルの上に置かれた箱を前に、頭髪が芸術的に侘しい男が唸る。
箱の中には先日手に入れた“ドラゴンの卵”が入っているのだが、それが彼の悩みの種となっていた。
これを使ってヴェルシュタイン公爵の化けの皮を剥がす予定ではあったのだが、それが予想よりも困難だと気付いてしまったのだ。
本来の予定では、ヴェルシュタイン公爵領の物資輸送馬車にこの卵を紛れ込ませるつもりだった。
そうする事でドラゴンをヴェルシュタイン領へ誘き寄せ暴れさせる算段だったのだが、問題が発生した。
どうやって紛れ込ませるのか、細かい部分を全く考えていなかったのだ。
彼は元々平民である。
商人上がり故に狡猾に登り詰めたのは事実ではあるが、それは冷静な頭でひとつずつ確実に出来る事をやって来た結果であった。
つまり、感情と勢いに流され、今更になって冷静になった彼は、ひとつひとつを分析して絶望した。
ヴェルシュタイン領への物資輸送馬車は、交易品ばかりが積まれている。
その中に商品名簿に無い箱が紛れていたとすれば、王国法に則りその場で棄てる事が原則。
いくらヴェルシュタイン公爵が腐っていたとしても、領民の全てが腐っている訳では無い。
手の者を紛れ込ませたとしても、それが信用を得るまでどうしても物理的な時間がかかる。
それまでに卵が孵化してしまえば意味が無い。
しかし、このままでは此処が危ない。
そう思って彼はドラゴンの卵について調べた。
まずはいつ産まれるのかが分かれば、計画が続行出来るかどうかが分かると思ったのだ。
変更するかどうかはそれからでも間に合うと高を括って。
結果として判明したのは、この“ドラゴンの卵”はワイバーンの卵に酷似しているという事だった。
高い金を払って、ワイバーンの卵を手に入れた可能性が出て来たのである。
「騙されたのか……」
元が商人であった彼は、例え騙されたとしても怒る事は無い。むしろ己の浅はかさに落胆する程度だ。
知識と情報が不足しているのにも関わらず、調べる事もせずにそのまま取引を終えてしまったのは己である自覚はあった。
こうなれば、作戦を始めから練り直す必要がある。
ドラゴンを嗾けるにしても、ちゃんとした作戦が必要だと気付けただけ儲けものである。
問題は、この“ドラゴンの卵”をどうするべきか、だ。
ワイバーンの卵であるなら、それはそれで有益だ。
卵から育てれば人の言う事をよく聞く騎獣として重宝される。
ふと、顎に手を当てながら唸る彼の部屋の外から軽い足音が聞こえて来た。
ぱたぱたと聞こえた足音が扉の前まで来たかと思えば、勢いよく扉が開く。
「とうさま! ドラゴンの卵を手に入れたって本当!?」
「これユルファ、ノックくらいしなさい」
キラキラと瞳を輝かせながら、小さな男の子が興奮気味に問い掛ける。
母によく似た優しい顔立ちの彼は、この家唯一の跡取り息子だ。
父譲りの焦茶色の髪は父のように侘しくなく、ふっさふさである。
毛の生え方は母に似たのかもしれないが、彼の晩年がどうなるかは未知数だった。
なお、母方の血筋にハゲは居ないので、彼の遺伝子がどちらに寄るかが彼の将来を決めていると言っても過言ではなかった。
「かあさまから聞きました! ドラゴンの卵!」
「一体どこから聞きつけたのか……分かった分かった、見せてやるからこっちへ来なさい」
無邪気な息子につい目尻を下げながら手招きをする男は、まさに親バカの顔をしていた。
愛する妻によく似た息子が仔犬のように己を慕う姿を可愛いと思わない親は少ないだろう。
トコトコと近寄って来た八歳という割には小柄な息子をひょいと膝に載せ、男は木箱の蓋を開けた。
「うわぁ……! これがドラゴンの卵!?」
「そうだよ」
「どうやって手に入れたんですか!?」
「冒険者から貰ったんだよ」
もしかしなくても、これはワイバーンの卵なのかもしれない。
そうは思いながらも、それでももしかするとドラゴンの卵なのではないか。
可能性としては、良く見積ってワイバーンが八割、ドラゴンが二割。
結局の所、どちらなのかは孵化してみなければ分からないという、なんとも言えない状況に男は立たされていた。
「冒険者から!? とうさますごいです!!」
「凄く大変だったそうだけど、私の為に頑張ったそうだよ」
「うわぁー! わぁー! とうさまもすごいけど、冒険者もすごいなぁー!」
それでも男は、幼い息子には夢を見せてあげたかった。
この国の山々に棲むドラゴンは、子供達の憧れである。
それはこの国の成り立ちを謳った英雄譚に、初代国王がドラゴンライダーと呼ばれる存在であったことが由来していた。
ドラゴンに乗り空を駆ける英雄の挿絵に憧れる少年は少なくない。
例に漏れず彼の息子も、その憧れている少年の内の一人であった。
「はっはっは、そうだろうそうだろう」
宝石のように輝いているキラキラとした少年の目は、正面から見ずとも眩しく感じられる。
ぽんぽんと我が子の頭を撫でながら、彼は同意するようにうんうんと何度も頷いた。
「ねぇとうさま、この卵どうするの?」
「うむ、実はそれを悩んでいたところなんだよ」
幼い無邪気な問い掛けに少しの溜息を混ぜながら言葉を返した男は、困ったように笑った。
それを聞いた少年が、パッと父親へ振り返る。
その目は純粋で、誰よりも無垢に、とても綺麗に見えた。
そして少年は真剣に、本気の目で父を見据えた。
「あのっ、とうさま、もし大丈夫なら……ぼくにこの卵くださいっ!」
この目が無ければ、男はキッパリ駄目だと返せたかもしれない。
しかし少年の眩し過ぎる目を正面から受けてしまった薄汚い父親は、どうしても息子の期待を裏切るような事が出来なかった。
「……どんなものが産まれてくるかは分からないよ、それでもいいかい?」
「はい! 責任もって世話します!」
「……もしかしたらドラゴンじゃなくてワイバーンかもしれないよ?」
「だいじょうぶです! たとえワイバーンでもちゃんと世話します!」
真剣な表情の息子に、産まれた時の目も開いていない赤ん坊だった時の息子の姿を思い出した。
あれから八年とはいえ、随分大きくなった、と感慨深く思いながら、男は息子の髪をくしゃりと撫でた。
「男に二言はないね?」
「はいっ!」
そうして卵は、幼い無垢な少年の手に渡る事になったのだった。
「執事サン執事サン、報告書用の紙ってどこだっけ?」
音も無く姿を見せた灰銀の髪の黒ずくめの男に、執事は書類を分類する手を止め顔を上げた。
主であるヴェルシュタイン公爵の執務室には、いつでも用命を受けられるように、執事が待機する小部屋が併設されている。
その部屋と主の執務室とを往復していた所で登場した予想外の人物に、執事が軽く眉を上げた。
「おや、この間持って行きませんでしたか?」
「追加で必要になったからあと一枚欲しくて」
軽い雰囲気で笑いながらぽりぽりと頭を搔く灰銀の男に、執事は、ふむ、と納得した後、自分で持っていた予備の紙を一枚差し出した。
「なるほど……そういえばシンザ、例の物はどうなったんです?」
「今日見付けたから、旦那サマに送る報告書が追加になっちゃった訳なのよ」
「……ふむ、回収出来たんですか?」
紙を受け取りながらの問答をする灰銀の男を視界に入れつつ、執事は思案する。
それは世間話と言うよりは、任務の進捗状況の把握だった。
「それがさー、奴の子供の手に渡っててね」
「……それはまた、厄介ですね」
相手が大人であれば、様々な説得も可能。
しかし幼子であるなら、わがままを通されてしまう可能性がある。
「そうなんだよねー、しかも産まれる所を見たいのか片時も離れずだよ」
「子供の歳は?」
「八歳」
なんとも、微妙な年齢である。
「どうしたものでしょうね……」
「さすがにさー、旦那サマの判断仰ぎたいよねー」
無理矢理取り上げる事も出来るけど、と続けながら、彼は頭の後ろで手を組んだ。
「それはそれで騒ぎになりそうですね……」
「代わりの卵用意しようかと思ったけどさー、今はもう時期じゃないんだよなぁ」
ワイバーンの卵の孵化までの日数は一週間と短い。
もう子育ての時期に入っており、孵化出来なかった卵は親子ワイバーンのご飯になってしまっているので、もう卵の存在すら怪しい時期である。
しかしそれは専門家しか知らない事実なので子供が知る訳がないのが現実であった。
「早ければ今晩には返信があるでしょうから、早目に仕上げてしまってください」
「分かってるって」
こういう時の為の連絡手段として、転移スクロールと呼ばれる魔法陣の描かれた巻物がこの世界には存在している。
郵便よりも機密情報が守られる事もあり、高位貴族は愛用している者が多い。
人間を転移させる事は出来ないが、スクロールからスクロールへと文書や小物を転移させる事を主として使用されている為、重宝されていた。
現代の地球で似たようなものというと、固定電話だろうか。
声を届ける事は出来ないが、決めたスクロールに物を届ける事が出来るのは、利便性が高かった。
今回の訪問の為に新たに用意されたスクロールは現在、主であるヴェルシュタイン公爵の乗る薄青い鱗のドラゴンの背に積まれた荷物の中に入っている。
一日に一度、それを使って連絡を取り合うように決めていた。
とはいえ、主の居ない屋敷はまるで火の消えた暖炉のようで、なんとも物寂しく感じられる。
それは執事だけの感覚ではなく、灰銀の男も同じであるようだった。
「はー、旦那サマ不足になりそう」
執事としても気持ちは分かるが、その表現はどうなのだろう。
如何ともし難い気持ちだというのは理解出来るのだが、もう少しこう、ヴェルシュタイン公爵に仕える者としての矜恃の見える言動をして貰いたいと思ってしまう。
執事はこめかみを指で押しながら、溜息を吐いた。
「ねーねー執事サン、なんで俺旦那サマに着いてっちゃ駄目なん?」
「あなたは仕事があるでしょう、それが終わったならどうぞ」
「隣国、卵、領内、ついでに宰相、全部終わるのいつだと思ってんだよ」
「知りませんが」
というか、着いて行けるなら執事だって着いて行きたかった。
しかしエルフの里など普通の人間が辿り着けるような場所ではない。
それが分かっているからこそ、二人してこんな所でくさくさしているのだ。
「かーっ! やってらんねぇ! 旦那サマが見たい! 声が聞きたい! なんだよスクロールなんて使わなくても俺でいいじゃん!」
「喧しいし気持ち悪いですよシンザ、旦那サマのお気遣いなんですから素直に受け取りなさい」
「うるせぇよ! 俺だって自分が気持ち悪ぃんだよ! なにこれやだもう!」
「良いから早く戻りなさい」
「うっせぇ冷血漢! 言われなくても戻るよ! ばーかばーか!」
子供のような捨て台詞を吐き散らかしながら、しかしそれでも音も気配も無く姿を消した灰銀の男。
「……なんなんだ……」
執事は盛大に溜息を吐いてしまったのだった。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
鈍足ですが、今年もどうぞ宜しく御願い致しまする( ´ ▽ ` )





