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 「...では私は、今まで見て見ぬふりをしていた案件に手を付けて参ります」


 そう言って、とても綺麗な所作で一礼する息子さん。

 滅茶苦茶イケメンですが、申し訳無いけど好みじゃないのよね。


 「そうか」


 とりあえず頷いておいたものの、だがしかし見て見ぬふりってアナタ、サボってたのかよ。頑張れよ騎士団だろ。


 「父上、あの...」


 「なんだ」


 恐る恐る、といった風に掛けられた声に、意識を息子さんへと向ける。


 「...全て片付きましたらご報告に参らせて頂きますので、その時は、また、...幼い頃のように、“父さま”と呼ばせて下さい...!」


 「...片付いたら、な」


 「ありがとうございます!、では、私は、これで」


 そう言って、はにかむように笑いながら、なんかもの凄く嬉しそうに、颯爽と、なんかキラキラした残像を残しながら、息子さんは去って行った。


 とりあえず、執事さんの案内で執務室とやらに向かう。


 書斎から執務室までそんなに距離は無かったので、1分も掛からず到着。


 扉を開けて私が入るのを待っている執事さんを横目に部屋に入って、奥に鎮座する大きな机とセットの高そうな椅子に腰掛けた。

 そしてそのまま机に肘を付きながら両手の指を絡め、額をソレに当てる。


 まあ、早い話、思案しているポーズですね。

 その間執事さんは、執事専用の控室で待機していると言い残して、この部屋から出て行った。

 呼びたい時は机に置いてあるベルを鳴らせば良い訳ですね。分かります。


 さて。


 どうしよう。自分で自分をシバきたい。

 何言ってんの私?


 馬鹿なの?


 知ってたよ、馬鹿だよ、私。


 断れるかあんなキラキラした笑顔であんなお願いされたら!

 何?なんなの?なんで私あんな尊敬の眼差しで見つめられてんの?


 ちょっと前の険悪な雰囲気どこ行ったの?

 彼の中で一体何があったの?


 っていうか、私アンタの父親じゃないんですけど!?


 もうやだなんなの?

 なんで皆疑問持たないの?


 私特に何にもしてないんですけど!?


 自分に課せられた使命というか、重荷というか、重責っていうの?

 プレッシャー半端無いんですけど?


 なにこれ、わたしマジで物凄く頑張らないといけないじゃないか。


 投げ出そうにも、もう無理だ。


 何故かって?


 ...突然ですがここで、私が何故芸能界に入ろうと頑張っていたか、理由を語ろうと思う。


 小さい頃から目立つ事が好きで、幼稚園や小学校の学芸会では良く主役か準主役をもぎ取ろうと必死だった。

 頭は余り良い方じゃなかったけど、中学と高校では演劇部で、演じる事が好きで、楽しかった。


 そんな私が、テレビドラマの俳優に憧れない訳が無い。

 だって、皆カッコイイんだから仕方ないよね。

 いつか私もその中に入りたいと思ったのは必然だったに違いない。


 さあ、ここで話を戻そう。


 つまり私は、男の美形に弱いのだ。

 好みじゃなくたって現代日本でも滅多にお目に掛かれないような美形を前に、断れる訳が無い。


 加えて、私は日本人。

 NOと言えない、典型的な日本人。


 詰んだ。


 つーか元々私は、頼まれたら断れない方だった。


 ...なんだ、最初から詰んでたじゃないか。


 ふと、その事実に気付いたら、少しだけ気が楽に、.........なる訳が無ェですよ。


 とにかく、これだけ期待されちゃったら、頑張らない訳にも行かない訳で。


 やだよー、頑張りたくないよー。

 だって、私に得なんて殆ど無いじゃん。

 こんな事なら完全に記憶喪失になった風を装えば良かったよー。うえーん私の馬鹿ー。

 良心の呵責が物凄いよー。

 もうやだよー。なんであんな良い人達騙すような真似しなきゃならないのさー。

 帰りたいよー。


 なんて、泣き言を頭の中だけで考えながらも、外面は冷徹なオーギュストさんを演じている私。


 私は、一体、何やってるんだろうか


 ふと、冷静になった。


 いくら嫌がってもどうしようもない事は理解している筈だ。

 体はオジサマだし、統治しなきゃだし、オーギュストさんを演じなきゃだし、執事さんも息子さんも騙さなきゃいけない。


 なんなら、世界中の人々をも、欺かなきゃならない。


 そして私には、理解者も、先達も、居ない。

 帰ろうにも世界が違うから帰れない。


 なら、一人きりで頑張らないと、待っているのは“死”かもしれない。


 一瞬、遺して来てしまった両親、家族の事を思い出しそうになって、無理矢理止めた。


 今は泣き言を言ってる暇なんて無いんだ。

 そんなのは後でも出来る。

 孤独感も、プレッシャーも、今は考えない。

 過去を想って泣いたり、取り返しのつかない事を後悔するような時間も、余裕も、今の私には存在しない。


 とにかく、一つ一つ確実にやって行くしかないのだ。


 ...でもまあ、何とかなるだろう。

 何せオーギュストさんの体は、もう人間じゃないみたいだし。

 認めたくないけど、何故か事実なんだろうと思っている自分がいる。

 使うのが私、ってのは宝の持ち腐れかもしれないけど、それでも最大限に利用するしかない。


 なるようにしかならないなら、もうやるしかないじゃん。


 スパっと思考を切り替えて立ち上がり、テコテコ歩いて近くの本棚の前に立つ。


 さあて、そんじゃまずは初めに、執務とやらだ。


 本棚の中に並ぶ本の背表紙などを見れば、有るわ有るわ、ヴェルシュタイン領の収益とか、村々の戸籍とか、地図とか、気候とか、私が考えていた統治に必要そうな資料が山ほど並んでいた。


 うし、まずはこの収益から見てみますか。


 とりあえず手に取って資料を眺める。


 ...............私、頭あんまり良い方じゃなかったけど、普通の計算くらいは出来るんだ。


 どう見てもおかしいのがすぐ分かるってヤバくない?


 これ、もしかして、オーギュストさんがやったのかな

 どう見ても計算出来てないんだけど、大丈夫じゃないよねコレ。


 くっそ、電卓欲しい...!

 えーと、えーと、これがこうで、こっちにその前の年っぽい資料が有ったよね、これから引くと、あ、気候はどうだったんだ?

 ほぼ晴天か。じゃあ農作物もそんなにヤバい訳じゃない、と。

 あれ、なんか電卓無くても計算出来るな、まあ今は良いや。


 それよりも、だ。


 .........オーギュストさん、税金泥棒してない?

 民から徴収した税金の額と、国に納税した分と、懐に入ってる金額が大分合わないんだけど、ナニコレ。

 行方不明になってるお金がある。


 あ、なるほど。よく見たら王の生誕祝いとかそういう感じで別に税金徴収してるわコレ。

 で、それは、王様に渡ってなくて、この家の懐に入れてた、と。

 オーギュストさん頭良いー!


 いやいやいやいや。


 えっ、ちょ、待って、駄目だよそれは、マジで駄目だよ。


 大分成金だとは思ってたけど、いくら何でも駄目だ。


 捕まったら死罪だよ。

 あれ、なんでそんなん分かるんだろ私。


 いや、今は良いや。とにかく後回しだ。


 問題はここからどうするかだよ。

 民に返す?...あかん、既に使った分がある。


 次から徴収しないようにする?

 駄目だ。民から不審がられる。


 じゃあ、貰って王様に送る?

 あかん、これも王様から不審がられる。


 詰んでるじゃん!


 どうしよう。これ。

 私死んだ?


 いや、それは嫌だ。

 なら、どうするか。


 ......この屋敷に無駄にある、鬱陶しいくらい派手過ぎるめっちゃ高そうな調度品売れば良くね?

 そんで、それを少しずつ民に還元すれば、プラスマイナスでゼロにならんかな?


 ついでに、今回からその無駄な税金を不自然じゃないくらいに少しずつ減らそう。

 無くなったら変だけど、少し減ったくらいならそこまで変じゃ無いだろうし。

 そんで、今回からそれを少しずつ国に献上しとこう。

 最終的にちゃんとお金が流れるようにしたら良いよね。


 とりあえず、まずは今までの資料を全部計算し直すか。

 今ある財源と照らし合わせて、余計な分を国と民に廻すのは決定事項だ。


 民に廻す分は教会とか、橋の修繕とか、道路整備とか、治水かな。

 理由は、計算したら余計に貰ってたみたいだから、少しでも良い形で返す、とかそんなんで良いかなあ。


 これなら国の為に色々してますよアピールになるんじゃないかな。

 ...いきなりそんなんやったら今までが今までだった分、不審がられるかな。


 手っ取り早いのは民にドーンと暴露する事だけど、それやっちゃうと私が死ぬかもしれないから却下で。


 ...バレないように少しずつこっそりやるしかないか。

 後で執事さんに意見聞いてみなきゃ。


 とにかく今は計算だ。

 えーと、1番新しいやつが今年のヤツか?、とりあえず今年の分から計算し直そう。

 んー、この数字が今まで使った分で、こっちが収入で、......分かりづらいな。

 せめて表計算に書き換えよう。

 机に紙あったよね。

 後で執事さんに一番古い書類探して持って来て貰わなきゃ。


 そんな風に考えながら、両手に資料を抱えて机に戻る。


 うわ、鉛筆じゃなくて羽ペンだ!

 しかもインクにつけるタイプの羽ペンだ!

 憧れたよねこういうの!

 でも間違ったら直せないから面倒だなコレ。

 やだなー、鉛筆欲しい。


 そんな風に一人でウダウダと考えながらも、表情には全く出ない。

 というか出さない。

 誰が何処でどう見てるか分からないからね。

 誰も居ないと見せ掛けて誰か居たら怖い。

 保険は沢山掛けとくに限る。


 気は全く休まらないけど、死ぬ訳じゃないし。

 でも、いつかどこかでストレス発散しなきゃなあとは思う。

 とりあえずそれは、全部落ち着いたら、かな。


 それから私は、何もかも忘れて没頭するように書類と格闘した。








 「旦那様、そろそろ夕食のお時間にございます」


 「む、そうか」


 執事さんの声に顔を上げれば、いつの間にか窓の外は真っ暗になっている事に気付く。


 集中してて気付かなかったけど、部屋の灯りは太陽の光ではなく、蝋燭のような明るさの石に代わっていた。


 一定の光量だから気付かなかったのかな。

 蝋燭だったら揺れるもんなあ。


 そんな事を考えながら自然な動作でペンを拭く。

 身体に染み付いた癖かは分からないけど、多分そうなんだろうと思う。


 しかし夕食か。

 全くお腹空いてないけど、病み上がりだからかな?

 まあ、流石にそんな多くないとは思うけど。

 病み上がりに普通のゴハンとか嫌がらせだもんね。

 普通のゴハンでも人間じゃなくなったから普通に食べれるかもしれんけど。

 あ、そのせいかな、お腹空いてないの。

 つーか、昼ゴハン食べてないけど、もしかして私が起きたのって昼頃だったんだろうか。


 まあ、良いや。貴族の晩ゴハンなんてきっと豪華なんだろう。

 ...うん、経費削減対象だな。

 あんまり豪華だったら私の精神が摩耗する。

 庶民ナメんな。フォアグラとかキャビアとかそんなん食べた事無いわ。

 卵かけご飯が大好きですが何か。

 庶民臭くて悪かったわね、女優だろうがこちとら普通の日本人だっての。


 ...しっかし、丁度キリのいい所で声を掛けてくれるなんて、流石は執事さん、優秀だわー。


 そんな事をどうでもいい感じにぼんやりと考えながら、羽ペンをペン立てに挿し、立ち上がる。


 すると、執事さんが扉を開けながら待っていてくれた。


 先程といい、お手数掛けます。ありがとうございます。


 そのまま、執事さんの案内で食堂へと行く事になったのだが、道中、不可解な事に気付く。


 なんか、メイドさんめっちゃこっち見てない?


 最初は気のせいかと思ったけど、そうじゃない。

 オーギュストさんの感覚って物凄く鋭いから視線とか気配とか、そういうのがすぐに分かるのだ。


 こういうのってなんて言うんだっけ?


 確か、なんだっけ、...ニート?


 違うな...なんか、シートとか、ミートとか、...そんな感じだった気がするんだけど、うん、駄目だ、思い出せない。


 ...まあ別にどうでも良いか。


 視線は、悪意があるような感じはしない。

 どっちかって言ったら、戸惑ってる?のかな?程度。


 ......ブタがイケてるオジサマ、略してイケオジになったら誰でも戸惑うか。


 妙に納得してしまいながら、食堂へ足を踏み入れた。

 しかし、そこで私は、予想外の事態に直面する事になる。


 「なんですか、これは...!」


 ワナワナと怒りに震える執事さん。

 地味に怖いです。


 「アルフレード、落ち着け」

 「旦那様、そうは仰いましても、これは余りにも...!」


 「...ふむ、伝達不足、という事か」


 テーブルに並べられた、肉、肉、肉。


 脂がのってて、凄く美味しそうではある


 だがしかし、完全に、デブまっしぐらの、大量の高級な肉料理の数々。


 見るだけで胸焼けが起きそうだ。

 嫌がらせだね、コレ。


 でも、多分だけどコレ、オーギュストさんの普段の食事だったんじゃないかと思う。

 そして、食べ切れない分は捨ててたと見た。

 だってコレ、一人の人間が食べ切れる量じゃない。

 優に10人分はあるぞコレ。


 どうしようかな。ただでさえお腹空いてないのに絶対食えんよこんな量。

 いくら人間から逸脱してても無理だよ、食欲無いもん私。


 「料理長は一体、何を聞いていたのだ...!」

 「アルフレード」

 「しかし、旦那様...!」


 まだ怒りが治まらない様子の執事さんを宥めるように声を掛ける。


 気持ちは、まあ、複雑だけどそんな怒るような事じゃないよ。

 とりあえず怖いんで落ち着いて下さいお願いします。


 「私が変わったなど、一朝一夕で信じられる者など少ない。そういう事だ」

 「旦那様...」


 悲しそうに、納得出来ないような声音で呟く執事さんに、つい苦笑しそうになった。


 まあ、こればっかりは仕方ないよねー。

 日頃の行いって大事、そういう事だ。


 つーか、問題はこの肉達をどうするかだよ。


 「...これでは無駄な出費だな。アルフレード」

 「は、なんで御座いましょう」


 「使用人全て、呼べ」

 「料理長だけでなく使用人全て、で御座いますか?」


 「ああ、全てだ」


 「畏まりました」






 暫くしてホールに集まったのは、メイド20人、庭師5人、私兵団15名、シェフ等の厨房職10人、下働き系雑用10人の、総勢60名だった。

 意外と多いんだね、この屋敷無駄にでっかいからそのせいかな。


 初めは食堂に呼ぼうかと思ったけど、人数の関係でパーティとかやる大きなホールに集まって貰った。


 料理を誰かに片して貰うついでに、挨拶と、今後の話し合いを一気にやっちゃおう、という算段なんだけど、まあ、そんなん知らせる訳ないよね。


 見渡せば皆一様に緊張した様子。


 だけど、3分の1の人が半泣き、それ以外は怪訝そうに私を見ているという中々不思議な状態である。


 ちなみに半泣きになってる人は皆さん中年期に差し掛かっている人か、ご年配の方なので、昔からこの家に居る方々と見受けられる。

 つまり、残りの若い人達は、この12年の間に入った人達で、屋敷の主の顔なんて知らんとかそういうんじゃなく、誰この人?という感じな訳だ。


 うん、仕方ないね。


 「まずは改めて自己紹介と行こう。

 私が、オーギュスト・ヴェルシュタイン、この屋敷の主であり、ヴェルシュタイン家当主である」


 堂々と告げたら、なんか、余計に怪訝そうな視線を向けられたんだけどどういう事だ。

 まあ良いや。今は知らん。


 「なに、そう緊張する事は無い。悪いようにはしない」


 秘儀!悪役っぽいセリフ!


 見渡せば、緊張はしていたものの、さっきまで怪訝そうに私を見ていたユルそうな使用人達が、皆一様に緊張感のある表情となっていた。


 よし、これで私の話を聞いてない奴は居なくなったね。

 さあて、やりますか。


 そう判断した私は、軽く息を吸って、遠くまで届くような声量を意識しながら、言葉を口にした。


 「君達には選択肢が2つある。

 一つは、当家で今まで以上の働きをするか、もう一つは、当家を辞め、他家に乗り換えるかだ」


 「それはつまり、この家から出てけって事ですか...!」


 言った途端に、小生意気そうな面の、まだ少年から抜け出し切れていない位の年齢に見える下働きっぽいのが噛み付いてきた。


 おうおう、若いねえ。


 「発言を許した覚えはないのだがね。まあ良い、悪いようにはしない、と言っただろう。

 他家に乗り換えるのなら、良い家を見繕う事くらいはするつもりだ」


 溜息を混ぜながらそう言ってやれば、彼は萎縮したように身を縮こまらせた。


 はいはい、小物小物ー。


 「君達の仕事振りは一部を除き、とても見られるモノでは無い。

 当家に居るのが嫌ならば、他家に行きたまえ。それだけだ」


 キッパリと、現状を言い放つ。


 実際問題、働かない奴は要らないんで、どっか行って欲しいんだよね。

 そういう訳です。


 だって、多分だけど、これから家の財政厳しくなるし。


 すると、一人のメイドが口を挟んで来た。


 「...他家に行ったら、この屋敷はどうなるんです?まさか貴方が掃除するんですか」


 なるほど。まあ言いたい事は分かる。

 だけど、この人頭悪いのかな?


 「...またしても発言を許した覚えはないが、仕方ないな、教養の無い者が多いという事か」


 「な...!」


 上から目線で冷静に言ってやれば、絶句するメイドさん。


 一応私、この屋敷の主なんで、あんまりそういうナメた口叩くのは良くないと思います。


 ていうか、執事さんがブチギレるんで、やめて下さい。

 常に近くに居るから、そんなんが隣に居ると怖いんで。

 いや、マジで。


 今もなんか、顔は笑顔だけど青筋立ってるから。

 なんかめっちゃ怒りのオーラみたいなの出てるから!!


 内心でビクビクしながら、とりあえず溜息混じりの冷静な演技をしつつ、言葉を口にする。


 「...まあ良い、今回は目を瞑ろう。

 そうだな、人が減った所で、今迄と何が違うと言うのだね?」


 「っ...!」


 そう尋ね返してみると、メイドさんは悔しそうに言葉を詰まらせた。


 うん、心当りあるんだね。


 まあ、このホールだって、普段、全く使ってないんだろう。

 だからかは知らんが、一切掃除してない。

 見渡せば窓枠とかホコリが薄っすらとかメじゃないくらい、1センチくらい積もってるのが見えるくらいだ。


 カーテンだって、今バッサバッサ叩いたらきっとエライ事になるくらい、白っぽい。

 それって、貴族の屋敷としてどうなんだろうね?


 「一部の真面目な人間に任せて、何もしていなかった。そうだろう?」


 そんなメイドさんに、そんな事言われてもなー。

 説得力皆無よねー。



 「旦那様、発言の許可を」


 ふと、真面目そうな青年が胸に手を当て、礼をしながら口を開いた。


 「ふむ。良いだろう」


 今度の子はまだマシだと良いなー、とか思いながら、とりあえず先を促してみる。


 「確かに今迄、半数以上の者が真面目に働いていたとは言い難い状態でした。

 ですが、それは旦那様にも言えるのではないでしょうか?」


 うん、えっとね。


 「だからこそ、君達には選択肢を用意したのだが、理解出来なかったかね?」


 「...っ!」


 冷静に指摘し返すと、今気付いたとばかりに驚いた表情をされた。


 何ココ、頭悪い人しか居ないの?

 自分も至らない事があった、だから一方的に辞めさせたりするんじゃなくて、自主性に任せようとした。

 そんな訳なんだけど、おかしいな、もしかしてこの世界、空気を読むっていう文化無い?


 あれ、だとしたら凄くカルチャーショックなんだけど...!

 えっ、でも、執事さんにはそういう所あるよね?空気読んでくれてたよね?

 いや、今は良いや。後で考えよう。

 放置だ、放置。


 「去る者は追わん。次の働き先も此方で用意しよう。何か不満かね?」


 「旦那様、発言をお許し下さい」


 「...許可しよう」


 今度は流石に空気読んでくれるよね?なんて考えながら声のした方に視線を送れば、大柄な、武人という言葉がピッタリな雰囲気の、お髭が素敵なダンディズム溢れるオジサマがそこに居た。

 歳の頃は40前半って所だろうか。

 オーギュストさんと同い年くらいかな?


 そんな風に考えた瞬間、何故かすぐ足元に跪かれてしまった。


 えええええ。


 「まずは旦那様、我ら一同、お還りを心待ちにしておりました。ご快復、心よりお喜び申し上げます」


 「そうか」


 混乱する頭を無理矢理働かせて、とりあえずそれだけを答える私。


 なんでオジサマに跪かれてるんだろう。

 あ、上司だからか。


 「我らヴェルシュタイン家私兵団、旦那様をお守りするのが使命。他家になど参りません」


 真剣に告げられるそんな言葉に、おお、忠誠心高い人も居たんだ。と、一瞬考えたが、その彼の言葉がホールに響いて、皆が内容を理解すると同時に彼方此方からざわめきが発生した。


 「団長...!?」


 なるほど。

 一枚岩って訳では無いか。


 まあ、今までが今までだし、仕方ないよね。

 そんな風に諦めの気持ちで眺める。

 すると、団長と呼ばれた彼は辺り一帯に響くような、張りのある声で一喝した。


 「喧しいわ新米ども!弱卒は要らん。嫌なら他所の兵となれ!」


 その言葉に、更に困惑する私兵達。


 「しかし、何故!」

 「旦那様は12年、正気を失っておられた。だが今は違う」

 「我々が騙されていない保証が何処にあるんですか!」


 キッパリと告げる団長さんに、何処か戸惑った様子で、必死に訴える兵士達の姿が、なんかドラマのワンシーンのようで少しテンションが上がってしまった。


 でも、まあ、普通はそう考えるよね。


 ...だけど、あんまりそういうの、私がいる前で言うの止めた方が良いよ、マジで。

 執事さんがクソ怖いです。

 誰か助けて。



 「貴様は、何を言っている?

 そんなもの、旦那様の立ち振る舞い、お姿、何より、眼を見れば分かるだろう」


 えっ。


 団長さんのキッパリとした言動に、内心だけで滅茶苦茶戸惑う私。


 「誰よりも強く、気高く、全ての騎士の憧れ、それが当家の旦那様だ!」


 待って待って待って、知らんよそんなん。

 え、何、私そんな風に演技しなきゃ駄目?

 ちょっとイメージ出来ないんだけどどうしたら良い?


 「......なら、いつかまた、以前のようになられたら、どうするんですか」

 「貴様は馬鹿か、今の旦那様は全てを乗り越え、此処におられるのだぞ?」


 え、え?ごめん、ついて行けない。


 「あの当時起きた事よりも辛い事など、もう旦那様には存在しない!ゆえに、旦那様はもうあのようなお姿になる事は無い!」


 ......いや、あの、どんだけだよソレ。


 「......買い被り過ぎのように思うのだがな」


 思わず口を挟んでしまったんだけど、仕方ないよね。


 しかし、団長さんはニヒルに笑いながら、どこか楽しそうに口を開いた。


 「何を仰ってんですか、旦那様。アンタはホントに自分を過小評価するのが好きだなァ」

 「そうか?」


 いやいや、アンタらが無駄に過大評価してんじゃないの?

 それともオーギュストさんって元々めっちゃ凄い人だったとか?

 ブタにまで成り下がってたみたいだから全く想像付かないんだけど。


 まあ、良いや。考えない考えない。


 「そうですよ、全く。まあ、だからこそ、尊敬出来るんですがね」


 そう言って、楽しそうに笑うオジサマ。


 とっても複雑です。


 だってそれ、私違うもん。


 良いや、とりあえずこの人達ならなんとかしてくれるだろうし、本題に入るとしよう。


 「...ああ、そういえば、食堂に私が食べ切れない程の料理がある。

 団員で手分けして無駄の無いように始末してはくれんかね」

 「そんな事ですか?お安い御用ですよ、しかし宜しいので?」


 「構わんよ、言ったろう、食べ切れないのだと。

 一人分だけ残して持って行って、捨てずに食してくれればそれで良い。無駄な出費は控えたいのでね」

 「了解です、後程何人かで食堂に向かいますね」

 「助かるよ」


 よっしゃ!1番の問題が解決した!

 捨てるなんて論外だもんね!なんとかなって良かったー。


 あ、ついでに、もう一個やっとこう。



 「ああ、そうだ、料理長」

 「はっ、なんでしょうか?」


 声を掛けた瞬間、物凄くビビったらしい料理長。


 いま、あのオッサン軽く跳び上がったぞ。

 いや、うん、まあ、良いや、ツッコミはしない。面倒くさい。


 「もし、当家に残るなら、だが。

 肉ばかりでは栄養が偏る。そして量も多過ぎる。

 あれでは無駄でしかない。普通の人間が食べ切れる量で、野菜を多めに変更したまえ。

 それと、高い物を無駄に使うのではなく、安い物を上手く使うように」


 つらつらと言ってのければ、驚いたような戸惑っているような、どうしたら良いか分からない、といった表情をする料理長。


 普通のオッサンにそんな顔されてもあんまりときめかないわー。

 もっと美オッサンになってから出直して欲しい。


 「...しかし、公爵家の食卓に安物など...」


 「私は、安い物を上手く使え、と言ったのだ。公爵家の料理人が、そんな事も出来無い、とでも言うつもりかね?」


 皮肉げに笑みながら、発破をかけるように言ってやれば、料理長はハッとした後、真剣な表情になった。


 うん、少しはマシな顔も出来るじゃないか。

 普通のオッサンだけど。


 「...それはつまり、今後は安い物を使っても、当家に恥じない料理を作れ、という事でしょうか?」

 「そこまで分かっているのなら、次からはそうしたまえ。君の腕なら出来るのだろう?」


 「畏まりました、命に変えましても!」


 料理長はどこか誇らしげに、やる気いっぱいで告げながら、胸に手を当て一礼した。


 うん、別に命まで賭けなくて良いんだけどな。

 まあ良いや、ほっとこう。


 「...さあ、迷っている者も居るだろう。一晩、考える時間をやろう。

 その間に、己の身の振り方を決めてくれたまえ。

 解散だ。アルフレード、後は頼んだぞ」

 「畏まりました」


 とりあえず言うだけ言った後、執事さんに全部丸投げして、私は食堂へと戻ったのだった。











 当主であるヴェルシュタイン公爵がホールから立ち去った後、残された使用人達は固まったように、その場から動けないでいた。

 そんな中、当主付き執事のアルフレードが口を開く。


 「さて、皆さん。何か言いたい事はありますか?」


 途端に、意識が現実へと戻ったらしい使用人達は、思い思いに喋り出した。


 「アルフレードさん、どういう事ですか!まるで別人じゃないですか!」

 「凄くカッコ良かった...!」


 「なあ、アレ、別人だろ?どう見たってあのブ...、当主様じゃないよ」

 「影武者だろ?旦那様、無駄に見栄っ張りだから、あんな素敵な人連れて来たんだ」

 「他に考えられないよね」


 「口を慎みなさい、言っておきますが、あれは旦那様御本人です」


 穏やかな表情のまま、怒りのオーラのようなものを立ち昇らせる執事に、好き勝手言っていた若い使用人達が一斉に黙り込む。


 そんな中、1番老齢な庭師のマルクト爺が、懐かしそうに目を細めながら呟いた。


 「...いやぁ、昔を思い出すなぁ、奥様と仲睦まじく歩いていらっしゃって、まるで絵画のようだったよ」

 「そうなの!?じいちゃん!俺初耳なんだけど!」


 「お前がまだ2歳とかそこらだったからなあ、知らなくて当たり前じゃろう」


 驚愕する孫に、爺はのんきな返答を返すだけ。

 そんな使用人達に、執事は冷静な声を掛けた。


 「...雑談はそれくらいにしなさい。本題に参りますよ」


 モノクル眼鏡の位置を軽く直しながらの執事の言葉に、使用人達は気を引き締める。

 その様子をどこか満足気に眺めた執事は、続けた。


 「皆さんの中で、当家から離れる者は、今晩中に荷物を纏め、実家へ帰りなさい。

 次の職場への紹介状は追って郵送しますのでご心配無く」


 スッパリと斬り捨てるように告げられる、冷静な言葉。

 使用人達の表情が一気に緊張感のあるものへと変わって行く。


 「......当家の評判は今やあまり良くありません。その家から来た新参者が上手くやれるかは、あなた方次第となるでしょう」


 もはやそれは決定事項なのだろう。

 そして、告げられた内容に誰も疑問を抱かない様子からも分かるように、使用人達は皆、そうなる事が理解(わか)っているのだろう。


 「その試練を乗り越えてでも当家から出たい者は止めません。どうぞ次の職場で頑張って下さい。

 明日、人数の確認と名簿の照らし合わせを行います。それでは、解散」


 執事の声がホールに響き渡る。

 同時に、使用人達は皆、各々複雑な表情を浮かべながら蜘蛛の子を散らすように、自分の持ち場へと帰って行った。


 だが、誰も居なくなった筈のホールに、人影があった。


 ただ一人残ったのは、眼鏡を掛けた、地味めのメイド。

 彼女はそこで一人佇みながら、ニヤリと口の端を上げた。


 「ハズレだと思ってたけど、今回は楽しめるかしら」


 うふふ、と小さく笑いながら呟かれた言葉は広いホールに吸い込まれていく。


 「ミーティア!何してるの、戻るわよ!」

 「あっ、す、すみません!い、今、行きますっ!」


 不意に現れた別のメイドが、彼女に声を掛ける。

 すると、さっきまでの雰囲気とは全く違う、気弱そうな口調で、彼女は慌てたようにぱたぱたと、そのホールから姿を消したのだった。






 

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