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【書籍化】ヴェルシュタイン公爵の再誕〜オジサマとか聞いてない。〜【Web版】  作者: 藤 都斗


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 真実を知る事が出来た事は、それがどれだけ辛くても、苦しくても、知らないままでいるよりずっと良い。

 知らなければ、人はどうすれば良いのかすら、1ミリも考えない。


 それがどれだけ重要で、大切な事かも、気付かない。


 だから私は、知る為に行動する。

 エゴだろうが偽善だろうが、知った事じゃない。


 知らないままでいる方がよっぽど罪深い。


 わたしは逃げていた。

 現実を直視出来なくて、ずっと見ない振りしていた。


 それが悪い事だとは思わない。


 苦しくて悲しくてやりきれない思いしか無いけど、それは普通の事だ。

 時々思い出して、またわたしは泣くだろう。


 だけど、それがなんだというのか。


 オーギュストさんは帰って来ないし、わたしだって帰れる訳じゃない。


 現実は何も変わらない。


 行動しなければ、何も起きない。

 

 つーかこんなネガティブなの性に合わないんだよ、馬鹿じゃないの自分。

 あ、馬鹿だったわ忘れてた。


 いつもみたいに、息を吸って、吐く。

 そして私は、演技をする時のように気持ちを切り替えた。


 「……では話を戻すが、母上を治す為に何か安全な方法は無いのか?」

 「おやおや、卿が話を変えたのだろうに」


 「それは申し訳ない」


 素直に謝罪すると、先生は何でもない事のように快活に笑ってから、どっこいせ、と年寄り臭いような掛け声で寝転がっていたソファから起き上がる。


 「まあいい、安全な方法だったな、勿論あるとも」


 肩に掛かった一房の髪を手でさらりと払う姿は、海外の女優やトップモデルのようにすら見える程、様になっていた。

 不敵な笑みを浮かべながら腕を組み、薄く目を細めた先生は自信満々に語り始める。


 「だが問題はそちらも非現実的な方法だという事かな」

 「……一応、聞くとしよう」


 自信満々に非現実的な方法語るのって医者としてどうなんだろうと思いつつ、軽く姿勢を正して聞く体勢に入った。


 何事も聞いてから判断しないと、しゃしゅせんたく?

 なんだっけなんかそんなやつ、なんか違う気しかしないけどそんなんだったよねきっと。


 とにかくそれが出来ないもんね。


 自分の頭の悪さは置いとくとして、大事な話なのでちゃんと聞いておこうと思います。


 すると、先生は真剣な顔で口を開いた。


 「まず、天使を呼び出す」


 ……うん、うん?


 「それから、悪魔を呼び出す」


 え、あ、うん、え?


 「呼び出した彼等に願えばいい、母の命を救ってくれ、と」


 ツッコミどころ多過ぎて何言えばいいか分からなくなったんですけど。

 何その頭の悪そうな治療方法。


 「悪魔は魂を差し出す契約さえすればどんな願いでも叶えてくれる。

 天使は清い願いであれば守護と共に願いを叶えてくれる。

 上手く願う事が出来れば何事もなく母御の病は治るだろうな」


 いやそれよりファンタジーって天使とか悪魔とかホントに居るんだ?

 え? 全然分からないんだけど基本的に何する人達なのそれ。


 うん、なんか聞いても理解出来そうにないからスルー一択だわ、よし。


 「…………それは本当に安全なのかね」


 「まあ、母御は治るだろうさ、ただし、卿がどうなるかは分からない」


 ダメじゃねぇか。


 いやそれ治療法じゃないよ、多分別の何かだよ。

 具体的な例が全然出て来ないけど、きっと別の何かだよ。


 「論外だな、もう少しマシな方法は無いのかね」


 「ふぅむ、そちらはとても地道な方法になるな、エリクサーと呼ばれる魔法薬を作ればいい」


 という事は、薬を開発しろって事なのかな?

 なんだ、今までと比べれば意外とマトモな方法じゃないか。

 良かった良かった、これで多少は安心出来る。


 「ただし、材料に人間の心臓が必要になる」


 いや無理無理無理無理無理無理。


 前言撤回だよなんだその方法ふざけんな馬鹿。


 心臓って、あの心臓だろ?

 完全無欠に無理だわどう考えても。


 なんかこの四文字何とかの使い方合ってるんか分からんけど知らんからまあいいや。


 「ロクな方法が無いな」


 「それ程にスキエンティア・カーススの完治は難しいのだよ」


 少し大仰に肩を竦める先生は、次の瞬間物凄いドヤ顔を披露してくれた。


 「まあ、我らが賢人でなければ、という前提がつくがな!」


 バチコーン!という効果音が付きそうなウインクと共に言い放たれた先生の言葉に、心の底からイラッとしてしまったが、どう考えても仕方ないとしか言いようがないのではないだろうか。


 ん?つまりどういうことだってばよ?


 「賢人が二人も居るのだ、出来ない事などほぼ皆無さ!」


 おい。


 「と言っても、ただのエリクサーでは完治はしないだろう、必要なのはラスト・エリクサーと呼ばれる最上位の魔法薬となる」


 ごめんそれがどの程度なのかよく分からんのだけど、めっちゃ効く薬って事で良いかな?良いよね?知らんけど。


 「死んだ者すら甦らせる事が出来る程の回復力らしいが、実際には伝承でしか登場していない。

 小生でさえ見た事がないのでね、取り急ぎ必要になるのはそのレシピを探す事だよ」


 えぇぇえ……、何それ……なんか凄く胡散臭いんですけどそれホントに存在してる薬なの?

 大丈夫なの?合法なの?凄すぎてヤバくない?ヤバいよね?


 「その薬があれば、治ると?」


 「頭の中を切り開き、きちんと調べてからその薬を使用する、という形になるがな」

 「…………ふむ、だが、それは頭の中に異物が存在している場合に限るのでは?」


 なんでそんな危険なわざわざ事しなきゃいけないのかよく分からんのだけど、治せるんならやればいい気がします。


 「いや、実際に見てみない事には異物が有るか無いかすら判別する術が無いのが現状だよ。

 卿の母御のカルテには心因性によるものの可能性があるとは書いたが、何が本来の原因かはまだ判明していない。

 何も無ければ使用する問題は無いが、もしも異物が存在する場合は、それの成長を助けてしまう事が予想される。

 つまり、更に悪化してしまう」

 「ではスキャンすれば良いのでは無いかね?」


 当たり前のように言ってしまった後に、先生の、正に鳩が何鉄砲だったか忘れたけど、なんかそんな感じに驚いたキョトンとした顔を見て、あ、やらかした、と思った。


 「……すきゃん? なんだいそれは、響きから察するに鑑定とはまた違うように思うが」


 いや待って待って待って、そういう魔法ありそうなのに無いの?

 え、この人医者だよね?思い付かなかったの?


 ……えぇー、なんか無駄に偉そうだからそういうの言うの嫌なんだけど……。

 なんだっけこれ、マ……マンモスポジション……いや絶対違うわ。

 そんな感じのアレやっとかないとダメなのコレ……。

 えー......やだー......めんどくさーい......。


 心の底から面倒臭いけど、なんか無駄にキラキラした目を向けられてげんなりする。

 なんか知らんけど、やんなきゃいけないらしい。

 めっちゃ嫌だけど、やんなきゃいけないらしい。


 溜息を吐く訳にも行かず、心の中では全力で面倒臭がりながら、外面上は真剣な、そんな事一切考えてない顔で口を開いた。


 「原理は、人体に害の無い程度の魔力を照射し、その反射で何があるのかを把握するだけだ。

 これを上手くやれば、骨格、内臓、血液、血管、筋肉を透過するように見る事が出来る」


 「ほほう!興味深いな、それが出来れば刺さったガラスの破片や(やじり)を簡単に見付けられるじゃないか!」


 私の説明に大仰な仕草で喜色満面な、まぁとにかく嬉しそうな様子で喜びながら、……なんかこれ一緒の意味だな? まあいいや面倒臭いし。

 そんな感じで喜んでいる先生を眺めていると、ふと、当の先生が何かに気付いたようにハッとして、顎に手を当てながら思案を始めた。


 「ん? そうか、なるほど!切り開いて確認せずとも、病によって何が起きているのか、何が原因かすらも把握出来るな!なんと素晴らしい!素晴らしいよオーギュスト・ヴェルシュタイン!そのアイデアは一体どこから!?」


 「忘れたな」


 めちゃくちゃデカい独り言かと思ったけどどうやら私に話し掛けていたらしい。

 何この人話進まないようにする天才なのかな。


 「あぁん!教えてくれたって良いじゃない!なんて心の狭い人なの!」

 「今更女性の皮を被っても意味は無いと思わないかね」

 「くそぅ!」


 悔しそうに握り拳を自分の太股に叩きつける先生だが、そんな事言われても困るんだからスルーして欲しいです。


 「それよりも母上の方が大事なのでね、本題に戻らせて頂こう」


 「仕方がないな、この魔法は実験も必要なようだから小生にはすぐには出来んだろうし、そうなると次にすべきは卿が母御をスキャンして病原を特定する事か」


 ん?


 「待ちたまえ、私がやるのかね?」

 「当たり前だろう、考案者がやらなくて他の者が出来る訳が無い、小生が覚える為にも目の前でやって貰わなければ」

 「……問題が一つある」


 「なんだい?」

 「生きた人間に使った事が無い」


 無音なのにも関わらず、何かよく分からない痛々しい雰囲気が響き渡ってるような気がした。

 いや雰囲気なのに響き渡るっておかしいかもしれんけど、わたし個人に語彙力が無いので何となくで察して欲しい。


 「…………なるほどなるほど、何事も経験という事だな、さあ行こう!」


 いや、さあ行こう!じゃねぇよ、やった事ないって言ってんだからさせようとすんなよ人の母親なんだと思ってんだこの不定形生物。

 つーかなんでそんな期待に満ちたキラキラした目してんだよシバくぞ。


 いや、多分オーギュストさんのスペックなら出来ない訳無いけどさ、でも、ほら、人様の母親実験台にするとか普通に嫌じゃん!!

 私は嫌だよ!なんか嫌だよ!


 「小生がやると母御が爆発四散するかもしれんからな、仕方なく弟子である卿に任せるとしよう」


 「任された」


 マジふざけんなよこの野郎。

 そんな事言われて任せられる訳ねぇじゃんマジなんなの?馬鹿なの?














 緑灰色の髪と瞳、特徴的な狐面のような顔をした男、パウル・シェルブール、41歳。

 代々ヴェルシュタイン家に仕える家の次男として産まれた彼は、二歳上の兄の補佐になるように教育を受け育った。


 一を知れば十を飛んで二十五まで知るような優秀過ぎる兄と、仕えるべきヴェルシュタイン家の美しく気高い嫡男。

 それから、五歳下の弟のような存在である次期筆頭執事。


 彼はかつて、そんな周りの余りある優秀さに、矮小過ぎる己の存在など不必要なのでは、と感じた事もあった。

 そんな彼を救ったのは、仕えるべき主であるオーギュスト・ヴェルシュタインその人だ。


 人は秀でていればいる程、何もかも背負い込み負担を増やしてしまうのだと、だからこそ、それを見咎め諌める存在が必要なのだと。

 そして、それは君以外に存在しないのだという言葉に、心を救われた。


 優秀過ぎる兄でも、弟分の彼でも、他の誰でも無い、己の主であるその人の言葉だからこそ響いたのだ。

 己は無能なのだと、彼と同じように思い悩みながらも、それでも気高く前へ進む主を知っていたが故に。


 領主館の庭園、外と繋がる裏口のすぐ側で、彼は一人、両手で顔を覆い、細い背を丸めながら嘆いていた。


 「どうして、ですか」


 彼は乳兄弟の中で唯一、主の弱さを知っていた。

 だからこそ止められなかった己を、今更のように責めもした。


 それでも彼は、妻と死別し、暗愚となってしまった後でも、主を信じ続け待っていた。

 きっといつか、帰って来ると。


 「何故、頼って下さらなかったのですか」


 だからこそ彼は、悲しかった。

 裏切られたような気持ちだった。


 主が死んだ事も、そして、その敬愛する主の肉体に、誰とも知れない他人が我が物顔で巣食っている事も、認められそうになかった。

 どうしようもない事だとは理解している。


 ただ彼は、それが許せる程には、優秀な兄のような出来た人間ではなかったのだ。


 「パウル・シェルブール殿とお見受けする」


 ふと聞こえた声に、顔を上げる。

 顔面に貼り付けられたような胡散臭い笑みを浮かべた彼は、先程まで弱々しい声を出していた本人とは思えぬ程、それがまるで気のせいであったかのように()()()()だった。


 振り返れば小汚い外套を纏った金茶色の髪の町人風の男が立っている。

 その男の背後には、敷地外へ通じる扉が何故か薄く開いていた。


 「……どちら様でしょうか?」

 「神父さまの使いの者だ、アーネスト・シェルブール殿にお目通りを願いたい」


 誰何の声に返って来たのは、不躾とも呼べる程に傲岸不遜な態度での(いら)え。


 彼は一人、男と対峙しながら現状を察した。


 領主館の出入口には常に使用人と兵士が二人組で配置されている。

 それが突破されたということは、罪も無い使用人と兵士が排除されてしまったのか、あるいは。


 その二人はヴェルシュタイン家に不必要な、賄賂で職務を放棄するような人間だった、ということか。


 彼を名指ししている事から、男が現在この場所に彼が居る事を誰かから教示されたと見て良い。

 という事は、協力者は他にも居るのだろう。


 冷静な思案をする内面とは裏腹に、狐面のような笑顔のまま、媚びるような低姿勢。

 彼の喉から出たのは、甘ったるく、気分が悪くなるような猫撫で声だった。


 「アーネストさまはお忙しい方です、まずは私が用件を聞きましょう」

 「いや、直接話す」


 「私はアーネストさまの秘書です、予定に無い者と会わせる訳には参りません」

 「秘書では意味がない!!何度も言わせるな!!」


 声を荒らげ憤る小汚い男を前にしても、彼の表情も、態度も、声音さえも変わらない。


 「そう仰らないで下さい、アーネストさまはあの図体に似合わず慎重な方なんです、ですから、私からお話すれば聞いて頂けると思いますよ」


 緩く首を傾げながらのその言動は、十人が十人、誰が見ても胡散臭い、と断言してしまいそうな程の怪しさで、しかし当の彼はといえば自覚があるのか無いのか、外面からは一切気にした様子が見えない。


 「それにほら、協力者は多いに越したことはない、そうでしょう?」


 男は目の前の怪しい彼が全く信用出来ない事は理解しながらも、告げられたその言葉には、確かな説得力があったが故に逡巡する。


 「…………一体何が望みだ」


 「望みだなんて大層なものはございません! 私だってこの領地の現状には憂いているのですから」


 「……どうだかな、どうせ美味い汁が吸いたいだけだろう」

 「これは手厳しい! ですが、協力出来ることがあるのでしたら尽力致しますよ、私も命は惜しいですからね」


 そう断言する彼の表情は、にぃやりと歪んでいた。


 

読んで下さってありがとうございます!

皆様良いお年を!!

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