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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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書籍発売記念SS「思い出の優しい薔薇」

 




 それは、過去。

 とある休息日の、久し振りの妻との逢瀬の時のこと。


 ゆったりとした時間が流れる彼女の部屋には、見覚えのない花が小さな鉢から溢れ落ちんばかりに咲き誇っているという光景があった。

 種類としては最早見慣れている花だが、しかしその色は、本当に己が良く知るものと同じ植物なのか疑わしく思える程で、つい首を傾げる。


「……どうしたんだいジュリア、これは、薔薇……かい?」

「リリーに種を頂いたから育てていたの。なんでも紫薔薇と白薔薇を交配していたら偶然出来たのですって」


 確かめるように尋ねると、彼女はそう言って微笑んだ。

 まるで貴婦人のドレスのように花弁が広がるその花は、彼女が好きな赤色……ではなく、驚く事に青白く、まるで私の瞳のような薄青色をしていた。


「折角だからって下賜して下さったのだけど、蕾を見た時、とてもビックリしましたのよ」


 薔薇という植物は、海の近いヴェルシュタイン領では育てるのが難しいと庭師のマルクトが口癖のように言っていた。

 そんな環境にも関わらず大輪の花が咲いている上に、青白い薔薇なんて。

 しかも一体どこからかと思えば、この国の王妃から賜ったという恐れ多い事態に、つい目を瞬かせた。


「王妃様に?」

「ええ。でも、ここまで育てるのは凄く大変でしたのよ、本当に繊細な花なんだもの。まるでオーギュスト様みたい」

「……ジュリア、いくらなんでもそれは無いんじゃないかな?」


 断言されてしまったそれに、少し落ち込む。


「あら、本当に似ているのよ? いつも気にかけて、愛情を注いで、それから変な虫が付かないように見張らないといけないの」

「……ジュリア……」


 余りの言われように、眉尻が勝手に下がった気がした。

 すると彼女はそれに気付いてか、花が綻ぶように優しく微笑んで、それから、どこか得意げに胸を張る。


「花が咲く為には肥料だって必要ですし、外には余り出せませんわ。

 けれどそれでも日光は必要だし、なかなか花は咲かないしで、年甲斐もなくハラハラドキドキさせられましたのよ」


 そう言い切ったあと、彼女はそっと壊れ物を扱うかのように優しい手つきで青白い薔薇の花弁を撫でながら、クスクスと楽しげに笑った。


「でも、花が咲くのはとても楽しみで、それまでが愛おしくて仕方ないのです。本当にオーギュスト様そっくり」

「……つまり、花が咲いてしまえば愛おしくない、と?」


 自分の喉から出た存外低い声。

 反比例するように彼女はどこまでも優しい声で、まるで子守唄を歌っているようにすら見えるほど穏やかに口を開いた。


「そんな訳ありませんわ。咲けば美しくて、気高くて、見ているだけで幸せな気持ちになりますもの」

「そうかね」


 私の短い返答に彼女は目を丸くしたあと、小さく噴き出した。


「どうしたのオーギュスト様、拗ねているの?」

「そんな事は……」


 言葉を濁したものの、これではその通りと言っているようなもので、己の単純さに溜息が出そうだ。


「ふふ、素直じゃない所も薔薇にそっくり」

「何故私と薔薇を比べるのかな?」


 改めて尋ねたが、彼女は優しく笑うだけ。


「ほぅら、やっぱり拗ねているわ、薔薇に嫉妬したんでしょう? 本当に仕方のないひとですわね」


 何故だか幸せそうに笑っている彼女が愛おしくて、そっと正面から抱き締める。

 すると彼女は、細くか弱いその腕で、私を安心させるように抱き締め返した。


「大丈夫よ、オーギュスト様」

「何がだい?」


 ふわりと香る薔薇の香水は、彼女の為に探し回って、幾つか揃えた物から彼女が選んだお気に入りのもの。

 キツくもクドくもないその優しい香りは、強ばっていた私の心に、ただただ安心感のみを(もたら)した。


「貴方が薔薇じゃないからこそ、共に生きられるのですわ。だからこそ、ミカエリスだって産まれてくれたの」

「分かっているとも」

「本当かしら?」

「あぁ、本当だ」


 抵抗もなくすっぽりと己の腕の中に収まる彼女は、本当に何が楽しいのか分からないがクスクスと笑う。

 私は肯定するように彼女の頬へ唇を寄せた。


 この薄青い色の髪も目も、昔から嫌いだった。

 父と良く似た、感情の見えない目が。

 父と同じ、この髪色が。


 だけど、彼女はそんな事など知らない。


「毎回思うのですが、薄青なんて見慣れすぎてずっと嫌いでしたのに、オーギュスト様の色だと思うと途端に愛おしくなるのは何故なのかしら」


 彼女は今まで何度も同じ疑問を口にしてきた。

 そしていつも彼女は、何度考えても分からないと不思議そうに首を傾げるのだ。

 それは、その度に私の心を救い続けて来た。


「ジュリア、愛しているよ。誰よりも、何よりも」


 私がそう言うと彼女は幸せそうに優しく微笑む。

 そんな彼女の金色の髪をそっと手櫛で梳きながら、その笑顔に釣られるように私も頬を緩ませた。


「ええ、ワタクシも愛しているわ、オーギュスト様」


 そんな彼女の姿と声は、私の心の中の幸せな思い出として、いつまでも焼き付いた。

 優しくて幸せな、遠いけれども鮮明な記憶。


 私は、本当に幸せだったのだ。

 この薄青い目も髪も、好きになれそうな程に。


 あぁ、出来るならもう一度、その笑顔が見たかった。


 愛しい、私のジュリア。

 神よ、願わくば私を、一目でいい、彼女の元へ。


 熱に浮かされたように薄れゆく意識の中、ようやくこの地獄から解放される安堵に、目を閉じた──────



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