64
「お待ちください!」
響いた声に、つい行動を止めた。
ついでに一瞬呼吸も止まった。
この場の何人もの命を奪おうと集束させていた魔力を霧散させ、その上で私は息を吐く。
覚悟はしていたが多少なりとも恐怖はあったからか、何故だかどうしてもホッとしてしまった。
制止が入ったという事は、そういう事なのだろう。
この点はまた後で思案しようと思う。
ゆっくりと視線を上げて、声の主を見る。
そこに居たのは、枯れ木のようなお爺さんだった。
私の知っているお爺さんとは違うタイプの、Theおじいちゃんというか。
賢人のあのジジイが絵本に出て来る魔法使いのお爺さんなら、宰相は近所のめっちゃ優しそうなお爺さん。
そしてこの人を例えるなら、性格が腰と一緒にひん曲がってそうな、厳しそうなおじいちゃんだ。
短めの頭髪と髭が、更に厳しさを引き立てている気がする。
だがしかしそれよりも気になったのは、彼の背後に大勢のそれぞれ色んなタイプの爺さん婆さんがずらずらと並んでいた事だ。
うん。
…………何この状況。
思考放棄した頭で、このまま瓦礫とかある通路を彼等足腰の悪そうな爺さん婆さんに歩かせるのはどうかと思った私は、転がる瓦礫やらなんやらを魔力で左右に寄せた。
すると、老人達は確かな足取りで歩き始める。
「えっ、じいちゃん?」
「……あっ、ばあちゃん……」
男達のうち、気付いた数人が驚いたように声を上げて、近寄ってくる老人達を見詰める。
それぞれの肉親らしき男達の元へ辿り着いた瞬間だった。
「くぉらぁああ! 何しとるこのクソガキ共がぁあ!」
「ケーン! お前漁は!? こんな所で何してんだい!」
あちこちで大声での罵倒が始まった。
「ひぇっ」
「ご、ごごごめんばあちゃん!」
床とイチャイチャさせているので、地べたに這いつくばって動けなくなっている男達へ容赦なく愛用の杖ら靴やらを振り下ろす爺さん婆さん。
カンカンバシンバシンと良い音が響くが、多分あれは物凄く沢山たんこぶが出来ると思う。
……まあ、死にはしないからいいか。
「お前こんな事して! ラゼットがどれだけ心配したか!」
「妹は今関係ないだろ!?」
「このたわけ! 家族に向かって! 関係ない訳なかろうが!」
「いだっ、ちょ、じいちゃん! 痛い!」
「痛くしとんじゃこのクソガキ!」
「いでっ、ちょ、ばあちゃん! 痛いって!」
「働き手のお前が働かないから昨日は飯も食えんかったぞ!」
「一食くらい抜いたって死なねぇだろ!」
「二食じゃ馬鹿たれ! あぁイライラする!」
「一食も二食も変わんねぇだろ!」
「やかましい! 儂の唯一の楽しみを奪いおって!」
「食い意地張りすぎだろ!!」
ふと気配の増加に気付いて視線を送れば、やいのやいの罵倒する爺さん婆さんの後に続くようにぞろぞろと姿を見せる、フライパンやお玉などの調理器具という名の鈍器を携えた女性陣達の姿が見えた。
脳裏を昭和の肝っ玉母さんが過っていったが、彼女達もそれぞれ全く違うタイプの方々のようだった。
「あなた? こんな所で一体何をしてるのかしら?」
「カーラ、いや、俺はこの街の未来の為に……」
「未来? 私達の明日よりもこの街の未来なの?」
「いや、そういう訳じゃ……街が良くなれば俺達の明日も良くなる……」
「あなたの一本気な所は長所よ? でもね、どれだけ人に迷惑掛けてるか自覚のない所は本当に嫌いなの」
「えっ、ちょ、ま」
「反省するまで殴ります」
「ぎゃあああああああああ!?」
余り腕力に自信が無いからなのかもしれない。
一番痛そうな鈍器、まな板の角で夫を殴る大人しそうなお姉様。
「あんた!! どこほっつき歩いてんだい!」
「ミリー、これはだな、街の為に」
「ふざけんじゃないよ! こんな騒ぎ起こしといて街の事考えてるとかどの口が言うんだい!!」
「そ、それは……」
「言い訳なんぞ聞きたくもない! 人様に迷惑掛けて!」
「いでぇっ! ご、ごめんなさい!」
ふくよかで芯の強そうな、正に肝っ玉母さんなお姉様の鈍器はお玉だ。
「兄ちゃんのバカァ!!」
「ごへぁ!? リラ! お前、兄ちゃんに何を」
「うるさいうるさいうるさい! こんな事してる方が悪いんだから!」
「おまっ、泣くか殴るかどっちかにしろよ!」
「うわああああん!!」
「いでぇ!!」
勝ち気そうな最年少っぽい女の子はどうやら妹らしい。
最年少故に非力なのか、彼女の鈍器はフライパンのような何かだ。素早く振られ過ぎて本当にフライパンかどうか、私でないとよく見えない。
それぞれがそれぞれ、めちゃくちゃ痛そうだが自業自得なのかもしれない。
だがしかしこの現状を一言で表すなら正に、阿鼻叫喚、である。
女性陣は調理器具がベコベコになるまで旦那や家族を殴り続けた。
老人達の杖は、途中から持ち手の部分で殴っていた為ただの鈍器と化していた。
所詮は女性や老人の力なので誰も死なないだろうけど、本能的な恐怖を煽る事は出来ていたらしい。
男達は段々と涙目になり、最終的には止めてくれと懇願するくらいには、綺麗にペっきりと心が折れていた。
身内からの説教と、涙と、その他もろもろには相当堪えたらしい。
身動きすら取らずに、ごめんなさいを繰り返す機械のようになってしまった男達を眺めながら、思う。
私がなんかするよりも精神的に酷い事になってしまった気がする。
正直に言うと、ざまぁみろ! としか思わないでもないけど……うん、まあいいや。
男って自尊心砕かれるのが一番キツいらしいから、弱者にここまでフルボッコにされれば心が折れて当たり前か。
ちなみにこの間、神父が何をしていたのかというと、予想外過ぎる事態に脳がフリーズでも起こしたのか、ぽかーんと口を開け茫然自失の棒立ち状態で佇んでいた。
なお現在進行形である。
仕方ないね。
しみじみと思案した所で、先頭に居たおじいさんが私の前にやって来た。
距離は1メートル程で、それ以上離れてしまうとこの喧騒の中では会話出来そうになかったからだろう。
「閣下、遅くなりまして、申し訳ございません」
そう言って、この世界での平民が貴族にする礼、跪いてなんかこう、色んな動作をしてから頭を下げる礼をするおじいさん。
膝に悪そうなので無理しないで欲しいんだけど、そうもいかないんだろう。
心配なので早々に片手を軽く上げる事で、もういい、と促す。
するとおじいさんがゆっくりと立ち上がったので、尋ねる事にした。
「ふむ…………老爺殿の力かね?」
「いえ、これは男衆の自業自得でしょう。なにより、閣下が男衆を無力化していて下さったのが一番大きゅうございます」
心からの感謝みたいな、そういう感情を向けられて、どうしても戸惑ってしまう。
いやだってそう言われてもその為にやってた訳じゃないしこれ。
むしろこんな事になるなんて一切思ってなかったし。
まあ、一番平和で、それでいて一番悲惨な事になってしまった気は物凄くしてる。
この男性陣は今回の件で、一生こんな調子で生きていかなきゃいけない事が決定してしまった。
何となく可哀想だが自業自得だと思う事で納得しようと思う。
「それでも、彼等を集めるのは大変であっただろう」
「ヴェルシュタイン領の為でございます、これくらいはしなければ」
にこりと笑ったおじいさんは、どこか懐かしそうに目を細めた。
会った事はない、……と思うんだが、月日が経つと人相が変わったりもするから、もしかしたらどこかでオーギュストさんと会った事がある人なのかもしれない。分からん。
ふとおじいさんが視線を逸らした。
「それに、儂一人の力ではありませぬ、親切な冒険者の方も手伝って下さいました」
「ほう、それは礼を言わねばならんな」
「確かそこに……」
おじいさんが振り返る。
その先に居たのは、見覚えのありすぎるオッサンだった。
「お前は確か……」
「A級冒険の方だそうです」
「ど、どうも、先日はありがとうごぜぇやました!
A級冒険者パーティ『暁の雫』のリカルドです!」
気のせいにしといてあげたかったけどすげえ噛み方して山下さんが生まれてる何それ気になって仕方ない。誰だよ山下さん。
いかんいかん、落ち着け私。
「ふむ、この街に来ていたのか……、報告などがあったのではなかったのかね」
「あ、それなんですが、大きすぎる魔力反応があったせいで調査隊が派遣される事になったらしくって……、一応報告に参りました次第っす」
「なるほど」
心当たりがあり過ぎるなぁ!!
私か? 私のせいか?
いやでもあのドラゴンのせいだよね?
全部あのドラゴンが悪いよね?
私は悪くないよね?
よし、後でシバこう。
「協力感謝する」
「とんでもねぇ! このくらい朝飯前っす!」
とりあえずこのおっさんはスルーさせて貰おう。
今それどころじゃないんだ、すまん。
「ところで閣下、彼等は……どこかで見た顔をしておりますな……?」
宙に浮いたままぐったりとした子供達を見て、おじいさんが訝しげな顔で首を傾げた。
「あぁ、神父殿が地下に隠していたよ、どうやらこの街の行方不明の子供達と同じ顔をしているらしい」
「な……! あぁ、そんな……! おい、誰か!
ダールさん達と、それから、カインさん達と、とにかく呼んで来てくれ!!」
「わ、わかった!」
おじいさんの悲痛な声に、一番身軽な誰かの妹が歪んだフライパンを片手に身を翻す。
五分もせずに連れて来られた男女は五組で、彼等は子供達の姿を一目見た瞬間に、それぞれ心当たりのある子供へ駆け寄った。
さすがに宙に浮かせたままでいるのはアレなので、そっと彼らの前へ降ろす。
大声で泣き出す者もいれば、啜り泣くように静かに涙を流す者もいた。
そんな中では床と仲良くなっていた男達ですら、彼等の様子を固唾を飲んで見守っていた。
子供達は余程消耗してしまったのか、まだ目が覚める気配はない。
保護した時には既にぐったりとしてたから、ここ数日食事も水も満足に与えられていなかったんだろう事は、うっすらと浮いた肋骨や顔色の悪さから想像出来た。
いくら精霊に魔法を使って回復してもらったとは言え、人間の子供の、しかも栄養が足りていない肉体だ。
どうしたって限界がある。
むしろ死んでないのが奇跡かもしれない。
しかし、それが茫然自失から復活した神父にとって好機となってしまったのは、まあ、仕方ない事だろう。
「皆さん! 騙されてはいけません! 彼等が本当に貴方達の子供かどうか、まだ分かりません!」
顔が侮蔑に歪んでいる自覚のない神父が、嘲笑にも似た表情で叫んだ。
感動の再会に水を差すどころか、冷水をホースで噴射させてくるくらいには無粋な神父にイラッとしたけど、仕方ないよねこれ。
「私が保護した時には、顔が分からないくらいだったのです! この貴族が顔を改変していない保証など無い!!」
それ系のセリフちょっと前にも聞いたんでもういいです。
「ふざけるな!!」
そこで怒りの声を上げたのは黒髪の女性だった。
「わたしが、血を分けた愛する我が子を見間違うもんか! この子は間違いなくうちの子だよ!」
「そうさ! 自分が産んだ子が大事であればあるほど、見分けるのなんか簡単だよ!」
「バカにしやがって! あんた、ずっと隠してたのかい!」
私には分かり切った反応だったが、神父にとっては予想外の反撃だったようで、神父の腹立つ顔が引き攣った。
「俺達は必死に子供を探してたのに、保護してたならどうして言ってくれなかったんだ!!」
「そ、それは……」
「例え顔が分からなくたって、生きているならそれだけで良かったんだ! なのにどうして俺達を無視していたんだ!?」
ほらやっぱりこうなったやん神父馬鹿なん?
計画ってのは不測の事態にも対応出来るように作って初めて計画って言うらしいよ。
これは誰かが言ってたからただの受け売りなんだけど。
一体どんだけ自分が優秀だと思ってたんだろう。
この街基本が馬鹿しか居ないからなんとでもなると思ってたんだろうなぁ。
「か、確証がなかったんです! この街の子供達だという、その証拠のようなものが!」
「神父さま、うちの子とすごく仲が良かったですよね? 今、いつも一緒にいるリチャード君と同じくらい! 顔が分からなくても、仕草や声で分からなかったんですか」
「あなた、それはムリよ……いくら神父さまでも他人の子供なんて分からないわ」
「だとしても! 歳が近い子供を保護したのなら、それだけでも俺達に言うべきだろう!」
ですよねー。
それが出来てない時点で神父の浅はかさが分かるよね。
「そうだな、今回のように、もしも、という事だってあるんだ」
「でも、どうしてこの街の子供だけ保護出来たんだ……? 他には居なかったんです?」
「いや、ここに居る子供だけだよ」
確認するような誰かの言葉に不自然じゃないよう言葉だけを返す。
「偶然ですが、どうやら運が良かったようですね」
うわあ白々しい。あとドヤ顔腹立つ。殴りたい。
しかし今それをしてしまうとどっちが悪者か分からなくなるからね、私は慎重にいかないといけないのである。面倒臭いのである。
なんか、本気で怒りを表に出してしまいそうだったので、とにかく必死に押し込める。
そんな時ふと、母親の一人がある事に気付いた。
「あれ……? そういえばうちの子も、リチャード君と同じくらい神父さまに懐いてたわ……」
「そういえばうちの子も……」
「待って、何かおかしいわ」
その疑問は漣のように広がって、そして彼等の中で明確な猜疑心となったようだった。
「最初居なくなったのはダールさんの娘さん、次にカインさんとこの子、その次にうちの子……」
「神父さまと仲良くしてた子が一人ずつ順番にいなくなってる……?」
猜疑心と疑惑、それから客観的な事実は、そのままパズルのピースのようにカチカチと当て嵌って行く。
「これも偶然……?」
「こんなにも偶然が続くものなの?」
頭が悪くたって、人数が集まればなんとやら。
それを含めても、ひとつの目的の為に毎日試行錯誤頑張っていた人達が、連想ゲーム常連組のように察しが良くなっていたのは日頃の頑張りの賜物だったのかもしれない。
「皆さん、どうしたんです、そんな顔して……」
彼等の神父を見る視線は、何か恐ろしい化け物であるかのような、そんなもの見ている時のようだった。
「母ちゃん……? あれ、父ちゃんもいる……、夢かな……?」
掠れた幼い声に、大人達がハッとする。
夢現といった様子の一人の少年が、ぼんやりと目を開けていた。
涙声のそれに涙腺が刺激された他の家族も、その様子を涙目で見守る。
「ロイ! 目が覚めたのか!」
「夢じゃない、夢じゃないよ、ロイ! 母ちゃんここにいるよ!」
「ウソだぁ、だって、絶対に誰も気付かないって、神父さまが言ってたんだ、だから父ちゃんと母ちゃんにはもう二度と会えないって……」
途切れ途切れに、泣き笑いのような儚い笑顔を浮かべながら掠れた声で紡がれる少年の言葉は、周囲の人間達ほぼ全員に衝撃を与えた。
「なんだって……!?」
「だからこれは夢なんだ、いやだなぁ……起きたくねぇや……神父さまは毎日酷い事するんだ……」
それだけを呟くように言った少年は、ゆっくりと目を閉じた。
一瞬死んでしまったのかと慌てた両親だったが、少年の胸が上下しているのを見て、ホッと息を吐き出す。
そこで性懲りも無く口を挟んだのは、案の定の腹立つクソ神父だ。
ビシッと私に指を差しながら、堂々と言い放つ。
「皆さん! 騙されてはいけません! これは全て貴族の魔法による洗脳です!」
うん、ていうかさ。
「ずっと気になっていたのだが、これがその洗脳だとして、なんの意味があるのかね?」
「皆さん聞きましたか!? これが貴族のやり方です! 洗脳が無意味だと……無意味!?」
コメディ俳優みたいなオーバーリアクションありがとうございます。全然感謝しないけど。
「洗脳などいつか解ける。しかも魔法でそれをやったとして副作用で領民が減るリスクしかない上に、魔法による洗脳は闇の魔法の領分だ。魔力をどれくらい使うのか見当もつかん。
何故そんな不利益にしかならん事をやる必要が?」
私の属性は氷らしいけど、これも水の派生系らしいから、闇属性とやらに掠ってもいないから、何をどうすりゃ良いかさっぱりわからん。
この賢人というスペックヤバすぎ人間が真剣に考えたら、多分出来るんだろうけど、どう考えても倫理観的なやつが無理よりの無理なので私には無理です。やだです。
なんか色々言葉がおかしいけど、私自身がそんなに頭良くないから大目に見てほしい。誰に言ってんだろうねこれ。
「な、え?」
混乱した神父は動揺を隠せず、それでも頑張って何かを言おうとしていたが、何も思い浮かばないらしく視線を右往左往させた。
「まさかとは思うが、魔法の属性を知らないのかね?
光、闇、火、水、風、土の六属性だが、光と闇は希少属性、しかも闇に至っては魔族の血に連なる者しか使う事が出来ない。
血脈を重んじる貴族が、その血を受け入れると?」
「詭弁だ! そんなものを気にする貴族などいる訳がない!」
「それは貴様の主観であって事実ではないな」
「なんだと!?」
「魔族の血を引く貴族は12年前途絶えたよ」
魔族を目の敵にしてる隣国が狙わない訳がない血筋だよね。真っ先に狙われるよね。
まあそりゃ魔族の方を雇えば洗脳とか出来るかもしれんけどさ、でもめちゃくちゃ金取られると思うよ。
隠密さんが言うに、この世界の魔族って人達は技術の安売りしないみたいだし。
多分ケツの毛までむしり取られるんじゃないかな。慣用句とかじゃなく物理的にも。
「う、うるさいうるさいうるさい! 自分に都合のいい事ばかり並べ立ておって、それが真実かどうか分からないだろう!」
そのセリフその辺の男達が似たような事言ってたよね?
何パクってんの?
「陰謀だ! 策略だ! 何もかも全て!」
「貴様の言動には中身が無いな、証拠も無く、根拠も無い」
私の言葉を裏付けるように、周囲の人々の神父を見る目は冷たい。
苦し紛れの神父の言葉はどれも薄っぺらく、誰の心にも響いていないようだった。
「何故私を信じない!? 今まで私がどれだけこの街の為にやってきたと思っている! 薄汚いガキ共の機嫌を取り、下げたくもない頭を下げ、頭の悪い人間達の頭の悪い話を聞き! いちいち判断を仰ぐ脳の足りん者共を導いて来た!」
わぁー、なんかものすげぇ本性が出て来たなあ。
クソだクソだとは思ってたけど、ガチめのクソじゃん。
性根腐ってんじゃん。
「ふざけるな、これまでの全部、何もかも無駄にしやがって……!」
「神父さまをいじめんな! 寄ってたかって、ひきょうだぞ!」
まだ理解が追い付いていないらしいあの少年が、床に這いつくばりながら大声で叫んだ。
その様子を見た近くのおばあちゃんは宥めるように声を掛けながら傍にしゃがみ込む。
「……お前さんは騙されてたんだよ、ちゃんと現実を見なさい」
「ウソだっ!」
否定を叫ぶ彼の表情は、色んな感情が混ざった複雑なものだ。
「ねぇ神父さま! 全部、全部ウソですよね! あの子達が、この街で行方不明になってた子だなんて!」
「リチャード君……」
少年の顔は笑ってはいるが、空笑いという表現が一番近いように思う。
そんな健気な彼を見て、悔しげに顔を歪める周囲の人々と、それから、ふらふらと彼に向かって歩き始める神父。
「毎日、酷いことしてるなんて、ありえませんよね!」
神父は答えない。だが、一歩足を踏み出した。
「だって神父さまは、あの子達を助けようとしてたんですもんね!」
まだ神父は答えない。ゆらゆらと揺れながら近寄ってくる神父に、少年の傍に居たおばあちゃんが慌てて立ち上がり、後退った。
「俺たちのこと、薄汚いガキなんて、思ってないですよね!」
やはり神父は答えない。無表情のまま少年を見詰めるだけだ。
「…………神父さま?」
とうとう少年の目の前にまで神父がやってきた。
そして、少年のすぐ傍に膝を付き、少年の頬に手を当てる。
「あぁ……その目だ、その目が見たいんだよ」
粘っこく、気持ちの悪い笑顔だった。
「輝いてるんだ、絶望と、猜疑と、希望と期待、それから信頼と戸惑いが混ざったその目、本当に綺麗だ」
緊張と興奮で唾液の少なくなった口臭は生臭く、上の歯と下の歯で粘着いた唾液が二チャリと糸を引いていた。
「だけど一番輝いてるのはね、それらが絶望に染まった目なんだ」
嫌悪感と絶望感で、少年の表情が引き攣る。
「そ、そん、な」
ゆっくりと少年に伸ばされた神父の手は、
「はいそこまでー」
そんな軽い言葉と共に、誰かに掴まれて制止された。
「なっ!?」
「それ以上はいけませんよ、神父様。貴方はやり過ぎたのです」
見覚えのある灰銀色の男と、狐顔で緑灰色の細い男がそこに居た───────





