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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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「おじさま、今頃何をしてらっしゃるかしら……」


 ぽつりと呟かれた少女の言葉には、憂鬱と憧憬、それから微かな苛立ちが含まれていた。

 それは彼女にとってこの状況が不本意であり、他にもやりたい事があるのに出来ないでいるという事に他ならない。


 そんな彼女が現在どういう状況であるかというと、母に連れられて、とある貴族の主催するお茶会に参加させられていた。


 お茶会という言葉単品では楽しいイメージが強いかもしれない。

 しかし貴族のお茶会というとやはり暗雲立ち込め群雄割拠する闇のお茶会である。


 笑いたくもない所で笑い、内面を一切出さず、立場の高い相手には媚びへつらい、己よりも下の者には傲慢に振る舞う人々との対話ばかりのそれに、少女は辟易してしまっていた。

 しかも、大人だけならまだしも彼等に連れられた子供達すらも似たようなもので、それを目の当たりにしてしまった少女はどうしても、つまらない、という感情に支配されてしまうのだ。


 こんな事しているなら屋敷に帰って魔法の勉強や鍛錬をしている方が何倍も有意義だわ。


 そんな言葉を無理矢理に飲み込む。

 そうしておかないと耳聡い者達に揚げ足を取られ、母の顔に泥を塗る事になる。

 ひいてはローライスト伯爵とヴェルシュタイン公爵、両家の名に傷を付けてしまう恐れがあるからだ。

 そうなれば、伯父であるヴェルシュタイン公爵にも迷惑が掛かってしまう。

 それだけは絶対に避けたい少女は、去年母から誕生日プレゼントに貰った薄緑の扇子で、への字に曲がってしまいそうな口元を隠した。


 それでも、先程呟いてしまった言葉には気付かれてしまったらしい。

 同席の男爵令嬢と伯爵令嬢が顔を見合わせ、頷き合った。


「ローライスト伯爵令嬢のおじさまというと、今話題のヴェルシュタイン公爵の事でございますか?」

「わたくし知っていますわ! 今年、めでたく賢人になられたそうで……」


「ええ、わたくしも聞きましたわ! 切れ長の青い瞳が美しくて、それはそれは見目麗しくなられていたって!」

「まあ! 今年の建国祭、あと一歳年齢が合えば遠目からでも見られたかもしれませんのに……残念ですわ~」

「わたくしも一目拝見させて頂きたかったですわ~」


 この会話もグループのメンバーが変わる度に似たような話題として上がっていた。

 本日何度目かのそれらに内心げんなりしながらも、少女は己が発言してしまった事で発生してしまったのだと理解しているが故に、丁寧な態度での対応を返す。


「デビュタントの際、おじさまにエスコートをお願いしてみようと思っておりますの。でも、お忙しい方ですから受けて頂けないかもしれませんわ」

「まあ! 楽しみですわ!」

「きっとお受け頂けますわよ!」

「ありがとうございます」


 ニコニコと笑い合う小さな貴族令嬢達。


 だがそれぞれの言葉には裏がある。

 それを開示するとこうだ。


「ローライスト伯爵令嬢のおじさまというと、今話題のヴェルシュタイン公爵の事でございますか?(賢人になったという伯父の自慢かしら?)」

「わたくし知っていますわ! 今年、めでたく賢人になられたそうで……(それが本当かどうか分からないけど)」


「ええ、わたくしも聞きましたわ! 切れ長の青い瞳が美しくて、それはそれは見目麗しくなられていたって!(あの豚公爵が? 想像付かないわ、皆ちょっと話を盛り過ぎよ)」

「まあ! 今年の建国祭、あと一歳年齢が合えば遠目からでも見られたかもしれませんのに……残念ですわ~(見られれば噂の真偽を確かめられたのに)」

「わたくしも一目拝見させて頂きたかったですわ~(虚偽でない証拠が欲しいわね)」


 そして、それに対する少女の返答はこうだ。


「デビュタントの際、おじさまにエスコートをお願いしてみようと思っておりますの。でも、お忙しい方ですから受けて頂けないかもしれませんわ(あなた達に構う暇なんておじさまには無いのよ、どうしてもっていうならあと四年待ちなさい)」

「まあ! 楽しみですわ!(首洗って待ってなさい)」

「きっとお受け頂けますわよ!(泣いて謝罪するのが目に浮かぶわ)」

「ありがとうございます(好きに言ってるといいわ)」


 まだデビュタント前の少女達が大人顔負けに腹の読み合いをしているというのは、貴族達の界隈ではどこでもある光景である。

 しかし、その中に投入されている少女の心中はもはや、面倒臭い、の一語のみだ。

 

(帰っておじさまにお手紙を書きたいわ……)


 うふふふふ、と笑い合う少女達の声が喧騒に混じっていく。


 大人達は大人達だけ集まったテーブルで腹の探り合いをしているので、貴族というものはそういう生き方しか出来ないのかもしれない。


 とはいえ、それが向いているかはともかく、心の中までは染まりきれない少女は溜息を押し殺すしかない。

 ふと大人達のテーブルの方に視線を送ると、少女の母であるロザリンド・ローライスト伯爵夫人と目が合った。


 一瞬の事ではあったが、それは予め母と決めてあった合図だ。

 少女は口元を扇子で隠したまま、厳かに口を開いた。


「それよりも皆様に、お耳に入れていただきたい事がございますの、聞いていただけます?」

「あら、何かしら」

「どうか遠慮なさらないで」


 令嬢達の目には少しの好奇心と、それから、もしつまらなかったらどうしてくれよう、という気持ちが滲み出ていた。

 噂話しか話題の無い、こういった貴族のお茶会では話題の面白さや重要さが物を言うのである。


「わたくし、第一王子殿下の婚約者候補から正式に降りる事になりましたわ」

「まあ! 一体何があったんですの?」


 少女の言葉(エサ)は、見事釣り上げに成功したようだ。

 令嬢達の目が好奇心にキラキラと輝いている。


「……いけませんわ、殿下の悪評になってしまいますもの……、王族の方を悪く言う訳には……」

「大丈夫ですわ、ここの方達は皆口が固いのよ」

「そうですわ、どうぞご安心なさって?」


「ありがとうございます……実は……」


 それは、不遇の王の息子、希望の王子の現在の様子の話だった。


 かの王子は、両親の愛を充分に受けられずに育ったせいか、人を信じる事が出来ないのだという話から始まり、彼を支えるには、魔力や血筋以上のものを持った人間でなければ務まらず、自分では王子を救う事は出来ない、という涙ながらの言葉で締め括られた。


「地位や名誉、血筋、魔力、そんなものは持っていて当たり前なのですわ……、あの方に必要なのは、それよりも信用出来る相手なのです……」

「まぁ……そうなのですね……」

「なんてことなの……」


 令嬢達から漏れるのは悲嘆の声だ。

 しかしその中で疑問の声を上げる令嬢が現れた。


「そこまで分かっていて、どうしてご自分で支えようとは思わないのです?」

「……殿下は、わたくしのおじさまが信用出来ないのですって。だから、わたくしも信用出来ないそうですわ」


「そんな……」

「いえ、良いのです、確かにおじさまは、何も知らない方達から色々と噂されておりましたもの……、純粋な殿下がそれを信じてしまっていても仕方ありませんわ……」


 寂しげに告げた少女に、少しの心当たりがある令嬢達がバツが悪そうに視線を逸らす。

 それを視界に入れながら、少女は構わずに言葉を続けた。


「わたくしは、時折殿下を手助けする、友人という立場に立つ事も出来るかどうか分かりません……、ですのでどうか皆様、是非婚約者候補に立候補してくださいませ、殿下の為に……!」

「ローライスト伯爵令嬢……、……分かりましたわ、わたくし、お父様とお母様に御相談してみます」

「わたくしも」


「皆様……ありがとうございます……!」


 少女は目に涙を浮かべながら、扇子を下げて微笑む。

 それは消えてしまいそうな程に儚げで、居合わせた者達の庇護欲を大いに掻き立てた。


 ここまで来れば、計画は大成功である。


 居合わせた者達の言葉には裏の意味が多少なりともあるのだろうが、余り深い意味も無く、長くなりそうなので今回は割愛しよう。


 何故今少女は此処でこの話をしたのか。

 それはテーブルに着いている令嬢達が噂好きであり、それなりの立場の貴族令嬢であるからだ。


 少女は以前起きた王子とヴェルシュタイン公爵のやり取りやその他もろもろを両親に話し相談した結果、王子の婚約者候補を辞退する方向で決定した。

 その際、ささやかな意趣返しとして今回の噂好きが集まるお茶会に参加する事が決まったのである。


 さて、これをする事で何が起きるかというと。


 王城に王子の婚約者候補希望者が殺到、ではなく、逆だ。

 婚約者候補には、家柄、魔力、人柄、人間関係全てが最高品質の完璧な人間のみなる事が出来るという馬鹿みたいに高いハードルが課せられたのだから仕方ないと言える。


 つまり、王子に相応しい婚約者が、候補でさえも見付けられない可能性が出て来るのである。

 ついでに、王子の評判も少し下がるという一石二鳥の作戦だ。


 なお国王夫妻が忙しいのは国中の常識なので、王子の心の隙間を埋められなかった教育係の宰相閣下が悪い事になるのだが、宰相閣下が素晴らしい事も国中の常識。

 結果として、王子単体が悪い事になってしまう不思議な状態なのである。

 どうやら伯父であるヴェルシュタイン公爵を悪く言っていた王子を許せなかったのは、少女だけではなかったようだ。

 

 その頃、当の王子本人が何をしているのかというと。


「ローライスト伯爵令嬢……、彼女もこういう本を読むのだろうか……」


 呑気に微笑ましい恋愛系の本を読みながら、初恋の少女の事を考え、一人でそんな事を呟いているのだから人生とは分からないものである。


 この二人が今後どうなるのかは、未来が変わり、不確定となってしまった今はもう分からない。

 しかし、神が用意していたゲームのストーリーに酷似した未来へ至る事が無い事だけは、確かだった。










 その頃、ヴェルシュタイン公爵の一人息子、ルナミリア王国騎士団長、ミカエリス・ヴェルシュタインはというと、ちょうど人生の岐路に立たされていた。


 原因は案の定、宰相ラグズ・デュー・ラインバッハ侯爵の孫娘、白の聖女と名高い、ジュリエッタ・ラインバッハ侯爵令嬢である。


 ちなみに聖女と言っても、人々が勝手にそう呼んでいるだけなので、彼女は回復と治癒が出来る程度の能力しかない。

 本来の、神が用意した聖女が使えるという光属性の浄化魔法が使える訳でもなく、ただその聖女の素質があるのではないかという雰囲気のみであり、ただの通称である。


 ちなみに本人は過去に一度も聖女と名乗っていないので、偽物だと糾弾されたとしても知らないと言い切れてしまうのが、地味に腹が立つ。


 とはいえ、治癒と回復、両方を会得して、かつ実践にまで使用出来る者は少ないので、人材としては希少である。

 それに人格が伴っていればもっと世界は平和だっただろう。



「どうして……酷い……! わたくしが、何をしたと言うのですか……!」

「団長……これは一体……!」


 可憐な美少女が、目から大粒の涙をはらはらと零しながら、青年から目を逸らす。


 金色の髪をさらりと揺らし、青年は美少女を見下ろした。


 現在彼に何が起きたのかというと、仮眠から起きたら半裸の美少女が同衾していて、そこを他の騎士達に目撃された、という感じである。


 そんな中、青年の胸中はと言うとたった一言だった。


(……面倒臭い……)


 仕方ない気はする。

 ただでさえ付き纏われ、妙な噂を流され、業務の邪魔ばかりをされていた挙句、これである。

 むしろ彼の方こそ、私が何をしたと言うのですか、と泣いてしまっても良いくらいだ。


 しかし彼はそんな事をする程可愛げのある性格ではない。

 それに関しては父譲りなのだ。


「団長、説明して下さい! 貴族のお嬢さんに、しかもいくら好かれていたって、これはやっていい事じゃありません!」


 顔を真っ赤に糾弾してくる部下の姿に、彼はとうとう腹を括った。


「貴様の目は節穴か?」

「はっ?」


 父に良く似た青い目を、最大限に釣り上げ、細め、部下を睨み付ける。


「なるほど、部下だと思っていたが今まで何も見えていなかったと見える」


 冷たく、凍てついた空気が立ち込めた。


「貴様は私が、そんな人間だと思っていたのだな」

「こんなもの見せられれば、誰だって疑うに決まってるでしょう!?」

「つまり、その程度か。私本人がどういう人間かなど、どうでもいいのだろう」

「……騎士団長ともあろう方が言い訳ですか」


「やめてください……! わたくしが、わたくしが悪いのです……!」

「いいえ、お嬢さんは何も悪くありません……! どうか泣かないでください……!」


「もういい、茶番はこれまでだ」

「なっ……!?」


 呆れたように取り出したのは、掌サイズの水晶玉だった。


「この部屋には、盗難防止策としてあちこちに監視用魔法玉が設置されている」


「えっ?」


「ちなみに、魔術師団の方へ全ての映像が転送され、保管されるようになっている、例え偽造されようとも妨害すらも直ぐに看破されるだろう」


 呆然としている部下と美少女を置いて、青年は簡易ベッドから立ち上がった。

 さっきまで寝ていた筈なのに、青年が鎧も何もかも纏っているという事実に驚いたのは、美少女もそうだが、部下もであった。


「私はいつも鎧を着て寝ている、詰めが甘かったな」


 彼は父譲りの冷たい空気を纏いながら、仮眠室から立ち去った。

 取り残された美少女はあんぐりと口を開け、部下はというと疑ってしまった己を恥じた。

 そして流れる気まずい空気に、つい口を開く。


「あの、色仕掛け、失敗したんですね」

「うるさい」

「アッハイ」






 青年が仮眠室から出たその足で向かったのは、護衛の任務としていつも待機している王の執務室だった。

 とはいえ、そんなに都合よく王が居るのかというと、実は居る。

 仕事中、仮眠を取った後に元の仕事に戻るのは普通の事だからだ。


「陛下、騎士団長を辞任させて頂きたく存じます、というか、王国騎士を辞めます」

「えっ、ちょ、ま、嘘でしょ!?」


 王冠を被った壮年の男性が、余りの予想外過ぎる事に素っ頓狂な声を上げた。


「嘘ではありません、信用出来ない、そしてされない集団に命を預け続ける事など出来ません」

「いや、確かにそうだけど……突然過ぎんかね……?」


 キッパリと言い放つ青年は、戸惑う王に今まで起きた事を書いた報告書を差し出す。

 なお、ここに来るまでに本日の出来事も書き足してあるのは、父譲りの有能さなのかもしれない。


「こちらが報告書です、お手数ですが目を通して下されば幸いです」

「……ううむ……なるほどこういう事が……、しかし、真偽を確かめねばならん、色々と時間がかかるぞ?」

「構いません、その間は領地の実家にて待機させて頂きますので」


 キリッとした顔で断言された青年の言葉で、王の頭にふとした疑問が浮かんだ。


「うん? 邸宅ではなく領地の実家?」

「はい」

「今、オーギュストの滞在している、実家か?」

「はい、その実家です」


 無駄にキリッとしてるが、もしや。

 そう考えたらしい王が沈黙の後に口を開いた。


「…………まさかとは思うが、その為に辞めるのでは無いだろうな?」

「…………………………」


「なんで無言?」

「では、一旦御前失礼致します」


「おぉーい!? 待って!? 待ちなさい!!」

「待ちません!! 実家で父上が待っているんです!!」


 全力での言い合いに、隣室で書類の再製作を手伝っていた王妃がやって来てしまった。

 ガチャリと扉を開け、呆れたように声を上げる。


「なんですの? 騒々しい」

「聞いてくれ妃よ! こやつ家に帰りたいというだけの理由で騎士団長を辞めると申すのだ!」

「あらあら」


「我だってオーギュストの家に行きたいのに!!」

「あらまあ」


 王の謎の叫び声が響き渡り、王妃の少し困ったような落ち着いた言葉が呟かれたのだった。

今年一年、皆様本当にありがとうございました。

来年もどうぞ宜しくお願い致します。

良いお年をお迎えくださいませ( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子はざまぁされる(笑) 自分の両親からオジ様がどんな人柄か聞いたこと無いのかなぁ?聞いてて噂や立ち聞きのほう信じたなら時期王として問題あるな^^; そして、息子さん頑張った! 動画記録…
[一言] 更新、ありがとうございます♪ 皆おじ様お好きですねぇ。そのまま婚約解消したり団長辞任したりして自領に集結しちゃったら……王様も来たりして。 とにかく老害宰相と悪女孫娘に痛い目合わせられるの…
[良い点] オジサマ教の信者がフリーダム! オーギュストさんの周りは本人含め有能な人が多いので安心して読めます。 建前で殴り合いしてた令嬢達が、神作画オーギュストさんを見て愕然とする日が待ち遠しいです…
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